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永遠の戦士 宇宙編  作者: ブラック無党
千里眼の少女と電子眼の男
5/8

五話

「俺達の流儀を教えてやる」


 と云ったシド。おもむろに床のアタッシュケースを拾い上げ、テーブルにドスンと載せる。

 ロックを解除し、留め金をパチリと外すとさっと開いた。

 中には軍票の束が詰まっている。紙幣は幾つも種類があり、全てを把握しているものなど専門家か趣味人くらいだが、大凡の見た目はどこも同じだ。軍票とはわからずともどこかの紙幣であると認識するのはおかしなことではない。

 案の定、二人の男はおおっ――と目を輝かせた。

 シドは素早くアタッシュケースを閉めた。

 そしてまたさっと開く。


「おお……」


 男達は言葉も無いようだった。

 それを見て取ったシドは再度ケースを閉め、


「……どうだね?」


 と訊いた。


「ななな、なんてことをっ!?」


 アーリアがテーブルをバンバン叩く。


「それは立派な収賄ですよ!? それが貴方達のやり方なんですか!?」

「そうだ」


 シドは答えた。


「金で揉み消す。これが政治というものだ」

「貴方は政治家じゃないです! 見損ないましたよ! どんなに乱暴でも! 横暴でも! 人殺しでも! 戦うための機械だからだと自分を誤魔化してたのに!」

「これもまた一つの戦い方よ」


 シドは男達に目を向け、また、悪魔のように囁く。


「……どうだね?」


 二人の男はゴクリと唾を飲み込んだ。


「い、いいぜ。勘弁してやる」

「マイクの奴は具合が悪くなって帰ったんだろう。きっとそうに違いない」


 その答えに、シドはク――と笑みを浮かべた。


「そうだとも。マイクは今、生けとし生ける全ての者達が帰る最後の場所に向かっているのだ。配管の中を泳いでな」

「……ま、まあな」

「………」


 男達はシドの物云いにたじろいだが、意を決したようにケースに手を伸ばす。

 しかしシドはケースをすっと手元にずらすと己の足元に確保した。


「取引は成立した」

「……おい」


 男の一人がむっとした顔になり、


「さっさとその金を寄越しやがれ」

「それは無理な相談だ」

「なんでだ!?」

「金が勿体ない」

「ふざけんなっ! 金を寄越すと――」


 男ははっと何かに気づいた顔になった。

 シドは無表情に続きを受け持つ。


「云ってないな。一言も」

「て、てめえ……」

「とことん舐めた真似をしてくれるじゃねえか」


 懐に手を入れようとする男達。

 シドはそれにストップをかけた。


「そこまでにしておけ」

「調子いいこと云ってんじゃねえ! 今ならまだ許してやる! 金を寄越しやがれ!」

「詫びとして女は置いていってもらおうか」

「お前達は一線を越えようとしている。越えたらもう手加減はできないぞ」

「へへ、そうだな。そっちの女と一線を越えるかもな」


 それを聞いたアーリアは軽蔑した瞳になった。


「やっちゃってください」

「アーリア」

「なんです?」

「お前を殺人教唆の罪で拘束する」

「……えっ?」

「冗談だ」

「ああああああああ!」


 アーリアは頭をぶんぶんと振り乱す。


「挑発するのは敵だけにしてくださいよ! もう訳が分かりません!」 

「すまん。場の雰囲気を和ませようとしたつもりだった」

「今更なに云ってるんですか! 最早手遅れです! もう戦うしかありません!」

「これはまた随分と好戦的な女になってしまったものだ。だがそういうのは嫌いではないぞ」

「ななな、なにを云うんですいきなり! 時と場所を選んでください!」

「てめぇらイチャついてんじゃねえ!」


 男の一人が懐からグローブを取り出した。それを嵌めて構えを取る。


「随分と余裕かましてくれるじゃねえか」

「スタングローブか」


 シドもまた構えを取った。拳を握り締め、前に出す。

