最後の一撃
「うおおおおお!」
激しい振動を感じながらも、『皇帝』は確実に前に進んでいる。この衝撃は機体が攻撃されているからなのか、それとも機体そのものから発生しているものなのかはわからない。
『ふぇありーさん無茶ですよ! 一度立て直して……』
「そんなのしてる余裕なんてないよ!」
ここで決めないと……ここで決めないと、僕はただの負け犬じゃないか! 僕たちのチームは敗けじゃないか! そんな事は許されない。
僕はみんなの『きたい』を背負っているんだから。
しかし僕の心の声とは裏腹に、敵の火力はさらに大きなものとなっていく。しかも装填を完了した敵戦車からの主砲がいつ飛んできてもおかしくない。
「くそっ! これ以上は進めない! 『皇帝』、『風見砲』発射態勢に移行します」
僕はそう宣言しつつ『皇帝』を停止させ、『風見砲』操作プログラムを作動させる。『皇帝』は各関節部を完全に固定して、機体に常に漂っている揺れを止めた。
狙うは敵重戦車。
モニターには『風見砲』の予測着弾地点を示す照準が浮かび上がる。僕は必死で首関節と『風見砲』を操作して照準を敵に向けた。
……けれど。
「くそっ! 動けよ! なんで動かないんだよ!」
首を回転させる命令を出しているにも関わらず、『皇帝』はその指令を聞いてくれない。首が回転しようとしてあるのは何となく感じるんだけど、装甲に阻害されて動けていない。
『ふぇありーさん! 敵戦車が装填完了が間近です! 早く撃ってください!』
「撃ちたいけど首が動かないんだ!」
力強く操縦幹を倒し、叩きつけるようにボタンを操作するものの、『皇帝』からの確かな反応はない。機体から聞こえてくるエンジンの駆動音はまるで僕を嘲笑っているかのように感じた。
「くそっ! 動いてよ!!」
様々な方面から首関節に力をかけるものの、一切照準に動きはない。このままじゃ、このままじゃほんとにやられてしまう!
「動けぇぇぇ!!!!」
僕は必死で叫びながら操縦幹を握り、考えうる全ての方法を試した。
肩を動かしたり、足を動かしたり。
だけど、そんなことをしても微調整ができない。僕の焦った心じゃ、そんな調節は出来るわけがなかった。
『ふぇありーさん! 敵が……!』
そして東藤さんの言葉と同時に、敵戦車の主砲が真っ直ぐこちらを向くのが目にはいってきた。喉元にナイフを突きつけられたかのように、冷たい何かが僕の背中を通り抜けるような気がする。
そして次の瞬間、味方の援護射撃が敵戦車を掠めたが、二度目の輝きがその主砲から発せられたのだった。
「うわぁぁぁ!」
先程と同じような衝撃がコックピットに走った。僕は激しい勢いで揺さぶられ、思わず操縦幹を離してしまう。
そしてそれと同時に、照準を示していたモニターの電源が落ちた。
『ふ、ふぇありーさん! 敵主砲、味方の援護射撃により発射角度が微かにズレましたが、『皇帝』の頭部に命中!! 左目が吹き飛ばされました! 大丈夫ですか!?』
「……モニターの電源が落ちた。何も見えないよ!」
僕は泣きそうになるのを堪えながら、現状を東藤さんに報告する。
しかしその時、残酷にも首関節が動いたような音が僕の耳に届いてきた。被弾の衝撃で食い込んでいた装甲が外れたんだろう。
しかし、モニターが落ちてしまっては意味がない。どっちにしろ狙いがつけられない。
絶望間にうちひしがれそうになるのを堪えながら、僕は打開策を必死に考えた。暗くなったモニターを叩くがなんの反応もない。
何も浮かばない。
……けど諦めない。僕は『皇帝』を世界に示すと決めたから。
『ふぇありー! 諦めなちゃダメだよ!! たかがメインカメラがやられただけじゃない! 大丈夫! ふぇありーなら出来るよ。自分を信じて!』
「どうしろって言うのさ! 『皇帝』はボロボロで、モニターは消えたんだよ!?」
『大丈夫! 落ち着いて! ふぇありーは聞こえるでしょ? 戦場の音が』
「え? いや、聞こえるけどさ……」
『それで狙いをつけたらいいんだよ! ふぇありーなら大丈夫!』
「そんな無茶な……」
弓佳ちゃんの満ち溢れた自信がどこから来るのかわからない。いくらなんでも聴覚と勘だけで狙いをつけるなんて不可能だ。
本当に、弓佳ちゃんはいつも無理ばっかり言う。
……だけど、他に方法がないのも事実だ。このまま黙って敵戦車にやられるくらいなら。
そして僕は再び操縦幹を握り、大きく息を吸った。
