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永遠の戦士 宇宙編  作者: ブラック無党
千里眼の少女と電子眼の男
8/8

八話

 ヤナフェは十二歳である。親はいない。――いや、本当の親は、という意味だ。代わりに育ててくれている大人ならばいた。たくさんだ。年寄りと呼ばれる年齢の人から、子供がいたら不自然な年齢の人までさまざまだった。

 レジスタンスには家族がいない者が大勢いる。捨てられた者や売られた者、逃げてきた者。彼等は自らの境遇が幸せではないことを知っているが、それが特別でないことも知っている。

 だから仲間には優しくできる。敵だけでなく、何食わぬ顔で平和を享受する一般人にすらも牙を向くこともある彼等は、しかし仲間にだけは哀れみを向ける。

 それは、仲間の姿はまた、自らの姿でもあるからだ。仲間に唾を吐くのは天に唾するのと同じであり、最後には己に返ってくる。

 ヤナフェはそういう者達の間で育った。そしてその中の一人が、ここの所長に与えられた部屋で彼女に云った。


「ヤナフェ。明日、お前はジェイクと共に女共のところを回るんだ。犬の所在は俺が確かめに行く」


 ピズ、ジェイク、ヤナフェがいるのは簡素な部屋だ。ベッドにコンピュータ、テーブルに椅子。小さなドアの向こうにはシャワー室とトイレがある。飲み物は通路にある販売機で買えるが、今は開放されていた。テーブルにはピズとジェイクのコーヒー、ヤナフェのミルクコーヒーが載っている。

 ピズは所長に貰ったデータが映ったモニタを眺めた。採掘場で働く男達の名前とここへ着た日付が記されている。ピズは日付の新しい名前を下から上へ流し見しながら、


「おそらくここらあたりの名前がそうだろう。実際に見れば一目で分かる筈だ」


 ヤナフェはこくりと頷いた。マドゥケが云っていた通りの外見なら街の中でだって一発でわかるに違いない。そもそも軍は何を考えて人の姿にしたのだろう。見る者が見れば一目でわかるのに。


「犬と会ったら自然に振る舞え。変に演技しようとするんじゃないぞ。誘拐という異常事態に晒されたことを理由にすれば多少の違和感は受け入れる」

「わかってる」

「なるべく俺達でケリをつけるつもりだが、もし失敗したら計画通りにしろ」

「うん」


 ヤナフェは納得がいかない顔だ。社長であるマドゥケはここで敵を破壊するのに失敗したら用意した場所に誘導するつもりでいる。しかし思うのだ。そのまま放っておけば相手はヤナフェをそうだと勘違いして引き上げるのではないかと――。勿論いずれはバレる。ヤナフェは殺されてしまうかもしれない。でもその間に見つからない場所に逃げれば犠牲は最小限で済む。


「そんな顔をするな」


 ピズはヤナフェの表情から云いたいことを読み取ったか、彼女の方を見て、


「ここで破壊できれば誰も死なずに済む。一人を守るために一人を犠牲にするのは社長の望むところではないんだ。お前は云われた通りの場所に犬を誘導すればいい」

「うん……」


 本当にわかっているのか? ピズは不安になった。軍に消耗戦を挑んでも負けははっきりしている。なにしろ相手は機械だ。一体の機械兵を破壊するために一人の能力者を犠牲にするのは負けも同然で、人的被害は極力少なくしなければならない。

 これは決して人道的な観点からではない。ピズ達の所属するレジスタンスのリーダーは必要なら右手で握手を求め、左手でナイフを突き刺せる男だ。ヤナフェもいつかは真実を知るだろう。ピズは冷たくそう思う。苛烈な主張を掲げる軍を相手に、生ぬるい主張で抵抗を続けるのは土台無理な話である。今はもうかつてのような大衆が力を持っていた時代とは違う。仮に今の政府や軍のような存在が国を治めていたと仮定して、昔なら大衆の力でなんとかなったかもしれない。綺麗事は多数の心に響くが故に、政府も軍も、構成するのは人であるならばその心に期待もでき、為政者は人心が離れるのを恐れて思い切った行動には出れない。だが今は違う。例え国民の過半数が抵抗運動に身を捧げたとしても軍は容赦なく弾圧するだろう。

