005
「とは言え死んでこいって言われてもなぁ……」
メイは呟きつつ頭をかく。
これまでの店での売り切れやら、リアルな応答をするNPCなどを見ればわかるかもしれないが、従来のMMORPGなどの常識だけで遊んでいると手痛いしっぺ返しを食らうことになる。
メイとユウトは先ほど一度“死に戻り”したのだが、このデスペナルティが中々に重い。
装備品の耐久値が減ってないか確認した時に、アイテムボックスに入れておいた予備の装備品が無くなっていたので慌ててヘルプ機能で確認したのだが、これがまたきつい内容だった。
まず装備中以外のアイテムをランダムで最低一つ失う。最低一つと言うのは、ゲーム内でのプレイヤーの行動によって、変化するそうだ。行動によってプレイヤーキャラが混沌か秩序のどちらかに寄って行くそうなのだが、これが混沌側になればなるほど、落とすアイテムが増えるらしい。初期は丁度真ん中の中立なので一個固定のようだ。
他にもペナルティとして所持金が一割減少。取得した経験値の一割喪失。死亡後ゲーム内時間で一時間のステータスダウンがある。
これらがレベル一から適用される。
今回は特に使う予定も無かったいらない装備とちょっとばかりのお金を失っただけですんだが、このまま十回も死ねば予備の装備や初期配布の回復アイテムを失い、所持金もごっそり無くなることになる。
サービス開始直後のこの状況で、一刻も早く先に進みたい連中はまず間違いなくこんなクエは受けないだろう。
「……装備品から何から全部渡して交互に死に戻りするか? 幸い二人でやれば五回ずつで済むし」
「それしかないね。折角だし、どうせやられるならさっきのダンジョンで敵の動きでも研究しながらやられようか?」
肩を落とすメイに、ユウトは苦笑しながらそう提案した。
この世界のNPCやモンスターが幾らリアルに創られているからと言って、攻撃法方や使ってくるスキル、魔法などは基本変わったりしない筈だ。わかりにくいように複数の攻撃パターンが用意されているだろうが、序盤のモンスターにそこまで複雑なルーチンは組んでいないだろう。
ボスクラスのモンスターなら途中で攻撃法方の変更などもあるかもしれないが、雑魚扱いのモンスターならそんなことは無い……筈だ。
「サービス開始直後のこのえぐいクエストの正しい利用方法だな。くそ」
「それじゃどっちが先に死ぬ?」
「言葉だけ聞くとすげぇ嫌な響きだな。俺から行くよ。ってことでアイテムよろしく」
ささっとメニューを操作して、メイはユウトにアイテムトレードの申請を行う。
現在装備中の武器も外して、所持金からアイテムまで全部をユウトに預けた。
「装備中の武器は落とさないんだし、それまで外して渡さなくても良いんじゃ無いの?」
「下手にそこに攻撃貰ったら耐久値が減るだろ。折角ただで貰ったんだから、有効に使わないと」
「ああ、確かにね。了解、預かっておくよ」
「それじゃちょっと行ってくる」
トレードを終えてメイは先ほどやられたばかりのダンジョンへと駆けて行った。
こうしてメイとユウトのデスマラソンは始まったのである。
一周、二周と同じ道を走るうちにだんだんとルートが最適化され、同じ敵に挑み続けるうちに次第とその動きが見えるようになって来る。
思っていた通り、攻撃パターンはそう多くなさそうだ。
避けれるものは避けつつ適当なところで切り上げて街に死に戻りするのだが、一周する毎に街に戻るまでの時間は長くなっていった。
決して攻撃を避け続けられるようになったからではない。むしろ逆で即効やられるようになったのだが、それは何故かと言えば、単純に移動速度が落ちているだけだった。
「ご、五周! 体が重い! デスペナのステータスダウンって重複すんのかよ!」
最後の死に戻りを終えて、メイは毒づきながらユウトと役割を換えた。
ユウトの持つアイテムを全てメイが受け取り、今度はユウトが死に戻りに走る番となる。
「……メイ、そのステータスダウンの重複ってどんな感じ?」
「あー、順々に重りを増加していく感じかな。動作のテンポがずれるし、遅れる。肉体的な疲れはないんだけど、思ったように体が動かなくてイラつくぞ」
「……めんどくさそうだね」
「ダンジョン行くとき、途中倒木あっただろ? あそこで藪の中突っ切ると道なりに進むよりか少しだけ早い。体が動くうちに感覚掴んだほうがいいぞ」
「了解。出来るだけ早く済むようにがんばってくるよ」
復活ポイント近くのベンチにだるそうに座るメイを見て、ユウトは表情を歪めながらデスマラソンを開始した。
そして三十分後には、ベンチにぐったりと座りこむアバターは二人に増えていた。
「いやー……きついね、これ。本来なら出来る事が出来ないって凄いストレスになるよね」
「ゲームやってなんでこんなストレス受けないといけないんだろうな。まぁ、普通なら連続で死んだりしないだろうけどさ」
「待ち時間勿体無いし、報告行こうか」
