仮想世界の使い方
この学校、というか大抵の学校はそうだろうけど、体育館裏というのは人が来ない。まぁそもそもそんなに綺麗な訳ではないし、第一そんな所に行く理由がない。
にも関わらず、そこ周辺には不自然に人が集まっていた。しかも主に女の子ばかりで、僕を見つけるとわざとらしく目をそらし、どうでもいい話題に花を咲かせる。
完全に体育館裏へ入れば僕の姿は見えることはないのだろうが、聞き耳を立てれば会話の内容を聞くことは出来るだろう。
僕はその女の子達の様子に一抹の不安を胸に抱きながら、何事もなかったかのように彼女たちの脇を通り抜け、体育館裏へと入っていく。
そこは狭い、薄暗い、人気がない、の三拍子が揃っている所だった。だけど流石に県下一の進学校というプライドでもあるのか、草木で生い茂っているということはなく、暗いなりに小綺麗な空間が確保されていた。
体育館からはバスケ部らしき集団がボールをつく音が耳に心地よく響いてくる。
そこで待つこと約10分。僕がまとまらない考えに、あーでもないこーでもないと悪戦苦闘していると、先程の女子たちから小さな歓声が聞こえてきた。
そしてそれのすぐ後、体育館の角から明らかに不機嫌そうな女の子が歩いてくる。その子はキツい視線で僕を睨みながらずんずんとこちらへ向かってきた。
そして吐き捨てるように言う。
「何の用よ? あのバカ弓佳め……。覚えておきなさいよアイツ……」
「あ、風見さん。こ、こんにちは……、ど、どうしたの?」
「はいはいこんにちは。なんでもないわ。で? 何よ?」
切れ長の瞳に、整った眉毛。その顔が不機嫌に歪まされていなければ、そうとう綺麗な顔がそこにはあった。
不味い。まだ考えが纏まってない。どうしよう。何を言おう。
目の前で腕を組む彼女は、イライラしたように口を開く。
「……だから何よ。黙ってちゃわからないでしょ? 私帰るわよ?」
「ま、待って! えっと、あの、その……ごめんなさい!」
僕が頭を下げると、風見さんは胡散臭げに僕を見つめてくる。
いや、だからこれじゃあダメなんだ。しっかりと理由を言わないと。じゃないと風見さんだって納得しない。
口がカラカラと乾く。心が落ち着かない。なんだか泣きそうな気分だ。
風見さんの突き刺すような冷たい視線に僕は思わず怯んでしまう。
「なんであなたが謝るの?」
「えっと、風見さんには帰ってきて欲しいんだ。僕の力じゃ『皇帝』は完成させられない」
「そ。奇遇ね。たぶん私の力でも無理よ」
無表情に、淡々とそう風見さんは告げた。いくら僕が謝ろうが無駄、そう感じさせるには十分な雰囲気だった。そもそも謝ってどうこうなるような問題じゃないのに。
「そ、そこをなんとかならない……かな……」
そして、風見さんは呆れたようにため息をついて僕を真っ直ぐに見る。そして冷たく、ゆっくりと口を開いた。
「残念だったわねふぇありー。現実でリセットなんて出来ないのよ。もう諦めて」
それはもう僕がどうにか出来るようなものではなくて。風見さんの呆れと失望が入り交じったようなその口調は、聞いている僕を失意のどん底に突き落とした。
「話はそれだけ?」
「え、いやえっと。その」
僕がそんな風見さんの様子に動揺していると風見さんは、じゃあね。と、踵を返してゆっくりと歩き出した。
ダメだ。行ってしまう。何で僕はさっさと言わないんだ。
これを逃してしまうと本当にもう風見さんと一緒に物を作ることは出来なくなるような気がするのに。
だから、何か言わないと。さもなければ本当に風見さんの言う通り、僕達はもう修正出来なくなる。
もう失敗しない。そう心に誓ったじゃないか。
震える心を押さえながら、僕は声を紡ぎ出す。
「そうさ。だから僕は仮想世界に逃げたんだよ。そこなら修正出来るから」
呟くように、絞り出すような声をだした。
その儚い言葉は風見さんの耳に届いたのか、それとも届かなかったのか。それはわからないが、彼女は足を止めて後ろを振り返った。
そしてイライラしたように腕を組みながらきつく僕を睨む。
「あーー!! もう! うじうじ鬱陶しいわね! 何!? 言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ!」
風見さんは目元をピクピク動かしながら怒鳴る。。
「何を不安がってるのかは知らないけど、いい加減面倒なのよ!」