 何故ならそれを行うのが機械だからだ。普通は、例え上で命令する人間は何も感じないとしても、現場でそれを実際に行う兵士達は、彼等がもし人間であるならば女子供を虐殺することに忌避感を抱くものである。そういう統治が長引けば賛同者は確実に減っていく。

 だが機械は違う。機械の心には綺麗事など一ヘルツの影響も与えることができない。抵抗した国民が仕事をする手を止めても自動化された機械はどんどん新手を造り出し、その銃口を彼等に向けるのだ。

 大衆は誰もが皆心の底でそれを恐れている。既に半ば一部の人間と機械によって動いているこの世界で、自分達がさして重要ではないという事実が水面に浮上することを必死で避けようとしているのだ。まるでそうすれば自分達が機械の主でいられるとでもいうように――


「それと、しつこいようだが、お前は絶対に選別場へは近づくな。娘を政府に売り飛ばそうとしたとはいえ、腐っても親だ。ばれる可能性はゼロではないからな」

「……うん」


 ヤナフェの声には力がなかった。素直には頷けないなにかがあるのだ。ピズは少なくともドロシーの両親だけは死んで当然だと考えていたが、ヤナフェは違うらしい。


「あの人達は?」

「ほとぼりが冷めれば解放される。ちゃんと給料を払ってな」

「……そっか」

「………」


 ピズは誘拐した人間達の処置が苦肉の策であることを知っていた。社長は本音では始末したがっていると思うし、ピズもまたそうすることが一番安全で確実だと考えている。

 しかしそれはできないのだ。その苛烈な主張故に、軍を敵に回す人間を集めるのは簡単なことであるが、彼等を集めるために唱えた主張が巡り巡って己の首を絞めている。殺すことはできないが、すぐに自由の身にすることもできない。結果が今の形だった。ここは社の許可がなければ誰一人出て行くことができない場所だ。隔離されていて、最悪の場合は始末できる。犯罪者の更生プログラムの一環として労働に従事させていると云ってあるので誘拐されたと喚いても云い訳できるし、なによりそのような軽々しい真似をする馬鹿がいるとは思えなかった。迂闊な真似をすれば一生ここで働き続けねばならないと臭わせてあるのだ。

 今回は間を置かずにやってきた犬に察知されたが、定期的に多数の労働者を行き来させれば痕跡も薄くなる。そうなった後、人員や資金をやり取りしている他のレジスタンスと協力して会社を処分すれば如何な軍でも追跡はできないだろう。

 その為に必要なことはここで犬を消すことだ。ここでは通信機も自由には使えないし、武器も持ち込めなかった筈だ。


「明日、俺は選別場を回った後に採掘場へ向かう。俺は男達の様子を、ジェイクとヤナフェは女達だ。話が犬に届くよう多くの者に顔を見せろ」

「直接見せたほうが早いんじゃないのか?」


 黙ってピズとヤナフェの話を聞いていたジェイクが面倒くさそうに云う。


「それは駄目だ。その場でいきなり襲いかかってくる」

「わかってるなら準備してりゃいい。完全武装で行くんだ。不意打ちになりようがないんだから結果は同じだろ?」


 ジェイクにしては珍しくまともなことを云う。ヤナフェは感心した。

 しかしピズは賛成できないようだ。首を振りながら、


「ヤナフェを向こう側にやってからでなくては行動を制限できない。それにこちらが少女を殺せないのは向こうも知るところだ。ヤナフェ以外を皆殺しにしようとするだろう」

「でもよ、こっちにドロシーがいると信じれば手加減するかもしれないぜ? 逆に向こうにヤナフェがいると俺達が制限を受ける羽目になっちまう」

「む――」


 それは確かに一理ある。ピズは自信が揺らぐのを感じた。しかし社長であるマドゥケはここにいる誰よりも機械兵に詳しい男だ。彼がそう命じたならばそうしたほうがよい理由がある。


「お前にしてはいいところを突く。だが命令に背くわけにはいかない。まずは向こうから先に動かすんだ」


 話しながら、もしかしたら相手はドロシーの抹殺も視野に入れているのかもしれない――と、ピズは思い至った。もしそうならこちらにドロシーがいると騙されてもかさにかかって殺しにくるだけだ。その場合、少女の存在を利用するにはまず相手に与える必要がある。わざわざ対価を払って手に入れようとしたくらいだ。向こうもできれば生かして連れ帰りたいと考えている可能性は高い。敵の手にあった時には殺そうとしても懐に入れば守ろうとするのはおかしな話ではない。ヤナフェが向こうに渡ればこちらも多少はやりづらくなるが、足手まといを抱えた相手ほどではないのは確かだ。

