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永遠の戦士 宇宙編  作者: ブラック無党
千里眼の少女と電子眼の男
2/8

二話

 艦橋の前方に扇形に広がった投影ディスプレイに稼働中の機関とエネルギー変換率が浮かび上がっている。その横に簡略化された星図を出したシドは何度もズームさせて目的の恒星系を選び、そこに至る航路を設定する。

 補強されたシートに背中を預け、パッドを填めた指先で目の前に浮かぶ立体宙図の航行可能な位置をクリックし、そこへ向かって現在位置から伸びた光の道筋を丁寧に調整。公用船の航路、危険区域、航行不可区域から航路をずらし、恒星系外縁の跳躍場所へ。暗黒の世界で行う三回の跳躍を経て、最後の予測出現場所からさらに同じように航路を伸ばし最終的に目的地であるラ・ドゥエル星系の跳躍ゲートで結ぶ。

 ゲートそのものには用はないが、その巨大な施設でどの惑星に行くかの情報を手に入れねばならなかった。

 航路の設定が終わったシドは加速度、加速時間を決める。出力は最大で推進変換率も最大。生命維持装置へのエネルギー供給はカットする。跳躍後の航路で使える減速時間から跳躍前の加速時間を決める。すると航路の後半部分が真っ赤に染まり警告表示が浮かび出た。

 エネルギー不足。補給地点の設定を――

 燃費の悪い船だ――そう思いながら点滅する文字を眺めたシドは視界の隅に浮かぶ時間を意識した。カルメルという男の言葉が脳裏に蘇る。


『残念だがこの作戦には時間制限が存在する』

『なに、とはいっても超過すれば失敗というわけではない。ただ非常にやり辛くなるというだけでね』

『君に渡した箱の中には薬が入っている。それをきちんと投与した場合の効果時間の合計がそれに当たる』

『本人も持ってはいるんだがおそらく取り上げられているだろうから含めていない。もしかしたら手に入るかもしれないな。良ければ覚えておいてくれ』

『この薬は普通に出回ってはいない。途中で補給はできないよ』


 シドは補給地点を設定する。恒星系の外縁には自前で跳躍する船のための機動ステーションが幾つか回遊している筈だ。

 ステーションの数と位置、速度を検索し受信待ちの状態にした後、シートを降りて船の中を一通り見て回った。

 この船は食堂とトイレ、倉庫などを含めてブロック化されており、それはいざというときの救命ボートになる。後部には機関や燃料コンテナがあり制御は全て前部で行えるが、緊急措置としての単体操作盤が各装置の脇には設置されているようだ。

 真っ暗な通路を歩き、四つある内の一つ、自室に入ったシドは渡された二つのアタッシュケースを机の上に投げ出した。

 一つ目を開けると中には大量の軍票が詰まっていた。


「――ふむ」


 これはおそらく任務のために使えということだろう。そう解釈する。しかし紙幣の形でとは、これから向かう先は余程の田舎らしい。

 二つ目を開ける。

 カードと宝石、そして硬いスポンジのようなものが詰まっていた。スポンジは凹凸がないが、指で押すと沈み込む。その様子から銃器の収納場所だと推測。ケースを持って倉庫に向かう。

 倉庫に入ったシドは食料や薬、与圧服などの人間にとっての必需品しかないのを見て取ると視線を外し、奥にある小さなドアに進んだ。

 ドア横のパネルに目をやるとロックがかかっていない。船のマスター登録の際に設定したパスワードを入力しロックをかけ、作動することを確認した後再度開ける。

 身を屈めて覗き込むと長い銃器が一方の壁にズラリと並んでいた。その反対側には棚があり、実体弾とエネルギーのカートリッジ、爆薬などが置いてあった。

 シドはケースからカードと宝石を取り出してコートの内ポケットに入れ、


「さて――どれにしようか」


 シドは敵を選べない。誰を敵にするかはシドの行動ではなく相手の行動で決まる。これに関しては常に受動的であらねばならないのだ。

 しかしどうやって殺すかは選ぶことができる。これがシドにとっての自由だった。人が予算内で好きな物を食べられるように、シドもまた命令内で好きな殺し方ができる。

 ただ問題なのは感情的、もしくは感覚的な好みがシドには存在しないということだ。敢えていうなら効率的な方法を望ましいと感じるが、それは人に置き換えてみれば好みではなく生き方であった。

