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永遠の戦士 宇宙編  作者: ブラック無党
千里眼の少女と電子眼の男
4/8

四話

 宙に投影された丸顔の男が、口を顔と同じ形にあけて怒鳴っている。


『貴っ様ぁ! 私があれだけ云ったのに! どこまで人を愚弄する気だ!』


 男は大きく腕を振り上げ、叩きつける仕草を繰り返す。


『私はハンドガンまでと云ったろ!? あれのどこがハンドガンだ!』

「あれは紛うことなきハンドガンだ、司令官。ピストルとも呼ばれるがね」


 シートに座ってモニタを眺めるシドは足を組んでそう返した。


『ふざけるな! あれは突撃銃だ! 装甲歩兵用の! だから穴が空いた!』

「あれは機関拳銃だよ、司令官。一目見ただけで俺にはわかった。あれは間違いなく機関拳銃だ」

『いーや、突撃銃だ!』

「いや、機関拳銃だ」

『突撃銃だ!』

「機関拳銃だ」

『突撃銃!』

「いや、突撃銃だ」

『機関拳銃だ!』


 司令官ははっとなり、シドはニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる。


「仕方ない。俺が折れよう。あれは機関拳銃だったということで構わないさ」

『嵌めおったな貴様! それにどっちにしろハンドガンではないだろうが!』

「しかし名前に入っている。その派生であることは間違いがない」


 再び始まる不毛な云い合いに、レーダー席に座っているアーリアはげんなりとした顔で口を挟む。


「二人共いい加減にしてくださいよ……。もうどっちでもいいじゃありませんか」

『アーリア少尉!』


 司令官はアーリアに矛先を向ける。モニタがぐるりと向きを変え、アーリアがげ――と頬を歪めた。


『お前がついていながらなんてザマだ! ちゃんと船に置いてくるよう何故云わなかった!』

「知らなかったんですよ……」

『知らないで済む話かね! いったい何のためにお前をつけたと思っているのだ!』

「コートの下に隠してたんだから仕方ないじゃありませんか……」

『どうして身体検査をしなかったのだね!』

「できるわけありませんよ! 自分ができないことを人にやらせないでください!」


 アーリアは云ってしまってから慌てて口を押さえた。しかしもう遅い。司令官は陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと開閉させ、


『なっ――!? な、な、なんたる口の利き方だ! お前上官に向かって――』

「申し訳ありません! つい口が――」

『いいや許さん! いますぐ船を戻せ! お前には罰を与える!』


 俯いて肩を震わせるアーリア。シドは助け舟を出すことにした。


「船を戻すことまかりならん。この船の船長は俺である」

『貴様は黙っとれ! これはこちらの問題だ! さあ、今すぐ船を戻すんだ!』

「それは無理な相談だ」

『なんでだ!?』

「燃料が勿体ない」

『ああああああーっ!』


 司令官は頭を掻き毟った。モニタの向こうで誰かが隣から手を出し、司令官がそれを跳ね除けるのがわかった。


『もう我慢の限界だ! 貴様を軍法会議にかけてやる! マスドライバでブラックホールに発射してやる!』

「お前にはできないかもしれない」


 そう云ったシドは不安そうに凝めるアーリアに対し、人指し指を口に添え黙っているよう示す。そして使用している通信の映像、音声、送信、受信の操作画面を表示した。

 まず船の警報装置を手動でオンにする。


『――な、なんだ!? なにが起こった!?』


 けたたましく鳴り響くベルに驚く司令官。


「敵襲だ、司令官!」

『なんだと!? 馬鹿なことを云うな! この距離でこちらが気づかぬ筈が――』

「いかん! 命中したぞ!」


 シドはさっと次元間通信の映像送信を遮断した。


『おい! 映像が途切れたぞ!? つまらん嫌がらせは止せ!』

「――なんだ? なにを云っているのか全くわからないぞ。どうもそちらの送信が届いていないようだ」

『そんな都合のいい話があるか! 今すぐ映像を戻すんだ! さもないと――』

「こちらフリーダム。俺は防疫艦隊のシドだ。敵潜宙艦の攻撃により通信設備が破壊された。アーリアの指揮は臨時に俺が取る。こちらは敵船と戦闘後、予定通りに任務を遂行に向かうつもりだ。――さらば」