 そうなると後はヤナフェがどう動くかであった。例え数の問題がなかったとしても彼女を犠牲にするのはいい顔をされないだろう。ヤナフェは貴重な人材だ。イメージ通りに体細胞を擬態させることができる。質量は変えられないという制約はあるが、肉の位置によって多少は融通が利く。まだ小さいから活躍どころはあまりないが、肉体的に成長すれば多大な貢献が期待できる。


「………」

「どうしたピズ? そんな難しい顔をして」


 黙りこくったピズを心配そうにジェイクが見る。最前、問題提起したことを覚えていないのか、彼はのほほんとした顔でコーヒーを啜るとその温さに表情を顰めた。そして八つ当たりするように、


「――くそっ。ここはコーヒーも不味いのかよ。ここで暮らしてる奴等は頭がイカれてるぜ。何を楽しみに生きてんだ?」


 それを聞いたヤナフェが自分の飲み物をジェイクに差し出した。


「……飲む?」

「止してくれ。俺は赤ん坊じゃねえんだ。ミルクなんか飲めるかよ」

「コーヒーも入ってるよ?」

「ちょっとだろ。殆どミルクだ」


 ヤナフェはカップを唇に当てると両手で傾ける。その仕草にジェイクが、


「お前、頭の中まで八歳になっちまったんじゃないだろうな……」

「え?」

「……まあいいけどよ」


 ジェイクは視線を外し、云い難そうに口にする。


「それよりその胸……もっとどうにかならなかったのか……?」

「胸?」

「ああ。……ちょっとヘンだろ?」

「そうかな……?」


 ヤナフェは服を押し上げる胸元を手で押さえた。


「普通の形だと思うけど……」

「いや……形はいいんだが、大きさがな……。どう見ても八歳の胸じゃねえ……」

「でも、余った肉は胸につけた方が一番自然だって皆が」


 皆というのは開発部の女連中のことだろう。ジェイクはすぐに悟った。そして真面目な顔になって云う。普段のちゃらけた顔はではなく、年の離れた妹を心配する兄のような顔であった。


「ホントにそれでいいのか? バレたら殺されるのはお前なんだぞ?」

「え……それは嫌だな……」

「だろ? 全体的に肉をつけてみろ。それが一番自然な筈だ」

「うん」


 返事をした傍からヤナフェの胸が萎んでいった。まるで空気が抜ける風船だ。それと前後して剥き出しの手足や顔にさざなみのように震えが走り、全身が内側から押されたように盛り上がる。


「おお……こ、こいつは……」


 そこにいたのはぽっちゃり系少女である。それもだいぶ贔屓目に見て――だ。変わり果てたその姿に、ジェイクは言葉も無い。全体的に横幅が大きくなったのは勿論だが、顔に肉がついたせいで印象がまるで違っていた。成長期の四年、しかも早熟な女性とあっては誤魔化しようもない。


「……どうかな?」

「ま、前よりはいいんじゃないかな……」


 期待のこもった問いかけに、ジェイクは下を向いて答えた。ヤナフェの目を直視することができない。この姿で敵に『私はドロシーです』と自己紹介をしたら食肉工場に連れて行かれるかもしれない、と思った。


「馬鹿者!」


 狭い室内に叱責が響く。物思いから復帰したピズは変わり果てたヤナフェを見て、


「せめて顔は戻せ! 第一印象は顔で決まるのだぞ!」

「は、はい……」


 怒られたヤナフェは云われた通りに顔の肉を下に降ろした。顔が幾分小さくなり、その下の身体が更に膨れる。


「こ、これでいい?」

「う、う……む……」


 ピズは歯切れ悪く答えた。実物を眼前に突きつけられてはさすがに己の間違いを認めないわけにはいかない。しかし疑うことを知らない少女は、


「じゃあこれでいくね」

「く……」


 うっすらと微笑むヤナフェ。そこにいたのはピズでも銃口を向けたくなる生き物だった。顔はドロシーと同じで、金髪に碧色の瞳をした精巧なビスクドールのようだが、その下は幼児がこねくり回した粘土でできているようだ。

