400 霊の集まる日本屋敷
花瓶が割れる音に続いて、さらに真上で音。何か叩くような……。さらに真横をスリッパが弧を描いて通過。
不安そうな顔して廊下の向こうから駆けてきた小学校低学年くらいの女の子がふわり。
純だ。
ポルターガイストって『騒がしい霊』って意味だったけど、本当に騒がしいんだなー。と、考えてる俺はひょっとして呑気の部類に入るのか?
おばさんの悲鳴。古賀も顔が強張ってる。その前に出て凉さんが何かを唱え始めて……。
『あ! 純くん!』
あれ、桃?
桃の花の柄の着物を着た女の子のお化け。八つ橋食いに来てた奴。が、女の子を軽々と肩車してる。……なんで肩車?
『……うーぇ? なんだか気持ち悪くなってきたよぉ……。桃、一回帰ろうかな……。またね、純くん。今度遊んでね?』
今度な、今度。いつかは知らねぇぞ。
「あ、落ちる」
桃が女の子ポイって投げたから……。もうちょっと安全な下ろし方があるだろ。
「あぅっ」
遅かった。……凉さん、なんでこっちを見るんですか? 女の子に対して『大丈夫?』とか何とか言わないんですか?
「なんで分かった?」
「コイツ、霊が見えるんです」
古賀、人を指差すな。
「ふぅん。どんな霊が居た?」
「桃の花の柄の黒い着物を着た女の子です」
「真以子」
「同じよ」
……ん? 凉さんは見えねぇのか?
「知り合いのようだったけど……」
「なに?」
ちょっとめんどくさくなってきた。何も考えずに敵地に踏み込むんじゃ無かったな……。
後悔先に立たず、か。反省終わり。
「遊んでって言って来るんで、たまに遊んでやる程度です」
「何をされるから分からない。二度とするな」
「……はい」
何をされるか? お菓子をねだられる、遊んでとせがまれる、ほかには無かったと思うな。
『あれれ~、ジンくんじゃないかぁ。遊びに来たの?』
……『純』って『ジン』とも聞こえるか? 少なくともこいつにはそう聞こえたらしいんだけど。
真白っていうポニーテールに白い着物のお化けが廊下の隅に縮こまってた。確か天斬剣と仲良くしてたような気がする。
「…………真白ちゃん、帰ろうか。桃は帰ったぜ」
『えぇーっ! 桃ちゃん帰っちゃったの!? かくれんぼの鬼が帰るって酷いよぉ!』
かくれんぼだったのか。全然隠れられて無かったけど。
「今度は?」
「白い着物の女の子。どこかへ行ったわ。……また知り合い?」
「……はい」
凉さんに呆れたような溜息と視線をいただいた。
『すみません、さっきからなんだかうるさくて眠れないんだけど……』
「悪ぃな、雨女さん。なんでここに居るんだって所から聞いていいか?」
『ジンくん? なんでここに?』
それを聞いてるのはこっちなんだけど。雨女さんは名前の通り雨女、要するに雨を呼ぶ妖怪だな。お化けの類に入ってるけど。
『子供がいるって聞いて。可愛がりに』
「攫うなよ?」
『お祖母ちゃんじゃないんだから~』
「貴女その孫だろ。元気か? 雨おんばさん」
『最近睡眠時間が長くなったかな? って位の変わりしかないよ』
「おい純、一人で盛り上がるな」
古賀、今の言葉にハリセンは必要だったのか?
「二人だ」
「俺も混ぜろ」
「お前な…………。あ、雨女さん、帰った方がいい。霊能者さんが怒ってる」
さらに何か唱え出した。
『そうだね……気分も悪くなってきたし、帰るよ』
「凉さん、行ったわ」
真以子さんが言っただろ? だからその唱えるのやめろ。俺にも害あるかもしれねぇから。
「俺の忠告を聞けないようなら帰ってもらうが」
「すみません。つい」
「涼くん! 折角珍しくもこんなことに興味があるって言って来てくれたのに」
花奈さん、従兄の仕事……まぁ、副業だろうけど、どちらにせよ仕事を『こんなこと』って言っていいのか。
「来てくれと頼んだ覚えはない」
「もぉー、ごめんね? 涼くんの性格の悪さは見逃して。あたしが思うに、生まれる前からこんなだっの」
「大丈夫です、コイツも似たようなものなんで」
古賀、その人差し指折っていいか? 既に掴んでるけど。力入れ始めてるけど。
「痛たたたたたたた! 俺が悪かった! おい! 今変な音が……」
「よし。念のため接骨院でも行ってレントゲン撮っといてもらっとけよ」
「どんだけ強く掴んだんだ!?」
冗談だ、馬鹿野郎。
「そう、涼さん、この子を祓って」
「なに?」
「この子……本当に、人間?」
真以子さん、なんでその事忘れたままで居てくれなかったんだ。
涼さん、さっきのさっきまで仏頂面と無表情のどっちかしか浮かべなかったくせに、なんで微笑むんだ。
「いいだろう、やってみよう。安心するといい。霊にしか効果はないから」
安心できるか!
「ややっ! 妙羅のトコの鬼っ子じゃないか!」
今度は死神来たよ……。誰だか知らんが。
「……鬼っ子?」
「気にしないでください。ただのあだ名です」
「鬼っ子! あだ名には何かしら元になるものがあるもんだ。何だ、お前は。非常に無慈悲、戦闘力の高さにその他諸々、あれこれと鬼に似てるじゃないか! 鬼は美男美女に化けるというし……」
褒めてんのか、けなしてんのか? いや、けなしてるよなこれ。
「あ……ごめんなさい、すみませんでした。あの、冥界に送ろうなんて考えないでください」
「考えてないですよぉ~?」
逃げちまった。
「涼さん、やっぱり祓うべき。今、眼力だけで死神を遠ざけたわ」
……睨んだだけ、睨んだだけ。
涼さん、本気で唱え始めるの止めてくれませんか。塩かけないでくれますか!
「……効果、無いですよ? 人間じゃないですか」
ほんの少し、ほんっとに少し、めまいみたいなものは感じるけど……。
「……そのようだな」
残念そうに言うな。