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永遠の戦士 宇宙編  作者: ブラック無党
千里眼の少女と電子眼の男
3/8

三話

 宇宙軍は宙域ではなく役割によって組織を分けている。

 一に人類を多種族の汚染から保護する防疫艦隊。

 二に人類の裏切り者を処罰する懲罰艦隊。

 三に入植した惑星のある宙域を守護する駐留艦隊。

 四に兵站線を保護するゲート防衛艦隊。

 艦隊各々には独立した役割を持つ部隊が多数存在するが、大きく分ければこの四つで宇宙軍は構成されていた。

 この中で最も多くの予算、戦力を維持しているのは防疫艦隊であり、その拠点となる復数の母船は資源を取り込みながら生存権の外縁を回遊魚のように航行し外敵の排除に努めている。そのコースは外に膨らみ続け人口の増減とは関係なしに勢力圏を増大させていて、それに合わせて母船の数を増やすよう定期的に予算案が提出される。

 防疫予算の増大率は人類の生産力のそれを上回っており、足りない分は他所から持ってくるがそれにも限度があった。


「――それで、今回は何かね? 誘拐された乗員を助けるために衛星でも落とすのかね?」


 デスクの向こうの跳躍ゲートを守る艦隊の司令官は真面目な顔でそう云った。丸顔をした男で、糊のついた制服をきっちりと着こなし融通の利かなさを感じさせる男だ。 

 縮小される他艦隊は湯水の如く金を使う防疫艦隊と違い少ない予算でやりくりいるせいか、心にゆとりがない――デスクの前に立つシドはそんな風に思った。


「時と場合に因る。そうすることで任務が遂行できるのならやらない道理はない」

「お前は費用対効果という言葉を知っているか?」

「愚かな事を」


 揶揄していることを悟ったシドは云い返す。


「そも、敵が強大であればあるほどこちらも強力な武器を使うのはおかしなことではない。俺とて一人の犯罪者を始末するのにミサイルを撃ちこむほど馬鹿ではないつもりだ」

「お前達は時間をかければ抑えられる被害を抑えようとせんだろうが!」

「それこそ費用対効果の問題だ。人命や設備は取り戻せるが時間は巻き戻せない。時間は貴重な資源だぞ。それがなくば何も出来ない」

「人命は取り戻せないだろう」

「取り戻せるさ。金を配って精子と卵子を提供させればすぐだ。ストックを使ってもいい。複製ならもっと簡単だ」

「同じ命じゃないぞ」

「重要なのは数だよ、司令官。『人の命は惑星よりも重い』まさかそんな世迷い事を未だに信じているわけではあるまい」

「………」

「例え複製であったとしても厳密的には同じ人間は一人としていない。それは事実だ。だがその事実こそが人の命を軽くしている。唯一無二しか存在しない世界で唯一無二が一体何の価値を持つ。この議論に対する答えは何百年も前に出ている筈だぞ」

「しかしだからといって必要のない死者を増やすことはない。施設に対しても同じことが云える」


 司令官はなおも云い募った。


「お前達はあちこち出しゃばった挙句に予算が足りんなどというが、もう少し休んだらどうだね? それなら予算も余るだろう。私達なら少ない被害で今回のような作戦を終わらせることができるぞ」

「それには及ばない。上には上の考えがある。俺が来たということはそういうことだ。第一お前達ならば少ない被害で今回の任務を遂行できるという自信はどこからくる」

「勿論私達自身がやるわけではない。それは任務外のことだからな。私が云っているのは何故人間の部隊や捜査官を送らなかったか――ということだ」

「気をつけろ、司令官」


 シドはサングラスの奥から冷たく司令官を見下ろした。


「お前は虎の尾を踏もうとしている」

「……そうだな。失言だった」


 司令官は肩をすくめ、この話は止めにしようと暗に示し、


「……無駄だとはわかっていて云うのだが、その言葉遣いはもう少しどうにかできないのか? 今どき家電のナビでももっとマシな言葉遣いができる。それともそこに割くだけのリソースもないのか?」