 ピズは銃を求める衝動が強烈に湧き上がるのを感じた。救いを求めるかのように右手が腰に伸び、堪らず顔を背ける。これはいったいどこの星からやってきた異星人だろうか。


「や、やっぱり最初のが一番いいかもしれないな!」


 耐え切れなくなったジェイクが提案する。


「確かにちょっとアンバランスだったけど、女の身体でアンバランスでも一番受け入れられるのは胸だからよ!」

「云われてみればそうだな。俺としたことが」


 ピズは一も二もなく賛成した。右拳で左の掌をぽんと叩き、


「もしお前が男だったらそれでよかったかもしれないが、女だからな。うっかり男の身になって考えてしまったようだ」

「………」

「なら戻すね」


 云ったヤナフェの身体が萎み、胸元が盛り上がる。それを見たピズとジェイクはほっとした顔で視線を戻した。 


「胸のことを指摘されたら成長期だからだと答えるんだぞ」

「そうそう。誘拐のストレスで過食になって栄養が全部胸にいったと云うんだ。男ならそれで納得する筈さ」

「うん……」


 しかし相手は機械だ。ヤナフェは困って曖昧な笑みを浮かべる。


「明日の夜から坑道の大まかな配置を覚えろ。生き埋めにするのが最も楽だからな」


 緩んだ空気を引き締めるようにピズは咳払いをしつつ、


「ヤナフェ、お前は隙を見て坑道の奥に逃げろ。恐怖にかられたように見せかけるんだ。犬は追う筈だ。二手に分かれて上手く落盤させればそれで終わる」

「わかった」


 ヤナフェは相槌を打ちながら思う。また、だ。機械なのに生き埋めとはこれ如何に。しかし突っ込むのは野暮なのだろう。


「……大丈夫だよね」


 そう、ポツリと呟く。ピズもジェイクも今は元気だ。死ぬなんて思えない。だが、つい昨日まで一緒に過ごした仲間が死ぬなんてのは映画などでよく見かける話だった。そういうのは大抵死んだ後に追憶する。その場では気づかないのだ。ヤナフェには今のこの瞬間がそういったシーンと被って仕方がなかった。


  



  

 


 


 

作業現場には二つのトロッコが出入りしている。どちらも用途は同じで、人の移動や採掘された鉱石、不要な岩石などを廃棄するためだ。

 今、そのうちの一つが掘り進めた際に出た岩石を満載して出発しようとしていた。目指すは二番坑道で、そこに集められた廃棄物は巨大な昇降機で地表に運ばれる。地下で出たゴミは上に捨てているのだ。


「よーし! もういい! そろそろ出発するぞー!」


 五人程の手伝いと共にトロッコの前部に載ったトーマスが少しでも多く積み込もうとしている男達に声をかけた。


「俺がいないからってサボるんじゃないぞ! 見ればすぐわかるんだからな!」


 トーマスはそう云うと作業の進捗具合を目に焼き付けるかの如く辺りを眺め回す。

 そんなトーマスに同部屋の男が、


「トーマス。いない間の指揮は――」

「そんなのはゴードンに――」


 問われたトーマスは反射的に答えようとして言葉に詰まった。そうだった。ゴードンはもういないのだ。だから自分が代わりに行っている。

 いつも、ゴミ捨てや鉱石の輸送隊はゴードンかエドワードが指揮をしていた。トーマスはここに残る形だ。今回トーマスが行くとなると現場の指揮を執る室長は二人しか残らないが、そのどちらも不慣れだ。一人はゴードンの代わりに臨時で選ばれた男であり、もう一人は――


「ここは俺に任せておけ」


 c四室長シドである。


「皆に大船に乗った気分を味わわせてやろう」

「……それは巻き添えを増やすという意味でか?」


 トーマスは、地面に刺したスコップに片手を預け飄々と佇む男に、


「どんなに金をかけた船でも船長次第じゃ出港直後に沈むだろうよ」

「そんなに云うのなら代わってやってもよいのだが」


 シドは気分を害した風もなくそう提案した。しかしトーマスはそれにも渋い顔をする。残るのが問題なのではない。トーマスは、まるで悪戯盛りの悪童を子に持つ親のようにシドを目の届くところに置いておきたかった。


