403 この生き物、ノーサンキューです
「びっくりだね~、明後日卒業式なんだって」
「全く実感わかないな」
「そうそう~」
なんて会話をしながら手を大きく動かして~。右、左、右、左。
桜で~す。
今日の四時間目は大掃除。わたしと篠は窓拭き班なので雑巾片手に手を振る運動です。
なっくんは美咲ちゃんとペアで廊下の窓拭き、玲奈と小浜くんのペアも廊下の窓拭き。ただしこっちは特別教室前の廊下だよ~。
忍と純くん? その二人は別の班。音楽室に出張してま~す。ちなみに清くんもまた別の班で、すぐそこで床を掃いてるよ。
「キャァアアアア!」
……? ただならぬ叫び声~。ゴキブリでも出たのかな?
「出たぁっ!」
『出た』って事は……もしかして……オバケっ!?
「篠ぉ~! オバケ!?」
「あぁー、はいはい、オバケじゃないよ!」
ぽんぽん、と頭を撫でてくれる仕草はお母さん?
「腕が痛いから離しなさい」
「……はっ! ごめ~ん」
つい力いっぱい握りしめちゃった。
「おい! ゴキそっち行ったぞ!」
『キャァアアアア!』
ゴキブリッ!?
えぇっと~、えぇえええ……あ、そうだ! 窓枠に登ろ~!
「止ーめーなーさいっ!」
「止めないでよ篠~! ゴキブリだよ!? 逃げるのは普通でしょ~!」
「ゴキブリは今あっち行ってるから! 運動音痴なんだから逝かない!」
……今、変な言い方されたような気がするんだけどな~? 『行く』を『逝く』って言われたような気がするな~?
「ここ二階だから落ちても大丈夫!」
「安心出来ねーよ! 全然大丈夫じゃねーし!」
あ、清くんだ~。
「あぁっ! 今度はそっちだ!」
「キャァーッ! 篠~! 来たよ!? そこの教卓乗って良いよね!?」
「清に乗れば?」
「清くん助けて~!」
「篠助けてーっ!」
なんで清くんもビビってるの!
「はぁ、情けない……」
「篠! だってあれ、見ろよ! 普通よりデカくね? 肥えてね?」
確かにゴキブリにしては大きい方だけど、あくまでゴキブリの常識内だよ~!
「退いて退いて……」
あぁ~、柿ッ……牡蠣野先生! ゴキブリ退治につかうのは箒と塵取りだったっけ~?
「えいっ!」
『キャァアアア! こっち来たーっ!』
箒を振り下ろすも見事に逃げられ……教室の後ろの隅の方へ~。
「あぁっ!」
「どうしたの~? 篠? ………………まさか」
考えたくはないけど、まさか?
「ゴキブリ!?」
「の卵!」
もっと質悪かったよぉ~!
「えぇ!? ゴキブリの卵!?」
「捨てろ! 中谷さんそれ捨てろ!」
これがゴキブリの卵? 黒い小っちゃい変な形の物体。
「えいっ!」
「なんで教室内に投げるんだ!?」
「捨てろって言われたから」
「普通外だろ! 窓近くにあるだろーが!?」
迅谷くんが卵を拾って……投げましたァ~! 卵は一直線に窓へ! ぶつかって! 落ちました!
私達窓拭いてたから閉めっぱなしだったの……。
「敦志、せめて窓が開いてることを確認してから投げよう」
そう言って蔵元くんが窓を開けてぽいっ! さようならゴキブリの卵~! 戻って来ちゃだめだよ~!
「ふぃ~、一件落着~」
「してねーよ! 親の方!」
何言ってるの? 清く…………あ。
「いやぁ! ゴキブリ飛んだ!」
また来たぁ~! もういやぁ!
「えぇーい!」
「シジミ! 頼むから椅子を振り回すな!」
そうそう~! 凄く怖かったんだよ~!? 篠の言うとおりにして!
「紫波だよっ!」
「落ち着いて……」
「と、亮くん、ゴキブリそこ!」
水谷くんは上靴を振りかぶって~……足元のゴキブリめがけて叩きつけました~! と言うか、投げつけました~!
「やった~!」
「桜、まだだ」
「ほぇ?」
水谷くんが上靴を退けるとゴキブリがシュタタタターッ! 恐るべき生命力! 水谷君の椀力が弱いだけの可能性もあるけど、そこは無視だよ~。
今度は教室の出口の方へシュタタタターッ!
そこに現る高山兄妹!
「忍~!」
言った時にはもう遅いかな~? すでに ゴキブリは忍の足元に……。
あ。
「ん? 何、桜」
………………………………忍、ゴキブリ潰しちゃった。
何の反応も無しに、反射的に? そんな風にあっさり足を上げて、下ろす。これだけで皆を騒がせたゴキブリさんはお亡くなりに……。
「おぉ、ゴキさんじゃん。凄いねー、まだ生きてら」
足を退けてからやっと潰したものに気づいたみたいで~……。
「あら、メスだ」
まだかすかに動くゴキブリの足をつまんで持ち上げて、お腹の方を見てって、よくできるね~!
「トドメさしてやろうか?」
「折角生き延びちゃってるんだから長生きさせてあげようよ」
忍、純くんが言ったのよりもそっちの方がよっぽど酷なんじゃないかな~……。
「ゴミ箱ん中でか」
「そ。哀れだねー」
ぽいっと無造作にゴキブリをゴミ箱に捨てて、二人揃って簡単に二礼二拍手一礼。
かすかに『受かってますよーに』って言う女の子の声が聞こえたのはわたしの気のせいだよね?
かすかに『生贄捧げたんだから』って言う男の子の声が聞こえたのはわたしの気のせいだよね?