 男はリズムよく身体を揺らしながら距離を詰め、


「喰らいなっ!」


 と右ストレートを繰り出した。

 シドは左手で男の腕を外に弾く。間を置かずに右のフックを返してやると男は車に跳ね飛ばされたように吹っ飛んでいった。そして他の客にぶつかって止まる。


「――ってぇなぁ!? 誰だこの野郎!」


 男の身体が飛んだ先で飲んでいたスキンヘッドの大男が椅子から立ち上がり、悪態をつきながらシドの方を見る。


「俺だが何か文句があるのか?」

「え――?」


 スキンヘッドの男はシドの大きさに驚き、ついでぶつかってきた男を見る。そしてその頭が潰れているのを悟ると、


「こ、今度からは気をつけろや!」


 そう云って座り直した。


「よ、よくも兄貴を!」


 最後に残った男が素早く銃を抜いた。


「死ねや!」


 シドは男が銃を構える前に動き出していた。発砲される前にまたもや左手で男の腕を弾く。

 プシュッという音がして弾が飛び、ブシュッという音がしてスキンヘッドの後頭部に穴が空いた。スキンヘッドは前のめりに倒れ、穴からドロリとした血が一筋の川を作る。


「………」

「……やってしまったな」


 シドは同じ悪戯で掴まった悪友に対するように云う。


「だから忠告したのだ。室内では銃は使うなと」

「………」

「しかしなかなかいい腕をしている。お前、生まれ変わったら俺の部下にならんか?」

「――た、助けてくれ!」


 呆然となっていた男は、一緒に飲んでいたスキンヘッドの仲間が怒りに燃えてやってくるのを見てシドに縋り付いた。


「あんたなら俺を助けられる!」

「確かに」


 シドは重々しく頷いた。


「俺は人類の守護者だからな。たかが数人殺す程度は造作も無い」

「よくわからないが頼む!」


 しかしシドは答えず、ついに肩を怒らせた男達が到着してしまう。


「よくもやりやがったな! 店の中で銃なんざ使いやがって!」


 云い放った男の視線は銃を持った男に向けられていた。

 無手のシドと銃を持った男。元凶は明らかであった。


「俺のせいじゃないんだ!」


 銃を持った男はシドを指さした。


「こいつが銃をズラしたんだ! それで当たってしまったんだ!」

「引き金はてめえが引いたんだろうが! 云い逃れできると思ってんじゃねえ!」


 怒鳴っている男とは別の男がシドに訊ねる。


「今のは本当か?」

「そうだ」

「そうか……」


 男は仲間と顔を見合わせた後、残念そうに云った。


「あんたに落ち度はねえが、偶然だろうがなんだろうが原因の一つではある。殺しはしないが落とし前はつけさせてもらうぜ」

「構わんよ。俺には責任を取らねばならないと思う良心が備わっている」


 アーリアはどうしよう、といった顔でおろおろしている。

 シドは気にせず足元からアタッシュケースを取り出した。

 テーブルの上に載せ、さっさっと開閉する。そしてまた、悪魔のように囁いた。


「……どうだね?」


 男達はおお――と目を輝かせた。

 アーリアと銃を持った男は唖然となっている。


「話がわかるじゃねえか。それで勘弁してやるよ」


 その言葉を聞いたシドは笑みを浮かべてアタッシュケースを仕舞い込んだ。


「取引は成立した」

「……舐めてんのかコラ」


 目を吊り上げた男はナイフを取り出す。


「その金を寄越せ。詫び料として女もだ」

「誰もが皆、金と女を求め彷徨う。寒い時代になったと思わんか」

「ゴチャゴチャ云ってねえで早くしろ!」

「言動に気をつけることだ。お前が今足を載せているのは俺の良心だ。それは羽毛のように白く柔らかいが、汚れやすく軽くもある」

「……金と女を寄越すんだ」

「……俺の良心を踏み躙ったな」


 シドはコートから十徳ナイフを抜いた。十個の目盛りがあるダイヤルを回してスイッチを入れると、刀身が刃渡り四十センチ程の波打つ三枚刃に形を変える。そしてその凶悪なナイフを手に、錆びついた声を絞り出した。