『おいどうした!? 返事をしろ! もしもし!? もしもしもしもし――』


 シドは通信のスイッチを全部切った。ついでに警報も解除する。


「これでいいだろう」

「全然よくありません!」


 現在船は加速を終了し一定速度で進んでいる。アーリアはベルトを解除し滑るように跳んできた。


「今すぐ船を基地に戻してください!」

「指揮官として命令する。――駄目だ」

「誰が指揮官です! やらせじゃないですか!」

「警報装置の誤作動とスイッチの押し間違いだ。これだから造りの旧い船は嫌なのだ」

「じゃあ今すぐ通信を再開してください!」

「お前に俺に命令する権利はないし、俺はそうする必要性を感じない。だがお前が自分でやる分には止めはせんよ」

「貸してください!」


 アーリアはシドの前のモニタを覗き込んだ。ピッピッと指で触れ、通信の表示を押す。そして小さな眉を顰めた。


「あれ? ……動かない」

「俺の船だからな」

「なんでロックをかけるんですか! 今すぐ解いてください!」

「船長として素人に船を任せるわけにはいかんのだ。わかってくれ、アーリア」

「戻ってくれないと軍をクビになっちゃうかもしれないんですよ!? それとも貴方が私や私の家族の面倒をみてくれるんですか!?」

「場合によっては」

「――え?」


 怒りによって赤くなっていたアーリアの頬が赤味を増した気がした。


「それってどういう――」

「防疫艦隊に席を用意できないこともない。ツテを使えばな」

「ああ……そういう意味ですか」

「他になにがある」

「いえ……。それで、お給料はいくら位でしょうか? 多ければ考えてあげます」

「……俺は給料を貰ったことがないからわからんな」


 シドは己の境遇を参考に話す。


「敵は生身で二メートルを超す異星人で、毒に満ちた大気の中で装甲服を着たそいつらと撃ち合ったり殴り合ったりする仕事だ」

「いやぁぁぁーっ!」


 アーリアはシドにしがみついた。


「帰してください! 私を基地に帰して!」

「それは無理な相談だ」

「どうしてっ!?」

「燃料が勿体ない」

「ななな――」


 アーリアは絶句し、拳を握り締めてキツイ目つきでシドを睨んだ。


「もう貴方には頼みません! 命令します! 階級のない貴方より私のほうが指揮官にふさわしいですから! 今すぐ船をゲートに戻しなさい!」


 シドは黙って船を加速させた。


「きゃあああああ!」


 席を立っていたアーリアが後ろに飛んで行く。

 シドが加速度を一G、二Gと段々大きくしていくと、飛んでいったほうで悲鳴があがった。


「止めて……ください! 死ん……じゃいま……す」

「指揮官は俺でもいいかね?」


 シドは明日の天気でも訊ねるように訊いた。


「ひ、ひ――きょ、う……もの……」

「ふむ――」


 シドはさらに加速度をあげる。そして、


「指揮官は俺でもいいかね?」

「わ……り、まし……。い……です……」

「仕方ないな。本当は嫌なのだがお前に頼まれては断れないというものだ。今回は貸しということにしておいてやろう」

「……ぐすっ」


 シドは船の加速を緩めた。すると後ろでグズる声が聞こえる。とうとう泣いてしまったようである。


「ヒック……もうお家帰りたい……」

「………」


 シドは宙図を出して目的地である第三惑星ゲヘナまでの距離を確認した。地表には降りないで衛星軌道上の港までだが、航行が通常推進のみなので少し時間がかかるようだ。


「アーリア」

「……グスッ。……なんです」

「耳障りだ。泣くなら部屋で泣いてこい」

「……ウッ」


 再びプロペラの回るような泣き声があがる。

 それをBGMにシドは港を表す光点を眺めた。


「犯罪者共の集まる店か……。ついでに掃除もしておくかな」


 


