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永遠の戦士 宇宙編  作者: ブラック無党
千里眼の少女と電子眼の男
1/8

一話

 粒子ビームと火薬によって灼け、空一面を覆う灰色のスモッグ。

 くすんだ大気を吹き払うように自己主張する閃光が、二度、三度と瞬いた。

 地上から打ち上げられるミサイルとビームを掻い潜りながら何千という数の襲撃艦が街灯に群がる羽虫のように宙を舞っている。

 平たい形状をした襲撃艦は形ばかりの武装と方向転換のための核融合エンジンを持ち、膨れ上がった圧力にスラスターから伸びる汚染物質の塊が長い尾を引いている。

 時折、撹乱のために衛星軌道上から打ち込まれたミサイルの雨を抜け、天に向かって伸びる光芒が艦を貫いた。

 貫かれた艦は爆発し光と破片を撒き散らすか、斜めに傾ぎながら死期を悟った獣のように最後の足掻きを見せて出力をあげる。そしてそのどちらにおいても、艦は自身に比べればまるで小さな、砂粒のようにも見える子供達を大量に産み落としている。


投下(エアボーン)三十秒前。格納庫解放(ハンガーオープン)


 無機質な音声アナウンスが頭に響き、彼は同時に己がスイッチオン(覚醒)したことを知った。

 向かい側には彼と同じ姿形をした同僚たちがズラリと並んでいて、全く動きはないものの、それらもまた己と同じく覚醒していることは間違いない。

 格納庫は広いが狭い。目一杯艦の体積をつぎ込まれているはずのそこは、今はたくさんの荷物――すなわち整然と並んだ彼や彼の同僚、そしてそれらが手にする武器、落下時間を短縮するためのバックパックで埋め尽くされていた。


『投下二十秒前。兵隊蟻(ソルジャー)は降下に備えよ』


 人と同じ骨格を模した黒い外装が隠密性を発揮したナノマシン皮膜により磁場に包まれ、歪んだようにぶれて視界から消えた。

 たちまち彼の頭脳の中を微弱なパルスが駆け抜ける。彼の頭脳はあっという間に抜け穴となる方法を見つけ出すや、ざらついた映像でポッカリ開いた格納庫の景色に同僚の姿を描き出した。

 おそらく同僚達から見る彼の姿も同じような経緯を辿っていることだろう。


『投下十秒前。レールに装着(ドッキング)します』


 背後から伸びたアームが彼や彼の同僚達の背負う変速機に爪を引っかける。

 アームは釣り上げた魚のように彼を持ち上げて定位置に戻り、格納庫の壁に刻まれたレールに彼をぶら下げた。

 周囲には手足を投げ出して壁にズラリとぶら下がる同僚達。ここは機械仕掛けの食肉工場、はたまた壊れたあやつり人形の処分場か。それとも遺体を安置する墓所であるのか。彼はくすりとも思わずにそんな感想を抱く。


『投下五秒前。カウントダウン開始します』


 彼の視界に五という数字が小さく出た。隣には時計が三つあった。

 一つ目の時計が指すのは首星のある恒星系で使用されている時間。二つ目は赴任先の宙域で使用している時間。三つ目はこの作戦のために暫定的に設けられた時間である。

 新たに出現した4つ目の数字が四、三、と数を減らしていく間、彼は現在位置を確認する。

 主目標たる敵の拠点まではまだ遠い。彼が降りるのは何十キロも手前であった。しかしなにもないわけではなく、頭に浮かぶ地図上では四角錐の形をした黒い塔が一定の距離を置いて設置されていた。地上部分に出ているのは迎撃用の兵器群を除けばそれだけである。後は荒野と呼ぶのもおこがましいほどの不毛の大地が広がっている。

 塔は重力ジュネレーターである。

 敵の重要施設は全て慣性制御システムを応用した高出力の偏向フィールドで守られている。しかしそれは地上から上の部分だけで、地下は地殻破壊に備えて重力場で覆われていた。


『投下開始します』


 彼の視界が斜めになる。己の体躯が荷物よろしくレール上を滑っているのを彼は他人事のように感じた。

 左を見ると不法投棄される廃棄物のように彼の同僚達が次々とアームから切り離されている。

 己の番がきても彼は慌てない。数字こそが彼の肉体感覚であり、人間のように刺激を情報に変換する必要がないからだ。彼の感覚は答えしか与えない。回り道などせず、与えられるものを与えられるだけ与えるのだ。

