394 純粋なんだもん
「ガーツェンゾンメル、ネヒテーランク」
「へェーレンビアデン、フロシュゲーザンク」「ガーツェンゾンメル、ネヒテーランク」
「クァック、クァック、クァック、クァック」「へェーレンビアデン、フロシュゲーザンク」「ガーツェンゾンメル、ネヒテーランク」
「……そろそろ止めて」
えぇー。
忍です。
何故かあたしと光と岳がソファーに座って輪唱でかえるの歌を歌っています。
…………ドイツ語で。
著作権に気を使ってんの。日本語の歌詞はまだ著作権が生きてるから! わざわざ岳にパソコンで検索してもらってまで歌ってんだよ。
それなのに、純兄は『止めて』とか言うんだよ? 下手に出るような言い方だけど。命令形じゃないだけいいけど。
「何で~? あ~、純お兄ちゃん自分だけ参加できないから悔しいんだ~! 音痴だもんね~?」
「誰がそんな理由で止めるか」
……純兄が全然歌を歌わないから皐月姉が音痴なんだと勘違いしてそれが広まっただけなんだけどね。本人も流されてんじゃないか、ひょっとして。
「眠くなるから止めろっつったんだ」
「え~。そのまま寝ちゃえばいいだけでしょ~」
「夜眠れなくなるから嫌だ」
あぁ、それは確かに嫌だ。
「歌だけで寝るなんてこたねーだろー。オレ等は人魚じゃねーんだから」
ましてや子守唄じゃないんだからー。
「…………ん?」
うん?
「人魚の歌声は綺麗ってだけだろ。それに聞きほれたせいで船の舵を取り損ねて沈んじまう、とか、歌声に引き寄せられて難破、とかならあるけど」
へぇ。人魚なんかそんなに知らないけど。あ、でもディ〇ニー映画とか童話なら知ってる。
「馬鹿だな~、歌声くらいで~」
光、言ってあげないの。あくまで伝説でしょ。
「人魚ってそんなに綺麗な声なのか?」
「さぁ。聞いた事はねぇけど、少なくとも俺はそうだと思う」
「ほー。根拠は?」
「テメェ等の声聞いてて、何となく」
ストップ。
「オレ等は人魚か」
あぁ、岳が言ってくれた。
「128分の1くらいは入ってんじゃねぇの、人魚の血」
「ちょっとでも入ってるんだったらもっとオレは泳ぎ得意だっての!」
岳、突っ込む所違くない!?
「そうだよ~。私の目標は『十メートル泳ぐ』なんだよ~?」
「大丈夫。五年生のプールで補習受けたら泳げるようになるよ」
あたし、四年生までカナヅチだったもん。
「そりゃ128分の1くらいじゃな」
「128分の1と言ったら~? お母さんのお母さんのお母さんのお母さんのお母さんのお母さんのお母さんのお母さんの~……? 分けわかんなくなってきた~」
「ん…………あぁ、惜しい。一個多いな。『お母さん』は七人で充分だ」
わざわざ調べんでも。
「いや、光、父さんの母さんの父さんの父さんの父さんの母さんかもしれねーぞ」
そういう問題じゃないでしょうが。
「岳、一人少ない」
そういう問題でもなくて! 何で人魚の先祖居る前提で話進めてんの!
「テメェ等、足に鱗はねぇな? 手に小っちゃい水かきは?」
純兄ー、何処まで話進めんの。
「そんなの無いよ~」
「あったらとっくに気付いてるって」
そらそうだ。毎日お風呂入ってるもんね。
「ま、128分の1じゃな」
「っつーか、何でオレ等人魚が母さんの父さんの母さんの母さんの父さんの母さんって事で話進めてんだ?」
岳、やっと気付いたか! でも残念ながらまた一人足りない。
「ん。とんでもねぇ事教えてやろうか?」
『何?』
「俺等の中に人間の血は一滴たりとも入っちゃいねぇ!」
『ウソだ』
「ん。嘘」
珍しくテンション高かったから、即突っ込んじゃったよ。
「家計図なんてねぇし。どっかで少し位入ってるかもしれねぇな」
あれ? 何か言ってる事おかしくない?
「おーい、何言ってんの?」
「ん?」
「人間の血が少し位、とか言わなかった?」
「そうは言ってねぇけど、同じ意味のことは言ったな」
ほんっとにとんでもない事言ったね!
「あたし等純然たる人間じゃん。どっからどう見ても」
「ん。そだな」
「…………人間の血が少しって嘘でしょ~?」
「うん」
そこで何で素直に頷くかなっ!? ちょっと人間じゃないモノの血が流れてるんじゃないかって期待しちゃったじゃんか! うわぁ、何か恥ずかしい。
「兄ちゃんがここで言った事は間違いなく事実だからなー。何だよー。期待して損した」
あぁ、岳も期待してたんだ。
……純兄楽しそー。こんな感じ。『穢れを知らない子供の』顔とか瞳とか。
純だからね……名前が純粋の純だからね……一応。