 

 






 港には大小様々な貨物船が整然と並んでいた。

 長方形の巨大な箱から桟橋のように係留塔が突き出ており、速度を合わせたシドは誘導に従い空いている一つに船を停める。

 柔らかい強化繊維のタラップが伸びてきて船体のドアロックに密着し、隙間が埋まるとエアが開放されて与圧下になった。

 シドはこれまでと変わらず、アーリアは持ってきた私服に着替え、筒のようになった中を移動して発着場の内部に入る。揃って長靴のマグネットに通電した。

 まずは発着場の建物を出て衛星の本体部分に行かなければならない。スライドする床に靴をくっつけたシドは左手にアタッシュケースを、右手に上に向けた武器を持ち、人の波に乗りながら話す。


「そろそろ機嫌を直したらどうだ、アーリア」

「………」

「今はまだ大丈夫だが目的地に着くまでには元に戻っておけ。俺は任務に妥協できないタイプだからな」

「………」


 アーリアはむっつりと黙り込んだままだ。泣き止んでから一言も言葉を発していない。

 痴話喧嘩だと思ったのか、後ろに並んでいる人の良さそうな老人が話しかけてきた。


「若いの。浮気かね?」

「黙れこの老いぼれが」


 シドは煩そうに云った。


「今度話しかけたらお前を折り畳んで棺桶にぶち込んでやる」

「貴方は狂人ですか!」


 アーリアが復活した。すぐに老人に頭を下げる。


「大変失礼しました。この人は少し頭がおかしいのです。どうかご容赦を」

「い、いや、いいんだよ。それより機嫌を直してやったらどうかね? そういうのはちゃんと話し合えば分かり合えるものじゃて」


 シドはショックを受けた。シドはただ食堂で云われたことを実践しただけだった。つまり無意味に思えることをやったのだ。これも全て心の余裕を得らんがためである。だが、まさかそれを云った本人に否定されるとは――