「今からお前達を野菜のように切り刻んでやる」

「じ、上等だ! お前等やっちま――」


 シドは男の頭から腹までを一気に引き裂いた。


「ぎゃあああああああっ」


 男は顔を押さえてのたうち回る。腹からは臓物がドプドプ溢れ、大きな血溜まりを作った。


「よよ、よくもっ!」


 男の仲間がそれぞれの武器を手にシドと対峙する。

 シドが攻撃の一切を無視して躍りかかると、様子を窺っていた他の客達が大声でそれを囃し立て店の中は大騒ぎになった。 


「……す、すげえ」


 その乱闘騒ぎを見た銃を持った男がそう呟き、アーリアはほけっとしている男から素早く銃を奪った。


「――ああっ」

「動くと撃ちます!」

「く、くそっ! なんで――」

「さっき自分が何を云ったかも覚えてないのですか? 貴方を助けるわけないでしょう」

「な、仲間じゃないか!」


 アーリアは男の足元に発砲した。


「そういう冗談はもう飽き飽きしてるんです。次にくだらないことを云ったら当てますよ」

「………」

「船のキーを渡しなさい」

「……え?」

「船のカードキーです! 早く渡すんです!」

「で、でも――」

「次が最後です。キーを渡しなさい」


 男が悔しそうに上着に手を入れたのを見てアーリアはほっと息を吐いた。これで基地に戻れるだろう。基地に戻ったら司令官に懲罰房に入れてもらうのだ。そうすればシドも追いかけてこれない筈だ。

