第二節~狐耳幼女~
自殺した俺が目覚めると…
2015/06/03/London Streatham Coffe NERO
第二節~狐耳幼女~
さぁ、俺は話し始めなければいけない。まだよくは知らない俺の主人たちを楽しませるために。
前世は人生の落伍者、今は道化、ただひとつの慰めは目前のこの少女が微笑みながら俺を見ていること。
「さて、どこから話せばいいんだろうか。そうだな、まず、俺がこのセカイで目が覚めた時から話し始めようか。
ほんの数日前のことだ…。俺はこことは違う世界で普通に眠りについた。」
それは嘘だ、俺は大切なことを言ってはいない。目の前の二人は興味深そうに聞いている。俺は真実を言えない、特にプブリカには。俺は日本で普通に寝ていたわけじゃない。自殺したんだ。だが、そのことを言ったら彼女はどう思うだろうか。俺を軽蔑するかもしれないし、自殺するほどに弱い人間だと失望されるかもしれない。
だから俺はわざと飛ばす。今のこの雰囲気なら多少のことは許されると知りながら。
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さらに六日前、
七番目、若葉の月、第一週、第橙曜日
最初に感じたのは声だった。
「~我らが願いは平安。常世があるべきようにあること。
我らが祈りは希望。隔世が隔世として我ら人の子と付かず離れずあること。
何が善か、無知なる我らに知ろしめし給え。」
次に感じたのは匂いだった。それは肉の焼ける匂い。現代日本ではあまりかぐことのない鉄臭い血と生臭い肉の焼ける鮮烈な臭い。喉を辛くし、肌を痒くする煙の影も。
そして俺はにわかに気がついた。目を開けられることに。不思議なことに完全に視覚の存在を失念していたのだった。目を開ければ、
そこは丸い青空、薄い薄い限り無く白い青空。周囲は切り立った壁に囲まれて、空は切り抜かれる。どうやらここは竪穴の底のようだった。丸く抜かれた白青い空にむかって一筋純白の煙が立ち上る。清々しいほどの直線的に。ああ、焼ける匂いはこの煙か、そう独りごちる。
最初に湧いてきたのは、なぜ俺は生きているのかという問いだった。あれほどまでに死を渇望し、やっとこさ振り絞った勇気だったのに・・・。そして次にここはどこなのかという問いが思い浮かぶ。きっと天国なんだと自分に言い聞かせながら。
首をひねる。どうやら石の台の上に寝かされているようだ。右側数メートル先では火が燃え、煙を限りなく炊き続けている。燃え盛る炎は大気を取り込み煙として神々しくも天に逃がす。
そう、あの火は、生贄の炎、そう直感した。火の向こうには数人の男女がひれ伏しているのがかすかに見える。
「恵みをもって我らに報い、我らの貢をもって神聖たれ。
創世よりの忠節、数百年の祈り、皆悉く君の物~」
ではこれは祝詞?心地よく歌うように、眠くなるように、詠うのは一人の少女。他の人間たちの服装が粗末な茶色のものなのに、少女のそれはまばゆく輝くような純白の着物。真っ先に思いついたのは巫女装束だった。しかし、それにしては少し洋装っぽくも見える。
そして、少女の栗色の髪に目が行く。いや、単なる髪の毛だけではない。その頭には子供向けのアニメにでも出てきそうな狐耳がついていた。髪と同じく栗色で、ポッカリと開いた空から差し込んだ光が反射している。うやうやしく垂れ下がった耳をもっと良く見ようと俺はゆっくりと体を起こす。神聖そうな祝詞を遮らないように。
コツン、腕の近くにあった小石が起き上がった拍子に指に触れて落ちる。祝詞が中断する。やっぱり、なんかまずかったのか。
見下ろした俺の視線と少女の茶色い目が合う。顔を上げてみれば少女は思った以上に幼いようだった。いや、小さいからそのように見えるのかもしれない。驚いた瞳とピクピク頭のてっぺんで痙攣する右耳。どうやら本当に頭に生えているらしい。
「あなたが、あなたが、御使い様ですか?」
震えた声で再びひれ伏し、少女が問う。その声は畏怖どころか、恐怖すら混じっているようで、俺の宙に浮いたような実感とは果てしなく乖離していた。俺の実感は何処まで行っても夢以上のものに感じられないのに、少女の声はあまりにも深刻で、実際少女と俺の間に見えないスクリーンでもあって、俺が視聴者で少女はどこぞの名優が演じる名作映画のようにすら感じられた。
「そ、それよりも本題、神託をください。神殿が閉じられてより五十年、我らの信仰は止むこともなく不断の努力、飽くなき信心によって支えられてきました。
此度は、無理を承知で、神殿を開き、天啓を伺い奉った非礼、百千億の罪に処せられても申し開きはございません。ここにいる者共は皆、身を捧げる覚悟のあるものばかりでございます。我らの身と引き換えに、どうか何卒、神託を頂きたくお願い奉ります」
なんか、勘違いされているようだ。とはいえ、俺も自分の状況が理解できず、実感すら欠いている。こんな状況でどんな言葉に意味があるというのだろうか。
膠着した状況は意図せざる方向から中断された。ひざまずく人々の更に奥からザッザッザっと集団の足音が聞こえる。ちょうどこのまるい閉鎖空間の唯一の出入り口と思しき横穴のある方だ。すぐにその姿が見える。歴史の教科書で見たような鉄兜の集団だ。白と青の派手目な軍服らしきもの、長いライフルを背中に担いだ彼らは入ってくるなり片っ端からひざまずいていた無防備な人々を地べたに押し付け拘束し始める。
あっという間に俺も後ろ手に拘束され、地べたに押し付けられる。なぜか着ていた高校の学ランが泥で汚れるので嫌だなっと思う。現実感とかは相変わらずよくわからない。俺は自殺したはずなのだから、この状況は昏睡状態の夢か、はたまた天国なのか。どちらにしろ、死ぬことに今更なんの抵抗もない。
全員が拘束されたところで偉そうな男が前に出てきて高圧的に宣言する。
「貴様らは全員軍事機密法第一条違反により逮捕する」
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タイムライン
主人公自殺転生
一日目:狐耳幼女と怪しげな儀式、逮捕
六日後
回想開始
六日後
嵐の演説