 シドは細長い一本の杖を手に取った。力を込めれば折れてしまいそうなくらい細い。頭にあるスイッチを押すとただでさえ細い棒が裂け、さらに細くなった。

 その形になって初めて、シドの頭に銃の情報が流れ込んでくる。

 ,ゼロ三ミリレーザー切断機。射程は標準気圧で五十センチ。連続使用時間一秒。


「………」


 黙って元の場所に戻した。

 対人用に加工されて理解不能になっている武器がたくさんあった。形状を見れば大元がわかるがその形状自体を隠すように設計されている。おそらく暗殺や破壊工作用に何処かの部署が独自に発注したものだろう。シドの知識になかった。

 今度はどこからどう見てもペンにしか見えない物を取り、色々な角度から眺めた後部のスイッチを押す。

 片方の端からペン先が出た。古いタイプだ。しかしまだ使用している地域はたくさんある。

 真ん中に走る分割線を怪しんだシドは両端を持って捻った。カチリと音がする。その上で後部を押すとペン先から人間にとっては不可視のレーザーポインタが伸びる。首を捻りながらもう一度スイッチを押すといきなり中身が発射された。

 壁に命中した中身は爆発を起こし、シドは部屋の外に吹き飛ばされた。

 ――どうやらミサイルだったようだ。

 この船は普段使用しているものと違い脆い。気をつけなければならなかった。何故ならシド達にとって武器は危険なものではないからだ。銃口を覗き込んで暴発して死ぬなどという概念はないし、指が勝手に引き金を引くこともない。もし危険だと感じる時があるのなら、それは武器自体にではなくそれによって生じる周囲への影響からだろう。

 ここにあるのはシドのために用意された武器だが、対応しているというだけで専用のものではなかった。

 納得したシドは部屋に入り直し、船に穴が空かなくてよかったと思いながら床に転がった小さな武器を拾おうと手を伸ばす。

 その手がピタリと止まった。

 今度の任務は目標物を回収することだ。そのためにまずは情報を集めるが、田舎であるとの予測からやるべきことがわかる。

 人のいる場所での聞き込みに小型の銃器は適していない。そういった武器は携帯していることがわからず侮られるおそれがあった。聞き込みに必要なのは見ただけで相手が恐れ慄き、なんでも喋ってしまうような武器だ。そしてそれは軽やかに扱え、かつ一目で何をする道具わからねばならない。

 シドはプラズマ砲射機を持っていくことにした。田舎には田舎に相応しい武器というものがある。

 それをとりあえず使用するものとして取り置き、他の武器も選ぶ。

 コートの内側に隠せる護身用のハンドガンと十徳ナイフを装備し、最後になんとなくペンミサイルをコートのポケットに三本挿す。結局使わなかったケースにはエネルギーカートリッジを詰めた。

 砲射機の上の取っ手を握り、百キロを軽く超えるそれを片手でぶら下げたシドは一旦自室に戻り、荷物を置いてドアをロックし艦橋に行く。

 情報の受信が終わっていたのでそれに合わせて航路と速度をまた弄った。

 最後に船の武装をもう一度確認した後出港情報を送信すると、すぐに管制塔から返信があった。


『民間貨物船フリーダムの出港を許可します。誘導機の到着を待って加速ゾーンへの移動をお願いします。なお、誘導機の到着は――』


 管制AIの声を聞き流し、じっとその時を待つ。

 やがて誘導機が飛んできて船とやり取りをし、モニタで船が制御を預ける許可を求めてきたので許可する。

 トロトロと進んで自由航行宙域に到達。誘導機から発信があった。


『よい船旅を。フリーダム』

「うむ」


 待っていたシドは頷き、いきなり加速を全開にする。

 民間船に偽装されたフリーダムが決壊するダムのように打ち震え、船体後部の空間が歪んだように見えた。

 最大まで上がった出力を推進力に変換すると、誘導機は嵐に翻弄される枯れ葉の如く舞ってスラスターから伸びるエネルギーの奔流に引き寄せられる。

 宇宙の塵となった誘導機を後に、シドを乗せたフリーダムは星々の間に姿を消した。

 














