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永遠の戦士 宇宙編  作者: ブラック無党
千里眼の少女と電子眼の男
6/8

六話

「よーし! 全員揃ったようだな!」


 太った男が再び男女一緒になった新規労働者達の前で声を張り上げる。


「もうわかったと思うが、地上とここ! 二つの場所でしかお前達は行き来できない! 就寝時間にはここのドアはロックされる! 忍び込もうとした奴は独房へぶち込んでやるから覚えておけ!」


 集団の脇を古株の労働者達がぞろぞろと通り過ぎ、割り当てられた作業場所に行くために気密服を着用したり、資材や道具をトロッコに載せ始める。

 太った男はそんな彼等を背に、


「俺の名前はブドヴェクだ! ここの総監督だ! 逆らった奴は独房へぶち込からな!」


 地下に造られたこの巨大な空洞には大小様々な機械が埃をかぶって鎮座しているが、作業員達はそれらには目もくれずに人間用の小さな削岩機を手に取っていた。


「お前達の中に機械の修理ができるやつはいるか!?」


 ブドヴェクが云った。


「もしいればそいつは力仕事をしなくて済む! 給料もあげてやる!」

「………」


 誰も名乗りでない。ブドヴェクは忌々しそうに舌打ちし、


「ここの作業機械の稼働率は三割以下だ! 修理できるやつがいないとお前達がきつくなるだけだぞ! 誰かいないのか!?」


 シドは手をあげなかった。一度あげてしまえば後戻りができなくなる。現場で働いてからでも遅くはない。


「よーし! 誰もいないようだな! 後で云ってきても給料は上げてやらないからな! 云うなら今のうちだぞ!?」


 しつこく云えば技術を覚えるとでも思っているのだろうか。集団の中から失笑が漏れる。


「でかい機械は強化服を着た奴等用だ! 気密服は空気のないところ用だ! 作業場所は部屋割りで決まる! 一日は二十時間! 休憩は六時間毎で労働時間は一二時間! 残りが睡眠と食事、便所、休憩時間だ!」


 岩盤に打ち込まれた電灯が消え、辺りが闇に包まれる。そしてすぐにまた点灯した。

 ブドヴェクは天井の灯りに目をやり、


「説明の手間を省いてくれたようだな! お前等、電気は節約しろよ! 現場では持ち込んだ発電機を使え! 足りないからといって灯りから引っ張るんじゃない! ブレーカーが落ちたら空調とトロッコが止まる! 酸欠であの世行きだ! それと現場でよく電線をぶった切る奴がいるが、居住区の近くの主線は止めておけ! クソをそのまま食う羽目になりかねん!」


 ブドヴェクは手にした書類を振りながら、


「お前達が掘るのはチャカ鉱石だ! 鉱床を見つけたらすぐに報告しろ! 間違っても打つんじゃないぞ! もし強い衝撃を与えたら近くにいる奴等ごと吹っ飛ぶからそのつもりでいろ! 大体の位置は現場にある探知機が教えてくれる筈だ! それと大気維持装置には許容量がある! ちゃんと古い坑道を閉鎖して余裕ができてから空気を入れるんだ! 入れる前に気密をチェックしろ! どこに空気があってどこにないかは印がついている! 詳しいことは先にいる奴等に聞け! 今までで何か質問はあるか!?」


 誰も口を開かなかった。皆表情暗く、ここに来たことを後悔し始めているのが見て取れる。


「お前達はまともな職につけないろくでなしだ! ここに来たのがその証拠だ! ここじゃあ機械でガンガン掘ってガンガン稼ぐようなやり方はしていない! チビチビ掘ってチビチビ稼ぐんだ! ここは機械より人間の命のほうが安い場所だ! 楽して金を稼ごうとして落ちぶれたろくでなし共には相応しい仕事場所だ! ちなみに社のモットーは『人間に仕事を!』だ!」


 ブドヴェクは呼吸を整えると前列にいる男達に作業道具を持ってこさせる。


「最初だけ使い方を説明する! 普通の奴なら必要ないほど簡単だが、お前達のようなろくでなしには実際にやって見せた方が確実だ!」


 音波探知機に磁場探知機、レーザー測距儀にレーザー及びサーマル掘削機、音波破砕機、杭打ち機に削岩機、プラズマバーナーなど、一通り扱い方をやってみせ、


「スコップは人間の数より多い! 道具は早い者順だ! 削岩機を使う時はアンカーで身体を固定しろ! 反動で吹っ飛ぶ! それとサボるなよ! ちゃんと見回っている! 進み方が遅い奴は給料と飯を減らして独房にぶち込むからそのつもりでいろ!」  


