『デスマッチ』
『デスマッチ』。それはシンプルなのに最も奥が深いルールだ。ただ敵を撃ち倒すだけ、といえばそれだけなのだけれど、一つの分隊がしっかりと連携し、索敵、攻撃、防御、撤退、全てを円滑に行う事がチームの勝利に繋がっていく。そこには部隊間の信頼も大事だし、個々のスキルも大きな要素になってくる。
もう改めて確認する必要は全くないのだけれど、僕のチームにはそれが壊滅的に不足している。うん。セオリーなんて関係ないね。慣例なんてくそくらえだ。
「よしっ! 8人目!」
僕はそんな怨念に近い何かを指先に込めながら、引き絞る様に引き金を引いた。すると手元の銃から確かな反動が伝わってくる。
戦闘を重ねる度にみるみる弾薬が減っていく為、重量的にはどんどん身軽になっていく。そして今、再び手榴弾を敵予測地点に向かって遠投した。
「……」
『ふぇありーさん! 手榴弾によりまた一人倒しました』
そしてもう何も言わなくなった風見さんが無言で弾薬と爆弾を僕に投げ渡してくれた。僕は苦笑いを浮かべながらそれを受けとり、慣れた手付きでマガジンのリロードを行う。
「あ、ありがとう! さ、さぁ、次の敵を探しに行こう!」
「えぇ。そうね。閃光の妖精さん」
「なんでぇ!? 僕、ずるいことしてないよね!?」
「うるさい!」
味方分隊との助け合いによる熱い戦い。に、慣れ親しんだ風見さんにとって、僕の戦法はどうやら不愉快以外の何物でもないみたいだ。
味方が協力して追い詰めた敵を中途半端に攻撃して、かと思うとあっという間に閃光弾と共に逃げていったりしてるからなぁ。風見さんには味方分隊の苦労がわかるから、僕の戦い方が気にくわないんだろう。
基本的に、待ち伏せ、奇襲、即時撤退。が信条だからね。やってることは完全にゲリラ兵のそれだ。卑怯者と罵られても言い返す言葉を持てない。
まぁでもそれと同じくらい味方を助けている気もする。中途半端に、とだけ枕詞がつくけど。僕に危険が迫りそうになったら即座に見捨てて離脱するしね!
と、そんな風に僕が思いを馳せていると、突然風見さんが僕の後ろに向けて銃を構え、発砲した。
「ふぇありー! ボーッとしないでよ!」
「ご、ごめん!」
銃声により耳を叩かれたような感覚に襲われながらも、僕は姿勢を落として瓦礫に身を隠しつつ敵を探す。
『……風見さんが一人倒しましたねー』
「ちょっと! アンタなんで少し嫌そうなのよ!」
僕はそんな二人のやり取りを耳にしながら閃光弾のピンを抜き、敵に向けて放り投げた。
それに続く爆発音を聞かないよう見ないように目と耳を塞ぎ、爆発が終わると同時に僕は即座に発砲体勢に入る。
そして目に入ってくるのはヒョットコの集団がこちらに銃を構えている様子だ。あれは『働く大人たち』か。流石に彼らは僕の閃光弾に慣れてしまったのか、手慣れた手付きで目元を覆い、こちらに銃口を向けていた。
しまった。これはまずいな。
「風見さんこっち!」
「きゃっ!」
僕は即座に射撃を中止して風見さんの腕を掴み、僕のいる遮蔽物まで引き寄せると、ほぼそれと同時に弾丸の嵐が風見さんがいた場所に降り注いだ。
普通いくら目と耳を塞いだとしても、近くで閃光弾が爆発したら即座に反応なんて出来やしない。だからこそ、この反撃の早さは単純に彼等の力量を表していると言えるだろう。
仮面から発せられる赤い光の残光を身に纏いながら、僕は腕の中でキョトンとしている風見さんに若干の恥ずかしさを感じながら、声をかけた。
「大丈夫?」
「え、えぇ」
「なら良かっ……た!」
続いて僕は閃光弾のピンを『抜かず』に上空へと放り上げた。そしてそれと同時に遮蔽物から身を乗り出し、敵に向かって銃を構えつつ一気に飛び出した。
無論、ピンを抜いていないので爆弾は爆発しない。閃光弾は空中をゆっくりとクルクルと回転しながら落ちてきているだけだった。
だが狙い通り敵は閃光を恐れて目元を覆って瓦礫身を寄せている。そのため、僕の突撃には気付いていない。
僕が閃光弾を投げまくるのにはこういった理由もある。いざというときの囮として役に立つのだ。
「はっ! 引っ掛かったね! それは爆発しないよ!!」
敵にそう言って現実を突き付け、ヒョットコ集団がそれに気付いて僕に意識を向ける。
だけど、もう時すでに遅し。
そんな僕に翻弄される彼らに素敵な笑顔を送ってから、僕は存分に引き金を引き、彼等の頭を撃ち抜いていった。
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『ふ、ふぇありーさん、『働く大人たち』を全滅させました……』
『ナイスだよふぇありー!!!』
「へっへへー!」
鼻高々な僕を風見さんが怪訝な瞳で見つめてくる。な、なんだよ。僕は敵を倒したんだよ!