 機動ステーションは球体をしており、その球体の外縁裏側に帯状の居住区画を張り合わせたような形をしている。

 帯は常に回転しており、加重がかかるのはその部分のみである。それ以外の部分は全て機関や生命維持装置、防衛機構に使用されていた。

 銀色をした外壁では作業服をきた人間とロボットが動き回っていて、このステーションが賑わっていることを示しており、シドは上陸することに決めた。

 雲霞の如く製造され、設置されたステーションの中には利用者がいなくなりそこに住む人間に打ち棄てられた物もある。しかし補給地点としての役割は機械が担っており、そんな場所を選ぶしかなかった者達は機械しか存在しない廃墟のようなところで補給完了までを過ごすことになるのだ。

 シドはズラリと並んだ船を眺めながら、球体から六方向に伸びた埠頭の一つと速度を合わせ、船からアームを出した。船の補給を申請し、中身と量を設定して待機状態にする。

 船のドアから外に出て宙を飛んで中にはいると、目の前にいた十歳前後の子供が目を丸くしてシドを見た。


「――お、おじさん。食料や水はいらないかい?」

「必要ないな」

「で、でも中で買うより安くしとくよ?」

「必要ないな」

「中で売ってあるのならなんでもあるよ!? お、俺から買ったほうが――」

「時間の無駄だ。失せろ」

「………」


 肩を落とした子供はノロノロと飛行し戻っていった。

 行く先が同じなので着いて行くと、子供は待ち構えていた髭面の男に話しかける。

 男がいきなり子供を殴り飛ばした。


「一つも売れてねえだとぉっ! そんなんで金が貰えると思ってんのか能無しがぁ!」


 子供は口から血を流しながら、


「す、すみません!」

「すみませんで暮らせりゃ働かなくていいんだよ! 俺の家族が路頭に迷ったらどう責任とんだクソガキが! 一体誰のおかげで商品が仕入れられると思ってやがる! ああ?」

「……すみません」

「――チッ。次はちゃんと売ってこいよ。見てるからな」

「……はい」  

  

 シドは壁に手をついて浮かぶ体躯を止め、男の方に飛んだ。


「おい、そこのお前」


 男はシドの姿を見て、気圧されたかのように愛想笑いを浮かべる。


「へ、へい。何でしょうか? も、もしかして気が変わったとか……?」

「俺は現在ある目的のために動いている最中だ。だがお前の部下のせいで俺の貴重な時間が十秒ほど無駄になった。教育はちゃんとしておけ」

「……す、すみません」


 男は子供と同じ台詞で謝罪した。

 後ろであがる更なる叱責の声を耳にしながら、シドはエアロックを開けエレベーターに乗り込む。

 箱が移動するのが感じられ、扉が開いた先では擬似重力があった。薄暗い通路を進んでビルから出る。

 ビルは通りに面していた。左右に目をやると大きな通りはそのままぐるりと上に伸び、天井部分で合流している。上では逆さまになった粒のような人間がたくさん歩いていた。

 ここまで来たのは遊ぶためではない。シドは目的のものを探して通りを歩いた。

 大小様々な光の看板が浮かんでおりどれもどぎつい色をしている。通りの両側にはたくさんの商店が並んでいて、ラフな格好をした老若男女が油断のない目つきで思い思いに過ごしていた。商店の奥には建築法を無視したような歪で薄汚いビルが乱立していて、球体の中心には直視できないほど明るい光源が浮かんでいる。

 シドを見た人間の反応は三つに別れた。

 ただ単に驚いている者。路傍の石ころのように無視する者。青くなって退散する者――の三種類だ。

 しばらく歩いたシドはようやく目当てのものを見つける。ピンク色をした看板の下に、意味があるのかと思うほど小さなマークが浮かんでいる。そのマークはシド達の顔である髑髏模様をしていた。

