『皇帝』、初陣!
「『悠久機プロジェクト』、第一搭乗員、閃光の妖精、行きます!」
その声と同時に『皇帝』と僕は光の先へと運ばれていった。
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言わなくてもわかることだが、戦車、という戦闘車両の重量感は尋常じゃない。それこそ大型のトラックなんか目じゃないような重さで、見た目から伝わってくる重量感からは全てを押し潰すかのような質量を感じる。
そんな『戦車』という物体が、突如虚空から現れ地面にけたたましい音と共に着地する。
爆音、地震。
その衝撃は近くにいる人間は軽く浮かび上がる程で、『戦車』という巨大さ、重さを教えてくれるには十分過ぎる強さだった。
が、僕たちの『皇帝』はそんなもの比じゃなかった。
『ふぇありーさん! 『皇帝』、着地します! 衝撃に備えて下さい』
「う、うん!」
僕と『皇帝』を包み込んでいた光の粒子が途切れ、その途端に重力が仕事を始めた。
高さにして数十センチ程度だろう。だが、『皇帝』の着地のエネルギーは戦車のそれと比べ物にならない。
ミサイルでも着弾したかのような爆音と同時に、一気にめくり上がる地面。そしてズブズブと沈み行く『皇帝』の足首。
その様子は、他の兵器の登場を忘れさせるような衝撃だった。
『『皇帝』! 無事に着地しました! ふぇありーさん! 様子はどうですか?』
「揺れるけど! 揺れるけど大丈夫!」
僕のいるコックピットはゆらり、ゆらりと不安な周期で動いてはいるものの。多分大丈夫だ。『桜改』は激しい振動がコックピットを襲っていたが、それとはまた違ったベクトルで恐ろしくなる。
僕は目の前のモニターを見ると、今までとは違った様子が写し出されていた。
ステージ、『森林遺跡』。開けた森の中にくたびれた遺跡が横たわっているステージだが、『皇帝』の視点から見るとまた違った雰囲気に包まれているような気がした。
思ったより平地に森が作られているようで、何となく人工的な森のような気がする。戦場を駆けずり回っている時は、障害物が邪魔でかなり高低差があるように感じていたけれど、上から見ると案外そうでもない事がわかる。
と、僕が改めてステージを観察していると、焦ったような東藤さんの声が聞こえてきた。
『ふ、ふぇありーさん! 『皇帝』の頭部周辺に歪みが発生しています!』
「もう!? 流石に早くない!? まだ歩いてすらいないよ!?」
『着地の衝撃による慣性力に耐えきれなかったようです……。軽さを求め過ぎたのが仇となりました』
『皇帝』の上半身は軽量化の為に、自重にギリギリ耐えられる安全率で設計されている。要するにうっすいのだ。その為、着地なんていう無茶な想定外な事が起こったせいであっという間に故障が発生したんだろう。
『まぁ問題ないわ。どうせ頭部なんて『風見砲』で狙いをつけるとき以外は使わないでしょ』
「いや、そうだけどさ……」
と、落ち着いたように言うのは風見さん。自らのロマンの為に作った『風見砲』なのに、案外執着心は少ないみたいだ。そこは現実主義者ということなのだろうか。
「何にせよやるしかないね……」
と、僕がため息をつきつつ呟くと、えぇ、と風見さんが相槌を打ってくれた。
『ふぇありーさん! まもなく『フリー』が開始されます! 準備よろしいですか!』
「いや、うん。もう頑張るしかないよ!」
と、僕は半ば諦めつつ操縦幹を強く握り、大きく息を吐いた。すると、ほぼそれと同時に、カウントダウンを表す数字が僕たちの目の前に浮かび上がった。
……のはいいんだけど、数字が表示されている高さが一般兵に合わせられているせいでとてつもなく見にくい。『皇帝』からしたら低すぎる。『皇帝』の頭を動かしてもいいんだけど、壊れたらイヤだしなぁ。
『ふぇありー! 『皇帝』最高にカッコいいよ! 頑張って!』
「うん。弓佳ちゃん、ありがとう!」
『よーし。じゃあ、いくよ、ふぇありー』
「え? 何が?」
たぶん残すところ数秒。弓佳ちゃんの声が響き渡る。
『『皇帝』! 発進!』
「りょ、了解! 『皇帝』! 発進します!」
開始を告げるブザーと共に、僕は左に握る操縦幹を前に倒した。これは全自動制御歩行を表していて、プログラムに基づいて『皇帝』が前に進んでくれるはずなんだけど……。
……あれ? 動かないぞ?