 シドはアーリアの黒さを垣間見た気がした。しかし口には出さない。無意味なことをしたからか、シドの心に余裕が生まれつつあった。


「お前はいいことを云う、老人」


 シドは老人の肩にそっと手を置く。


「彼女が口を開いたのは数年ぶりだ。是れ全てお前の功なり」


 老人は驚いたようだった。


「ほ、ほう! そうかね!? 私が長年に渡る冷戦を集結させたと云うのかね!?」

「そうだとも。よってお前にノーベル平和賞を与えよう。俺の頭の中で」

「もう止めてください!」


 アーリアは悲鳴のような声をあげてシドの腕を掴んだ。


「お願いですから口を開かないでください! 恥ずかしくてどうにかなりそうです!」

「………」

「ほっほっほ」


 シドは口を閉じ、老人は楽しそうにシドの体躯をポンポンと叩く。

 シドが黙って手を差し出すと老人も手を差し出し、それは握手の形になった。


「面白い旦那さんじゃな」


 と、老人は云い、 


「お前は不愉快な爺だな」


 と、シドは返した。


「口を開かないでって云ったでしょっ!」

「……すまん、アーリア」


 シドは素直に己の非を認めた。


「俺は愚かな男だ。三歩歩いただけでさっき食べた夕飯の事を忘れてしまう」

「歩いてないじゃない!」

「ほっほっほ」


 老人が闊達に笑い、周囲からも押し殺したような笑い声が聞こえてきた。 


「もうヤダ……」


 アーリアは俯いてポツリと呟き、それきりなにも喋らなくなる。


「俺達の番のようだ、アーリア」


 ここは身体検査があるようで、人々は探知機による精査を受けねばならない。自分達の番がきたシドはそう云い、アーリアは下げていた顔を上げて、


「軍の人間であることは隠すんですよね?」


 と小声で訊いた。


「そうだ。ここまできたらどこに敵の目が潜んでいるかわからんからな」

「それはわかりますが……」


 アーリアは云いにくそうに言葉を切り、シドの右手に目を向ける。


「なにか心配事でもあるのか?」

「その武器はどうするんです? 持ち込めないと思いますよ」

「お前がそんな心配をする必要はない」


 シドは頼りになる夫が妻に云うように告げた。


「これは俺の武器だ。全部俺に任せておけばいい」

「もう嫌な予感しかしません。私は今度の任務を生きて帰れる気がしないんです。今のうちにパパとママに最後の連絡をしておいたほうがいい気がしてくるんです」

「……お前はよくそれで入隊試験に通ったな」


 シドは独り言を云うアーリアを置いて前に出た。


「次!」


 云われたシドは胸を張って探知機の脇を通り過ぎる。

 筋肉質の係員は慌てて叫んだ。


「お前はなにをやっている! そっちじゃない! ちゃんと線の内を歩け!」

「それは気づかなかった。今度からそうするとしよう」

「今からだ! ふざけたことを云うと警務に通報するぞ!」

「やれやれ」


 肩を竦めたシドに係員はさらに云う。


「その右手の荷物は何だ! 武器の類は持ち込み書に記入して先に申請しておけと書いてあっただろうが!」

「どこにそんなことが書いてあったのだ?」

「船から降りてすぐのところに受付があっただろ!?」

「あったと云われてもな。気づかなかったのだから仕方あるまい。これは必ず気づくよう書いておかなかったお前達の落ち度だぞ」

「お、お前っ――! お前はもう一回最初から並び直せ! 武器の申請からだ!」

「生憎だが、右手のこれは武器ではないのでな。お前にそんなことを云われる筋合いはない」

「そんな云い訳が通用するかぁっ!」


 係員は喉に手を当てた。


「警務官! こちら三番ゲートだ! 違法に武器を持ち込もうとしている男がいる! すぐに応援を!」


 後ろで見守っているアーリアが青褪めた顔でおろおろとしている。

 みるみるうちに野次馬が集まってきて大きな輪を作り、その中心にはシドと係員、少し離れてアーリアがいたが、当のアーリアはしばし迷った末野次馬の壁に逃げ込んだ。

 銃を持った警務官が二人走ってきて、係員はより強気になった。


「よぅしお前! 武器を捨てて腹這いになれ! 服も脱ぐんだ!」

「………」


 シドは黙殺した。手招きで様子を見ている警務官を呼ぶ。

 警務官はシドに見下されてうっと怯んだ。


「そこの筋肉ダルマは俺の持つこれが本当に武器であるか調べようともしない」

「………」

「俺はエンジニアだ。怪しい者ではない」

「……右手のは?」


 訊ねる警務官にシドは答えた。


「エンジニアが持っている荷物だ。交換部品に決まっている」

「ならばどうして申請しなかった」

「表示を見落としたのだ。今ここで検査することはできないのか? 俺は逃げも隠れもしないぞ」

「何故並び直さない」

「勿論急いでいるからだよ。俺がこうして足踏みしている間にも国民の生活は営まれている。貧しい子供達が電気がないと泣き叫んでいる姿が目に浮かぶようだ。今日はきっと悪夢にうなされるに違いない」