「道具に敬意を求めるとはさもしい奴め」

「……喧嘩を売っているのかね?」

「とんでもない。しかしこのゲートは不安だな。敵がきたらとてもじゃないが守れそうにない」

「――ほう。何故そう思う」

「戦闘用の機械が敬意を払わないという理由で家電を装備している可能性がある。家電は自尊心を満たしてくれるからな」

「………」

「しかし哀しいかな、オーブンで敵は焼けない。銃の代わりにホットドライヤーを持つのも止めるべきだ」 

「……そんな心配は無用だ。私達はきちんと任務を果たすとも」


 司令官はデスクの上のボタンを押した。そして、


「今後の予定は?」

「情報を集める。――この施設では宙域の船を監視しているな」

「うむ。ゲートを利用しないで、かつ申請をしなかった船以外はな」

「ステーションの記録が欲しい。惑星にある全ての発着港のものもだ」

「可能だが、そんなことをしても無駄だぞ」

「うん?」

「既にやってある。そもそもそれで見つかるようならとっくに処理しているさ。おそらく軍の把握していない補給場所を隠し持っているのだろう」

「奴等の船を見つけ出す方法があるが、聞く気はあるか?」

「……云ってみたまえ」


 シドが云うと司令官は期待はしていないといった顔で顎をしゃくった。


「全ての民間港で発着を禁止しろ。艦隊を広く薄くしいて索敵し、それで見つけた船は全部犯罪者の船だ。外から来る民間船は全部拿捕だな」

「経済が麻痺してしまう。水や食料を輸送に頼っているところはどうする」

「放っておけ」

「そんなわけいくか! 軍は人類のために存在しているのだ! 本末転倒ではないか!」

「それは偏った見方だ。軍は人類のために存在しているが、同時に人類は軍のために存在している」

「……俺はたまに思うことがある」

「………」

「俺達に指示を出している軍の上層部は、とっくの昔に人間から機械に変わっているのじゃあないかと……」

「その可能性は低い。上層部は人類の頂点といっても過言ではない。発達した知能が機械のように合理的な判断を下しているのだ。無駄を削ぎ落とさねば発展は望めない。だがこれは幸運なことなのだぞ。お前も『地球の喜劇』は知っているだろう?」

「勿論だ。子供でも知っている」

「そうだ」


 シドは頷き、


「かつて人類がまだ一つの惑星に住んでいた頃、人口を管理できない為政者とその下で猛威を振るった人命尊重論。その二つが合わさって環境破壊に伴う大飢饉が発生、世界大戦が起こった」

「そしてその結果人類は宇宙に進出する技術を得た」

「うむ。この事実が云わんとするところは明白だ。自種族を間引けぬ愚か者に上に立つ資格はない。そしてまた、戦争こそが人を高みへと導く。大戦後、生命の大切さを声高に叫ぶ者達は全員処刑されその血は宇宙から消え去ったが、どうも最近奴等の意志を継ぐものが出始めている感がある」

「………」

「これは由々しき事態だぞ、司令官。闇雲に生命の大切さを叫ぶ者達は傲慢で恥知らずなゴミ共だ。人類はただそこにいるだけで多くの生命を奪うというのに、こともあろうにその人類が主張するのだ。生命を大切にしろとな。そして当の本人はのうのうと生きている始末。これほど滑稽なことはない。奴等は異星人と同じく人類に害をなす存在だ」

「わかったわかった。もうそこまででいい。お前達と話していると頭がヘンになりそうだ」

「視野を広く持つのだ。――こういう言葉がある。『大量破壊兵器を扱うものは個人に焦点を当ててはならない』」

「……誰の言葉だ?」

「俺の言葉だ」

「……お前は少し顎に油をさしすぎているようだ」


 司令官は顔を背け、背後の宇宙空間が映しだされた壁に目をやった。

 シドが黙って待っているとデスクの上にモニタが浮かび、眼鏡をかけた女の顔が映る。


『着きました』

「通せ」


 ドアが横にスライドし、入ってきたのは若い銀髪の女性だった。銀色の長い髪を後ろで一括りにし、卵のような滑らかな額が剥き出しになっている。

 女性はお手本のような敬礼をした。


「よく来てくれた」


 司令官はほっとした顔でそう声をかけた。


「来てくれないのかと思っていたぞ」

「ご冗談を」


 女性はうっすらと微笑んだ。


「命令されたではありませんか」

「………」


 司令官はホントにこいつで大丈夫か――という顔になった。そして咳払いを一つすると、


「紹介しよう」


 とシドの方を向いて云った。


「この女性はアーリアだ。君の補佐につける」

「補佐?」


 シドはアーリアという女をじっと凝める。まだ学生を脱したばかりの年齢に見え、シドを見る瞳にはほんの少しの好奇心が窺える。薄い青色の軍服の胸には司令官と同じ、星に三隻の艦が重なっている記章をつけていた。身長は高くもなく低くもなく、スラリとしていて本当に訓練を受けているのか訝しむレベルだ。肩には小銃をかけて持っている。