 故にとまどいもなく、彼は安全に降下するために背負った変速機に火を入れたのだった。

 凄まじい速さで近づく地上を彼は眺めた。

 地上から突き出た尖塔が見渡す限り続いている。その内と外では大小さまざまな火器が天に向かって炎をあげていた。そしてその隙間を縫うように動きまわる粒のような影。影は墜落したと思われる襲撃艦に蟻のように群がっている。

 視線をずらせば彼を投下した襲撃艦が見える。艦は長い光の尾を引き、進路を微妙に変えながら蟻の群れに突っ込んだ。凄まじい大爆発を起こし、薄い大気を物ともせずに大きなキノコ雲を作り出す。

 彼の前後左右では同じ格好、同じ目的を持った同僚達が同じように落ちている。彼自身も含め、運良く生き残った兵隊蟻は地上間近で逆噴射をかけた。

 蒸発した鉱物と垂れ流された放射線が致死の大気を作り出し、その中で自動機械だけが生き生きと動き回っている。

 彼もまたそれの仲間入りをした。

 赤茶けた岩盤に脚部がめり込み、役目を終えた変速機が彼を解放する。外側が剥離し二回りほど小さくなったバックパックを背負った彼は左右の手にそれぞれ違う銃を握り、右腰には可変メイスを、左腰にはワイヤ銃をぶら下げている。銃に内蔵されたモータは彼の重い体躯を秒速三メートルで巻き上げることが可能だ。

 目の前には黒い巨塔が行く手を阻むようにそびえ立っており、地上から見るその大きさは塔がどれだけ重要な役割を果たしているかを思い知らせるのに十分だった。

 彼の側を不気味な音を立てて質量弾が通過する。

 上空を守る偏向フィールドと地下を守る重力ジェネレーターによって固定化された地殻は彼の所属する軍の攻撃を正面から耐え切っており、こちらの狙い――もしくは自軍のアキレス腱を熟知している敵は戦力を地上に集中させ始めている。

 制宙権を奪われ、空で制空権を取り合う戦いが繰り広げられている中にあって敵は機動車両を黒い塔から次々に出撃させ、それらが打ち出す鉄と光の洗礼が容赦なく彼や同僚達に降り注いだ。


『作戦を三段階目に移行します。攻撃開始まで三十秒』


 視界にその情報が瞬いた時、彼は狙いをつけた一台の戦闘車両に右手の銃の照準を合わせたところだった。

 高速で飛翔しながら雨のように弾丸をバラ撒く鉄の箱を色の変わった照準マーカーが追尾し、方向を変えるために減速した一瞬を彼は見逃さない。

 意識しただけで発生した電流が銃身の中を暴れ回り、磁力で加速した弾頭は摩擦で小さくなりながら誰にも視認できない速度で飛び出した。

 二弾目から命中した。

 三キロ程先で希薄な大気の中を飛び回る敵車両はビクリと打ち震え、プログラムされた回避パターンを取る。

 彼の火器管制システムはそれに追随した。一見不規則にも見える敵の動きはこちらの照準システムに対応したもので、敵味方のそれはお互いに相手のパターンを読み合ういたちごっこも同然である。一歩先じた方がより多くのパターンを持ち、相手の裏をかけるのだ。

 敵車両の形から能力を読み取り、ノズルの位置で進行方向を、速度から現在の重量を計算する。

 彼の腕は未来予知したかのように敵車両の回避先に銃口を向け、発射された弾丸は装甲をズタズタに引き裂いた。

 彼の火器管制システムにはこれまでの戦闘によって蓄積された情報によって敵の未来位置を読み取ろうとするが、それが敵の動きに対応できなくなった時、彼は撃つのをやめた。

 明らかにプログラムを離れた動きを見せる車両はフラフラと飛び回りやがて墜落する。

 彼は次の標的を探した。


 カウントダウンが二十を切る。


 プラズマ層を作り出す敵のレーザー膜が辺りを探り、彼はそれに捕まらないように素早く移動しながら次々に敵車両を仕留める。バックパックが銃に繋がった給弾ベルトに気違いじみた頻度で弾を送り出し、残弾ゲージが水漏れしたように減っていった。