「うーむ……」


 シドから後ろ暗さを感じ取れなかった警務官の二人は顔を見合わせた。


「それが武器ではないと証明できれば特別に許可してやってもいいが……」

「大丈夫だとも」


 シドは自信たっぷりに、


「証明するのに時間はかからない」


 と云って警務官の二人に離れるよう手で指示を出す。そしてプラズマ砲射機を係員に向けた。


「よーく見ていることだ」


 親指でスイッチカバーを跳ね上げ、レバーに人指し指を引っかける。

 傍で見ていた警務官は慌てて止めに入った。


「待て! なにをする気だ!」

「これが武器ではないと証明するのだ」

「どうしてあの男に向ける必要がある!」

「自信があるからだよ」


 シドはしっかと頷いた。


「スイッチを入れてもあの男が死なないという自信が、な」

「何もないところに向ければいいだろう!」

「……それは気がつかなかった。お前には後でノーベル科学賞を――」

「さっさとやれ!」


 シドは穴が空いても大騒ぎになるだけで済む場所を探して外壁に視線を送った。

 シドは犯罪者として追われるだろうが、犯罪者から情報を聞き込むにはむしろ都合がいい。

 しかし、野次馬の中から我慢できなくなったアーリアが飛び出してきた。


「駄目! 待って! 待ってください!」


 アーリアは警務官の元に駆け寄り、ぼそぼそと耳打ちする。

 警務官はぎょっとなった。


「ぐぐぐ、軍の方だとは! 失礼しました!」


 どうやらバラしたようだった。

 警務官の二人は頭を下げて通ってかまわないと告げる。それにシドは訊ねた。


「こうなったらついでだ。この衛星で最も客に勧められない地区はどこだ?」

「そ、それはE地区です。貨物船乗りの荒くれ共が過ごす店がありますので……」

「ありがとう。もう云っていいぞ」


 警務官の二人は慌てて離れていく。


「……すみません。これが一番問題なさそうでした」

「まあいい。今回は大目に見てやる」


 シュンとなったアーリアに云い、シドは悔しそうに表情を歪める係員の前まで歩いた。


「どけ。邪魔だ」


 しかし係員は動かない。

 かわりにアーリアがやってきて、コートの裾を綱引きのように引っ張る。


「なんでそっちに行くんですか! 出口はこっちです!」

「それは気づかなかった。お前には後でノーベル文学賞を――」

「もうそれはいいですから!」


 シドとアーリアは教えられた地区に移動するためエレベータに乗った。扉が開いたので外に出ると、それまで小綺麗だった壁が薄汚れたものに変わる。床も汚く、染みやガムが張り付いている。掃除ロボットがそれを哀れになるほど黙々と拭き取っていた。


「なんでこんなに汚いんでしょうか……」


 アーリアの問いに対する答えは、通路を進むとわかった。

 おそらく酔った人間が悪戯したのだろう。打ち棄てられた掃除ロボットがそこかしこに転がっている。


「掃除ロボットを破壊するとは……。許せん奴等だ」

「どうしてそう短気なんですか!」

「お前には彼等の健気さがわからんのか? 給料もなく、休みもない。壊れるまで働き続けるのだぞ」

「……貴方だってそうでしょう?」

「俺をこんな屑鉄と一緒にしないでもらおう」

「………」

「……どうした?」

「……私の神経は磨り減ってなくなくなろうとしています」


 アーリアは死期を悟った病人のように儚げに微笑んだ。


「私は今、私を選んだ司令官を殴ってやりたい気分です」

「その時は俺を呼べ。奴の頭を粉々にしてやる。勿論責任はお前が取る」


 項垂れた肩がピクリと震え、


「プッ――」


 堪えきれずにクスクスと漏らすアーリア。

 二人の間に長年連れ添った夫婦のような空気が微かに流れ、シドはアーリアが防疫艦隊(自分達)のやり方に馴染み始めた手応えを確かに感じた。


「着いたぞ」


 立ち止まり、そう云ったシドが見上げたのはE地区で最も奥まった一角を占拠しているビルだった。床から伸びた壁は天井と繋がっており、客を何百人も収容できそうだ。茶色い壁は直線で一階部分に大きな両開きのドアが鎮座している。