 ブドヴェクは説明が終わると部屋毎に女連中から呼び集め、大体の行き先を指示した。男達はその間やることもなく立って待っている。


「よーし次は野郎共だ! A一から順番にこい!」


 人の数が段々減っていく。それと共に道具も減っていった。シド達の番がきた時には標準的な削岩機やスコップなどの効率の悪い物しか残っていない。


「よーし次! C四だ!」


 シドとゲオルグ、カールが前に出る。ブドヴェクはシドをじろりと睨んだ。


「……お前か。その様子じゃ歓迎パーティーは楽しめなかったようだな」

「………」

「……まあいい。お前には合うサイズの服がない。それにそのでかさを活かさないのは勿体ない。お前は掘削作業に限定だ。その身体でピコピコと探知機を眺めているのを見たら他の作業員が笑って仕事にならんからな」

「………」


 ブドヴェクは書類を眺め、


「余った道具を持って七番坑道の三ー四まで降りろ。そこがC四部屋の割り当てとなっている」     


 シドは削岩機を選んだ。ゲオルグも削岩機でカールはスコップだ。

 七と大きく数字の書かれた坑道に入り、少し進むとドアがあった。金属製で分厚く、開けると空気の抜ける音がする。

 中は狭いと思っていたシドは意外だった。先はどうなっているかはわからないが、少なくとも幹線部分は歩くのに支障ない。トロッコの走るレールがたくさん並んでいて、坑道の先に目をやると横に曲がっている線路もある。壁は全て岩盤が剥き出しで太い金属の梁で補強してあった。人の胴体ほどもあるチューブとパイプが束になって這っている。

 シド達は停車している十人位載れそうな超電磁トロッコに載った。操作盤の数字を三ー四に合わせて発進させると滑らかに動き出す。


「凄え長いな……」


 しばらく経っても全く終わりの見えない行程にぞっとしたようにゲオルグが云う。既に体感で二十標準分は経っている。途中何枚かのドアを抜けたが終わりはまだ見えない。隣を走っていたレールは数を減らしていき、今はもう六本しか残ってなかった。

 不意にトロッコが停車した。赤信号だ。

 しばらくすると右横の坑道から無人のトロッコがやってきてそのまま左に消えていく。


「………」


 信号が青に変わって再び動き出すトロッコ。突き当たりにきた時にはゲオルグとカールがほっと息を吐く。

 トロッコから降りると壁の手前に坑があった。下を覗き込んでも底が見えない。壁のボタンを押すと天井のワイヤが悲鳴あげて巻き取られる。

 揚がってきたのは扉のないエレベータだった。


「くそ。マジかよ……」


 エレベーターが停止するとトロッコが動き出し、トロッコごと降りると悟ったゲオルグとカールは再びトロッコ上の人になる。


「どうしたんだ? 載らないのか?」

「うむ……」


 シドは迷った。載っていいものだろうか。下手をしたら坑の底まで真っ逆さまだ。壊れることはないだろうが這い上がるのに時間がかかりそうである。

 試しに足を載せてみる。


「……良さそうだな」

「いくらあんたがでかくても三人位じゃ落ちたりしねえさ」


 シドが載るとカールが二つしかないボタンを押した。

 エレベーターがゆっくりと降りていく。


「驚くべきはここまで誰にも会ってないことだ」


 ゲオルグが云う。


「あのデブの云う通り電気が切れたら死ねるぜこれは」


 エレベーターが止まると目の前にレールがあった。数は四本で上のよりも小さい。坑道の高さと幅も狭くなっていた。トロッコが発進し、終わりの見えない旅が再開した。

 今度はそう長くはなかった。上の半分も進んでいない時点でドアが見える。段々細く、補強がぞんざいになっていく坑道の突き当りにあるドアが開くとトロッコが中に入った。

 中には人がたくさんいた。大きな空洞に資材が置かれ、そこから四方に小さな坑道が伸びている。唸りを上げて小型の発電機が作動しており、そこから何十本も配線が伸びている。