 しかしアーリアは気づいた。いつの間にか怒号と悲鳴が聞こえなくなっている。かわりに聞こえてきたのは――


「犯罪者を殺す前に持ち物を奪うとは、お前もだいぶ板についてきた」


 聞こえてきたのはシドの声だった。


「しかし船は二隻あっても無駄だ。売って金にするとしよう」


 アーリアは焦った声で答える。


「そ、そうですね! 私もそう思ってました!」

「俺は今、犯罪者を始末して機嫌がいい。なんでも好きな物を買ってやる」

「い、いえ! 結構です!」

「そう遠慮するな。宝石も毛皮も思いのままだぞ? どうせ悪事を働いて得た金なのだ。俺達で浄化してやろうぞ」

「俺達は犯罪者じゃない! ちゃんと輸送で稼いだ金だ!」


 反論した男はしかし、返り血に塗れたシドに見下ろされ押し黙る。

 シドが無言で手を差し出すと、男はそこにのろのろとカードキーを置いた。


「い、命だけは助けてくれ」

「駄目だ」


 シドはナイフを腹部に突き入れた。

 男は信じられない――と目を見開き、


「そ、そんな……」

「船は取り上げる。お前もマイクと同じであの世へは泳いでいくんだ」

「まだ……し、死にたくないよ、かあちゃん……」


 男は膝をつき、腹を抱えて蹲る。

 シドは男の頭に足を載せた。


「それは親のいない俺へのあてつけかね?」


 そう云って踏み潰し、床に大輪の花を咲かせる。

 全てが終わって見渡せば、店の中はズラズタに引き裂かれた死体が散乱していた、それを見たシドはあることを思い立つ。

 ――ここに掃除ロボットを呼ぶのだ。きっと彼等はゴミのように死体を片付けるにちがいない。いつも唾を吐かれ、蹴られていただろう彼等に労働に対する報酬を与えるのだ。

 シドは右手を高々と上げ、パチリと指を鳴らす。


店主(マスター)注文だ」


 そうして青褪めているカウンター奥の男に告げた。


「掃除ロボットをいっぱい(・・・)頼む」


 アーリアはクスリともしなかった。











「大佐、犬を発見しました」


 部下がそう報告した時、マドゥケは執務室として使っている古びた一室で武器弾薬の備蓄を確認していた。

 彼は目を通していた書類から顔を上げた。

 慣れ親しんだ部屋は電力の節約のために薄暗く、隅には闇が沈殿している。壁を剥き出しになった電線が蛇のように這っており、空調の回る音だけが虚ろに響いていた。


「――それで?」


 訊いたマドゥケに部下は答える。


「ゲヘナの貨物港です。聞き込みをおこないましたが、見た目から間違いないかと。大佐の云った通りでした」

「死人の数は?」

「七です」

「七か……」


 それが多いのか少ないのか、マドゥケにはわからなかった。


「場所はどこでだ?」

「は。居住区最下層の飲食店だそうです」

「死んだのは一般人だな」

「そうでしょうね。一応酔った末の喧嘩という見解になっているようですが……」

「たったそれだけで七人も死ぬものか。ところで死体の様子はわかっているか?」

「いえ。それが清掃用のロボットが全部掻き回したらしく……」

「馬鹿なことを云うな」


 そんなことはありえない――と、マドゥケ。居住区を動き回るロボットに人間の身体規模の物を処理できるような機能はない。切断して回収するような思考ルーチンも持っていない筈だ。

 しかし部下が自分でも信じていない顔で答えを云う。


「大男が解体して吸わせたそうです」

「………」

「………」

「………」

「……どうやら大物が釣れたようだ」

「は?」

「気にするな。そいつの足跡は?」

「は。労働斡旋所に向かった後出港したようですが、現在地まではわかっておりません」

「……来るな」


 マドゥケは確信に満ちた声で云い、


「ピズに連絡しておけ。首輪の用意をさせるんだ」

「檻の中で始末を?」

「いや。二段構えでいく。ズールーにも伝えておけ」

「了解しました」


 マドゥケはかつて惑星防衛を担っていた駐留艦隊の一司令官だった。その時から付き従う部下は敬礼をして退出した。

 マドゥケは古びたコンピューターを操作してモニタに一枚の画像を表示した。写真の中では少し皺のある女が小さな子供を抱いて微笑んでいる。

 女はマドゥケの妻で子供は息子だ。


「今回も上手くやるさ、メリーネ」


 写真の中にしかいない妻に囁く。


「今度の奴は大物だ。だいぶ狂っている。長い時間稼働している奴だろう。今始末しておけば大勢の人を助けることに繋がる」


 任務外でどれだけ多くの人間を殺したか。どれだけ異常な行動を取ったかで機械兵の作戦参加回数はわかる。これはマドゥケが奴等を調べていくうちに気づいたことだった。

 人間の兵士の中にも運に助けられ奇跡的な生還を遂げる者がいる。機械兵もそれと同じで運良く生還不可能な任務に当たらずに稼働を続ける奴等がいるのだ。それはごまん(・・・)といる機械兵の中でもほんの一握りだ。そしてそういった奴等は皮を被っている。人の皮ではない。機械兵の皮だ。

 その二重の皮の下にあるものこそが奴等の本質だ。それは人でもなければ機械でもない。機械兵でもない。もっと別のなにかだ。それは完璧な設計と狂気に満ちた戦場が合わさった時産まれた。

 軍は機械兵を矯正するための人工知能の開発を始めたようだがそんなものは焼け石に水だ。マドゥケにはわかっていた。考え方の問題ではないのだ。原因は設計にあるのではなく、コンセプト、もしくは応用にあった。奴等を戦場に送り続ける限りは解決しない。

 マドゥケは昔、生産施設から出たばかりの機械兵に会ったことがある。彼等は皆不器用で無愛想だったが決して人に危害を加えようとはしなかった。命を惜しまず泣き言も云わない彼等はまさに理想の兵士だ。それは認めるにやぶさかではない。

 だが彼等は変わる。戦場が変えるのだ。

 マドゥケは大量虐殺者として軍から死刑を宣告された身である。誰も答えを教えてくれなかった。しかし彼は一つの仮説を立てている。

 軍がそれに気づいていないとは思っていない。考えれば誰にもわかることだ。だからこそマドゥケは抵抗運動に身を投げた。


「………」


 マドゥケは写真を消して文字を打つ。早い時期で少女に成否を訊ねようとする声はあがっていた。耳を塞いでいるのも限界だろう。

 マドゥケには少女に作戦の成否を訊ねる気はなかった。全てを捨ててやり直すには年を取り過ぎているし、仮に負けると宣告されれば士気は地に落ちるだろう。やるしかなく、やれるだけのことをやっているなら結果など知る必要はない。なにより奴等に背を向ける自分はどうしても許せそうにないのだ。