「だ、だって……」
「だってじゃない! 言いたいことがあるならさっさと言う! ないなら帰る!」
「あ、あるよ!」
「ならさっさと言いなさい!」
「えっと、えっと、今から言うけど、僕の事嫌いにならないでね」
僕は風見さんの勢いに押されて思わず後ずさる。
すると風見さんは大袈裟にため息をついた。
「どんな理由かは知らないけれど、今の鬱陶しい貴方の方がよっぽど嫌いになりそうよ」
「うぅ。ごめんなさい」
「まぁ、いいわ。で? なに?」
深呼吸。大丈夫。風見さんなら大丈夫。弓佳ちゃんだって保障してくれたじゃないか。僕らはもう『友達』なんだから。きっと大丈夫。
そうして僕は震える体を押さえつけながら再び大きく息を吸い、風見さんを真っ直ぐと見る。
「えっと……。その、僕の昔の話なんだけど……」
「……」
あぁ。やっぱり嫌だな。思い出すだけで心が痛む。
僕は再び確かに大きく息を吸い、決意を固めた上で風見さんを強く見つめた。
「その、理由は小学校まで遡るんだけど……。僕は小学生の時、いじめられてたんだ」
と、僕がそう言うと風見さんは怪訝そうに顔をしかめた。
僕は心の奥を締め付けられるような嫌な気分に全てを投げ出してしまいそうになりながらも話を進める。
「いや、思えば多分小学校高学年からだね。僕は今でこそ背が伸びたけど、昔は本当に背が低くて、ずっと『チビ妖精』ってバカにされてたんだ」
「……」
「僕もいけなかったんだと思う。イヤだと思ってても、ずっとヘラヘラしていたし」
「……えぇ」
「だから僕は軽い気分転換のつもりでRWを始めたんだ。初めは本当に楽しかった。自由な発想で物を作ったり、NPCとやり取りしたり、モンスターと戦ったりしてね」
どんなゲームもやり初めは楽しいものだ。僕の場合は親も無関心だったし、あまり学校にも行かずにずっとRWに入り浸っていた程だし。
だけど、それは逃げているだけで、根本的な解決にはなっていなかった。
風見さんは僕の突然の告白に多少戸惑っているようで、目をパチパチと開閉させて僕の言葉を聞いている。
うー。気持ちはわかるけど、できれば暖かい心で聞いてほしい。でないと僕の心が折れてしまうよ。
「中学生になっても僕はずっとRWに入り浸っていたんだ。その頃はRWには友達が出来ていたから、小学校の時よりRWにいる時間が長かったかも」
「中学生でも、その、いじめられてたの?」
「うん。むしろそっちの方が酷かったよ。初めはからかいだったはずなのにいつの間にか……ね」
初めのうちは『妖精』という名前でからかわれる程度だった。それが少しずつエスカレートして、次第に謂れのない噂話を流されたり、私物を盗られたりと、本当に色んな事をされた。
だけど僕は何をされてもずっと黙っていた。ここは僕の居場所じゃない。僕の帰る場所はRWだ、とその時は本気で思っていたから。
「それでその頃からBWに出場するようになったんだ。一緒にプレイしていたRWの友達は参戦しなかったからいつも一人だったけど」
初めはほんの試しのつもりだった。日頃学校で感じる鬱憤を晴らす程度の軽い気持ちだったんだ。
そして、その頃に自分でつけた二つ名こそ『閃光の妖精』だ。
風見さんは先程までの怒気はどこかに消え去り、僕の話を親身になって聞いてくれている。
僕はその様子に少しの安心感を覚えつつ、話を続ける。
「僕はBWでのメキメキと戦績を伸ばしていった。フリーマッチでも、大会でも勝つようになり、いつの間にかソロプレイヤーとして一時期時の人となったんだ」
「えぇ。それは私も知ってるわ」
「……だけど。勝ちすぎたんだよね。出る杭は打たれる、というけれど、僕は調子に乗りすぎた」
何か苦いものが僕の内部から広がっていくのを感じる。あそこで適当にBWを切り上げてれば。あそこで慢心しなければ、なんて。そんな妄想は幾度となく行った。
「……どうしたの?」
「風見さんなら何が起こるか何となくわかるでしょ? 突然表れたルーキー。中学生。特別な武器を使っている訳ではないのに、名のある分隊を次々と撃破していくソロプレイヤー」
「……もしかして」
「うん。『チート疑惑』だよ」
嫉妬もあったんだと思う。一人で大量の賞品をかっさらっていくのに、その強さを保証する人物はいないソロプレイヤー。チーム名のない『日本第三位』。
自分で言うのもなんだけど、確かに疑われてもおかしくないとは思う。