「さて――と」


 呟いたシドはアタッシュケースを置き、プラズマ砲射機を構えてレバーに手をかけた。砲口をドアに向け、


「俺が屑鉄共に掃除のやり方を教えてやるとしよう」

「私にはわかっています」


 何故かアーリアはにたりと笑みを浮かべる。


「それも冗談ですよね? 私が止めるのを期待して待ってるんです。もうひっかかりませんよ」

「そうかね」


 カバーを跳ね上げ、人指し指でレバーを押す。

 砲口から線のように細い光がパリッと音を立てて伸び、ドアにぶつかった。


「凄い威力です」

「これは相互間ストリーマだ。これから掃除をしますという合図のようなものだ」

「………」

「お前に見せてやろう」


 シドは腰を落とし、反動に備えた。


(オレ)の一撃を!」

「わっ、あああああああーっ!」


 アーリアがドアの前に飛び出した。両手を大きく振り回しながら、


「違うんです違うんです! ここにいるのはガラが悪いというだけで犯罪者じゃないんです!」

「………」

「いえ! もしかしたら犯罪者もいるかもしれませんが! 一部なんです!」

「………」

「本当ですよ!? 何もしてない善良な一般人を殺害するつもりですか!?」

「……オレは犯罪者がいる酒場に案内しろと云った。そしてお前が案内したのがここだ」

「ここを教えたのは警務官であって私じゃありませんが――」

「そんな云い訳が通用すると思っているのか?」

「いえいえ! 私はちゃんと云いましたよ! かなり前に貴方に伝えました!」


 シドは首を傾げて記憶を反芻した。


「世迷い事をほざくな。聞いた覚えはない」

「もう。何を云ってるんですかおじいさん。三歩歩いたから忘れちゃったんですよ、きっと」

「……お前にしては気のきいたジョークだな。褒美にあの世へ――」


 しかしアーリアは聞いていなかった。喋り終わるやさっとドアを開けて中に入っている。


「………」


 シドは砲口を下げ、カバーを戻すとアタッシュケースを拾い直して後に続いた。

 ドアを開けると何故かアーリアが入ってすぐのところで立ち尽くしている。


「さっさと入れ」

「はい……」


 返事はするものの動く様子がない。シドはアーリアの横に並び、建物内を見回した。

 ゲートの食堂ほどではないがかなり広く、ずっと奥にカウンターが見える。天井は骨組みが剥き出しで、ダクトが大口を開けて空気を吸い込んでいた。

 アングル材で作った楕円形のテーブルが乱雑に設置されていて同じく丈夫そうな椅子が置いてある。右奥に階段があり、左奥には壁に直接トイレと矢印が書かれていた。


「薄汚い場所だな」


 シドはゆっくり顔を動かし、精査しながら云った。


「犯罪者共の巣窟に相応しい」

「ああああああ!」


 アーリアがいきなりシドの長靴をガスガスと蹴りつける。


「貴方はっ! どうしてっ! そんなことをっ! 云っちゃうんですかっ!」

「自分に嘘がつけない性分だ」

「その分他人についてますけどね」

「……段々性格がきつくなっていくな、お前は。反抗期はとっくに済んでいる年齢だと思っていたが。それとも更年期の――」

「あああああ聞こえない聞こえない!」

「情報を遮断するのは賢明な判断とは云えんぞ、少尉。――見ろ。今にも弾が飛んできそうな雰囲気だ」

「えっ――!?」


 アーリアは素早くシドの後ろに隠れた。顔だけをそっと出して怯えた鼠のように周囲を窺う。

 一階には何十人という男女がいたが、シドの声を聞きつけた者が酔いの回った瞳で強く睨んでいた。