「さあ、早く来い。お前に人間の恐ろしさを味あわせてやる」


 そう、マドヶケは狂気に満ちた瞳で呟いた。 

 

 










「よぅし! お前等! そこに一列に整列しろ!」


 二重のゲートをくぐり抜けてドーム内に入った機動車の側で、作業服を着た腹の突き出た男が車から降りてきた私物を持った男女の集団に叫んだ。


「今から作業服とマニュアルを配る! 荷物を割り当てた部屋に運んだら研修だ! 部屋番号などは全部マニュアルに書いてある! くだらねえ質問しやがったら歯をへし折るからな!」


 太った男は集団を性別で分けて他の社員にマニュアルを配らせる。

 集団の中にいる恐ろしく背の高い男が声をあげた。


「おい」

「あぁん? 飯は一日三回だこの野郎! でかいからって量は増えねえぞ!」

「仕事はちゃんとしたものなんだろうな?」

「どういう意味だそりゃ! 俺達が犯罪行為でもやってるっていうのか!?」

「少し前に大量に雇い入れたそうじゃないか。バンバン労働者が死んでいるんだろ?」


 その言葉に周囲はぎょっとなる。

 太った男は慌てて云った。


「適当なホラ吹いてんじゃねえぞ! 仕事があるから雇ってんだ! 飯抜きにされてえのか!?」

「ならいいんだ。時間を取らせて済まなかったな」

「――チッ」


 太った男は舌打ちして、


「前いたとこじゃどんだけでかいツラしてたか知らねえが、ここじゃてめえらは一番下だ! それを忘れるな!」


 太った男はそう云い残し、ドーム内にある巨大な建物に跳ねるように走っていった。

 男がいなくなると男女合わせて百人程の集団はざわざわと話しだし、女の集団から一人がやってくる。

 女は大男に話しかけた。


「あの、本当に別れて行動するんですか?」

「勿論そうだ。その方が効率がいい」

「でも武器もなにもないんですよ? 襲われたら――」

「武器なら支給されるから問題ない」

「え?」

「おそらく掘削機や削岩機があてがわれる筈だ。それが武器となる」

「………」

「……まあお前には戦闘に関しては期待していない。情報収集をメインに行え」

「わ、わかりました」


 女が去ると二十代の男が近寄ってきて大男に話しかける。


「もう目をつけるとは、やるじゃねえか」

「………」

「心配するなって。確かに美人だが、取りゃしねえよ。アンタ相手じゃ分が悪そうだからな」


 青年はスッと手を差し出した。


「ゲオルグだ」

「シドだ」


 大男は手を握り返す。

 ゲオルグはシドに云う。


「さっきの奴はたぶん監督だぜ。あんまり関り合いにならないことを勧める」

「そうか。頭に留めておこう」

「それより俺達も行こう。いいベッドを取られちまう」


 ゲオルグは建物に向かう他の連中に目をやってシドを促した。

 重力の低い中をスイスイと歩き、四角い建物に半円を埋め込んだような形の居住区に向かう。ドームの外でシド達を運んできた船が舞い上がり、きた道を帰っていく。

 建物の入り口は小さく、既に列ができていた。男女で二列に分かれた新たな労働者達は消毒を受けて建物内に入る。シドもまた同じように消毒を受けて中に入った。

 何故か待っていたゲオルグと共に罅の入り始めた古い通路を進むと、口を空けたエレベーターが待っている。中には既にぎゅうぎゅうに人が載っていた。

 シドが乗ると大きく箱が揺れた。同時に重量オーバーのブザーがなる。

 先に乗っていた男達は首を傾げた。