 シドは宇宙船のドアのように頑丈な店の入口を開ける。

 ドアベルが小さくなり、その音に反射的に顔を向けたカウンター奥の太った男は、


「いらっしゃ――いいいぃぃぃっ!?」


 と、赤ら顔を白くさせて叫んだ。

 シドは店の中を見回す。

 樹脂製の安っぽいテーブルが七つあり、客が十人いた。カウンターにはスツールが八つ。スツールは金属製でしっかりとした作りだ。そちらには誰も座っていない。

 ぼんやりと光る照明の下を、カウンターに向かって歩く。

 スツールに腰を下ろしたシドは静かな声で云った。


「外にある特約店のマークだが――」

「ははは、はいぃぃぃ! ちゃんと毎日出しております!」

「それは疑っていないとも。だが、少し小さ過ぎるようだ。あれでは見落とす者が多かろう」

「し、し、し、しかしですね、あれがバレると客が……」

「うん? 客がどうした?」


 シドは不思議そうに、


「人類の平和を守る軍御用達とわかれば客も増えるだろう。お前にとっても得しかない」

「そそそ、そうですね! 明日にでも業者を呼んで大きくさせます!」


 店主は顔からダラダラと汗を流した。


「と、ところで本日はどのようなご用件で……?」

「補給だ」

「ほ、補給ですか」


 店主は大きく息を吐いた。シドの顔をじっと凝めて、

 

「ドンパチはやらないので……?」

「その予定はない。だが――」


 シドはふと気付き、


「なにか心当たりがあるのか? 誰かが軍を貶していたとか?」

「滅相もございません! このステーションに軍に足を向けて寝る輩はおりませぬ!」

「それは上々。今は別の任務の最中だからな。あまり仕事を抱え込むのはな……」

「そ、そうですか! ご武運を祈っております!」

「うむ」


 この男は人類の模範といっても過言ではない。シドは店主同様笑顔を浮かべた。

 そしてカウンターを指で叩きながら、


医者要らず(ドクター・チョッパー)を一杯だ」

「ハイ喜んで!」


 店主は床の収納から二種類の金属缶を取り出し抽出機にセットした。スイッチを押すと液化ガスが抜ける音がし、二種類のガスは混じりあってゲル状になる。

 抽出機がボコボコに凹んだ鈍色のマグカップにそれを注いだ。

 店主は冷たい湯気の出るそれを、取っ手と手の間にハンカチを挟めて持ち、シドの前に置く。


「お、お待たせしました」


 爆薬でも扱うように置かれたそれを、シドはカップを傾けて流し込んだ。


「うむ。肌が生き返るようだ。――お前の目から見てどうだ?」


 シドは店主に訊ねた。

 

「そりゃもう! あなたがそう感じるのならそうなんでしょう!」

「この店のことは覚えておこう」

「あ、ありがとうございます!」

「同僚達にも教えてやるかな」

「……ありがとうございます」


 シドはコップの中身を全部飲み干す。


「もう一杯だ」

「ははっ」


 店主が背中を向けおかわりを用意していると、テーブルに座っていた客がよろよろとシドの傍に近寄ってきた。


「ねぇ、おじさん。美味しそうなモン飲んでんじゃない。アタシにも一杯奢ってよ」


 隣のスツールに座った若い女は、エナメル質のパンツから伸びる剥き出しになった足を組み、シドの膝に手を置いてそう云った。


「止めておけ」

「なんでよ」

「お前が飲めば死ぬ」

「な、なんだって!?」


 シドが答えると女は顔を真っ赤にした。


「バカにして!」


 そう云い残し、テーブルに戻ると連れの人間達に何事か囁く。

 二人の男が立ち上がった。

 真っ赤な髪に袖なしのジャンパーを羽織った男と、金髪に服はスタッブだらけ、顔はピアスだらけの男がスツールに座った。そして三人の女が様子を窺うようにテーブルから視線を注いでいる。


「店主。俺にも隣のオッサンと同じ奴を頼む」

「俺もだ」   


 スツールに座った二人が云い、今更ながらに何が起きているか悟った店主は注ぎ直したシドの注文をカウンターに置いて、


「駄目だ駄目だ! これはお前達に飲ませるようなモンじゃない!」

「おいこら店主! ふざけんなよ!」

「てめえ俺達が不慣れだからってバカにしてんじゃねえぞ!」

「馬鹿にしてるもんか! 他の客に絡むようなら出て行ってくれ!」

「絡んでなんかいねーだろ! このオッサンが飲んでるやつと同じモンを出せって云ってるんだよ!」

「こ、この人専用のなんだ! 普通の客には出せない!」

「なんだとぉっ!?」

 