 カウントダウンが十を切る。


 敵の自動兵器が定期的にバラ撒くクラスター弾の小弾子がカンカンと彼の体躯をノックし、衝撃を分散させようと働く皮膜がキラキラと輝く。

 ――次の瞬間、彼の体躯を励起した空間が包み込み、緩和されたエネルギーが体躯の表面でパチパチとはじけた。彼の左腕が即応し発振源に向けられる。

 最大出力で発射された陽粒子が敵の撃ったそれとぶつかり合い、飲み込まれた彼のビームは光となって消滅し、右に跳んで回避した彼の左手の銃は瞬く間に溶解した。

 彼は銃の残骸を捨て、こちらに砲口を向けた敵の浮遊砲台に狙いを定め右手の銃を発射する。

 冷却中の敵砲台は彼以外からも攻撃を受けたらしく、横から伸びてきた光のトンネルが紙のように装甲を貫き天に昇っていった。


 カウントダウンが五を切る。


 彼は残りの数字を何の感慨もなく数えた。

 作戦の一段階目で軌道上の防衛艦隊と攻撃衛星を破壊し、二段階目で突入のための兵隊蟻を配置につける。そして三段階目で突入口を開けるのだ。

 上と下。異なる力場で守られた敵の施設にも穴はあった。敵の施設は要塞を大陸に埋め込んだような形であり、下部の防御を地殻に依存している。資源惑星であるがゆえに破壊することができないという目論見からわざわざ惑星上に造られたのだ。

 だが完璧なシステムなど存在しない。軌道上に造られた要塞が出力による綱引きで破壊されるように、この施設も複雑なシステムが故に破壊されるだろう。


 数字がゼロになる。


 全ての味方が攻撃を停止し、じっとその時を待った。

 薄暗い大気を切り裂きながら万を超える数のミサイルが、一辺の長さが数十キロの敵拠点外縁に降ってくる。

 惑星改造の際、質量を減らすために使用される対消滅弾を改造したもので、力場ぎりぎりに着弾したそれは影響下の全てを消し飛ばした。

 彼と彼の同僚達は詳細な効果範囲を知っており決してそこには足を踏み入れないが、たまに敵の迎撃を受けて位置がずれたまま着弾するものや空中で爆発した他のミサイルの影響を受けるものもあり、運の悪い味方は敵や地面と一緒に地上から消えた。

 攻撃が終わると彼は走り出す。

 一時の間停止した敵の反撃が再開される前に距離を詰め、第二次攻撃隊降下の先触れとなる攻撃機の援護を受けながら塔の作り出す力場の縁に到達する。

 途中、大量にバラ撒かれた補給コンテナから銃身の短いメーザー銃を取り出し装備した。バックパックも捨て左手には銃と繋がったエネルギーパックを持つ。

 深く抉れた地面を見下ろすと比較的浅い部分に金属的な輝きを持つ建築物が見えた。外壁を破壊され内部が垣間見えるそこに同僚達が次々に滑り降りていく。二つの異なる力場の境目だ。

 水平方向に発生させた力場は重なりあっていない。つまり境目には必ず間隙が存在し、それこそが今見える場所である。

 軍の頭脳集団が下した結論は、地上に見えるのは塔の一部であり、本体ともいえる地下から放出された重力線は中央の制御区で操作され半円状のドームを形成しているというものだった。

 同僚達同様、彼もまた下に降り、綺麗な破断層を見せる穴の中に侵入した。

 同僚達と共に灯りのない通路を敵施設の中央に向かって移動する。通路の幅は三メートル程で、少し歩いただけで降りた隔壁に行く手を遮られた。

 最前列の同僚達は銃を使って扉を焼き切った。蹴りを入れると向こう側に折れ曲がり、そこから先へ進む。

 彼もまた一切の躊躇を抱かずに進んだ。通路が復数に分岐する度に共に行動する同僚達の数は減っていき、そしてついには彼は一体のみとなる。

 降り立った彼等の数は多いが敵施設は広大だ。しかも彼は一次攻撃隊であり最前線にいると思われた。単独行動となるのは当然で、全方位から同時に侵入するというやり方がそれを助長していた。

 機動装甲服を着た人間の兵士が降りてくるのは粗方掃討し終わった後である。彼と同僚達はそれまでに地下中央部までの道を切り開かねばならない。

 規模が大きいほど施設放棄への抵抗、障害も多い。彼等が施設の制御を奪うのが先か、敵が自爆を敢行するのが先かの勝負だ。

 仮に奪取が不可能だと判断すれば、軍の上層部は破壊に踏み切るか敵の自爆を待つだろう。そして彼や同僚達には帰る船は用意されていない。

 彼は通路にあるドアを見つける度に銃で焼いた。切り刻んだドアを向こう側に蹴り飛ばし、引き金を引いたままの銃で室内を一掃する。極めて人間的な調度品の数々、流しや寝台、棚、発光する壁など、いちいち調べる手間を惜しみシュレッダーにかけた。