「壊れてるのか、これ?」


 重力の低い衛星で吊り下げるワイヤは普通の惑星よりも細いだろうが、ちゃんと計算して造られている筈だ。二十人程度で積載量を越えるなどありえなかった。

 操作盤の近くに男が下に降りるボタンを連打するが、ブザーは鳴りっぱなしでエレベーターは扉も閉まらない。


「………」


 気まずい沈黙が立ち籠めた。

 誰もがシドとゲオルグに申し訳無さそうな視線を送る。乗った順番を逆に遡って降りるのが自然な選択だ。

 しかしシドは腕を組んだまま微動だにせず、ゲオルグもまた自分一人置いて行かれるのを嫌い降りようとしない。

 しばし時間が流れ、ブン――と操作盤の上のガラスモニタに光が入る。


『貴様等なにをやっとるか! 重量オーバーだ! さっさと数を減らせ!』


 映ったのはさっきの太った男だ。


『餓鬼みたいなことをしてるんじゃない! これだから教育を受けてない奴等は嫌なんだ!』

「………」

「……な、なあ、あんた等」


 耐えかねたのか、一人がシドとゲオルグに云った。


「悪いが最後に乗った奴から――」

「………」


 シドは拳でモニタを粉砕した。そして割れたガラスがパラパラと床に落ちる中、顔だけを男達に向けて云う。


「降りるんだ」


 その強い云い方に、青くなった男達は大人しく外に出る。

 ブザーが鳴り止むとシドは下に降りるボタンを押した。

 ブザーが止んだにも関わらず降りようとしていた男の目の前で網製の扉が閉まる。

 シドとゲオルグ、降り損ねた数人の男達だけを載せた箱は小刻みに揺れながら岩肌が剥き出しになった坑を下がっていった。

 それはまるで地獄が目的地だと云われても納得してしまいそうな程長く、エレベーターが停止して扉の向こうに人工の灯りが見えた時にはシド以外の者達から思わず安堵の息がこぼれた。

 エレベーターが上に戻っていくのを背に、マニュアルを眺めていたゲオルグが、


「シド、あんたの部屋番号は?」

「C四だ」

「お、おお。一緒だぜ! ……一緒だな」


 降りてすぐのところにあった地図で場所を調べ、静かになったゲオルグを連れて岩肌の剥き出しになった通路を進む。

 時折地震のような地響きが通路を揺らし、プラプラと揺れる電灯が二人の影を不気味に踊らせた。


「……ホントに大丈夫かよ、ここ」


 ゲオルグが不安そうに漏らす。


「どうも仕事先を間違った気がしてなんねえ」

「………」

「……あんたもここの緩さに目が眩んだ口かい?」

「そうだ。ここは給料は安いがその分誰でも雇う」

「まぁ、な。あんたはどう見てもまともな仕事につけそうにないからな」


 ゲオルグは微かに笑い、


「それより気をつけろよ。さっき降りた奴等の中にも凶悪な奴がいたかもしんねえ。正面からやってくる奴等ばかりとは限らないぞ」

「心配するな」

「俺もなるべく気をつけるようにはするが、寝込みを襲われたらどうにもなんねえからな」


 ゲオルグははっと立ち止まった。


「――おっと。ここだぜ、シド。C4の部屋だ」


 目の前には岩に枠を埋め込み、そこに嵌め込まれた扉があった。へこんで錆がところどころ浮いている。

 扉を開けて中に入ると、部屋の両側に並んだ二段ベッドの間で男達が待ち構えていた。

 扇形にズラリと整列した六人の男達は値踏みするような瞳をシドとゲオルグに送っている。シドを見て少し怯む様子を見せたが、自分達の数を思い出してかその中の一人が強気に云った。


