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『桜改』歩行実験

 改めて『桜改』を見上げると、目眩のするような大きさだと思う。全長は約18m、ビルで例えると大体5階の高さに相当し、目の前にある足首でさえ僕の身長よりも大きい。こんな機体が作品によっては当然のように殴りあっているのだ。一体どんな力学が働いているのか曲がりなりにも気にはなる所だが、それは気にしてはならないお約束。

 正直周辺の被害を考えると目も当てられない事になりそうだし。


 機体は各納庫で幾多の支持棒に支えられつつ、堂々と、威厳をその姿に感じさせるように立っていた。

 漆黒の装甲はライトの明かりを受けて妖しげに光り、関節の真紅は燃えるように輝いている。


『ふぇありーさん! 『桜改』に乗り込んで下さい! 火は入ってます!』


 と、僕が改めて自分の作った機体を眺めていると東藤さんの声が届いてきた。たぶん彼女はどこか別の場所でモニタリングしているのだろう。

 機体からはエンジンの音が響き渡り、微かに輝く金色の瞳はまるで『桜改』が生きているかのような錯覚を僕に覚えさせる。

 ただ金属を擦り合わせたような高音の音が聞こえてこないから、エリクサーエンジンは始動していないんだろう。

 今から『エリクサー』を使わない歩行が始まるのかと思うと、なんとなく気の引き締まる思いがした。


 そして、僕の横で同じように機体を見上げる女の子、風見風子さんは感心と呆れが混じったような声音で僕に話しかけてくる。

 ちなみにもう必要ないはずなんだけど、彼女は何故か黄色のヘルメットをまだ被っている。気に入ったのかなそれ。


「相変わらず近場で見ると物凄い迫力ね、これ。バカみたい」

「バカみたい、ってなんだよー」


 まぁ自分で言うのも何だが、正直バカだとは思う。長い間BW(Battle World)で戦っていた時には時おり訳のわからない兵器、いや、製作者のロマンを感じる兵器は度々目にしたが、基本的には役に立たず、チームメイトにこれでもかと批判されていた。その時は僕もチームが負けたのはその兵器のせいだ! と、野良ぼっちプレイヤーの分際でよく吠えたものだ。


 今でも『人型ロボット』を作ると言って良い顔をされた試しはない。空想の世界のお話を現実に置き換えようとするなって。どうせ不可能なんだからやるだけ無駄だって。

 まだ『悠久機』を『BW』で御披露目はしてはいないけれど、実際に機体を戦場に送り出したときに起こる批判を考えると今からでもため息が出る。

 

 これは色んな人に否定されてきた『夢』の結晶だ。理解してもらおうなんて思っていないし、そもそも自己満足。硝子細工のように脆く崩れ去るが、崩れてもなお輝きを放つ貴重な自己満足なんだ。

 例え、どれだけ他人が砕けた硝子ガラス細工に価値を見出だせなかったとしても、僕にとっては大切なものだから。


 よし。行こう。例えどんな結果になっても、僕の『夢』は朽ち果てることはないんだ。例え上手く歩けなかったって、それは一つの『成功』なんだと胸を張って次に繋げよう。


 と、僕は失敗した時のために、ひとしきり自分を慰めた後、『桜改』を固定するように横に立っている柱の梯子を掴み、それを登っていく。


 そして、『桜改』の胸部、と言ってもかなりの高さだが、の横まで来るとすぐ近くに備え付けられている開閉式ハッチに手をかけた。位置としては『桜改』の脇周辺にある。

 実はこの地味なハッチがコックピットの入り口だったりする。従来の計画ならば、ロボットアニメに倣って胸元がガバッと開くような設計したかったのだけれど、想像以上の面倒くささと、異常な胸部の盛り上がりになりそうだったため泣く泣く断念した。