 部屋から出た彼はとうとう敵の防衛部隊と接触する。進む先の通路に立つ装甲服を着た敵が両手で持ったレーザーライフルを発射し、その光芒は減衰しながら彼に命中した。

 束の間耐えたナノマシン膜が蒸発し、しかしその時には彼は射線上から素早く離脱している。お返しとばかりに発射された彼の銃が敵の手首を焼き切り、すぐさま敵は肘から先を切り離す。そして落ちた腕から銃を取り上げ無事な方の手で構えた。右に左に移動しながら細かく射撃する。

 彼は出てきたばかりの部屋に身を隠し、銃だけを外に出し通路を縦横に切り裂く。

 音がしなくなり、敵を確認しようと顔を出した彼は視界内に迫る金属塊を捉えた。

 不気味な音がして頭部がのけぞり、敵の銃床が彼の銃を跳ね飛ばす。

 二つに割れた銃を捨て去った敵は腰からナイフを抜いて斬りかかってきた。胸部に当たった刀身が弾かれ、敵は狙いを関節部に変えてしつこく刃を繰り出す。

 彼は左手で敵の腕を押さえ、右手で腰から可変メイスを抜いた。

 一見何の変哲もない金属の筒、もしくは棒である。しかし彼と物理的に接触したメイスは表面が波打ち水銀のように形を変えた。凶悪なフォルムになったメイスを掲げ、彼は床に押さえつけた敵の頸部に狙いを定める。

 丸みを帯びた装甲の向こうは何も見ない。しかし彼は己を凝視する敵の視線を感じた気がした。

 ――一撃

 ――二撃

 暴れる敵に叩きつける。

 鉄を打つ鍛冶師のように敵を打ち続け、首周りの装甲がひしゃげると隙間に尖ったメイスを突き入れてこじる。

 装甲服から空気の抜ける音がし、彼は首をもぐように敵の装甲メットをもいだ。

 現れた顔はすべすべした緑色の肌と金の瞳を持ち、中央の平らな部分には縦長い穴が空いている。色素の薄い唇の隙間には小さくて鋭い歯がびっしりと並んでいた。小さな耳は頭部の後ろ寄りについており、人間であれば毛のある場所からは鱗のようなものが生えている。

 何を考えているかわからない瞳が彼を凝め、


「――■■■■■ッ! ■■■!」


 彼は叫ぶ敵――レプタリアン――の眉間にメイスを打ち込んだ。

 一撃で目玉が飛び出し、耳や鼻から中身が吹き出す。

 彼はメイスを元の状態に戻すと銃を拾い上げ、それを通路の先に向けて撃つ。

 敵の新手だ。

 こちらから伸びる一本の線に対し向こうからは二本が返ってくる。

 彼は三度部屋に戻ると左腰のワイヤ銃を通路の奥に向けて発射した。

 弾頭は着弾と同時に対象の構造と大凡の規模を読み取り、四本のフックが触手のように撃ち出される。計五つの先端部分とワイヤで磁場を形成し制御。彼は確かな手応えを感じ取った。