「あれも駄目、これも駄目ではやりようがないな。全てを自分一人で行いたいなど人には過ぎたる望みだぞ。任せられるところは任せるのが優れた監督というものだ」

「そんなことはお前に云われなくてもわかっている。だが、お前は来たばかりで経験がないだろう? 任せて大丈夫なのか心配なんだ」

「そこは俺を信じてもらうしかない。チームプレイとは信頼なくして成り立たない」

「………」

「それに見ろ、c四の男達を。皆俺の云うことに逆らわない。これは俺が優れた監督だという証拠だ」


 トーマスはc四の入居者達を思い浮かべた。確かに以前より大人しく真面目に働いている――が、ほぼ全員怪我をしている。なにがあったかはだいたい想像がつく。トーマスはこの男が自分のいるA二の部屋に来なくてよかったと思った。


「……やはり俺も残るべきかな」


 ポツリとこぼす。運搬の指揮は他の者に任せ、シドと共に自分も残るのが正しい選択の気がする。

 トロッコの上で頭を悩ますトーマスに、スコップを肩に担いだシドが近づく。

 トーマスは、もしや暴力に訴える気かと身構えるが、当のシドは横から制御盤を覗き込み、


「ふむ」


 と頷くとボタンを押した。トロッコが滑り出すと同時にくるりと背中を見せる。


「おい――ぐぅっ!?」

「トーマス!?」


 後ろを向いた拍子に勢いよく振られたスコップが、シドの背後でなにか云おうとしたトーマスの頭を叩いた。崩れ落ちたトーマスを横の男が抱きとめる。


「おお。これはすまない」


 シドは驚いたように振り返り、出発したトロッコに声を投げかける。


「まあ、ここは俺に任せてトッロコの旅を楽しんでこい」


 なにしろ船と違ってトロッコは沈まないのだ。トーマスは心安らかに出発した筈だ。

 元はピカピカに輝いていただろうが、ここで使用されるうちに傷だらけになってしまったトロッコが開いたドアから姿を消すと、シドは自分に注目する男達に話しかけた。


「そろそろ休憩の時間だ」


 右手に持ったスコップを、左の掌に打ちつける。


「異議はあるかね?」

「俺もそう感じてたんだ!」


 ゲオルグが即座に反応した。


「そろそろおやつの時間だってな!」


 その声に応えるように、c四部屋の男達は無言で作業道具を放棄するとぞろぞろと飲料ポットに集まってくる。

 飲料ポットは毎日中身を入れられて始業後しばらくしてやってくる、呼び名通りの機能を持つ大型の自販機だ。今はトロッコの妨げにならないようレール末端の真横に鎮座していた。中身は三種類で、お茶とコーヒー、サイダーである。

 C四部屋の男達は各自購入した飲み物の入ったパックを手に、思い思いの場所に腰を下ろす。数合わせで新しく入ってきた者を含む他の部屋の男達はその光景に顔を見合わせた。休憩時間はまだだが、さりとて面と向かって刃向かう勇気もない。ゴードン達の末路は誰もが知るところだった。

 やがて、少しくらいならバチは当たるまいと思ったか、一人、また一人と飲み物を買って座り込む。離れた場所で作業していた者達もそれに加わり、自然と、総勢二十人を越える人の男達は壁を背にするようにして円を作った。

 そのまま十分、二十分と時間が経過する。

 初めはゆっくりと味わって飲んでいた男達だったが、いつまで経っても再開しない作業に、終いには嫌なことから目を逸らすように飲むことに集中した。味を似せただけの合成飲料を、まるで砂漠で遭難した旅人が水を恵まれたように大事そうに飲む。


