376 一日遅れのバレンタイン
「岳お兄ちゃ~ん~! どこ~?」
「修也ん家か翔ん家だろ」
居ねぇんなら。
「忍お姉ちゃんは~?」
「推薦入試受けに白銀高校。……ん? 帰ってねぇのか?」
もう六時半なのに? そういうモンなのか、どっかで迷子になってるか。
純だ。
帰って来たら、家に光しか居なかった。……お袋どこ行った?
「あ~、そうだ~。純お兄ちゃんお帰り~」
「ん。ただいま」
『そうだ~』とか言って、それだけかよ。忍か。
「で~、バレンタイン~。昨日忘れてたけど~」
「あぁ、ありがと。……珍しいな、光がバレンタイン忘れるって」
毎っ年、毎っ年、不思議なチョコレートのような物体X作ってたくせに。
「…………お兄ちゃ~ん~」
「あん?」
「今年は極々一部だけかじって残りをこっそり捨てるのしないでね~?」
……バレてたか。死神共に処分させてたのに。騙して食わせて。
中には冥界へ逝ちゃった奴が居るけど、それは俺のせいじゃない。事故だ。ただの災害だ。今思うとアレすげぇな。死神が冥界へ行く=人間で言う死で間違いねぇし。
「大丈夫、今年はちゃんと食べる。最近の光が作った奴は旨ぇからな。食わなきゃ損だろ?」
「それでよ~し~! オリジナルだけど美味しいんだからね~!」
何が何でも『オリジナル』から離れられねぇのか。悪いって言ってるんじゃねぇからな。
「ただいまー!」
「お姉ちゃ~ん~! お帰り~! はい~、バレンタイン~!」
一瞬顔が強張ったのは仕方ねぇよな。毎年チョコ=毒物だから。
「ありがとっ。あ、純兄お帰り」
「ただいま……って、逆だ馬鹿」
ついいつもの癖で応えたけど。
「ただいま」
「お帰り。遅かったけど、何してた?」
「バス乗り間違えてぐるっと知らないとこ一周してた」
…………バスで迷子か。
「それより、何個もらった? バレンタインの……」
忍、知ってるか。俺等中三だから今はバレンタインうんぬん以前に受験だろ。……口に出さなくて良かった。今コイツ、受験から帰って来たところだったの忘れてた。
「今時は友チョコばっかりで男子にゃ回ってこねぇモンなんだよ」
「れ? もらえなかったの?」
「いや、貰った」
忍の激しい突っ込みも今貰った。
「そんな余裕ある子、居るんだ?」
「一年二年の数人から。ほぼ全員が『手当てしてくれてありがとうございました。受験頑張って下さい』って手紙もしくは口頭で」
しかも『救護係の先輩へ』だった。律儀にお礼くれるのは正直嬉しいけど、俺は救護係になった覚えはねぇよ。
「ほぼ全員、って、そう書いてない人も居たの?」
「居た。七草温海って奴で『死んで下さい』ってカードと共にマジモンの毒入りチョコ」
きっとタバコをばらして入れたんだろうな……ご苦労様。即捨てた。
「死んでくださいって。何がしたいの、その子」
「何かながったらし~い因縁があったような無かったような無かったって事でよくねぇか?」
「あたしに言っても知らんがな」
そうだろうな。少なくとも、あいつは漫画だの小説だのによくある『愛情の裏返し』って奴じゃないから、本気で気ぃ付けねぇと。『死んで下さい』って言われたところでどうしようもねぇし。
「三年はゼロ?」
「ゆうからクッキー貰った。だから一つ」
「ゆうちゃんねー。そういや、彼女出来たって聞いてないよ、あたし」
分かってんなら俺が言う必要ねぇじゃねぇか。
「お兄ちゃん彼女出来たの~!? あ~、あの福の人~!」
……福の人って。
「あの人がお義姉ちゃんになってくれたらいいな~」
「話飛びすぎだろ。卒業したら別れるんだから。それはねぇよ」
『え~っ!?』
ふと思ったんだけど、忍+光の叫び声よりも耳に悪いオカルト部の部長の声ってどうなってんだろう。
「たっ、だい、まぁっ!」
「お帰り。何でまたそんなに息切らしてんだ」
「走ったから!」
「その理由を聞いてんだ」
「遅くなったから!」
納得。
「お帰りー、岳。岳はチョコって何個もらってたの?」
「修也の四分の一くらいの大きさの生チョコを奈那子さんから」
何だその差別。漫画かなんかに居そうだな、そんな女子。
「あとー、何故かは知らんが色んな奴に配りまくってたお零れで、里山から」
きっとホワイトデー目当てだな。忍も小学校低学年の頃やってた。お返しのマシュマロは不味かったらしいけど。
「修也が要らんって断った女の子から何個も」
要するにお零れ。……いや、普通そうは流れなくないか。
「マジか義理か分からんのが、五年の前クラブ同じだった子と委員会同じの一組の子と差出人不明から」
最初の二人の名前くらい憶えてやれ。もちろん俺の事は棚上げ。
「ほー、結構モテんのね」
「まーなっ! 修也とオレは二大モテ男なんだよ」
本気っぽいのは最後の一個かニ個だけだったけどな。
「修也の方が明らかに上っぽかったけど?」
「それゆーな!」
じゃあ二大とか言うなよ。自分のことを二番目って言えばいいだろ。
「じゃあ岳お兄ちゃん~。家族チョコあげる~」
「やたっ! 最近のは旨ぇからなー!」
「……あ~、岳お兄ちゃんのは去年あげたのと同じ奴~」
「うえっ!?」
「下?」
忍、余計なボケを挟むな。
岳が去年貰ってたのって……何だった? 口に差し込んでやった覚えならあるけど。
「生のいわしに~……何か適当にそこら辺にある物を突っ込んだチョコレートをコーティングした~……。来年もあげようって去年決めたから~……」
有言実行、ってか。
まぁなんだ、
『ドンマイ岳』
「ハモんな!」