「よく来た新入り共。お前達は今日からこの部屋で俺達と過ごすことになる。俺達は先輩でお前達は後輩だ。そのことを頭に叩き込んで行動しろ」

「わ、わかったよ」


 ゲオルグが小さく答えたが、それが男の癇に障ったらしく、


「なんだその口の利き方は! わかったじゃない! わかりました、だ!」

「わ、わかりました」

「よし、お前はいいだろう。作法がわかってるようだ。そっちのでかいのはどうだ? わかったか?」


 シドは頷いた。


「まあいいだろう」

「……どうやらお前は少し痛い目を見ないとわからないらしいな」


 男はシドの前まで来て顔に手を伸ばす。


「いいグラサンじゃねえか。お前には勿体ない。俺が貰ってやるよ」


 取り上げようと引っ張るが、サングラスはビクともしなかった。


「あれ? ……どうなってんだこれ。貼り付いてやがんのか?」


 このサングラスは支給品である。つるは合金製であり、レンズは強化樹脂だった。シドはそれを顔に接着してきたのだ。人の力では動かすことはできない。


「――くそっ。とことん舐めた野郎だぜ」 


 男は他の者に目で合図を出した。


「今謝れば間に合うぞ。跪いて頭を下げろ」

「そんなことよりそこをどけ。邪魔だ」

「……こいつは久々に活きのいいのが入ってきたじゃねえか」


 男は後ろを向いて、


「やっちまいますがいいですかい?」

「ああ」


 部屋の一番奥には髭面の大男がいた。マットに寝転がり、肘をついて手に頭を載せている。その大男は頷いて、


「少し教育してやれ」

「はい」


 前に向き直った男はベッドに行くと敷かれたマットの下に手を突っ込みレンチを取り出した。それを構えて、


「全員やっちまえ!」

「おお!」


 六人の男が一斉にシドに襲いかかる。


「ゲオルグ」


 シドは部屋の隅に移動したゲオルグに声をかけた。


「外に出て扉が開かないよう押さえていろ」

「オ、オッケー」


 ゲオルグが云われた通り外に出て扉を押さえると、隙間から怒号と悲鳴が溢れてきた。







 コンコン、と扉が小さくノックされた。少しの間を置いて扉が開かれ、男が顔を覗かせる。

 部屋は両側に二段ベッドが並んでおり、男達が扇形に立って待ち構えていた。何故か顔が腫れていたり血が流れている。

 男は静かに身体を滑り込ませ、直立不動の姿勢になった。


「き、今日からここに配属されましたカールといいます! これからお世話になります!」

「………」

「………」


 男達は何も答えない。ただじっとカールを凝めている。

 カールは顔を伏せてポケットに手を突っ込み、包みを取り出した。


「少ないですがこれを――」

「………」


 首の下を真っ赤に染めた男が近づいて、カールから包みをひったくる。

 男は凄い形相だった。瞼が腫れて眼球が埋もれかけている。膨れた顔の片側はざくろのように裂けていた。


「なはなは、わひゃってるひゃないは」


 しかも男は歯がなかった。


「ふふを脱ぐんは」

「は、はい?」

「ふふを脱へ!」

「ふふふ、服でいいでしょうか!?」

「そうは」


 男が頷いたのでカールは服を脱いで全裸になった。

 脱いだ服は没取されて改められる。

 カールの持ち物が全て集められると、唯一無傷のように見える一人がそれを持って奥に行き、


「これで全部みたいだぜ」


 並んだ男達の隙間から奥を見たカールはあっとなった。奥のマットに胡座をかいて座っているのはカール達をエレベーターから追い出した大男である。そしてその横にはこれまた普通よりも大きな男が丸太のように転がっている。


「ご苦労」


 マットに座った大男はそう云うとカールの財布を懐に入れ、手を振って男達を下がらせる。そしてカールの方を向いた。


「よくきたな、新入り。俺がC四の室長、シドだ」

「………」

「ここでは俺が一番上だ。お前は俺が死ねと云ったら死なねばならないし、食えと云ったらクソでも食わねばならん」

「………」

「返事はどうした」

「わ、わかりました」

「お前はなかなか教育ができているようだ」

「………」

「服を着ろ」

「は、はい」


 カールは震える手で急いで服を着た。

 服を着終わると全員並ばされ、シドが集めさせたレンチやバール、ナイフなどを一人一人に配っていく。


「お前達に最初の仕事を与える」


 室長は横に転がっている大男の身体を持って放り投げた。


「こいつを解体してトイレに流す。一致団結してやるのだ。C四の団結力が試されている」

「………」

「………」


 男達は無言で獲物に手を伸ばした。大男の身体から服を剥ぎ取り引き摺っていく。

 呆然と立ち尽くすカールの肩を誰かが叩いた。


「ほは。ほいふをつはいな」


 歯のない男がカールにたがねを渡そうとする。

 カールが受け取ると、男は優しく肩を叩いた。

 

 

          

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