「あー、割りに合わない気がする」
文句を吐きながらも、二人はベンチから立ち上がりNPCリタルの元へと足を引きずって行く。
リタルに話しかけると、クエストクリアのログが表示され、報酬と経験値が支払われた。
どうやら死んだかいがあったようで、レベルが一つ上がった。更にもう少しでもう一つレベルが上がりそうだ。
デスペナルティ五回と釣り合うかと言われれば微妙だが。
「ところで、これが本当に『死』なのでしょうか?」
得られた報酬とログを確認していると、リタルがそんな事を言い始めた。
「……どういうことだ?」
「いえ、死んだはずの貴方たちはここにいて、こうして話をしている。これは本当に『死』なのでしょうか? それともアンデッドという物なのでしょうか? 何が違うのか、教えてください」
無表情で首を傾げるリタルの前に再びクエスト発生を意味するアイコンが表示される。
どうやら継続型のクエストらしい。
内容を確認すると、アンデッドの首を十個集めてこい、と言うもののようだ。
「どうする? クエストの詳細見ると、なんかこのアンデッド出る場所街中の墓地なんだけど」
「まぁ、報酬は例の如く少ないけど、今度は討伐経験値も入るし、経験値的にはそこそこよさそうだな」
「じゃあ、受けるよ?」
確認するユウトにメイは頷き返して承諾する。
ログにクエストの受注が流れたのを確認して、二人は街にある共同墓地へと足を向けた。
墓地は街外れの教会の裏手にあった。墓地が近い所為か周囲に民家などはなく、物静かな区域だ。
どうやら墓地に行くには一度教会の中に入らなければならないらしく、シンプルながら静謐な雰囲気の教会の扉を僅かに緊張しながら二人はくぐった。
「……教会に何か御用ですかな?」
入るとすぐに祭壇の傍に立っていた神父が顔を上げて声をかけてきた。
真っ白になった髪をオールバックにし、口ひげを蓄えた優しそうな初老の男性だった。黒のカソックをきっちりと着こなしており、胸元にはこの教会で崇める神の印である、真円の中に三角形が入った方陣のアクセサリーをぶら下げている。
「えっと、リタルの依頼でここに来たんだけど、アンデッドの出る場所ってありますか?」
「……そうですか。リタルが」
メイの口走った普通に考えれば答えてくれなさそうな問いも、クエスト進行中のお陰か神父は悲しげな表情を浮かべて頷いて話してくれた。
「この教会の裏にある墓地の下には、行き場を見失い彷徨った者達を封じておく墓穴があります。きっとそこの事でしょう。リタルも……きっと必死に両親の死を受け入れようとしているのでしょうね」
神父はどうやらこのクエストと連動しているようで、リタルの身に何があったのか、と言うことを語ってくれた。
約一ヶ月程前に、彼女は両親をモンスターに殺されたのだという。
リタルの両親は商人をしていたらしく他の街と行き来していて、隣の村に流れてきた珍しい装飾品を買い付けに行った帰りにモンスターに襲われたそうだ。
何の因果か、その襲ったモンスターと言うのは、メイとユウトが少し前まで向かっていたダンジョンから出てきたモンスターだったらしい。リタルの両親が買った装飾品が目当てだったらしく、それらが全て奪われていたそうだ。
とにかく、そんな悲劇があり、リタルは両親の死が未だに受け入れられず、死とは何かを知る、という風に視点をずらして自らの心を守っているとの事だった。
「どうか、あの子のお願いを聞いてあげてください。受け入れられないことかも知れませんが、あの子にはまだ未来があります。辛いことでしょうが、生きるためにも前を向いて欲しいのです。あの子が前を向けたなら、私たちは彼女を支えるためにも全力を尽くします」
最後にそう締めくくって神父は二人を墓地の奥にある小さな小屋へと案内した。
鍵の掛かった扉が開かれると、小屋の中に地下に繋がると思われる扉が設置されていた。
「ここから地下に潜ることができます。ただお気をつけください。彷徨える者たちは、命ある者たちへ襲い掛かります」
そう言い残すと神父は教会の方へと去って言った。
鉄製の重そうな扉を眺めてからメイとユウトは顔を見合わせる。
「こういう話って、ゲームのクエストじゃ良くあるけどさ」
「ああ、こうしてリアルになった世界でやられると、くるものがあるよな」
ニッ、と強い意思を感じさせる不適な笑みをお互いに浮かべる。
素早くメニューを操作して、外していた装備を付けなおす。
メイの拳は手甲に覆われ、鉄板の仕込まれたブーツが足を覆う。ユウトの腰には片手剣と短剣がぶら下がる。
幸いと言うべきか、神父の話を聞きながらここに来るまでにデスペナルティの効果は終わっている。
軽くなった体を確かめるように手首や足首を動かした二人は、地下へと繋がる扉に手をかけた。
「今回は、死に戻りは無しだぞユウト」
「当たり前じゃないか」
勢いよく扉を開け放ち、体の芯まで凍えるような冷たい空気が這い上がってくる地下へと二人は降りて行った。