 ある意味あの計画も不具合の一種だと思う。今から考えると機体の正面からじゃないと乗り込めないなんて面倒にも程があるし。


「ねー! あたしも乗ってみたいー!」


 と、僕がハッチを開けてコックピットに入ろうとした瞬間、風見さんが下から僕に向かって声を張り上げた。


 その瞬間、僕はなんとなく嬉しくなり、笑顔が顔から溢れるのを感じた。その笑みは小学生が図工を誉められたときに浮かべるそれに似ていると思う。

 風見さんも乗ってみたいって思うんだ。

 なんとなくだけれど、僕がやって来た事が少しだけ認められた気がした。


 そして、僕は一瞬迷った振りをした後、小さく首を縦に降った。


 これで風見さんが『人型ロボット』に興味を待ってもらえれば御の字だ。機体は稼働状態に入っているから、素人にあまり触らせたくはないんだけれど、まぁ風見さんなら大丈夫だろう。 


「いいよー! ここまで上がってきて!」


 と、僕が大きな声で返事をすると風見さんは顔を綻ばせて梯子を上がってきた。


『ちょ、ちょっとふぇありーさん! そんな部外者を『桜改』に乗せるなんて……』

「はぁ!? なんであたしが部外者なのよ! 『皇帝ツァーリ』の設計したのは誰だと思ってるのよ!」

『『皇帝あれ』に制御系を乗せるのがどれだけ大変かわかってるんですか!? それで仕事をした気にならないでくださいよ!』

「なんですってー!」

「ちょ、二人とも落ち着いて! 東藤さん、風見さんだって今は『悠久機プロジェクト』の一員だよ。別に乗せてあげてもいいんじゃない?」

『し、しかし……。その機体は三人の苦労の結晶じゃないですか。それを新入りなんかに気安く……』

「まぁまぁそんなに固いこと言わないで。『皇帝』が完成したら一番に乗ったらいいじゃない」

『で、ですが……』


 スピーカー越しに弓佳ちゃんが、初めに乗るのは私だよー! と、言っているのが聞こえるが、まぁそれは聞こえなかったことにしよう。

 東藤さんは納得してくれたのかはわからないけれど、押し黙ってしまったので僕はそれを肯定と見なしてコックピットハッチを開く。

 


「風見さん、『桜改』には火が入ってるから、余計なレバーやスイッチを動かさないように注意してね」

「う、うん。わかってるわよ。ありがとう」


 風見さんはずり落ちそうになっているヘルメットを被り直し、笑顔で機体に乗り込んでいく。そんなに気に入ったならそのヘルメットは君にあげよう。『悠久機プロジェクト』のエンブレムである漆黒のロボットも刺繍されているしね。

 もちろん『桜改』には梯子から直接乗り込むという親切極まりない搭乗方法なので、風見さんの匂いを感じるほどに彼女は僕の近くから乗り込んでいく。鈴蘭の香りだ。鈴蘭なんて嗅いだことないけど。


「お、思ったよりも狭いわね。しかもコックピットまで遠くない?」

「どう? 乗れた?」


 頭からコックピットに入っていった風見さんは苦しそうな声を出した。今更言いにくいけどそれは足から乗るものだよ風見さん。そして、風見さんの指摘はもっともだ。

 『桜改』は縦にも大きければ横にも大きい。このような脇付近にコックピットの入り口を作ってしまった為に少し中を這って行かなければならないのだ。これもこいつの重大な欠陥の一つだ。