『ふぇありーさん! 足が埋まっています! 土の上に足を出してください!』
ぜ、前途多難過ぎる……。
だけど、前回の『桜改』の反省を生かして、自動で足を持ち上げるプログラムも『皇帝』には組み込んであるのだ。同じ失敗は二度は繰り返さない。
僕は操縦幹に付いているボタンを複数回押すと、無事に『足持ち上げプログラム』が作動し、『皇帝』が貧乏揺すりをするように足を震えながら持ち上げる。
と、僕が気を取り直してそんな風に『皇帝』の足を持ち上げようと四苦八苦していると、ふとおかしな点があることに気付いた。
「あれ? 他の部隊はなんで出撃しないの?」
普通『フリー』のような戦闘車両を運用するルールでは初期の位置取りは最重要事項として遂行される。だから僕を抜かしていく戦車やら装甲車やらがあって然るべきなんだけど、一台たりとも僕を抜いていった様子はない。
すると、東藤さんが何やら言いにくそうに話始めた。
『いや、皆さん試合をそっちのけで『皇帝』に釘付けになっているようでして……』
なんと。皆『皇帝』を見てくれているんだ。
味方すら釘付けにする魅力を持つ『皇帝』。そんな『皇帝』に対して、嬉しいような恥ずかしいような、そんな感覚が僕を支配する。
は、早く動かさないと! こんな足が埋まって身動きが取れないなんてカッコ悪い所見せられないよ!
『ぬ、抜けました! いけます! 『皇帝』、歩行可能です!』
そんな東藤さんの声と共に、僕は一息をついた。そして再び操縦幹のボタンを操作し、歩行モードに移る。
僕はもう一度深く息を吸うと、操縦幹をゆっくりと前に倒した。
すると、僕の命令に答えるように、『皇帝』の体が一瞬持ち上がった。そしてすぐに落とされるような、あの感覚が僕を襲ってきた。
これは『歩行』だ。『悠久機』の巨大さゆえに、歩行時の上下振動でダメージを受けるのだ。
『東藤ちゃん! あれ、歩けてるよね! 『皇帝』歩いてるよね!』
『えぇ! 弓佳さん! 歩けています! 『皇帝』、歩けてますよ!!』
酷いジェットコースターに乗っているような気分がする僕に対して、東藤さんの嬉しそうな声が聞こえてきた。
よし。と、僕は小さくガッツポーズを取りながら、再び操縦幹を前に倒した。
そして訪れる確かな衝撃。
『二、二歩目も歩けましたよ! 機体は安定しています! やったー!!』
外から見た様子は完全に摺り足ではあるが、確実に前には進んでいるようだ。今の僕も、衝撃こそは凄いものの肉体的なダメージはない。そう考えると、『桜改』の時よりも振動は軽減されているのだろう。
「それにしても、相変わらず揺れが凄いね……」
『ふ、ふぇありーさん……』
「ん? なに?」
『他部隊から、もっと早く移動できないのか、と言われまくっています……』
「二足歩行が履帯に勝てるわけないだろうバカか! って言っといて」
そして後ろから何やらチカチカ点滅したライトを受けているのを感じながらも、無視して歩き続ける事数歩。
僕がこの歩く度に生じる衝撃にも何とか慣れてきたころ、風見さんの疲れたような声が聞こえてきた。
『たぶんパッシングで煽られた人型ロボットなんて『皇帝』以外いないでしょうね?』
「ははっ。きっとそうだろうね」
後ろからのプレッシャーに負けないように、確実に一歩ずつ進んでいる僕たちだったが、ついに痺れを切らした寮機達が僕たちを無視して進軍を始めたのだった。
スターウォーズのAT-ST。二足歩行のひよこっぽい巨大戦闘兵器です。あれはなかなかいい造形してますよね。
いろんな意味で。