 一瞥したシドは断ることにした。


「補佐は不要だ。俺達はどのような任務も単独でこなせるよう設計されている」

「全部銃をぶっぱなす方向に誘導するからだろうが!」


 司令官は血管を浮きだたせ、アーリアは驚いた表情でそれを眺める。


「いいから連れて行け。それがここの宙域を動き回る条件だ」

「こいつが何の役に立つ」

「話し合いの役に立つ。情報を集めるのだろう?」

「そうだが……」

「なんだね? それとも挨拶をしたらすぐに殴りかかるつもりなのかね?」

「まさかな。……まあいいだろう。大した障害にはならん」

「……云っておくが」


 司令官は疑り深い目つきでシドを見やり、念を押すように、


「私の守る場所でいらん騒ぎは起こすなよ? その時はお前をスクラップにするよう上に申請するからな」

「了解した」


 シドは背を向けてドアを開けた。

 アーリアが銃を抱え直し慌ててついてくる。


「……ちょっと待ちたまえ」


 背後から司令官の声が執念深い蛇のように忍び寄った。


「それは船に置いてくるんだ」

「それ?」


 不思議そうに首を傾げるシド。

 司令官はシドの右手の先を指さした。


「そのビーム砲だよ。私の目の黒いうちはここでそんな物は使わせないぞ」

「それは大いなる勘違いだ、司令官」


 シドは右手をあげて三メートルはある物体を示し、


「これのどこがビーム砲に見える? これは単なる工業製品だ。大型機関に使用される点火器(プラグ)だよ。起爆用のプラズマ点火器だ」

「どっちにしろ武器として利用するのだろうが! 壁に穴でも開いてみろ! どれだけ死人が出ると思っている!」

「司令官。そのように怒鳴り散らしても現実は変わらん」

「何がだ!」

「お前達は流麗なデザインをし、使用者の心をくすぐる家電を装備している。一方俺は、無骨なデザインをし、ただ与えられた役目を黙々とこなす工業製品を流用している。これがゲート防衛艦隊(お前達)防疫艦隊(俺達)の決して埋まることのない差なのだ。それを羨んで俺から道具を奪おうなど、畜生の所業よ」

「き、き、貴様っ――」

「ちょっと貴方!」


 司令官が切れる前に傍らにいたアーリアという女性がシドに猛然と詰め寄った。


「今のはどういう意味ですか!」

「……どうもこうもない。そのままの意味だ」

「貴方は――」

「止めろ、アーリア!」

「何故ですか司令官!」


 アーリアは噴火直前の火山を思わせる司令官に向かって唾を飛ばした。


「今の言葉を聞かなかったのですか!? 彼は明らかに家電を下に見ています! 自分達が使わないからといって!」

「その口を閉じるんだ! もう家電の話はたくさんだ!」


 司令官はダンッとデスクを叩いた。


「ここのゲート内で使用できる武器は出力の低い小銃かハンドガンまでだ! もしそれ以外の武器を見つけたら没取する! 勿論俺の部隊は別だ!」

「そんなことをしても無駄だ。俺はお前の部下ではない」

「ふん! たしかに上から返却しろと云ってくるかもしれん! だが時間は貴重な資源だぞ! お前自身が云った言葉だ! そして私はしばらく休憩に入ろうと考えている! 少し長い休憩にな!」

