僕は『狗』だ。
「ゆ、弓佳ちゃん何やってるの……」
気がつくと彼女は、いつの間にか壇上へと上がっていた。『働く大人たち』代表はその場で弓佳ちゃんを驚いたように見つめている。
風見さんと東藤さんはやれやれと頭を抱えているのに対して、アリシアさんはニヤニヤと少し嬉しそうにしているのは何でだろう。
と、そんな風に僕が不安げに彼女を見つめると、アリシアさんが少し嬉しそうに僕の元へと近づいてきた。
「だいじょーぶですよふぇありーさん。弓佳にはちゃんと仕込んでありますから」
と、心配する僕を元気づけるようにアリシアさんがひそりと耳打つ。さも計算通りだとでも言いたげな雰囲気だが、それは違う。
アリシアさんはわかってない。いくらこれがアリシアさんにとって予定調和の上の出来事だとしても、そんなの何の気休めにもならない事を。なにせ相手はあの弓佳ちゃんだ。その時の気分でとんでもない約束をしてくるポンコツキャプテンなんだから。
無論この様子は生中継で見ることも出来る。これ程の観客が入っている事から考えても、それ以上にオンラインで観戦している人も多いだろう。
コメントが荒れ狂ってるんだろうなぁ。他人の挨拶に割り込むなんて聞いたことないしなぁ。
『もう一度言う。私は、キャプテン・ユミーカ。『悠久機プロジェクト』のリーダーです』
唖然とする一同。あまりに不測の事態過ぎて誰も着いていっていない。やはり、他人を振り回すことにかけては一級品。流石は我らが『悠久機プロジェクト』のリーダーだと思っておこう。
『うーん。皆、聞こえてない? 『悠久機プロジェクト』です!』
聞こえていないというよりは、反応に困っている僕たちと観客達だったが、しばらくすると同情に近い拍手が観客席から巻き上がった。
すると、弓佳ちゃんは満足そうに壇上で頷いた。
僕の内側が焦燥感から羞恥心へと置き換わっていくのを感じる。さっきみたいに『悠久機プロジェクト』を貶されるのはもちろん嫌だけど、あんな風に自ら煽っていくのはそれはそれで恥ずかしい。
『よし。じゃあまずは突然の非礼を詫びさせて頂きます。あまりにも幼稚な挑発を聞いていられなくなりまして、つい出てきてしまいました』
弓佳ちゃんが大袈裟にそう謝ると、ガヤガヤと噂話に近い喧騒が会場を包み込む。弓佳ちゃんの敬語に違和感しか感じないのは僕たちだけだろうが、全員弓佳ちゃんの次の言葉を今か今かと待ちわびている。
『さて皆さん。まず、聞いてもらいたい事が二つあります。一つは『閃光の妖精』について。そしてもう一つは『悠久機『皇帝』』について』
そして弓佳ちゃんが再び話始めると、会場全体が水を打ったように静かになる。なんだか僕たちの背中に非難の視線が集まっているような気がする。
弓佳ちゃんがどんな挨拶をするのか。ある意味楽しみだけど、これ以上に不安になる事もそうそうないだろう。
そして弓佳ちゃんはゆっくりと息を吸い、吐き出すように口を開いた。
『一つ目。……うちのふぇありーは卑怯者なんかじゃないと言うこと』
突如として告げられる僕の名前。弓佳ちゃんの口調には僅かばかりの怒気が含まれてた。
そして、落ち着いた雰囲気で彼女は続ける。
『だけど、それを私がここで口で証明しても何の面白味もありません。だったら言うことはたった一つ。……もし、ふぇありーが卑怯者だとでも言うのなら、正々堂々と戦う私たちに勝ってみて下さい。あんた達が正しいというのなら、ふぇありーに勝ってみて下さい』
ビシリ、と人差し指を『働く大人たち』代表に向ける弓佳ちゃん。そして、間髪入れずにもう一度口を開く。
僕の胸中は複雑だ。弓佳ちゃんは僕の悪口を公衆の面前で言われて黙っていられなかったのだろうが、その気持ちは嬉しいけど、反面恥ずかしい。
しかしそんな僕の胸の内など微塵も気にする様子はなく、弓佳ちゃんは言葉を続けた。
『そして会場にお越しの皆さんと、今この挨拶をご覧になっている全ての方に、この場を持って宣言しておきます』
弓佳ちゃんは大袈裟に両手を広げ、壇上をゆっくりと歩き回る。さながら自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら彼女は大きく息を吸った。
『我が『悠久機プロジェクト』唯一の正統派戦闘員であり、なおかつ『皇帝』の正式エースパイロット、『閃光の妖精』はこの大会で『革命』をもたらすことを』
唖然。もしくは騒然。
そんな言葉が会場全体を包み込んでいるような感覚。やたらと持ち上げられている僕は勿論の事、見ている全ての人間が弓佳ちゃんの言動に捕らわれている。
『……ふぇありーは全てから否定されてきました。本人は不正行為など微塵も働いていないのに、卑怯者と罵られる日々が続いていたそうです。……だから。私はこのようにふぇありーに助言しました』
包み込む静寂。いつのまに練習したのか、弓佳ちゃんの言葉には人を引き付ける何かがあった。