 シド達が来たのに気づくと体格のいい男が叫ぶ。


「全員作業を止めて集まれ! 新人が揃ったようだ!」


 隅にはシド達より早くここに着た新規労働者が六人いた。

 ここの責任者らしい男の指示で横一列に並ぶと、坑道の奥からぞろぞろ出てきた男達が向かい合って集まる。


「俺はトーマスだ! A二の室長でここの責任者でもある!」


 体格のいいトーマスは髭に囲まれた唇を大きく開けて叫ぶ。


「この部屋は現在三部屋合同で作業に当たっている! 今ここにいる奴等と、今日は来てないC四の室長エドワードを合わせたので全員だ!」


 その言葉に、シドが同部屋の男達に顔を向けると彼等は気まずそうに俯いた。どうやら何も説明していないらしい。


「わからんことがあったら俺かゴードンに訊くんだ! ――ゴードン! 前に出ろ!」


 トーマスが後ろを向いて呼ぶと緑色の髪をした背の高い男が前に出る。

 トーマスは前に向き直って云った。


「こいつがゴードンだ! B三の室長だ!」


 紹介されると筋肉質の胸元をはだけた緑髪の男が手をふりふりと振り、


「ゴードンよ。よろしくね」

「………」

「………」


 ゴードンは瞼をラメでテカらせ、唇には紅を塗っている。耳にピアスをぶら下げまつ毛が長かった。彼はシド達を舐めるように観察し、右から左へと顔を動かす。その顔がシドで止まって、あら、と感心したような顔になった。弧を描いた唇は、見る者が見れば蠱惑的とさえ云えたかもしれない。

 ゴードンの視線を追ったトーマスもシドを見る。そしてこちらは眉を寄せた。


「そこのお前。その眼鏡は外すんだ。お世辞にも明るい場所とは云えないからな、ここは」

「心配ない。ちゃんと見えている」

「そういう問題じゃない! お前のミスでお前だけがくたばるなら何も云わんが、周囲の者を巻き込む恐れがあるんだ!」


 どうやら見かけによらず真面目な性格のようだ。シドはきちんと説明することにする。


「お前の云うことはもっともだ。だがそれでも俺の返事は変わらない。つけたままで問題ない。もし俺がミスをしたならそれはこれを外していても起こるミスだ」

「……力ずくでも外させると云ったら?」

「利口な選択とは云えんな。エドワードのようにホームシックになりたくなければ止めておけ」

「……なに? エドがなんだって?」

「そいつはいきなり重度のホームシックを発症したらしくてな。俺達が乗ってきた船に密航してこの衛星を脱出したようだぞ」

「……馬鹿なことを云うな。そんなワケが――」

「さて。俺も聞いただけだ。本当のところがどうなのかは知らん。ただ部屋にいなかったのは事実だ」


 トーマスは疑いに満ちた瞳でシドを凝めた。

 シドは極めてリラックスした様子でそれを受ける。嘘をついた時に緊張するのはそれが露見した際の結果に恐れを抱くからである。しかしシドには守るべきものや失うものがない。バレたらバレたでそれに合わせて行動すればいいのだ。

 相手を殺すということは最も簡単で最も過程の短い解決方法だった。しかし人間は自ら縛りを設けてそれを遠くにやってしまっている。だがシドは違う。シドの前には常に、手を伸ばせば届く場所にそれがある。シドが任務のために戦い以外の事を行うのはただ迂遠な過程を経ているに過ぎなかった。全ての道は最後にはその場所に通じているのだ。