 ちなみにこの辺りの不具合は『皇帝』では解消されている。あっちは確か首もとにコックピットの入り口を作ってあるはずだ。


「乗れた……けど、窮屈ねやっぱり。あとごちゃごちゃし過ぎで何が何だかわかんないわ」

「それは僕と東藤さんがかなり手を加えたからね! 正直僕以外は上手に操縦できないと思うよ」

「ダメじゃない。そんなシステムじゃ量産化は出来ないわよ?」


 と、風見さんから鋭い指摘を頂いたが、現状はそれ以前の問題が山積みなんだよね。


「うわー。これ、バカにしていたけどなかなかスゴいわね! すっごい動かしたいわ!」

「だ、ダメだよ! 今『桜改』は一機しかないんだから!」

「わかってるわよ。冗談よ冗談。……あれ? この座席下にあるレバーは何かしら? こんなの設計図にあったかしら?」

「それに触っちゃダメだよ! それ脱出装置だから!」


 いちいち冷や冷やさせる発言をするのはやめてほしい。風見さんを信じていない訳じゃないんだけど、それでもやっぱりあまり詳しくない人を乗せるのは恐ろしい。

 今更だけど、東藤さんの言っている事が正しいような気がしてきた。苦労を知らない新人に機体を預けるべきじゃないかな。


「か、風見さん。満足したら出てきて貰いたいんだけど……!」

「えー。もう?」


 名残惜しそうな声を出してくれるのはありがたいんだけど、これ以上は僕の心臓がもたない。大至急そこから降りてほしい。

 そして僕の心情を悟ったのかどうかはわからないけれど、のそのそと風見さんがコックピットから這い出してくるのが見えた。


 僕は手を差し出し、風見さんの柔らかい手を掴んでコックピットから引っ張りあげる。うわ! 風見さんの手柔らかい! なんて言葉は胸の奥に秘めつつ、彼女に梯子を掴ませる。


 コックピットから出てきた風見さんは清々しい表情を浮かべていて、その切れ長の瞳に楽しそうな色が浮かんでいるようで、その素敵な笑顔に僕はつい目をそらしてしまった。

 

「あ、ありがとうふぇありー」

「うん。気を付けてね」


 僕は気を取り直し、再び空になったコックピットへと足を滑らせた。



ーーーーーーー



『それでは、只今より悠久機試作15号『桜改』の歩行テストを行います。ふぇありーさん、準備は宜しいですか』

「準備は完了してるけど、ふぇありーって呼ばないで」

『では、支持アームを切り離します。ふぇありーさんは『実験歩行用システム』を最適に使用しつつ、機体のバランス制御をお願いします』


 プシュー、と空気を噴き出すような音を出しながら次々と機体に連結されていたアームが取り払われていく。

 そしてその都度、機体に微かな揺れが走るのを感じる。

 僕はシートベルトをもう一度きつく閉め直し、激しくなりつつある心臓の鼓動に耳を傾けながら大きく息を吸った。


『只今、第14アーム除去完了しました。ふぇありーさん、機体の調子はどうですか』

「凄い揺れてるよ!」


 普通の人間でさえ、二足で直立しているときにピタリと止まることなんて出来ない。ましてや『桜改』なら謂わずもがなだ。しかもその前後左右の揺れも人間のそれなら僅かな揺らぎだが、全長18mともなるとバカには出来ないものにまで拡張される。

 『桜改』は立っているだけなのに僕のコックピットは何か振り子の中にいるかのように感じた。


 滑空している時もかなりの振動はあったが、それとはまた違った種類の揺れだ。


『揺れ、ですか?』

「うん。気持ち悪いからとっとと歩行試験を始めちゃおう」


 この揺れの中にいると吐きそうだ。ていうか立っているたけでこれか。心底歩きたくないんだけど。


『わかりました。では目標は格納庫を出て、再び格納庫に戻ることです。指示したルートを歩行お願いします』

「りょ、了解」


 僕は命綱でもある東藤さん作『歩行制御システム』が正常に作動しているのを確認して、左の操縦幹をこれでもかというほどゆっくりと傾けた。


 


 



 


 





 

 

祝、10話! 

基本的に三日に一度投稿ペースを守っているので(チョコチョコ遅れていますが)、初投稿から大体一ヶ月が経過したということですね。しかし驚くほど人型ロボットの完成は見えてきませんいつになったら完成するのでしょう笑。


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