「……貴方は妖精じゃないわ。鬼よ、鬼」
「なんでだよ! ル、ルールだから仕方ないでしょ!」
僕は『働く大人たち』が装備していた武器と弾薬を拾い上げつつ風見さんにそう言い返す。
ていうか、さっきの攻撃で負傷してしまった。
調子に乗って攻撃まで一拍置いたりしたから、僕は『働く大人たち』から反撃に会い、右肩部分を敵銃弾が掠めたのだ。
うん。流石は『働く大人たち』。彼等相手にあんまり舐めた事はしない方が懸命だね。
ちなみにこの他人の武器を拾う行為はルール上問題はないが、マナー的に良くない行為であるため推奨されない。拾われた方は決していい気分にならないからだ。
とはいえ、僕の専用の武器はたった今弾切れしてしまったから、敵の武器を使うしかないんだよね。
ごめんなさい。『働く大人たち』さん。武器を借りるね。これでもう一度貴方達を攻撃しても怒らないでください。
ま。僕に武器を奪われる方がいけないんだよ。
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「51キル8デス、ですか。相変わらず超攻撃的ですね」
そしてあっという間に『デスマッチ』も終了。残すところはあと『フリー』だけになってしまった。
風見さんの奮闘もあって、僕たちの順位は現在3位。
ちなみに一位は『働く大人たち』。だから少し悔しいけれど、まぁそんな些細なことはどうでもいい。
何せ次は『皇帝』のお披露目タイムだからだ。
僕はブリーフィングルームで東藤さんがプロジェクターで表示する情報をしっかりと頭に入れながら、束の間の休息を味わっていた。
無論、緊張しないと言ったら嘘になる。ここに来るまで本当にいろんな事があったんだ。
風見さんとは喧嘩したし、そもそも『皇帝』が完成するのかしないのかわからなかった。そしてその苦労の先の大舞台なんだ。緊張しない方が難しいだろう。
「い、いよいよだねふぇありー」
と、少し緊張した面持ちで弓佳ちゃんが言った。
僕はその言葉に小さく頷いた。
「敵主戦力はやはり『働く大人たち』です。過去のデータから推測すると戦車を使ってくるとは思いますが、正直どんな兵器を使ってくるか当てにはなりません。十分に注意してください」
と、少し申し訳なさそうにする東藤さん。従来の予定では、ここまでで圧倒的な得点差を叩きだし余裕をもって『フリー』に臨むはずだったんだけど、世の中そうは上手くいかない。
『フリー』でもある程度の結果を残さないと次のトーナメントに進むことは難しいだろう。
「ほら! 見てくださいよこれ! 実況放送が凄いことになってますよ!」
と、今まで黙々とパソコンの前で何かしていたアリシアさんが、こちらへと振り返りつつ嬉しそうに言った。
彼女に誘われるままに画面を覗き込むと、そこにはこの大会の実況中継らしき動画が流されていた。
「……何が凄いのよ」
「あっははははは! 『キャプテン・ユミーカは絶体にかわいいフェアリーは消えろ』ですって! 良かったですねぇ弓佳さん」
「え? あ、うん。ありがとう」
「……」
「『風見鶏には撃たれてもいいフェアリーは死ね』ですって風見さん! 大人気じゃないですか!」
「……」
僕が罵倒されまくっている事実は微塵も興味のないアリシアさんは、『悠久機プロジェクト』の盛り上がりっぷりに子供のようにはしゃいでいる。
コメントから察すると、案外弓佳ちゃんの行動は評判が良かったらしく彼女に関しては概ね好感がある様子だ。
しかしそれに引き換え僕への誹謗中傷の嵐は凄いこと凄いこと。基本的に誰かを誉めて、僕を貶す、という最悪のコメント方式がとられるようになっていた。
まぁそれに関しては別に構わないんだけどね。いくら僕がバカにされようが、『悠久機プロジェクト』の評価が下がらなければそれでいい。
そんな僕の様子に遂に気が付いたのか、アリシアさんは少し空気を張りつめながら、真面目な表情で全員に向けて口を開いた。
「今、ふぇありーさんへの悪口は途切れることはありませんが、私としては計画通りです。上々の盛り上がり具合です」
「……うん。そうだね」
僕は半ば諦めたようにため息をつきながら、アリシアさんに対して答えた。
そんな僕をチラリと見たあと、アリシアさんは話を続ける。
「ですが皆さんもわかっているとは思いますが、『フリー』で結果を残さないとこの流れは一変します。これは『公式大会』ですから、弱者は叩かれるのみです」
一瞬の沈黙が回りを包み込む。
確かに、アリシアさんの言う通りこれは『大会』であることを忘れてはならない。
僕たちは『悠久機』と名を呈した、『ふざけた兵器』を使用しようとしているのだ。もし何の結果も残せなければ『戦犯』として扱われ、チームメイトだけでなく様々な人達から叩かれるだろう。
「しかも私がとった作戦は、ふぇありーさんをダシに使った『炎上作戦』です。例え今流れを掴んでいるように見えても、ここで選択を間違えれば『悠久機プロジェクト』の信頼を回復するのは不可能に近いほど下落するでしょう」
そして、緊張した面持ちでアリシアさんは息を小さく吸い、吐き出すように言った。
「そうなってしまえば、『悠久機』の販売は半永久的に不可能になり、私も、もちろん貴方達も共倒れです」
その言葉に一同は表情を暗くした。『悠久機』の販売が上手くいかないと、それは事実上の解散の可能性も示唆しているのだ。
嫌でも僕の脳裏にそれが浮かんでしまう。
「だから。頑張ってくださいね? ふぇありーさん?」
と、アリシアさんは僕の胸を人差し指でつつきながら、いつものニコリとした笑顔を見せたのだった。
ついに! やっと! くそどうでもいいふぇありー無双回が終わって、『皇帝』の出番が!
もうそれこそどこぞのスーパーロボットのように獅子奮迅の活躍をしてくれる事をここに約束しますよ!(笑)