 良くない雰囲気だ。シドは仲介に入ることにした。


「店主。この連中にミルクでも注いでやれ。俺の奢りだ」

「なっ……」

「母親の味でも思い起こして怒りを鎮めるがよい」

「て、てめぇ……」


 赤い髪の男は絶句し、


「とことん馬鹿にしやがって――」


 シドのカップに手を伸ばすと、カウンターの上から奪い取った。


「安酒なんぞを勿体ぶりやがって!」


 赤い髪の男は一気に飲み干した。叩きつけるようにカップをカウンターに置く。


「へっ! たいして美味くもねえ! 一体どんだけ安物――」


 男は言葉を切った。二つの眼球がこぼれんばかりに見開かれ、身体がわなわなと震え出したかと思うと、


「――ぶふぉっ」


 と、盛大に鼻と口から吐血する。


「きゃああああああ」

「アンドレ!?」


 金髪の男と女達が駆け寄り、痙攣するアンドレを揺する。


「おいっ! 俺がわかるか!? しっかりしろ!」


 アンドレはウグググ、と泡混じりの血を口から溢れさせている。そしてしばらくすると身体から力が抜けた。


「ア、アンドレェェェ!」


 金髪は大声で嘆き、女達に涙に濡れた顔を向けて云った。


「……死んだ」

「――ひ、人殺しぃっ!」


 女の一人が叫んだ。


「け、警務官を! 誰か警務官を呼んで!」


 その声に、見守っていた後ろの客が店を飛び出していく。

 シドは構わずカウンターに置かれたマグカップを店主に突き出した。


「もう一杯だ」

「ははは、はい!」


 金髪の男と女達が睨む中、シドはそれを平然と飲む。

 そしてそれを飲み終わる頃に警務官が店に入ってきた。


「何事だ!」


 ボディアーマーを着てライフルを持った体格の良い警務官は厳しい声でそう云ったが、シドに気づくとさっと喉に手を当てた。


「た、隊長! 例のヤツらがまた騒ぎを――」


 ぼそぼそと呟き、銃を構える。


「お前達っ! 全員動くな! 怪しい真似をしたら命はないと思え!」

「なんでアタシ達に向けるのよ!」


 銃口の前の女が信じられない、といった顔で、


「悪いのはこのでかいオッサンよ! 相手を間違えるんじゃないわよ!」

「動くなぁっ!」


 警務官は血走った目で怒りの声をあげた。


「同じことを何度も云わせるんじゃない! ぶち殺すぞ!」

「そ、そんな……」


 女三人は縮こまり、金髪の男が庇うように銃口の前に立つ。

 そして緊迫した空気の中、店のドアベルがカラカラと鳴った。


「はいはいそこまでー」

「隊長!」


 現れたのは茶色いコートに深緑色のズボンを身につけ、無精髭を生やし、擦り切れた帽子を頭に載せた中年の男だった。

 中年男は仕草で警備官に銃を下ろさせ、シドと若者達の間に割って入る。

 そして床の死体にチラリと目をやり、


「とりあえず順番に話を聞こうか」


 といって懐からメモ帳を取り出した。


「このオッサンが飲み物に毒を入れやがったんだ!」


 金髪の男はそう主張した。


「おまえさんは?」

「俺はラスカル。そこに倒れてるアンドレの友人だ」

「後ろのお嬢さん方は――」

「みんな知り合いだ」

「出身惑星は?」

「アライ星」

「聞いたことないな。たいぶ遠いからか? ……ここに来た目的は?」

「そんなもん補給に決まってるだろ!」

「ふむふむ」


 中年男はメモ帳にスラスラと書き込む。

 シドが上からそれを見下ろすと、そこにはこう書かれていた。


『いい脚してやがるぜ、このお嬢さん方は』


 中年男はシドが見ているのに気づくと、ニヤリと笑みを浮かべた。


「それで、このアンドレとかいうのはなんで水の中じゃないのに溺れたみたいになってるんだ?」

「そんな酷い云い方ないでしょ!?」

「だからそのオッサンが毒を――」

「そんなことより早く彼を病院に連れていってよ! まだ助かるかもしれないじゃない!」

「ちっ。うるせえなぁ」


 中年男は後頭部をがりがりと掻き、うんざりした顔を店主に向ける。


「あんた、何が起こったか見てたか?」

「あ、ああ」

「じゃ話してくれ」