「……わかった。やれるだけやってみるよ。少し静かにして」
その言葉を言うと、僕は目を瞑った。すると外から銃声や怒声、爆発音が聞こえてくる。
流石に敵戦車のエンジン音を聞き取ることは出来ないけれど、敵の攻撃音がある一ヶ所だけ聞こえてこない場所がある気がした。
敵陣地にも関わらず、銃声が聞こえてこないと言うことは、そこに銃を持った敵はいないということ。すなわちそこには敵車両があるということ。
そこに僕は全神経を集中させ、『皇帝』の首と『風見砲』の角度を調節した。
こんなのは勘だ。僕の戦闘経験を全て挿入した勘以外の何者でもない。
僕は再び大きく息を吸った。精神を集中させ、全神経を耳へと注ぐ。
すると目を瞑ってはいるけれど、なんとなく敵の布陣が瞼の裏に浮かび上がってくるような気がした。
行くよ『皇帝』。君の力を信じるよ。
僕が再びゆっくりと目を開け、『風見砲』の発射トリガーに手をかけた。
いよいよだ。僕の勘を全て叩き込んだ一撃。『悠久機』の最後の一撃だ。
「『皇帝』! 『風見砲』を発射しま……」
『待ちなさいふぇありー! あと8度左よ!』
僕がトリガーを引こうとしたその瞬間、聞き覚えのある声が僕に届いてきた。
「風見さん!? 無事だったの!?」
『そんなことはどうでもいいわ! 私が貴方の目の代わりになるから言うことを聞きなさい! 早く!』
「え? え?」
『私は今『風見砲』の真横にいるの! 貴方の勘は面白いくらい違うところを捉えてるわ! だからもっと角度を左に傾けなさい! はやく!』
僕はその言葉を聞くと即座に発射態勢を中止し、首の制御に移った。風見さんの言う通り、左へ少しだけ首を回転させる。
『そう! そしてそこから約10度『風見砲』の仰角を小さくして』
そして言われるがままに『風見砲』の角度を下げる。頭部の左半分を被弾しているせいか、仰角方向の反応がすこぶる悪い。
『もう少しよ! よし、おっけー! 撃ちなさい!』
「了解! 風見さんは早くそこから離れて!」
風見さんからは次々と対戦車兵器を発射している音が聞こえてくる。彼女は僕に指示を出しつつ、手持ちの火器で上から砲撃しているのだろう。
『私の事はいいから早く撃ちなさい!』
「そ、そんなの出来ないよ!」
『貴方『皇帝』が今どれだけの歩兵に狙われてるかわかってるの!? 私が砲撃をやめたらあっという間に蜂の巣よ! だから早く撃ちなさい!』
「……で、でも!」
『風見砲』はその反動を自らが破壊されることで吸収する兵器だ。既に『皇帝』頭部に重大な破損が発生している以上、多大なリバウンドが『皇帝』を襲うことが予想される。
もちろん。すぐそばにいる風見さんはひとたまりもないだろう。
だから、もし僕がトリガーを引いてしまえば、僕が風見さんを……。
『撃ちなさい!』
「できないよ!」
自分でも撃たなきゃいけないことはわかっている。でも、僕は自分の手でせっかくできた『友達』を失ってしまうなんて出来るわけがない。
そんな僕の心の中を見透かしたように、風見さんは優しく僕に語りかけてきた。
『いい? ふぇありー。私だって始めはこんな『悠久機』を作ることに反対だったわ。微塵もカッコいいとは思わないし、弱っちいだけだし』
「……」
『でも貴方達と、いや、ふぇありーと作り上げたこの機体を見ると少しだけ貴方達の気持ちがわかるような気がしたの。『皇帝』の事をカッコいいと思ったし、なにより楽しかった。そして完成したとき嬉しかった』
「……うん」
『だから、いくらふぇありーでも『悠久機』を貶める行為は許さないわ。『悠久機』を世界に示すんでしょ!? まだまだ他の『悠久機』を作るんでしょ!?』
「……うん!」
『なら撃たなさい! 下らない感情なんか捨てて。『悠久機プロジェクト』の為に、他でもない貴方自身のためにそのトリガーを引きなさい!』
そしてそこまで言い終わると、風見さんは再び砲撃を再開した。
僕は震える手を必死に押さえつけて、トリガーへと手を伸ばす。風見さんの言うことは最もだ。
僕はこんなところで、こんなところで『悠久機プロジェクト』を終わらせるわけにはいかないんだ!
『敵戦車、次弾装填完了! 第三撃、来ます!』
焦ったような東藤さんの声が聞こえてくる。僕は大きく息を吸って、目を見開いた。
「ごめんなさい風見さん! 『風見砲』! 発射します!」
明けましておめでとうございます