 彼は足を入り口の枠にかけた。滑るワイヤが悲鳴をあげ、それでも危なげなく敵を引き寄せる。

 調度品を跳ね飛ばしながら、転がるようにして入ってきた敵にメイスを打ち込むと、装甲服に包まれた敵の身体がバウンドし、空中にいる間に敵は近接防御兵器を炸裂させる。

 彼も敵も吹き荒れた爆風に部屋の壁に叩きつけられた。

 跳ね起きた彼と敵は互いに相手に向かって突進し、ニメートル五十を超える巨体がガチリと音を立てて静止した。

 無機質な彼の眼と装甲に覆われた敵の眼が見えない火花を散らし、敵は腕部装甲から生えた杭で彼の眼窩を狙う。

 首を傾けてそれを躱した彼は銃を捨てた右手を敵の股ぐらに入れ、持ち上げて床に叩きつけた。

 ズシンと部屋が揺れ、彼はすぐにひび割れた床の上で背中に馬乗りになって首に腕を回す。

 彼の体内で圧送された筋肉液(マッスルジェル)が恐るべきトルクを発生させ、敵の頭部をもぎ取った。

 入り口に現れたもう一体の敵が銃を撃つ。

 それに敵の頭部を投げつけた彼は体躯から一筋の煙を出しながら猛進し、敵と一緒に通路に転がり出た。

 起き上がった敵が両腕で構えを取り、背後の尾がバシリと床を鳴らす。

 ――右、右、左。

 小刻みに打突を繰り出す敵。

 無造作に近寄る彼はその度に頭を仰け反らせた。

 しかし歩みは止まらない。

 太い尾が敵の背後から走り彼の胴をしたたかに打ち据えたが、彼はその尾をしっかりと抱え込むと右足を相手にかけて引っ張る。

 敵はすぐに尾を自切した。閉じた装甲板から一滴の血が流れる。

 束の間の睨み合いの後、突進してきた敵。

 同じように走った彼の、掬い上げるような一撃が顎を捉えた。

 頭部前面の装甲板が上に吹き飛んで敵の驚愕した顔が剥き出しになり、続いて放たれた左のストレートが砲弾のようにそこへ突き刺さる。

 死体を投げ捨てた彼は銃を回収すると先を急いだ。

 戦いの終わりはまだ見えない。

 


 

 

 

 











「わあ。ねぇ見て! パパ、ママ!」


 座席に乗った小さな女の子が、左の席に身を乗り出し窓から見える景色にはしゃいだ声をあげた。

 前髪を切り揃え、後ろは背中まで伸ばしている。波がかった金色の髪が頭の動きに合わせて揺れ、天井に取り付けられた灯りにキラキラと輝いた。


「危ないから座ってなさい、ドロシー」


 座席の右隣に座った壮年の男が娘を窘める。


「でもパパ、はじめて見る景色なのよ?」


 この日のために買った淡桃色のドレスは高価で、これまでは外から指を咥えて眺めるしかなかった。買った瞬間宝物になったドレスを身に纏った少女は碧色の瞳に不満の色を浮かべ反論した。

 窓の外にはうっすらと光る巨大な星が浮かんでいる。

 少女には、緑と青に染まったその星がつい昨日まで住んでいた場所だとはとてもじゃないが信じられなかった。


「そろそろシャトルが出発する。座ってベルトを締めなさい」

「わかったわ」


 少女は左に座る母親の身体から身を起こし席に座り直した。


「これからはいつでも見られる景色だものね」


 少女は澄ました口調でそう云う。


「そうね」


 娘の言葉に、母親は微笑みながら答えた。

 これから向かうのは今まで住んでいた場所とは比べ物にならないほど開発が進んだ宙域だ。そこでは星間航行は当たり前であり、幾らでも宇宙から星々を眺められるだろう。――少なくとも、父親と母親はそう娘に伝えていた。

 まず恒星間航行が可能な宙域に必ず設置されている跳躍ゲートに向かう。そして船を一度乗り換える。

 恒星系の外れに建造された巨大な施設は、高価な跳躍機関を持たない船を任意の地点に送り込む。跳んだ先のゲートでまたシャトルに乗り、大きな宇宙港に向かう。そこで専用船に乗り換えるのだ。そこまでくれば後は目的地まで一直線だ。