「その倒れてる男が、この――彼の飲み物を奪って飲んだんだが……」

「なるほどなるほど」

「あっという間だった。痙攣したかと思うと、口や鼻から噴水みたいに血が……」

「なるほどなるほど」


 中年男は重々しく相槌を打ちながらメモに夕飯の献立を書き込み、


「窃盗だな」


 と、云った。

 悲鳴をあげたのはラスカルと女達だ。


「ふざけんな! これのどこが窃盗だ!」

「どう考えてもおかしいでしょ! あんた達グルなんじゃないの!?」

「他の警備官――いえ、ステーションの管理官を呼びなさいよ!」

「他人の注文した飲料を勝手に飲む。これが窃盗じゃなければ何を窃盗と云えばいいのかね?」


 放っておいても問題なさそうな風向きだ。シドはスツールから立ち上がり、店主にIDを告げた。


「支払いは(ツケ)にしておけ」

「はっ! ありがとうございました!」


 すれ違いざまシドは中年男の肩に手を置く。


「もう行くが、構わないだろうな」

「ああ。信じられないことだが、話を聞く限りあんたに落ち度はなさそうだ。何かあれば上に連絡するよ」

「うむ。せいぜい教育してやれ。最近の子供はどうも軍に対する忠誠が――」

「わかったわかった。その話はもういいから」


 中年男は面倒くさげに手をふってシドに去るよう示す。


「これ以上面倒事が起きる前にさっさと消えてくれ」


 しかし立ち去ろうとするシドの前にラスカルが立ちはだかった。


「おいおい冗談はよしてくれよ。こっちは友人が死んでるんだぞ。当事者にそう簡単に帰られちゃたまんねえよ」

「やめないか!」

「じじいは黙ってろ! ……てめえらがここであったことを見なかったことにする気ならこっちもこっちで考えがある」

「誰もそんなことは云ってねえ。それにこいつは逃亡の恐れがないし、連絡先もわかってる。更に云うなら裁くのも俺達じゃ――」

「うるせえ!」

「口の利き方に気をつけろ若造。窃盗罪でぶち込まれたいか?」

「上等だ! やれるもんならやってみやがれ! ここであったことを大勢にバラしてやる!」

「馬鹿が! まだわからんのか! そんなことをしても無意味だ!」


 ラスカルと中年男は激しく云い争う。

 シドはぼそりと云う。


「俺は現在公務中だ」

「それがどうしたよ! というか公務中に酒なんざ飲みやがって!」

「お前達の行動は公務執行妨害だ」


 カラ、と中年男の持つペンが床に転がった。

 拾おうとする男に、シドは自らのペンを差し出した。


「使え」

「――い、いや。結構だ。気持ちだけ頂いておこう」


 申し出を断り、ペンを拾って顔をあげる中年男。

 ――その瞬間、ラスカルの頭が爆発した。


「ぐおおおっ!?」

「きゃあああっ!?」


 ビンや窓が割れ、周囲にいた者達は全員吹き飛ぶ。そこにバラバラになった頭であったものが雨のように降り注いだ。


「ぜぜぜ、全員動くなぁっ!」


 よろよろと起き上がった血塗れの中年男は銃を抜いて転がる女達に向ける。


「い、い、い、一体何が起きたっ! テロか!? 自爆テロなのか!?」

「俺にもわからん」


 起き上がったシドはコートを払いながら首を振った。


「頭が急に爆発した」

「だからなんで!?」

「これはあくまで推測だが――」


 シドはアンドレの身体を足で突き、


「こいつらはおそらく薬物中毒者(ジャンキー)だろう」


 と答えた。


「薬物中毒者だと? それと爆発に何の関係が――」 

「可燃性の薬品を摂取していたのだ。脳の血管は細くて多い。極度の興奮状態によって血管が破れ、溢れた血液で脳内電流が伝播、蓄積したそれに引火したのだ」

「ば、馬鹿な……。そんな話は聞いたことが――」

「まあ、原因がなんであれ俺には関係がないことだな。そろそろ補給も終わっているだろうから行かせてもらうぞ」

「……わかった」


 納得出来ない表情をした中年男はしかし、あっさりと頷いた。


「だ、駄目よ……」


 倒れたままの女が焦点のあっていない瞳で云い、去ろうとするシドの足を掴む。


「よ、よくも二人を……。あんたを訴えてやるわ……」