そして彼女は再び大きく息を吸うと、少し声を大きくして続けた。
『否定する人は全てねじ伏せればいい。画面上に巣食う人類は、全て自分の事しか考えていない。だから貴方を否定する全ては抹殺せよ。……と、こう伝えたのです。ですから、この大会でふぇありーは持ちうる力の全てを解放するでしょう。立ち憚る全てを葬るために。……気にくわないなら止めてください。不正が気になるなら監視してください。ですが、どれだけ尽力しても、決して彼を止めることは出来ないでしょう』
弓佳ちゃんはゆっくりとそう締め括った。不思議な引き込まれるような感覚が僕達を包み込んでいる。
そして、小さな拍手が会場の隅で沸き上がった。続いてそれはまるで感染症のように、様々な人へと伝染していく。そして気付いた頃には大きな音となってこの小さな世界を覆い尽くしていった。
『ありがとうございます。続いて二つ目、悠久機試作16号機『皇帝』について』
拍手も次第に止み、弓佳ちゃんの次の言葉を僕たちは待ち構える。
初めは不信に思っていたはずの僕もいつの間にか弓佳ちゃんのペースに引きずり込まれていた。
『『皇帝』とはすなわち、立って歩く、二足歩行型巨大人型兵器の事を指します。全長は約18m。ビルの五階に匹敵する高さです』
と、自信満々に弓佳ちゃんが言うと、観客席から小さな喚声が巻き起こった。
『もちろん大きさだけではありません。人型による踏破性能は既存の兵器を軽く凌駕し、人型だからこそ為せる圧倒的な汎用性は他の兵器を過去のものにするでしょう』
う、嘘ばっかりだ……! 踏破性能なんて地盤が緩いだけで歩けなくなるし、汎用性に優れるということは特化性が著しく欠けることを意味する。
が、勿論そんなことを知っているのは僕たち『悠久機プロジェクト』の人間だけだ。他の観客は空想に思いを馳せ、まだ見ぬ『悠久機』に各々の姿を重ねている。
こんなにハードルを上げてどうするんだ……! 言っておくけどそんなの『皇帝』は越えられないぞ……!
そしてそんな観客の期待する様子に満足したのか、弓佳ちゃんは壇上で嬉しそうに頷いた。
『ありがとうございます。それでは『皇帝』と『妖精』の演舞。心よりお楽しみ下さいませ』
弓佳ちゃんはそう締め括ると、ペコリと頭を下げて壇上から颯爽と離れていった。
そして取り残された『働く大人たち』は困ったように佇んでいる。が、取り残されたのは彼らだけではなく、この会場にいる観客も含めた全てが、今の状況を飲み込めないでいたのだった。
ーーーーーーー
所代わってRW内『ブリーフィングルーム』。僕と風見さんはまもなく始まる大会のために装備を整えていた。
弓佳ちゃんの騒動の後つつがなく開会式は終了し、1時間のブリーフィングタイムが与えられた。今はA,Bチームも発表され、各チーム対戦に向けて準備と作戦会議に追われているはずだ。
ちなみに僕たち『悠久機プロジェクト』はBチーム。件の『働く大人たち』はAチームだ。あれほどお互い喧嘩を売ったんだから、もし同じチームになったらどうしようかと心の底で冷や汗をかいていたが、それはどうやら杞憂に終わったようだ。
もちろん僕のチームもただ今作戦会議の真っ最中だから、慌ただしさに追われているはずなんだけど……。
『えぇ。ですからうちのふぇありーは遊撃隊として動き回ります。……はい。全隊の指揮権限はそちらにお譲りしますが……』
果てしなく忙しそうなのは東藤さんだけだったりする。伝令謙指揮官の東藤さんは他チームと連携をとる必要があるので、全隊隊長からの指示を僕たちに伝えるのが主な任務だ。
だけど僕は指揮系統が整った戦いなんてしたことないし、セオリーもわからない。だから無理言って『遊撃隊』という名の独立部隊として扱ってもらえるように交渉している。
「もう弓佳があれだけ淡化を切ってるからね。ふぇありー、貴方本当に結果出しなさいよ。これでやっぱり集団戦は無理でしたなんて許さないからね」
「ふぇありーならできるよ! 大丈夫!」
「……あはは、おだてないでよ」
脱走したい気分だ。もう乾いた笑いしか出てこない。もともと逃げ場なんて砂粒一粒程残されていなかったけど、今度は背後の崖が崩れてきたような緊迫感を感じる。
……うん。何が言いたいのかよくわかんないけど、僕はもう前に進むしかないってことだ。できることをできるだけやって、精々この人達の期待に応えよう。
行くしかないんだ。僕は前にしか道は残されていない。
僕は大きく息を吸い、そして決意を胸に秘めながら口を開いた。
「……うん。僕、頑張るよ。……僕をバカにした人類を抹殺する為に。崇高たる『悠久機プロジェクト』の理想を掲げる為に。『皇帝』計画成就の為に。……僕は、BWに帰ってきたんだ!」
そして僕は、テーブルの上に並べられている愛銃へと手を伸ばした。
もう言うことはありません。
バルバトス!!!!!!!