「俺としたことがうっかりしていた」


 シドが隣に座っている男にそう話しかけた時は、皆があからさまにほっとした様子を見せた。しかし、その中身を聞いて顔を伏せる。


「順番に歩哨に立て。エレベーターが降りてきたらすぐに知らせるんだ。――まずはお前からだ」

「お、俺……?」


 話しかけられた男は自分を指さして訊き返す。


「そうだ。十分ごとに交代でいいだろう」

「………」

「どうした。早く行け」

「……はい」


 男はゆっくりとした動作で立ち上がった。飲みかけのパックを握り締め、ドアの向こうに消える。

 シドは腕を組むと壁に背中を預けた。そのくつろいだ姿に、シドが与えた休憩時間には終わりがないと悟った一人の男が、


「い、いったいいつまで休憩してる気なんだ? こんなんじゃいつまで経っても終わらないぞ」 


 シドは話しかけた男に顔を向けた。


「終わることに意味があるのか?」

「え……?」

「採掘が進もうが進むまいがそれはお前達の生活に直接の影響はない。重要なのはそれを元に下される評価だ」

「いや、だからこのままじゃその評価が――」

「直近の評価はここでの仕事ぶりに比例しない。お前達が汗水流して働いても、横になって眠っていても同じようなものになるだろう」


 シドは明言を避けた。過程を云わずに結果だけを告げる。そのせいか、男はなにを云っているか全く理解できていないようだ。


「働いても休んでいても変わらない。だからこそ俺はお前達に休息をとらせている。しかしお前が俺の優しさを撥ねつけ、なんのメリットもない作業をしたいと云うのなら止めはせん。好きなだけ仕事をするがいい」


 男は同意を求めるように相部屋の者達に目をやった。彼等はしばし逡巡していたが、シドを窺いつつ腰をあげると道具を拾って作業を再開する。

 ――結局、残ったのはc四部屋の男だけであった。しかし心中は他の者達と同じだったようで、その中の一人が、


「……な、なあ。本当に大丈夫なのか?」

「無論だ。俺は他人には嘘をつくが、自分には嘘をつかない。そして今回の事案については俺とお前達の利害は一致している。俺が動かない理由がどこにある?」

「いや、利害が一致してるのはわかるが、現実にできるかどうかが……」

「なんだ? お前は俺が信用できないと云うのか?」


 シドは嘆かわしいといった感じで首を振ったが、


「さっきも云ったが別に強要はしないぞ。信用出来ないと云うのならそこの奴等のように働いてこい」

「そ、そうか。……悪いな。一応保険はかけておくに越したことはないと思うんだ」


 男がそう云うと、様子を黙って見守っていた同室の男が三人立ち上がった。

 それを確認したシドは誰とはなしに呟く。


「……非常に残念だ。まさか同じ部屋で寝食を共にする輩の中に信用できない者がいたとは。とてもじゃないがそいつらとは同じ部屋で眠れないな。寝首をかかれらたらたまったものではない。今日からは外で寝てもらうしかないだろう」


 四人の男達はピタリと足を止めた。


「それに食事に毒を盛られる可能性もある。食事の時は拘束しておかねばならんかな」


 男達は飲料ポットに足の向きを変えると飲み物を買って戻ってくる。

 シドは立ち上がると両手を広げ、気のおけない友人に対するように彼等を迎え入れた。


「おお、お前達。俺は信じていたぞ。俺に足を向けて寝る奴などいないとな」

「俺達は同じ釜の飯を食う仲間だ。俺は誰も信じられない寂しい人生を送るつもりはない」


 男はにこやかに笑ってそう云ったが、シドはその肩に手を置き、万力のようにぎりぎりと締め上げる。


「――っあっぐ!?」


 男は痛みに膝をついた。顔から脂汗を滲ませながらシドを見上げ、


「は、離してくれ。折れちまうよ……」

「………」

「……お、俺達はチームメイトだろ?」  

「ああ、そうだとも」


 シドは肩を掴んだまま男を立たせた。力は緩めずに目を覗き込み、


「――席に戻れ。そして俺がいいと云うまで黙って座っているんだ」

「わ、わかったよ……」


 四人の男達が元居た場所に座り直す。

 しばらくすると見張りに立った男が戻ってきた。男は数の減った集まりを不思議そうに見回し、シドに訊ねる。


「な、なあ。なんで皆働いてるんだ……?」

「奴等がそれを望んだからだ。俺にはなにも強制することはできない」

「……じゃあ、俺も仕事してきていいだろうか?」

「構わないぞ」


 シドは興味を失くしたように男から視線を外し、隣に目を向けた。


「次はお前だ。行ってこい」

「は、はい……」


 これでいつ誰が来ても素早く仕事を再開できる。手を打ったシドはごろりと寝転がった。この会社のために労働するつもりは毛頭ない。少なくともここにいられなく問題が持ち上がらない範囲では――

