382 落ちたか受かったか
「ねぇ! 頼むから待っててよ!」
「お願い、純くん! 私達の気持ちにもなって!」
「まず、寒い廊下で待たされる俺の気持ちになれ」
……大変だな、高山兄も。
岬だ。
特色選抜と適性検査、推薦入学の合格発表が今日。俺はどれも受けてないから関係ない。
それは高山兄も同じはずなんだが。高山妹と風見夕菜が鞄と腕を引っ張って残れコール。
「両手に花だなぁ、高山兄?」
「馬鹿言え。コレは両手に花じゃなくて両手に五十キロ台の重しだ」
『五十キロもないもん!』
……だろーな。風見は背ぇ高めとは言え、ほっそいし。高山妹なんかは小っちゃいし。
「分かった、分かってる。じゃあとっとと視聴覚室行ってきな」
三つの試験のどれかを受けた奴は放課後視聴覚室へ。って、言われてたような気がするが、生憎その時俺は隣の席の小浜と話してた。
『待っててよ!?』
「やかぁしい。早くしろよ?」
アイツ等の意志は関係ないだろ。
「村田は誰待ちだ?」
「俺はこれから帰るんだよ」
「ん、暇なんだ。だからアイツ等来るまで待ってて」
断ったら怒るか? 断ったら何かされるか、俺。小学ん時いじめて、フルボッコにされて、さわらぬ神に祟りなしって感じで敬遠してたのに……。
「外で誰か待たせてる奴、帰らせなさい」
川岸先生が喋ってる時って必ずシーンとなるのは何故だろう。
「帰れってさ」
「帰る大義名分が出来た。帰ろう」
お前ホント酷い奴だな。
「純兄、下で待ってて」
「昇降口の前ね」
「……ちぇ」
残念だったな。
「村田、お前は高校どこ行くんだ?」
「うぉ、何だよ急に?」
初めの『うぉ』は階段から落ちそうになった声。
「現実逃避の一種と考えてくれれば良し。要するに暇つぶしだ」
暇つぶしが現実逃避か。どれだけ待つの嫌なんだお前。
「水高だけど」
水ヶ岡高校。Ⅱ類に受かればよし、落ちれば私立。のつもり。
「ふーん…………水高か。そういや一回も見たことねぇな」
「マジで!? ありえねぇだろ! 絶対一回は見たことあるって」
「嘘吐いてどうするよ。水高って隣町のだろ? まずそこに言った事ねぇから、当然水高も見たことねぇよ」
隣『町』じゃねーよ。隣『市』だ。水ヶ岡市。
「っはぁー、居るんだなぁ、そんな奴」
「目の前にな。……お、清だ。どうだった?」
特色の奴からなのか。
「落ちたぁ!」
「悔しいのは分かった。拳は大丈夫か」
俺等がよっかかってたコンクリ柱、思いっきり殴ったな今。悲惨な音も聞こえた。
「すっげー痛い……。心身共に」
「一般で頑張れよ。数学くらい教えてやるから」
優しいな、高山兄。何が起こった? それとも何か裏が……
「村田が」
裏あったぁ!?
「何で俺が教えることになってんだよ!? 明らかに今お前が教える雰囲気だっただろうが!」
「めんどくせぇから」
「じゃあ教えてやるとか言うなよ!」
「っはぁーあ」
溜息ついた割には負のオーラも何も背負ってないな、高崎。
「でも何で座り込むんだ」
「篠待ち。農業学科の推薦受けてんだよ」
ほぉ。農業?
「…………ところで、あっちこっちから『落ちた』って声が聞こえるんだけど」
高山兄、盗み聞きはあまり感心できねぇぞ。勝手に聞こえる? 俺には聞こえんが。耳悪かったっけ俺。
「狭き門なんだろ、きっと」
「きっとじゃねぇ! 狭き門だよ!」
しつれぇしました。
「あれ~? 何してるの、清くんと純くんと美咲ちゃん」
「山内! 美咲ちゃんはまだ残ってたのか!?」
「え~、残って無かったの?」
残って無かった、と言うか残してほしくなかった。
「桜も受けてたっけか? 私立専願で受かったんじゃ無かったっけ」
「受かったよ~。もう内定決まってるもん。半分寝た状態でふら付いてただけ~」
紛らわしいな。と言うか、半分寝た状態なのかコレは。いや、絶対完全に起きてる。半分寝た状態っていつの話だ。
「うわ~ぁ、落ちたぁああっ!」
向こうで女子が抱き合ってる。
……あれ? どっちも同じ方向に顔やってるんだけど。頭ぶつけやがった。
「さっきからずっと悪い報告しか聞こえてこねぇよ」
「受かった人は受かった人で自重してるんでしょ~。落ちた人に気を使って」
一人くらいはしゃぐ奴居そうだけどなぁ。
「ほら~、外に出た瞬間、足取り軽く走り出した人が居るよ!」
………………山田。何組かは知らんが山田。なるほど、凄く嬉しそうに半スキップ半猛ダッシュしてたらこけやがった。
「純くん」
風見。じゃあ高山妹ももうすぐ……なんで俺律儀にずっとここに居るんだ?
「受かったわ」
「そか、良かったな、ゆう」
「ふふっ」
嬉しそうな笑顔が眩しいが、風見はいったいどこの何の試験を受けたんだ。
「風見さん、どこ受けたの~?」
「有山芸術高校よ」
…………絵?
「へ~! 絵、上手なの?」
「普通よ。きっと受かったの、ギリギリね」
絵が上手い奴が自分の描いたものを謙遜すると、俺等の絵はとんでもなくへたくそって事になるよな。
「ん、忍。遅い」
「あははー。ごめん。え、遅い!?」
反応が遅い。
「柿ピーに何か言われるの出来るだけ少なくしたのに」
「ふーん? で、どうだった?」
「あっはっはー、何せ勉強し始めたの、二学期以降なもんだから」
…………落ちたんだな。
「でも、第二水高はⅡ類受かっちゃるよ」
落ちたくせにあっかるいなぁ。空元気とも言うべきか。
「ゆう、忍、待たせた俺に言う事は?」
『ありがとう?』
「よし」
あ、それでいいんだな……。
あれ、俺に対しては。