「それにしても――」


 船内の雑多な雰囲気に嫌そうに顔を顰め、父親はボヤく。


「ここまで向かえを寄越してもいいようなものを……。娘に何かあったらどうするつもりだ。あいつらは親の気持ちが全くわかってない」

「あなた」


 少女を挟んで反対側に座る女性が小さく注意する。

 少女は父親の顔を見上げて、


「私に何かあるの?」

「なんでもないさ。……薬は飲んできたね?」

「うん。ちゃんとぜんぶ持ってきてあるわ」

「それならいいいんだ」


 少女がポーチを開き、中のものを数え始める。

 目的地までは何十日もかかる。だが軍の人間と会えるまでは保つ筈だった。


『まもなく本船は離港します。乗客の皆様は座席につき、ベルトを着用するようお願いします。なお、本船の目的地は――』


 アナウンスが流れ、父親はほっとした様子で座席にもたれかかった。

 しばらくして身体が押さえつけられる感覚がする。


「パパ! ママ! 動いてるわ!」

「静かにしなさい」


 跳躍ゲートまでは通常航行だ。

 加速が終わるとベルトを外してもいい旨が放送され、少女は喜んでその通りにした。


「パパ。船の中をたんけんしてきてもいいかしら?」

「うん? しかしな――」


 父親は難しい顔をする。


「動き回るのはなぁ」 

「あなた。荷物は私が見ていますから」

「しかしおまえ――」

「せっかくですから」

「行こうよパパ!」


 女二人に意見を押し通せなかった父親は渋々と立ち上がった。

 少女が素早く手を握る。


「私から離れるんじゃないぞ」

「うん!」


 二人は支給された電磁バンドを両手足に装着し、ペタペタと床を鳴らしながら席を離れる。

 二百メートル級の民間シャトルには三百名の人間が乗っていた。船の大部分は生命維持及び航行機関で、乗客達は残りのスペースに押し込まれている。見る場所といってもそう多くはなかった。

 人間がいるに必要な設備だけが必要なスペースだけを使い設置されている。しかし少女には珍しいようで目を丸くしながら父親に訊ねた。


「ねえパパ。これはなにかしら?」

「これはトイレだよ」

「でも穴がないわ」

「この筒が穴の代わりなんだ」


「ねえパパ。これはなにかしら?」

「これは食料販売機だよ」

「でもうつってる絵と違うわ」

「味は同じなんだ」


「ねえパパ。あの人動きが変だわ。髪の毛も生えてない」

「あれはロボットだよ。警備ロボットだ」

「でも武器を持ってないわ」

「船では武器の使用は禁止なんだ」

「じゃあどうやって犯人をたいほするのかしら?」

「武器は持たないが力が強いのさ。人間なんか一捻りだ」


「ねえパパ。あの人が持っているのはなに?」

「あれかい? あれは銃だよ。人間なんか一捻りさ」

「でもぶきはきんしなんだよね?」

「――え?」


 父親は我が目を疑った。

 トイレから出てきた男。まだ若い二十代と思しき青年の手には重そうな鉄の塊が握られている。

 青年に気づいた乗客達が悲鳴あげて距離を取り、青年は銃口をあげて大声で叫んだ。


「全員動くなぁっ! この銃は玩具じゃねえぞぉ!」


 泡を食った乗客達は我先にと扉に向かった。

 一つは客室の前後、荷室へと続きもう一つは特等の切符を買った乗客のいる個室へと続く。どちらもロックがかかっている。


「鍵を開けろ! ドアを開けるんだ!」


 男性客が扉をドンドン叩いた。船体はやわではない。しかし銃は種類が多く、青年のそれが船首から船尾までを一発で貫かないとは誰にも云えないのだ。


「落ち着いてください! すぐに警備が対処致します!」


 乗務員の言葉通り、つるりとした表面のただ人型を模しただけのロボットがガチャガチャと進み出て、乗客達は我先にと道を譲った。


「屑鉄にしてやるぜ!」


 茶色い髪を振り乱した青年は狙いをつけると引き金を引いた。

 空気が一瞬吸い込まれるような音がして、銃口から太い光の帯が溢れる。

 伸びた光は警備ロボットの丸太のような胴体にぶつかり周囲に拡散した。


「きゃああああああ!」


 細くなった光の余波が客室内のいたるところを引き裂く。

 質量の少し減ったロボットは青年に向かって腕を伸ばした。


「げ!」

「馬鹿野郎!」


 横合いから声が聞こえ、青年の身体が大きく吹き飛ぶ。


「お前の仕事は乗客の制圧だろう! 余計な事をするな!」


 現れたのは赤いジャンパーを着た三十過ぎの男だ。厳つい風貌をしており腕も足も太い。

 青年と男を見比べたか、動きを止めていたロボットは青年のほうへ向きを変えた。 


「これだから自動機械は!」


 ジャンパーの男は懐に手を入れる。取り出したのはリモコンだ。

 そして青年に向かって、


「出せ、ジェイク」


 云われた青年は跪いた。


「おげぇぇえぇぇ!」


 口から銀色に輝く液体をビチャビチャと吐き出す。重いのか飛び散ることがないその液体は大きな水たまりを作り、ある体積になると中心部分が盛り上がる。

 地面から生えるように太く長い蛇が現れた。

 本来ならば眼や口があるべき場所にはなにもなく、身体も鏡のように周囲を映し出している。

 銀色の蛇は青年を取り押さえようとする警備ロボットに巻き付くやぎりぎりと締めあげ、ロボットは噛んだガムのようにひしゃげた。次いで、蛇は制服を着た乗務員に襲いかかる。