「何を勘違いしている」


 シドは女の頭を踏み躙った。


「俺を訴えるだと? お前にそんな権利があると思っているのか? まさか生まれながらの権利、人権などと主張するつもりではあるまいな? 笑止な」

「ぐ……」

「権利などという言葉は、言葉にした時点、法に載った時点でシステムから与えられる餌に成り下がるのだ。勿論お前にも権利はあるとも。だが権利と義務は表裏一体。そしてこれまでお前が何の義務を果たした? 権利の大きさは果たした義務に比例する。ならばお前が享受できる権利など――」


 シドは親指と人差指で何かを摘む仕草をし、


「せいぜいがこの程度よ。長さにして一ミリ――いや、それ以下だ。そんな吹けば飛ぶような権利で何をするつもりかね」 

「お、おい。もうそれくらいで……」

「そうだったな」


 シドはゆっくりと足を下ろし、最後に中年男に云う。


「本来ならば公務執行妨害で処刑しているところだが、店主の顔を立てて見逃してやろう。俺は訴えることはしない。反省の色を見せたら釈放してやれ」    

「そりゃどうも……」 


 ラスカルという男のように純然たる障害として立ちはだかるならともかく、そうでないならこの気持ちのいい店主の経営する店を更なる血で汚すことはない。そうシドは思う。そしてこの気遣いこそがシド達と普通の機械を隔てる最大の要因なのだ。

 ドアベルを盛大に鳴らしながら外に出たシドはきた道を戻り、補給の終わった船に搭乗した。

 シートに座って何事か思考し、おもむろに船を発進させようとする。


「フリーダム。発進する」


 宣言すると管制塔から通信が入った。


『待てフリーダム! まだ順番が――』

「割り込み発進を申請する」

『そんな制度はない!』

「やむを得んか……」


 しょうがないので少し待ち、許可が出るのを待って船を回頭させた。


「発進するぞ」

『早くいけ!』

「………」


 シドは加速を全開にした。

 船体に不釣り合いな機関が唸りをあげ、船は蹴られたように跳び出した。

 ステーションからある程度離れたところまでくると通信機を使って連絡を取る。


『もしもし、こんな時間に誰かね?』


 秘匿ラインを使いモニタに写ったのはボサボサの白髪頭をした白衣の老人だった。


「俺だ、博士。シドだ」

『――シド!? シドか!』


 老人は眠そうな顔を嬉しそうに綻ばせる。久しぶりに恋人に会ったかのようだった。


『げ、元気にしておったか? この前の任務は激戦だったと聞くぞ! 壊れたところはないだろうな!?』

「問題ない」

『そうかそうか! 私が設計したお前達が故障などする筈がないか! そんな褒めても何も出んぞ!』

「………」

『ところで何の用だ? お前から連絡してくるとは珍しいが……』

「実は俺を訴えるという女がいたのだ」

『な、な……ん……だ……と……!?』


 絶句した白衣の老人。こめかみがピクピクと引き攣る様子が見て取れた。


「公務執行妨害でその女の連れを始末したのだが、それが気に食わなかったようだ」

『なんという奴だ! その女は! 勿論そいつも始末したんだろうな!?』

「いや、これから始末するところだ」

『……ふむ。私の手が必要か?』

「うむ。現在任務で与えられた船に乗っていてな。自由に接続できん。情報が欲しい」

『情報か! その女の家族に反乱分子がいたという情報でいいか!?』

「……いや、その女が現在いるステーションの座標を送る。乗っている船の情報だけでいい」

『それだけでいいのか!?』 

「それだけいい」

『も、もっと云ってもいいんだぞ!? お前達は数はたくさんいるのにちっとも我侭を云わないんだから!』

「……もう切るぞ」

『あ、待って! もう少し声を――』


 シドは通信を切ると長距離レーダーをステーション方面に集中させる。

 兵装から思考魚雷を選択し、じっとその時を待った。

 

 

 

   

 

 

 

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