 そしてそれとは反対に、シドを見て慌てて精算に走る者がいる。支払いを終えた彼等は皆裏の見えないところへ姿を消した。


「まずは席に座って目星をつけるか」

「よくこの視線を無視できますね……。心臓が錆びてるんじゃないですか?」

「………」

「逃げた人達は知り合いでしょうか?」

「違う。きっと後ろ暗かったんだろう。よくあることだ」

「………」


 シドとアーリアは席を探し歩き回った。しかし完全に空いている席はなかったので黙って三人の男が座っているテーブルへ行き、対角線にある椅子に座った。


「相席していいか聞いてきてくださいよ」


 アーリアが椅子を前にして尻込みしながら小声で囁く。


「勝手に座ったら怒られますよ」

「阿呆が。この席はあいつらの土地ではない。俺を追い出したければ権利書を持って来させろ。目の前で破いてやる」

「――もう! いつもふざけて!」


 頬を膨らませながらもアーリアは椅子に座った。


「注文は何にします?」

「うむ。そうだな……」


 シドの心に余裕の波が押し寄せた。


「ウイスキーを樽で持ってこさせるんだ」

「嫌ですよ! 自分で云ってください!」

「じゃあ食塩水をコップでだ」

「……わかりました。それでいいですね?」


 返事も待たずにアーリアは店員を呼ぶ。


「すいませーん。注文お願いしまーす!」


 しばらく待つが誰もやってこない。

 シドの心から波が引くように余裕が消え去った。


「――潰すか」

「何もしてないのになんで怒るんですか!」

「お前の代わりに怒っている」

「じゃあ注文も代わりに頼んでください!」

「………」


 アーリアは徐々に変わりつつある。そうシドは思った。それは云うなれば第三次性徴期だ。心臓が発毛を始めていた。


「やはり自分の物は自分で頼むべきだろう。それが賢い大人のやり方だ」

「いきなり小心者にならないでください!」


 結局アーリアが再度声を張り上げ、やってきた店員に最初に頼む予定だった物を注文した。


「それで、これからどうします?」

「少し待て。音声を拾っている」


 シドは食塩水の入ったコップを弄びながら、


「それらしき会話をしている奴等を締め上げれば手がかりが掴めるかもしれん」

「なるほど。いい手ですね」

「………」

「………」

「……アーリア」

「はい?」

「テーブルの反対側に座っている奴等だが……」

「あの三人がなにか?」

「こっちにくる」

「え――?」


 つい顔を向けてしまったアーリアは目が合ってしまい急いで顔を背ける。

 目が合った男がニヤリと笑い席を立った。

 男は背が高く、腕が丸太のようだった。青いスペースジャンパを着ている。


「よう、お嬢さん。そんな奴といるのは止めてこっちに来ないか?」

「結構です」

「そんなつれないこと云うなって。一人と話すより三人と話したほうが面白いぜ?」

「結構ですのでお引き取りください」

「わかったわかった。じゃあ俺がこっちに来るよ。それでいいだろ?」


 男はシドとは反対側に当たるアーリアの隣に座った。懐から煙草を取り出し、口に加えると吸いながら火をつける。すぱっすぱっと軽く何度か吸って、大きく息を吐いた。


「どっからきたんだい?」

「何ですか貴方は」


 アーリアは嫌そうに顔を顰めながら云った。


「私がどこからこようと貴方には関係ありません」

「それがあるんだよ。もしかしたら同じ星かもしれないだろ? 故郷がよ。帰るときは俺等の船に乗せてってやってもいいと思ってよ。ああ、勿論そっちの野郎の方も一緒にいいぜ」