「……子供じみたやり方だぞ、司令官」

「なんとでも云うがいい! それよりわかったらさっさと任務に行ってしまえ! 二度とここへはくるんじゃない!」

「仕方のない奴め」


 シドは肩を竦めて部屋から出た。

 背後でドアが閉まるとアーリアが、


「貴方のせいで私までとばっちりを受けてしまいました」


 と、恨めしそうに云う。


「責任を他者に擦り付けるとは、お前はいい指揮官になれる」

「ふざけないでください!」


 アーリアは腰に手を当てて、


「だいたい貴方なんですか! もう少し言葉遣いをどうにかできないのですか!?」

「………」

「なんですそのうんざりした顔は! 云われるのが嫌ならちゃんとしてください!」

「そういう命令は受けていないな」

「ハァ? 子供じゃないんですよ!? 命令されたとかされてないとかじゃなく、もっと自分で考えて――」

「お前も俺達がどういう存在か知っていよう」


 シドは手を上げてアーリアの台詞を遮る。


「……それは知ってますが、考える頭を持っているのなら――」

「俺達はな、受ける任務の性質上極めて攻撃的な性格に調整されている」


 シドはとっておきの秘密を打ち明けるように小さな声で囁いた。


「すれ違いざま、肩のぶつかった相手の額に風穴を空ける程度にはな」

「そ、そんなにもですか……!?」


 アーリアは驚いたようだった。

 シドもまたアーリアが信じたことに驚く。偶然ぶつかっただけで相手を殺すなどどこの殺人マシーンだ。


「……少し誇張が過ぎたかもしれないな。せいぜいが軍の文句を云った相手に殺意を覚える程度だ」

「……貴方はまともに会話ができないのですか?」


 アーリアの目は氷のように冷たかった。


「話を戻すが、それともう一つの要因が理由となっている。お前は自分にしか使えない武器と誰でも使える武器、どちらかを持って戦場に行けと云われたらどっちを持っていく?」

「勿論誰でも使える武器です。仲間も使えるってことですから」

「ならば仲間が信用できない、もしくは敵しかいない戦場なら?」

「それなら前者ですね」

「それが答えだ。俺達には限られた極少数の者しか命令を下すことが出来ない。そして彼等は人間が裏切らないと信じるほど愚かではない」

「そんな……。そんなことって――」

「つまるところ、俺達は命令を受けていないだけだ。使えないわけじゃない。敬語を使え、と命令されればそうするだろう。そして何故そう命令されないかは俺達の考えることではない。――違うか?」

「……それはそうですが」


 出会ったばかりだというのにアーリアは不信感たっぷりだ。

 それを見たシドは、後で博士に釘を刺しおかねばな――と思った。やり方を変えるのはシドの趣味ではない。


「実をいうとな、俺の同僚にはいるのだよ。例え相手が民間人であろうと敬語を使う奴が」

「その人は何故敬語を使っているんですか?」

「うむ。俺も昔訊いたことがある。するとそいつはこう云った。死ぬ間際の相手の驚く顔がいいんだ――と」

「……どういう意味でしょう?」

「例えばだが」


 シドは腕を組んで壁に寄りかかった。


「俺がそいつでお前がスパイだったとしよう。命令を受けた俺はお前を見つけ出し始末するわけだが、こう云うわけだ。『失礼致します。私こういうものですが、アーリアさんでいらっしゃいますか?』頷いたお前にさらに云う。『実をいうと貴方にはスパイの嫌疑がかかっています。ご足労なのですが私にご同行願えますか?』とな」

「別におかしくないですよ?」

「最後まで聞け。重要なのは始末することが決定している相手に云うということなのだ。云われた相手はまだ殺されないと安堵し、道中どうやって逃げ出そうかと思案を巡らすわけだが、そこをいきなりズドンとやるわけだ」

「……作り話ですよね?」

「いや。本当のことだ」

「それってただの変態じゃないですか!」  

「俺もそう思う」

「……でも不思議です。なぜだか敬語を使わないほうがいいと思えてきました」


 シドとアーリアの思いが重なりあった瞬間であった。


「ゴホンッ」


 脇から咳払いが聞こえ、はっとなったアーリアはそちらを見て頭を下げた。


「す、すみません。すぐに行きます」


 女がデスクの向こうから眼鏡越しに冷ややかな視線を向けていた。おそらくは副官か秘書であろう。

 シドはじろじろと観察する。前時代と違い今はもう眼鏡は完全にアクセサリだ。それをかける女はだいたい自分を理知的に見せたがっている。

 だが実際はどうだろうか。本当に理知的ならばわざわざ外見でそう示そうとする必要はないのではないか。つまり理知的ではないからこそそう見せたがっているのだ。そしてまたそう知らしめることによって得られる利益というものがある。それはすなわち――