「その時は本当にどん底だった。唯一の居場所である『RW』でさえも、僕の居場所はなくなりつつあったんだよ」
「……」
「BWに行くだけで罵声を浴びせられ、チートと罵られる。RWでの唯一の友達も、次第に僕から離れていった」
その日々はまさに地獄だった。学校ではいじめに会い、かといってゲームでは罵声を浴びせられる。
学校はなんとか耐えることは出来た、期間も長かったし、慣れていたし。
だけど唯一の居場所のRWは耐えられなかった。だから僕は信頼の回復に必死だったんだ。
「僕はそれでも頑張ったんだ。チート疑惑を払拭するには、もっと簡素な装備で挑めばいいんだって本気で思ってたし」
「……それはどうかしら」
「うん。そうだね。思いっきり逆効果だったよ」
「でしょうね」
死に物狂いだった。僕に貼り付けられたレッテルを剥がそうとすればするほど、僕の『チート疑惑』はより強固なものとして固まっていく。
「その僕の間違った方向での努力の甲斐もあって、僕は中学3年の頃には『全て』から孤立していたんだよ」
「……」
「BWは勿論、RWも引退したし、学校の成績だってドン底。ていうかそもそも学校にもあまり行ってなかった」
そこまで言うと僕はもう一度深く深呼吸をした。こんな話をするのは弓佳ちゃん以外には初めてだ。
「現実世界でも居場所はない。RWでも居場所はない。もうその時の僕にとって、この世界は全てが地獄だったよ」
「えぇ。そうでしょうね」
「死のうと思ったこともあったんだよ。もう生きている事に意味を見いだせなかったし、これから先に希望なんてなかったから」
まずい。泣きそうだ。もう高校生なのに。女の子の前なのに。
「でもそんな時、そこで僕は弓佳ちゃんに出会ったんだ」
「あの子と? でも弓佳ってあなたと同じ学校だったの?」
「違うよ。弓佳ちゃんはわざわざ僕に会いに来てくれたんだ。理由は風見さんが知っている通りだけどね」
あれは今でも忘れられない。
死んだ魚のような目で校門を出ていく僕を呼び止める、他校の美少女。
一番始めに考えたことは、新手のいじめだ。ついに他校の人にまで何か嫌なことをされるようになったのかと僕は絶望した。
でも違った。それは僕の勘違いだったんだ。
弓佳ちゃんはあのいつもの笑顔を浮かべて僕にこう言ったんだ。
「『ねぇ、あなたがふぇありーだよね? あたしと一緒に、巨大人型ロボット作らない?』って」
「いきなり?」
「うん。そうだよ。弓佳ちゃんにとっては、大きな意味はなかったかも知れない。初めは僕もあの人が何を言っているのか本気でわからなかったし」
たぶん僕は今、半分くらい泣いていると思う。気を抜くと声を上げて泣いてしまいそうだ。
あふれでそうになる涙を手で拭いながら、僕は言葉を続ける。
「僕はまた別の人が僕に嫌がらせをしに来たと思ったから、初めは否定したんだ。僕を必要とする人なんてその時まで見たことは無かったし、なによりその頃は僕はもう何も信じることは出来なかったから」
「……」
「だけど弓佳ちゃんは違った。あの子は僕が何度拒否しても、僕を誘いに来た。……知ってか知らずか、僕を助けようとしてくれたんだよ」
「あの子が……そんな」
「うん。そして僕は弓佳ちゃんの熱意に負け、不安ながらもRWに復帰したんだ。弓佳ちゃんは本気で僕を必要としてくれている、って希望を胸に秘めながら」
結局、弓佳ちゃんは僕のそんな希望を裏切らなかった。言っている事は滅茶苦茶だったけど、それでも僕を必要としてくれた。
「そうして、そこから僕の生活は一変したんだ。生きる事に意味ができた。生きる事に楽しみを感じた。なにより僕が必要とされているということに強い温もり感じた」
僕は拳を固め、再び息を大きく吸って風見さんを真っ直ぐに見た。
彼女は、優しい瞳を僕へと向けていた。
「だから僕は『巨大人型ロボット』を造りたいんだ! もちろん僕を必要としてくれた弓佳ちゃんの為にも。だけど、それ以上に『悠久機』がいくら大きかったとしても、それは僕にとっての『象徴』だから。僕に居場所をくれたそれは、僕にとっての『ヒーロー』なんだよ!」
近くに人がいることも忘れて、僕は大きな声でそう言い放った。
くらい! ロボット関係ない! 早く『皇帝』を作れよばか野郎!
と、思いながら書いていました。ふぇありーのウザさを感じて下されば幸いです。あと弓佳の役割と。




