第六節~厄介なカノジョ・後編~
自殺したと思ったら転生したけど、転生した先はカルト教団の闇サバト会場で何やかやで逮捕されて拷問された。
そのあとで俺があったのは初恋の人だった。そして初恋の人に議論をふっかけられた。←今ココ
2015/5/18 Cotswalds Burford
第六節~厄介なカノジョ・後編~
「ふふふ、これは面白いです。全く異なる文化、全く異なる歴史的背景をもつ貴方の答えが私の宿敵のそれと一致するとは。もちろん私は同意しません。しかし評価はします。
国家とは外敵から国民を守るだけの消極的なものなどではありません。断じて違います。
なぜなら人が恐れるのは外部の敵だけでなく内部の無秩序でもあるからです。国家とは人々の願いの産物、しあわせになりたいという祈りの結果、混沌を嫌う人間の性の具現化なのです。それ故国家は内部に秩序をもたらし、人々の幸せ探しを助ける存在なのです。積極的に平和と防衛とを人間に保障する地上の神なのです」
その答えは俺の知っている解答の対極にあるもの。あの可愛く強い初恋の人が信じていた見方に通ずるもの。とても優しく、それゆえ恐ろしい見方だった。言わんとする事は一つ、国家は個人的な幸せに介入するべきだ、さもなければその存在意義は失われるだろう、と。父なる神を人間が作ったという傲慢な教え。
「反論はありませんか?別に反論したからといって、貴方の立場がこれ以上悪くなることはありませんから、せっかくなので試みてはどうでしょうか?」
そうその人はいった。どうやら、俺はもっとさえずらなければならないらしい。自分の歌ではない歌を。
「えっと、あなたの意見では国家が個々の人々の考え方・感情にまで口をだすことができてしまうが、俺はそのような態度は間違っていると思う。国家は個々人の自由を出来る限り無制限に保証しその創造性を伸ばさなくてはならない。国家が人々の幸せを探すという名のもとに各々の価値基準にまで口を出すとしたら、そんな国では人々は本当に幸せになれない…と思う。」
当然この一手は相手も想定済みだろう。だからこそそういった。この議論がどこまで続くかしれないし、プブリカという人が何を評価基準としているのかも見えない。でも少なくとも対立意見だというだけで俺を見捨てる気はないようだ。だからこそ、この一手、俺に反論を求めるということは考え方の自由を尊重するという態度の証、この人の考え方がそれに矛盾するというシンプルで想定される反論は核心をついている。人は神を必要としない、神よりも硬い城壁があればそれで十分安心できるのだと。
「たしかに。あなたの言う通りです。しかしこの神は民衆によって支配されている神なのです。デモクラティア(民主主義)という装置によって完全にコントロールされた神なのです。人々は投票し、議論し、この神を創造します。であればこそ、人々は喜んで自らが作り上げたその支配を受け入れるでしょう。何故なら人々が自分で決めた事に進んで自ら従うという自己統治は国家でも個人でもふつうのことなのですから。
それに、あなたの意見に従ってもやはり国家は国民の生活にも注意を払わなければいけないでしょう。あなたはこういいました『壁の内側の自由を保証すべきもの』だと。もちろんその通りです。だからこそ、国家は人々の生活に対しても責任を追うのです。貧困は盗賊の母です。無知は腐敗の父です。かくて生まれた絶望は無秩序に成長し、やがて国家という神を殺すでしょう、あなたの言葉を借りれば、城壁を腐らせるでしょう。強盗とが無知がはびこるかような国のどこに自由があるでしょうか?自由とは対等な市民同士の間にしか起こりえないというのに」
彼女の答えは想像通り、俺の打ち込んだ急所はやはり防御されており、彼女の逆襲はやはり想定された場所をえぐっていた。おそらくどちらも想定内の応酬、本当にこの人が俺を論破したいとするなら更に論を進めようとするだろう。この状況下でそれにどんな意味があるのか想像もつかないが。