 何故なら、シドの一挙手一投足は軍の予算によって行われているからだ。働く必要がないのに働くことは、この会社が軍の予算で利益をあげることを意味している。それはシドには許せないことであるし、なによりシドは給料など求めていない。そこらに転がっている石ころを対価に働けと云われてもやる気などでないのは当然である。

 シドが休息に入ったとみて緊張から解放されたのか、座り込んだ男達は自然と耳に入る作業音を子守唄に船を漕ぎ始めた。うつらうつらと頭が上下し、時折はっと顔を上げる。そして何も変わらぬシドの様子を確認しては顔を伏せ、同じことを繰り返す。

 変化は三人目の見張りの時に起こった。

 ドアが開くや駆け込んできた見張り役の男が、大声で叫ぶ。


「降りてきた! エレベーターが! 戻ってきたぞ!」


 シドは瞬時に跳ね起きた。掘削機を上に向けてエレベーターの真下に置いておいたらどうなるか、と考えつつ、


「そろそろ仕事を再開するか。怒られてしまうからな」


 男達は欠伸を噛み殺して立ち上がった。肉体が休息モードにはいってしまったらしく、だるそうにしながら現場へと戻っていく。シドもまたスコップを片手に適当な場所に陣取ると溜まった土砂を運び始める。トーマスを迎え入れる準備は万全だった。

 しかし皆の意に反し、やってきたのはトーマスではなかった。


「全員そのままで聞け!」


 太った男が颯爽とトロッコから飛び降り、余裕のない声音で云う。

 やってきたのはブドヴェクであった。トロッコには他にも大勢載っており、シミ一つない作業服を着た二人とスーツを着た一人、それに昆虫のような戦闘メットを被った者が七人、ブドヴェクに続いて降りた。

 作業員達は不安そうな表情で仕事の手を休め、ブドヴェクの言葉を待っている。


「責任者は集まれ! 他の者は作業を続けるんだ! 休むんじゃない!」


 シドとゴードンの後任であるB三部屋の室長はトロッコの側まで行った。

 二人しかいないのを見たブドヴェクは、


「もう一人はどうした!? ここは三部屋の筈だ!」

「云っていいのか?」


 シドはブドヴェクの後ろにいる男達を気にする素振りを見せながら返す。


「誰だって叱責を受けるのは御免だ。そうだろう?」


 ブドヴェクはぎょっとした顔になって声を小さくした。


「ど、どういう意味だそれは。もう一人はどこにいった?」

「真実を知ればお前も責任を取らされるかもしれん。ここはゴミを捨てにいったということにして場を凌いだ方がいいだろう。バレた時の責任は俺が取ってやる。お前も俺に騙されたのだ」

「――くそっ。こんな時にっ。脳筋のクソ野郎めが」


 ブドヴェクは口汚く吐き捨て、シドの隣にいるもう一人の室長が何か云いたげに手をあげようとした。

 シドは男の胸の前にスッと手を差し出し、


「止せ。お前も何も知らなかったということにしておくんだ。泥を被るのは俺一人でいい」

「い、いや、しかしだな――」

「もしお前が真実を告げたなら、連座で責任を取らされる可能性がある。室長をできなくなるかもしれないぞ。――ゴードンのようにな」

「………」

「わかったら口を閉じているんだ。この場は俺に任せておけ。室長に成り立てのお前には荷が重い」


 男が黙るとシドはブドヴェクに囁く。


「俺にはお前の望みがわかっているぞ。後ろの奴等に俺達がいかに懸命に作業をしているか語ってやろう。毎日機械のように黙々と働き、戦時に墓を掘るかの如き勢いで鉱石を掘っているとな」

「……どうやら俺はお前のことを誤解していたようだ」


 ブドヴェクは状況を看破したシドに感心したようだった。


「俺がここを出る時には、後任の奴にお前に目をかけるよう伝えておいてやるからな」

「それはどうも。――それよりいいのか? 後ろの奴等が首を長くして待っているようだが」

「わかっている。それと、話すことには俺が普段どれだけ厳しく、かつ優しくお前達を導いているかも加えておけ」

「云われるまでもない。お前は飴でできた鞭をふるっているようなものだからな」

「……その訳の分からん例えは使うなよ」


 ブドヴェクは秘密を共有する気安さを感じさせながらそう云い、シドとの会話を終わらせると後ろを振り向いた。


「さあ! こちらへどうぞ! この二人がここの責任者です!」


 


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