「早く行きましょう」


 アーリアはシドのコートを摘んで小声で催促した。

 シドはうむと首を振り、通路を歩き出す。

 そして隣を歩くアーリアに云った。


「アーリア。あの女が未婚なのがそんなに面白いのか?」

「ヘンなこと云わないでくださいっ!」














 一旦船へと戻り、砲射機を置いた後、倉庫、発着場、トイレ、訓練場、休憩室、運動場。様々な施設を見て回った二人。

 シドを先導するアーリアが後ろを振り返って云った。


「最後が食堂になります。そろそろお昼なのでついでに食べていきましょう」


 シドはアーリアの白い額を鷲掴んだ。


「きゃっ!? いきなりなにするんです!?」

「お前は一体どこを何の目的で案内しているのだ」

「ま、まずは手を離してください!」


 シドが手を離すと赤くなった額を押さえて下から睨めつける。


「私は司令官に云われた通りここを案内してるんですよ! 酷い仕打ちです!」

「阿呆が。軍施設の案内をしてどうする。俺は情報を集めるのだぞ。それともこの施設内に裏切り者でも潜伏しているのか?」

「――ち、違います違います! ……あの、とりあえず食堂にいって話しましょう。ここで立ち話をしてるとまた怒られてしまいます」

「………」

「短気なのはお腹が減ってるからですよ。何か食べれば怒りも収まるでしょう」

「………」


 アーリアはバツが悪そうにそそくさと移動し、ガラス張りの大きなドアを開けて食堂に入った。

 中はちょっとした運動場ほどの広さの展望ラウンジになっており、長いテーブルと椅子がズラリと並んでいる。透明な壁の向こうには宇宙があった。

 奥の椅子に座ったアーリアはテーブルの表面に埋め込まれたモニタを操作し注文を済ます。


「お詫びに奢りますよ」


 アーリアは屈託のない笑顔を浮かべて云った。


「必要があると思うのか?」

「必要がなくてもやるのが心の余裕というものです。必要なことしかしないからそんな性格になっちゃったんですよ」

「………」


 そろそろ我慢の限界を感じ始めていたシドはポケットに手を入れるとあるものを取り出した。それをテーブルの両者の中間地点に置きながら、


「お前はもう少し口の利き方に気をつけるべきだな」

「はい?」

「これをどう思う?」


 シドが置いた物をマジマジと凝めるアーリア。大きく開けた口に手を添え、


「――嘘っ!?」

「俺はそろそろお前に罰を与えようかと考えているのだがな、アーリア少尉」

「も、ももも申し訳ありませんでした、大佐!」


 アーリアは顔面蒼白になって立ち上がり、背筋をピンと伸ばした。その目はシドの部隊章に釘付けだった。

 テーブルの中間地点に置かれたそれは星を掴む獣の腕を現しており、その横には大佐を表す模様が――


「――って、ちょっと待って下さい!」


 アーリアは凄い勢いで部隊章を掻っ攫った。目を凝らしてよく調べ、テーブルに叩きつける。


「玩具じゃないですか! 紛らわしいことしないでください!」

「部隊章に階級が描かれているわけがあるまい。お前が勝手に勘違いをしただけだ」

「じゃあなんで見せたんですか!」

「ステーションの土産屋で買ったのだ。俺達が人里に下りることは稀だ。同僚へのプレゼントにしようと思ってな」

「まるで山から下りてくる獣みたいですね……。それで、そういうのが喜ばれるんですか?」

「いや、鼻で笑われるだろう」

「じゃあなんで買ったんです!」

「お前はさっきからそればかりだ。なんで、なんで、なんで。俺はお前の親ではない」

「貴方がヘンなことばかり口にするからです! だいたい貴方は階級あるんですか!? 私より下だから隠してるんじゃありません!?」

「俺達に階級はない。だからこそ、相手の階級を無視できる。俺はそう信じている」

「あ、貴方という人は――」


 話しているうちに給餌用のロボットが注文の品を載せてこちらにやってくる。

 アーリアは料理を取るとテーブルに置き、粘土のような物体にフォークを突き刺した。


「……本来の予定ではどこで情報を集めるつもりだったんですか?」

「酒場だ。犯罪者達の集まる酒場だ」


 アーリアはブフッと口から食べかけのレーションを吐き出す。

 コートについたねちゃりとしたそれを、シドは手で掬い取った。


「……どうやら俺に喧嘩を売っているらしいな」

「へんな事云うからです!」


 アーリアが差し出したハンカチを受け取って拭く。