ん?!、よく考えて見れば不思議なことだった。俺は民主主義の日本から来てその枠組のなかで議論し、少女は見事に切り返した。つまり、このセカイでは日本と同様に民主主義で近代国家だということなのか?今までも見たどこにもそんな文明のかけらはなく、すべては中世のような古びた褐色のこのセカイは、それでも民主主義を標榜しているらしい。
「まぁ、いいでしょう。あなたは確かに正義を答えました。もっとも私は認めませんが。だから、こういいましょう。あなたは戴国のスパイなどではない。戴国の間諜がこのような考え方を不自然でなく述べることが出来るとは思えません。ただの不法移民でしょう」
こんな若い女性の決定になんの意味があるのか、それ以前にスパイから不法移民に変わったのはいいことなのか。戸惑う俺を無視して、プブリカの横の長身の女性が反論する。
「そんなバカな。それっぽいことをさえずることなら訓練さえつめば誰だってできる。間諜かどうかは尋問してみなければわからない。」
「私達の敵は、彼らの高慢の歴史の中で最も高慢な者達。間諜を訓練し、敵国の思想を学ばせ、密かに潜入させるなど彼らの高すぎる誇りが決して許さないでしょう。高く築きすぎた誇りの玉座に座って降りられなくなっている、それが戴国なのですから。それに、こんな脆弱そうな人間を間諜にするのはあまりにも見栄えが良くない。彼らならそう考えるでしょう。
そんなことよりも、私はこの人間が気に入りました。早く奴隷市場に下ろせないですか?欲しいのですが」
「ちょっとまて、何考えている。尋問せずにそのまま市場におろして、本当に間諜だったらどうするんだ。それにプブリカは今大統領候補者として立候補してるんだぞ。仮にも間諜容疑者を買ったなんて噂が立てば有権者の信頼を失ってしまうじゃないか。」
うーんと、顎に手を当てて考えるプブリカ。やはりその姿は俺の幼なじみを彷彿させる。
「私の記憶によれば本来の意味で間諜として逮捕されたものは今までいませんし、先ほどの話しによれば拷問しなければならない法的根拠は薄いように思われます。そもそも、拷問したところでその自白がどれほど正しいのかわかりませんし。それよりは五体満足で市場におろして防務省の逼迫した予算の足しにしたほうがいいんじゃないですか?
それに、私が直接買わなくてもウィクタが代わりに落札して私に譲渡する形にすれば表沙汰になりませんし、元軍人のあなたが買うなら人々も納得するでしょう」
プブリカの冷静な反論にウィクタと呼ばれた長身の女性は頭を抱えている。俺を殴りつけた狐耳の看守はといえば、もともと引きつっていた笑顔が顔面蒼白になっている。話の流れ的に俺はここからでられそうだが、果たしてどうなるのか。俺の運命は俺の手を遥か離れた女達の口先の上で踊っている。
「しかし・・・いや、どうせプブリカは私がなんと言おうが論破してしまうんだろ。おまえは頑固者だから、欲しいものは無理してでも手に入れてしまう」
結局長身の女性の負けのようだった。結局彼女は折れて狐耳の男に怒鳴るように言う。
「おい、少尉、次の奴隷市場が開かれるのはいつだ?」
「四日後であります」
「では、それに間に合うようにしろ。直近の奴隷市場に間に合わせるため仕方なく尋問する時間がなくなった体で話を進めろ。あくまでも裁量の範囲内、法律の範囲内で、だ。そうすれば、我らが『勝った』後にお前もおこぼれに預かれるかもしれないぞ」
長身の女性のその声は先ほどまでのプブリカに対する親しげな感じとは打って変わって冷たく人に命令し慣れているように聞こえた。結局俺はスパイから奴隷になるようだ。そもそも奴隷って、本当にどこだここ。先ほどの議論から推測するに民主主義とかがあるのに奴隷制って、明らかに矛盾してるんじゃないのか。そんなことを取り留めもなく考えていると、女性たちは部屋を出て行くようだった。初恋の人と同じ顔の少女は、
「また会いましょう」
と言って俺に微笑んだ。あの、印象的なはにかんだような笑顔で。
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主人公自殺転生
一日目:狐耳幼女と怪しげな儀式、逮捕、拷問
二日目:プブリカとの出会い
五日後
回想開始
六日後
嵐の演説