「……いいだろう」


 張り詰めた空気に耐えられなくなったか、トーマスは折れた。


「このことは後でブドヴェクに確認してみる。その眼鏡に関してもとりあえずはお前を信じよう。だが――」


 トーマスは厳しい顔つきでシドを睨む。


「もしそれが原因で何か起こっても俺は責任を取らんからな! このことはここにいる全ての者が証人だ!」

「それで結構だ。今日の作業が終わった暁には、お前はこの俺の足元にひれ伏すことになるだろう」

「……つまらん」


 云い捨てたトーマスは鼻で笑った。


「もうちょっとマシなジョークは云えんのか?」

「………」

「………」

「……俺は穴を掘るために生まれた存在と云っても過言ではない。最初に掘ったのは産道だった」

「おい! 誰が――」

「まあ! まあまあまあ!」


 怒鳴ろうと口を開きかけたトーマスに覆い被せるようにゴードンが叫ぶ。


「奇遇じゃない!? 実は私もそうなのよ!」


 そう云ったゴードンは後ろを向くと男にしては大きな尻をぶり、と突き出した。


「見てよこれ! まさに掘られるために生まれたと云っても過言ではないでしょ!?」

「………」

「掘るために生まれたあなたと掘られるために生まれた私! この出会いは運命なのよ!」

「………」


 シドは無言でゴードンの緑色の髪の毛を掴んだ。


「あっ!? いたたたた!」

「――見ろ、トーマス。衛星の地下で自生していた植物だ。上にばれる前にすぐにトイレから流そう」

「止めてよ! 抜けちゃうじゃない!」

「しかし随分と貧相だ。やはり光と栄養が足りていないのだろうな」


 シドの言葉にトーマスは下を向いて呆れたように首を振り、


「そいつを離してやってくれ。悪気はないんだ」


 しかし返事がない。不審に思ったトーマス。見るとシドは既にいなかった。目を離した隙にゴードンを引き摺ってトイレに向かって歩いている。


「助けてトーマス! こいつをなんとかして!」


 シドは暴れるゴードンを右手に、削岩機を捨てた左手で空洞の隅に設置されていたパイプの末端にあるトイレの蓋を開けるとバルブを回した。

 凄まじい負圧に不気味な音を立てて空気が吸引される。


「ああああーっ! トぉーマスぅぅーッ!」


 眼下に開いた地獄の入り口にゴードンは両手を突っぱねて抵抗する。逞しい腕に縄のような筋肉が盛り上がり、真っ赤になった顔から汗が吹き出した。

 シドが力を込めると歯を食いしばったゴードンの口から唸りが漏れる。


「て、てめえこの野郎! 今すぐ離さないとぶっ殺すぞ!」

「………」

「てめえのキンタマを抉り出して鍋で煮込んでやる!」

「………」


 シドが女口調を宇宙の彼方に捨て去ったゴードンの頭をトイレに突っ込むと同時に、殺到した男達がバルブを閉めてシドにしがみついた。


「もう寄せ! これ以上人が減ったら作業に支障が出る! レクリエーションルームを使用できなくなるぞ!」

「レクリエーションルーム? なんだそれは?」


 吸引力がなくなったのでシドはゴードンを開放し、トーマスに訊き返す。

 トーマスはゴードンに顔を洗ってくるよう云ってから、


「十日に一回休みがあるんだが、その時だけは女共と同じ部屋で過ごせる部屋が解放されるんだ。唯一の楽しみってやつだな」

「そんなものがあるのか」


 それは好都合だ。シドは思った。アーリアと接触するのにわざわざ行動を起こす必要がない。普通に掘っていればそれで済む。


「使用するのに条件があるのか?」

「そうだ。というか、普通に働いてる分には問題ない。たまにブドヴェクが仕事の進み具合の悪かった部屋を連帯責任で使用禁止にするくらいだ」

「なるほど。それは大問題だ」

「その通り。わかったら大人しくしててくれ」


 トーマスはシド含め全員に、


「そろそろ仕事を再開するぞ! 配管は絶対壊すなよ! 特にトイレと水はな! 命に関わる! 掘る場所は先輩に聞け! 主坑道は自走式の掘削機が掘っている! お前達は気圧が確保されたらそこから探知機が反応した方向に向かって掘るんだ! 大きなガス溜まりは近くにないし、鉱床もない! ガンガン掘れぇ!」


 シドは削岩機を拾うと肢道に入った。天井や地面に打ち込んであるアンカーにワイヤを通して巻き上げ、身体を固定する。

 隣では同じように身体を固定した男が抱えた削岩機を岩盤に押し付けている。


「ひとっつほってーははっはのためぇー。ふたっつほってーはちっちのためぇー」


 どうやらだいぶご機嫌のようだ。陽気に歌いながら岩の破片をバラ撒いている。

 男の隣でシドが適当に岩を砕いているとゲオルグがやってきた。


「まったくひでえ場所だよ、ここは」


 ゲオルグはそう云うと身体を固定しないままに削岩機を構え、手を休めたシドは面白そうに口を歪めながらそれを見守る。


「あのトロッコは過去へ行くタイムマシーンだったに違いねえ」


 スイッチを入れて伸縮する杭の先端が当たった瞬間、ゲオルグの身体が後ろに吹き飛んだ。




 