「一体いつの時代からタイムスリップしてきたんですか! 場末の酒場などここにあるわけないでしょう!」

「お前は失礼なやつだ。こう見えても俺は時代の最先端を歩く存在だと自負している」

「それで後ろから続く人達の邪魔をしているんですよね」

「………」

「……お、怒りました?」

「いや。俺はジョークを解する。それくらい笑って許すさ」

「じゃあなんで懐に手を入れてるんですか! やっぱり怒ってるじゃありませんか!」

「水に流そうと思ったが生憎見当たらなくてな。お前の血で代用しようと――」

「貴方の冗談は悪質なんですよ!」


 懐から手を戻そうとしたシドは、アーリアがまじまじと凝めていることに気づく。


「どうした」

「ストップ! ストップです!」


 アーリアはフォークを置いた。右手をシドに差し出し、


「ちょっと懐の銃を見せてください」

「………」

「少しでいいですから。お願いします」

「……すまんが」


 シドは云い難そうに顔を背ける。


「機密保持のため見せることはできない」

「懐から出せない銃をなんで持ち歩いてるんです! そんな云い訳が通用しますか!」

「戦力を露呈させるのは俺の意に反する」


 シドは苦し紛れにそう云った。悪戯に熱中するあまり墓穴を掘った男の顔だ。


「そんな大きな銃を持っていると司令官は知っているのですか!?」

「ハンドガンは許可されている」

「それのどこがハンドガンです! 銃身の先が見えませんでしたよ!? 一メートルはあるんじゃないんですか!?」

「……俺はお前よりも一メートル近く大きい。お前より一メートル以上大きな銃を持っていても不思議ではない」

「そんな理屈がありますか! それにさりげなく言葉を付け足さないでください! 司令官に知らされたくなかったら大人しく――」


 アーリアが我慢できないとばかりに立ち上がり、シドがもう船に戻ろうと決意した時だった。


「――さっきからうるせえぞ、てめぇら!」


 と他のテーブルから怒鳴り声があがった。


「ここはデートコースじゃねえんだよ! 盛るんなら他所でやりやがれ!」

「す、すみません! すぐに出て行きます!」


 アーリアは頭を下げ、シドの肩を掴む。


「行きましょう。ここじゃなくて他の星なら貴方が云っていた酒場がある筈です」


 しかしシドはその手を払いのけた。

 そして食堂に入る全ての者に聞こえる声で云った。


「認めたくないものだからな。生まれついての不平等というやつは」


 食堂がシン――と静まり返る。

 誰かが椅子を蹴立てて立ち上がった。


「なんだとてめぇ。もういっぺん云ってみろ」

「雌が雄に見向きもせず機械に腰を振っているのが気に喰わないのはわかるが、それを当たられても困るというものだ。俺に暴言を吐く前に受精卵からやり直したらどうだね?」

「誰がいつ腰を振りましたか! 下品な事を云わないで下さい!」

「お前は少し黙っていろ。これは俺の戦いだ」

「格好つけて云っても騙されませんよ! ハンドガンの事は覚えておきますからね!」

「――チッ」

「あ、今舌打ちしたでしょう!? 自分が悪いと全然思ってないでしょ!?」

「うるせえええぇぇ!」


 怒声とともに椅子が飛んできた。ついでに男も飛ぶような勢いでやってくる。


「てめぇ、他所のシマにきてでかいツラしてんじゃねえぞ! 備品の分際で!」

「まるで自分はそうでないと云いたげだな」

「おーそうだよ! 俺は人間様だからな! 消耗品のお前等とは違う!」

「大量生産された消耗品こそが最も手軽に人の命を奪えるという事実を知らんらしい」

「だいたいてめぇはなんでここにいんだよ! 辺境で異星人共と抱き合ってろよ!」


 男は背が高くよく鍛えられた身体をしており、人間同士の戦いならば有利に事を運べただろう。しかしシド達のことは知っているようで決して殴りかかってこようとはしなかった。

 シドもまた自分から手を出すことはしない。

 これは如何にして相手に先に攻撃させるかという戦いであった。そしてシドは例え唾をかけられても善しとする理由がなければ手は出さない。


「お前はまるで犬のようだな」


 シドは唇を歪めて相手を見下ろした。


「弱い犬ほどよく吠える」

「口を開くな! お前は黙って人間に使われてりゃいいんだよ!」

「だからこそというのも理解できんらしい。人は機械を作ることによって様々な労働から解放されてきた。思考する機械である俺がこの場にいる。お前は安心して考えることを止めるがいい。口も開くな。どうせ碌な結果にならん」