「……船を持ってるんですか?」

「おう。凄えのをな。ゲートを使わなくても跳躍できるんだぜ」

「……それは凄いですね」


 アーリアはチラリとシドを見、シドは縦に首を振った。


「どこから来たんですか?」

「おいおい質問してるのはこっちだぜ、お嬢さん。順番を無視しちゃいけないな」

「私達は遠くから来ました。云ってもたぶんわからないと思いますよ」

「ま、いいから云ってみなって」

「バロール星です」

「おお! これは凄い偶然だな! 実は俺もそこなんだよ!」


 男は喝采をあげた。


「まさに運命の出会いってやつだな、これは!」


 そしてプハーと煙を吐き、


「一杯奢ってくれや」


 その言葉に、アーリアの前を横切ってスッと差し出されるシドのコップ。

 アーリアを挟んだ反対側からシドは云った。


「俺の奢りだ。飲め」

「……チッ」


 酔っているのか、男は渋々とコップを受け取ると中身を確認もせずに流し込んだ。そして鯨のように噴水を作る。


「ブファッ!」

「ププッ――」


 その光景に堪らずアーリアが吹き出し、カッとなった男はアーリアの銀色の髪に手を伸ばして掴む。


「なに笑ってやがるこのアマ!」

「きゃあ! なにするんですか!」

「うるせえ! 塩水なんざ飲ませやがって! お前には俺達の精液を――」


 男は最後まで云えなかった。アーリアの前を矢のように奔ったシドの腕。その先にある手が男の口をしっかりと鷲掴んでいる。


「――んむっ!? んんんんーっ!」


 男はぎょろりと目玉を動かし声を出そうと藻掻くがシドの手は離れるどころか万力のように締め付けを増した。


「しっかりしろ。こんなところで吐いては迷惑になる。今トイレに連れて行ってやるからな」

    

 台詞を棒読みしたシドは男の背中に腕を回し、吐かないよう押さえてるフリをしつつ男と共に移動した。男の足は宙に浮いておりなすがままだ。


「あ――」

「そこで待っていろ」


 シドは席を立とうとしたアーリアに小さく云う。


「始末してくる」

「ですが――」


 思案したアーリアは椅子に座り直した。止めたところでどうにもならない。キレた男は謝っただけでは許さないだろう。どっちにしろ死ぬ運命だ。

 シドと男がトイレに姿を消すと、アーリアは俯いて掴まれた髪を弄った。

 その暗さ故か、それともやり取りを見ていたからか、誰も声をかけてこようとはしない。その姿はまるで駅のホームで戦場へ行った恋人の帰りを待つ女のようだった。しかし――

 短いとも、長いとも云えぬ時間が経過した頃、シドが一人でトイレから出てくる。


「……あの男は?」

「心配するな」


 シドはコートで手についた水を拭きながら云った。


全部流れた(・・・・・)


 ――しかし、帰ってきたのは殺人嗜好者であった。洗浄が彼を変えたのだ。


「骨を砕くのに少々手こずった。犯罪者の癖に栄養を取り過ぎなのだ、あの男は」

「まさか――」


 アーリアは信じられない、といった顔をして、


「……トイレに流したんですか?」

「そうなるな」

「そうなるって……」

「おい!」


 呆然としていたアーリアは突如かけられた声にハっとなった。

 トイレに流れた男の連れ二人がこちらにやってくる。


「どどど、どうしましょう!?」

「お前は黙っていろ」

「なんて云い訳するつもりなんですか!?」

「云い訳などしない」


 シドは腕を組んだ。


「あの男は死すべくして死に、流れるべくして流れたのだ」

「わ、私隠れてます!」


 アーリアが影のようにシドの背後に廻り込む。


「おいあんた! マイクの奴はどうした? トイレでまだ吐いてるのか?」

「いや。もう吐いていない」


 やってきた二人の男にシドは答え、


「あの男は生まれ変わるのだ」


 そう、強く宣言した。

 水と共に流れよう。

 分別機の中を通過して、再生機と共に春を歌おう。


「――レーションだ」

「れーしょん?」

「あの男はレーションになるのだ。犯罪者から命を育むレーションへと。あの男は見事なまでの輪廻転生を果たす」

「え……?」

「………」

「………」

「………」

「ま、まさかてめえ、解体(バラ)しやがったのか!?」


 男の問いに、シドは答えず後ろを振り向く。


「よく見ておけアーリア」


 見上げるアーリアの瞳は仔犬のように震えていた。


「今からお前に防疫艦隊(俺達)流儀(やり方)を教えてやる」



 

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