「おい……」


 円形に配置された出水口から流れる水を浴びていた後ろの男が小さく云い、それに答える形でボソボソと囁き合う声が伝染病のように広まる。

 周りにいた男達と同じように水を出し、しかし男達とは違って微動だにせず水に打たれていたシドはゆっくりと後ろを向いた。そうしながら床から伸びている水栓柱の蛇口を捻り水を止める。

 シドの均整のとれた外皮の上を水が蔦のように這いながら流れ落ち、滴となったそれは床で再び大きなうねりを形成して排水口に向かっている。

 シャワー室ではそこかしこから蛇口を捻るキュッという音が響き、一日の汗を洗い落としていた男達が足早にいなくなっていく。彼等は皆出入口に仁王立ちしている五人と目を合わせないようにして外に出て行った。


「さっきはよくも恥をかかせてくれたじゃない」


 シャワー室に自分達とシドの六人しかいなくなったのを見計らい、左右に二人ずつ、計四人の男を侍らしたゴードンが口を開いた。

 全員裸で背はゴードンが一番高いが横幅は他の四人が広い。バールを持った者、ガラスに布を巻いて握っている者、逆向きにしたテープにガラスをまぶして拳で握りこんだ者、ピックハンマーを持った者の四人だ。ゴードンは手ぶらだった。


「これはこれは」


 シドは顔を滴り落ちる水もそのままに云う。


「どうすれば騒ぎを起こさずに殺せるか考えていたところだったのだが、まさかそちらから来てくれるとは」


 サングラスの下の唇から白い歯が覗いた。シドと他の機械の最も大きな相違点は妥協の在り方だった。通常機械は命令されなければ人を殺さない。妥協して殺すのだ。だがシドは違う。シドは常に敵を求めている。人を殺さない時は単に殺さない条件に適合したに過ぎない。妥協して殺さないのだ。そしてゴードンはその条件から外れていた。


「なんですって?」

「俺達は能力の劣った者に慈悲をかけることはあるが、できそこないはその限りではない」

「で、できそこないですってぇっ!?」


 シドの言葉が逆鱗に触れたのか、ゴードンはヒステリック気味に叫んだ。


「私達ができそこないだっていうの!?」

「そうだとも」

「あんた! 中央からきたのね!? あっちの奴等は皆イカれてるから!」

「違うな。目の行き届かぬ辺境の奴等こそおかしいのだ。狂った者は誰も己がそうであると気づかぬものだ。人に示唆されて初めて理解する」

「――っこの原理主義者が! ここは大都市じゃないのよ!? あんな極論を振りかざして生きていけると思ってるわけ!?」

「それはこちらの台詞だ。反体制主義者めが。都市部ではないから許されるなどと思うな」

「私達はおかしくなんかない! どうしていけないのよ!? 誰にも迷惑なんかかからないのに!」

「人類全体にとって迷惑だ。性の偏りに因る一般国民の出生率低下は人口の増加率を低迷させると公式見解が出ているだろう」

「子供なら作れるじゃない! お金さえかければ今の時代なんだってできるわ!」

「本来ならば必要のない金だ。それに将来その技術が失われた際はどうする。人類は今まで均等な男女比で発展してきた。ならば今まで通りのやり方を踏襲するほうが無難だ。お前の云うような自由は個人のメリットはあっても全体のメリットはない」

「――このっ!」


 ゴードンは隣の男に怒鳴る。


「どうしてこんなところに政府の犬がいるのよ!?」

「そんなこと俺に聞かれても……」

「その問いには俺が答えよう」


 シドは口を挟んだ。


「ここが人類の勢力圏であってできそこないの住む地ではないからだ」

「このでかぶつが!」


 声を荒らげていたゴードンはしかし、目を閉じて大きく深呼吸をした。閉じられた目が開いた時には激情はなりを潜めている。なくなったわけではない。心の奥深くで機会を窺っているのだ。