「ぐっ……。だいたいおかしいだろう! なんで機械のてめぇがこんな偉そうにしてるんだよ! この国は人間の国だぞ! てめぇ等はただの道具だろ!?」

「偉そうにしてるのはそうしては駄目だと云われていないからだな。それともお前は上に何か文句でもあるのかね? もしそうなら喜んで聞こうか。それも俺も仕事の一つだ」

「べ、別に文句なんかねえ……」

「ならばその薄汚い口を閉じていろ。たかが軍に雇われているだけの人間が軍の備品である俺に説教など片腹痛いわ」

「だからなんでそんなに偉そうなんだよ! それが気に食わねえっつってんだ!」

「備品よりも被雇用者の方が上だと、いつから錯覚していた?」  

「くそぉっ! てめぇっ!」


 男は物凄い形相でシドを睨んだ。

 だが軍は生物ではない。システムだ。シドの方がよりその本質に近く、それが男の敗因だった。


「騒ぎになる前にここを出ましょう。司令官に知られたら怒られますよ」


 男同士の戦いに決着ついたと見て取ったアーリアがそう云ってシドのコートを引っ張った。


「コートを掴むのは止せ。俺はお前の保護者ではない」

「どちらかというと私のほうが保護者ですよね」

「口の減らん奴め」

「貴方よりマシだと思います。正直云って、貴方が大手を振って外を歩いているのが信じられないくらいです。この世界はいつの間に滅びの道を歩み始めたのでしょうか」

「それから守るのが俺達の仕事だ」


 シドとアーリアが去ろうとした時、背後でざわめきが巻き起こる。

 振り返ったアーリアは目を見開いた。


「いい加減にしやがれ、てめぇ」

「止めておけ。銃を抜いたら俺も抜くぞ」


 顔だけで振り返ったシドは男の手がホルスターに伸びているのを見てそう云った。同時に己の懐に静かに手を入れる。

 男の周りから制止の声が幾つかあがるが、男はそれを無視した。

 シドは相手の銃を観察する。それは男の体格に合わせて大きいが所詮ハンドガンの域を出ていない。弾種がなんであれ命中してもシドにダメージは与えられないだろう。

 にも関わらずシドに挑もうとしている男は愚かというしかない。――しかしそれも無理からぬことではあった。軍はシド達の詳細を公表しておらず、人里に下りてきたシド達が屍を残すこともないからだ。

 故にシドは笑うのだ。


「クックック」

「なに笑ってやがる」

「なに、大人の余裕という奴だ」

「とことん舐めてくれるな。機械(ロボット)に大人もクソもあるかよ」


 周囲の者が固唾を呑んで見守る中、シドは男と睨み合った。

 男の指が獲物に這い寄る蜘蛛のようにジリジリと動く。


「死ねやっ!」


 男は上体を反らし、ホルスターに嵌まった銃把を握り締めて右手を跳ね上げた。

 シドもまた動いた。右手に握った銃を懐から出しながら体躯を捻り、右回りに回る。

 コートの内側から一メートル五十センチはあろうかというハンドガンが姿を現し、それを見た男はうっと怯んだ様子だ。

 だが男は疾かった。シドの銃口が向いた時には既に引き金は引かれており、それがシドの額に小さな穴を空けた。

 ――そしてシドは引き金を引く。

 真空でも撃てるようパッケージングされた弾薬が炸裂し雷のような轟音が木霊する。周囲からあがった悲鳴が掻き消され、衝撃波でテーブルや椅子がビリビリと振動して上に載っているトレイの類が吹き飛んだ。

 シドの体躯は反動で後退し、男の上半身は衝撃で遠くに飛んでいった。

 非常ベルの鳴り響く中、舞台の幕が下りるようにシドの空けた穴に隔壁が下りてくる。

 シドは額から一条の煙を立ち昇らせながら、男の下半身に向かって、


「お前の敗因は俺を機械(ロボット)だと侮ったことだ」


 と、厳かに告げた。


「俺は機械(ロボット)ではない。任務遂行のためにエゴを強化された機械兵(そんざい)だ」

  

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