 その光景を見た父親が能力者だ――と呟き、隣で見ていた少女は不思議そうな声で、


「のうりょくしゃってなあに?」


 と訊ねた。

 その声は静まり返った客室に意外なほど響き渡り、聞きつけた男はニヤリと笑う。


「進化した人類。次世代の人類。人類の可能性さ、お嬢ちゃん」


 そして男は青年に命令した。


「ジェイク。俺は船を押さえる。お前はここでこいつらを見張ってろ」

「で、でもよ。他のロボットがきたらどうするんだ?」


 口の端から涎と胃液を垂らしながら不安そうに青年。


「お前が手に持ってるのはなんだ? 水鉄砲か? そん時は人質をとって待ってろ」

「半分置いてってくれよ。俺がいなきゃ持ち込めなかったんだからさ」

「……チッ」


 男がリモコンを操作すると銀色の蛇は二つに別れ、片方は青年の隣でとぐろを巻く。


「お前に近づく全てを攻撃するようにしてある。ロボット以外は自分でどうにかしろ」

「ありがてえ、ピズ」

「じゃあ俺は前の奴等を始末してくる。行くぞ、カティウス」

「へいへい」


 男が乗客達に云うと、人を掻き分けて少年が出てきた。

 一回り小さくなった蛇は船首方向の扉に取り付くと身体を液体化させ隙間に押し込む。中からくぐもった破砕音が聞こえ、扉がゆっくりと開いた。

 男と少年の姿が見えなくなると、ジェイクという青年は乗客達に云った。


「全員席に戻れ! 戻らねえ奴は身体にでかい風穴を空けてやるぜ!」

「撃てるもんなら撃ってみろ! そんなことをすればお前も終わりだ!」

「――お。イキのいいのがいるじゃねえか」


 青年は歯向かった乗客に銃を向ける。


「そこまでわかってるんなら大人しく席につきなよ。俺達は捕まるくらいなら死を選ぶぜ。お前達を道連れにな」


 銃の横にあるダイアルを回し引き金を引く。先程と同じような光が飛び出したが、今度は突き進まず空中で停止した。


「――なっ!?」

「おりゃっ!」


 銃口から光の剣を生やした青年は一閃。乗客の身体を真っ二つに断ち切った。

 青年は光の剣を眺め、


「こいつは凄えや。さすがというかなんというか……」

  

 口笛を吹きながら云い、元に戻した銃を振り回す。


「あと一度しか云わねえ。さっさと席に戻りな」


 乗客達は不安そうな表情で自分の席に戻る。

 そんな彼等に青年は続けて、


「そう心配するなって。用があるのは一人だからよ。そいつがわかったら他の奴等は解放してやるさ」


 ――その言葉は、母親の元に戻った少女の耳にも入ってきた。


「聞こえた? パパ、ママ。さがしてる人が見つかったら助けてくれるって」

「そうだね。その人が早く見つかるといいね」


 父親は曖昧に微笑んで答えた。

















 上下と逆に回転する半円ドームを六つ重ねて串で刺したような形をしたタービュランス宇宙港に降り立った彼は命令書の指示通りに軍の管轄である二番棟へ向かった。

 ガラス張りの外壁は漆黒の闇をそのままに描き出しており、そのすぐ横を人間が普通に歩いている光景は中々に魅せるものがある。

 回廊を行き来するたくさんの公人、民間人は誰もが彼を二度見する。

 彼は集まる視線に不愉快な気持ちを抱いた。彼自身、船を出る前に己の姿は何度も確認し、また資料も読んだ。彼はビジネスマンではない。ダンサーでもなければスポーツ選手でもない。選んだ服装は並外れて頑丈ではあるが無難なものであり、サングラスで目も隠している。注目される理由など微塵もない筈だった。

 論理的に思考するならば、彼は全くおかしくなく、そんな彼をさもおかしな奴だと凝める人間は、軍はおかしいと主張するおかしな奴であり、彼はそんなおかしな奴等をどうすれば抹殺できるかを模索する。