「今謝るなら許してあげるわよ?」

「………」

「もし謝る気があるのなら後ろを向いて壁に手をつきなさい。六人で楽しみましょ」

「ゴードン」

「なによ?」

「股間に緑色のカビが生えているぞ」

「カビじゃないわよ! あんた、もう許さないわ!」 


 我慢できなくなったゴードンはシドを指して、


「ぶっ殺せ!」


 ゴードンの号令で四人の男達が一斉に向かってくる。シドは背後の水栓柱を握り締め、両手で引き抜いた。

 水が噴水のように吹き出す中、引き抜いたパイプを先頭の男の脇腹に叩きつける。


「ぃぎぃ――」


 男はゴム毬のように跳ねた。勢いよく隣のシャワーにぶつかって動かなくなる。


「死ねやっ!」


 ――直後、ガラスをナイフ代わりにしている男が腰だめに突っ込んでくる。シドはパイプを捨てると掌でそれを受け止め、男の心臓に人指し指を突き入れた。

 男の背がビクリと弓なりに反り、口が魚のように開閉する。指を引き抜いたシドは右腕を右から襲ってきている男に向けて繰り出し、シドの右頬にガラスをまぶした拳を当てて笑った男の喉を掴む。そして左腕は突き出されたバールの外側から下に潜り込ませ、手首を捻ってバールに巻きつけ押さえつけた。


「くそっ!」


 バールを持った男がなんとか動かそうと躍起になるが、右側の男の喉を握り潰したシドの右手がその横顔を強烈に張り飛ばす。壁に激突した男は目玉を裏返らせ、そのままズルズルと座り込んだ。

 シドはゴードンに目をやった。後ろでは天井にぶつかった水が雨のように降り注ぎ、男達の血を洗い流している。床に赤い川が出現した。


「よくも私の彼氏達を!」


 唯一無傷で残ったゴードンが歯茎を剥き出しにして怒りを露わにする。


「この気違いが! ブドヴェクに云って警備に射殺してもらうわ!」

「今から死ぬお前には無理だろうな」

「殺せるもんなら殺してみやがれ!」

「ではそうしよう」


 シドはバールを拾い上げた。


「お前は正しかった。俺とお前が出会ったのはまさに運命だ。そういうわけで今からこれでお前の内臓を掘り返す」

「誰が待つもんか!」


 ゴードンは背を向けて逃げ出した。脱衣所はすぐ後ろにあった。

 シドは後ろの壁に足をかけて思い切り蹴った。砲弾のようにシャワー室の入り口を破壊して脱衣所でゴードンを捕捉する。


「俺達は運命の糸で繋がっているようだ」


 否も応もなく、掴んだ腕を引き寄せるとゴードンが大声で懇願する。


「顔は打たないで!」


 シドはゴードンの頬を張り飛ばした。口から折れた歯が飛び出し、つつ――と唾液の混じった血が糸を引いて落ちる。

 

「ぶ、打たないでって云ったでしょ!?」


 顔を赤くしたゴードンが殴り返そうとする。シドはその腕をヘシ折った。


「ぎゃああああああ!」


 もう一度横っ面を張るとゴードンは倒れ伏す。もう戦意は残っていないようで足を揃えて弱々しく床に座り込み、


「わ、私が何をしたっていうのよ!? ただ他の人と少し好みが違うだけじゃない!」


 腫れた頬を擦りながらそう云い訳した。

 シドはバールをゴードンの目の前に突きつけ、


「わかっている。このバールが好みなんだろう? 今合体させてやるからな」

「ち、違うわ! 私の好みはあなたよ!」


 シドに云い返してしなを作るゴードン。無残に折れた腕を隠しながら自分を殺そうとする男を上目遣いで見上げた。


「わ、私のこと好きにしていいのよ? だから助け――」


 シドはみなまで云わせずバールを突き刺した。


「あああーっ!」


 身体の下の赤い水溜まり広がっていく。もう助かる望みはないと認めることができないのか、ゴードンの腕が震えながら持ち上がり、腹部に刺さったバールを抜こうと無駄な抵抗を始める。


「ひ、ひどい……わ。なんで、こんな……」


 ゴードンは弱々しく呻いた。


「どうし……て。死、ななきゃ……」

「お前ができそこないである理由だが――」


 シドはバールを引き抜いてゴードンの眼窩に突き入れる。勢い余って頭部を貫通した先端が石床を打ち砕き、片方だけ残った瞳がきょとんとシドを見る。


「科学技術に頼らねば増えることのできないお前は機械となにが違うのだね」

   

 バールを引き抜くとゴードンは血の涙を流した。  

 

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