 模索しながらも足は動かした。


「時間通りだな」


 その声に彼は考えるのを止めカツンと電磁長靴(マグネットブーツ)を鳴らす。

 目的の場所につく前に、通廊でそう声をかけたのは軍服を着た壮年の男だった。口周りに髭を生やし、白いものが混じった髪を後ろに撫で付けている。

 背は人にしては高く、鍛えあげられた筋肉が服を押し上げている。


「ついてこい」


 男はそう云うと背を向けた。ついてくるのが当然だといわんばかりの態度で歩き出す。

 彼は一言も喋らずに後をついていった。


「これから会うのは軍の人間ではない」


 男は歩きながら話した。


「彼は、お前やお前の同類と出会ったことはないだろう。見たままで判断するはずだ」

「………」

「頭ではわかっていても身体では――というやつだな」


 男は名乗らなかった。彼もまた訊こうとはしない。

 後ろを歩く彼は男の薄くなり始めた頭頂を見下ろす。この男は出世コースから外れている。ハゲているのがその証拠だ。

 噂でしか知らないが、軍の上層部にいる一握りの人間はもう百年近く変わっていないという。記憶以外の全てを更新する彼等は常に最上の状態を保っており、人が思い描く神を追求した姿は常にその時代の人々を惹きつけるのだ。

 ハゲているから出世しないのではない。出世できないからハゲているのだ。それがこの男の全てだった。


「彼はお前に人間に対するように対するだろう。そして特例法によって現在のお前にはそれを享受することが許されている」


 向かっているのは政府関係の棟のようだった。彼は一度も足を踏み入れたことはない。

 串部分のエレベーターに乗り上へ向かう。


「標準時間で今から三百時間程前、一機の民間シャトルがジャックされた」


 彼は黙って話を聞いた。


「跳躍ゲートに向かう筈だったシャトルは航路を外れ、中身を移した後放棄された」


 男は空いたドアから出て右へ向かう。


「跳躍紋を精査した結果、相手の船が跳んだ方角、出力から幾つかの候補に絞られた」

「………」

「しかしそれだけでは候補地の星系は文字通り星の数ほどある。本来ならば大した被害ではなく相手の動きを待つところだが、今回は別だ。我々は相手の目的から犯人の情報を推測し、さらに候補地を絞り込んだ」


 発光素子を練り込まれた壁は淡く光り、日没のない世界を作り出している。

 彼は慣れないその光景の中、どうせ全てを話すことがないのならやるべきことだけを伝えて終わりにしたほうが効率がいいと思いながら、真面目そうに話を聞く。


「お前はこれから辺境のラ・ドゥエル星系へ行く。そこで目的のものを手に入れてくるのだ」

「………」

「お前に船を用意した。普段使用している船では生体は運べないからな。用意した船は人間の生命維持に必要な全てを備え、単独での跳躍を可能にする機関と偽装した武器を持つ。しかし残念だがお前達のシステムと接続する制御部までは用意できなかった。上がうるさくてな」

「当然だろうな」


 彼が初めて開いた口からそんな言葉が飛び出し、前を歩く男の歩調が乱れる。


「……お前は目的のものをあらゆる意味で健全なまま持ち帰らねばならない。相手の手に渡るくらいなら破壊しろ」


 聞こえなかったふりをした男は小さな扉の前で立ち止まり、彼の方を振り返った。


「今から会う人物にはアバターコードを使え。我々の作戦(・・・・・)は既に始まっている。詳細な情報は今から会う人物から聞くがいい」


 扉が上下左右に重なるように開き、男と彼は中に入る。

 室内は机と椅子だけで、机の上には写真と小さな箱が置いてあった。

 机に座っていた銀色のスーツを着た人物が立ち上がり、


「よくきてくれた。私はカルメルという。人類統括センターからの出向だ」


 と云って彼を見上げ、右手を差し出した。

 彼に斜め前にいる男が小さく、


中央(セントラル)の人間だ」


 彼は鷹揚に頷いた。どんな場所かは知っていた。人を人とも思わぬ倫理観の欠如した連中の溜まり場である。

 カルメルが手を差し出したまま話しかける。


「最初は情報部に動くよう要請を出したのだが、断られてね。何故か防疫艦隊を紹介された」

「………」


 彼が不思議そうに伸ばされた手を眺めていると、


「相手はPSI能力者を含む活動グループだ」

 

 男がまた小声で囁いた。

 男の言葉が合図だったかのようなタイミングで彼の視界に小さなアイコンが灯る。

 何かを握り締めようとする両手をデフォルメ化したその図柄は勿論彼の知るところであった。

 窺うような素振りを見せた彼に男がニヤリと笑う。

 彼はその、人を絞殺せんとする両手――すなわち殺人許可証を確認するとすっと手を差し出し、


「シドだ。よろしく頼む」


 カルメルの手を柔らかく握り返す彼の視界に四つ目の時間が浮かび上がった。

  

 





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