344 せっかくだしやってみよ 前編
341話で話してたキャスティングでやってみました。
リレーみたいに、中心になる人が変わっていきます。
水ヶ丘中学校で、社会の教師をしている篠は、学校の階段を登っていた。
前が見えない。見えるのは青い海と茶色の陸地、あとは濃い青の線のみ。
「どわっ、ちょいちょい、篠先生、そんなでけぇ地球儀どうすんだよ」
「生徒に見せる。他に質問は」
馬鹿でかい地球儀を抱えた篠は、上から聞こえてきた声に淡々と答える。
その声は呆れたように言った。
「いや……他に質問はって。もうどっから聞きゃいいのかわかんねーよ」
地球儀と、地球儀に隠れた篠を半眼で見つめる数学教師、清は……もうあえて何も聞かなかった。
聞いたら聞いたでまた新たに質問が増えるだけだ。多分。
「途中で転ぶなよー」
清はそれだけ言って、次の時間に授業をする教室へと向かった。
その教室は二年四組。
チャイムが鳴ると、生徒達が慌しく…………いや、結構のんびりと席に着く。
「おーい、ベル着は? 五分前行動は?」
『間に合うもん』
「だよなー」
教師の威厳? そんなもの清は持っていない。
教卓に座って談笑する姿は何処からどう見ても生徒の一人であった。
「先生、授業はどうしたんですか」
「おいおいマコちゃーん、中学生ならそこは先生野放しにしとくべきじゃね? オレ授業しなきゃなんねーじゃん」
教卓のまん前の席に座ったマコちゃんは、機嫌悪そうに言った。
「マコちゃんと呼ばないでください」
「あーいあい、じゃ、始めるぞー。今日は……あ、チョーク職員室に忘れてきた。やべ、コンパスもだ。プリントも。っつーか手ぶらで着たわ、オレ」
『アンタ何しに来たの!?』
息の揃ったツッコミを背の向こうに聞きながら、清は教室を出る。
「あら、清先生。授業中なんじゃないんですか?」
廊下を反対側から歩いてきた、白衣の女教師が怪訝そうに清を見上げた。
「お、玲奈ちゃん先生。白衣から理科室の臭いするぜ」
「ほっといてくださいっ! べ、別に気にしてるわけじゃないですからね!」
「気にしろよそこは」
「そんなことより、授業中だったんじゃないんですか!?」
少し顔を赤らめてムキになる玲奈に、清はあははと笑って返す。
「授業に必要なモン、全部職員室に忘れちまってさ。取りに行くとこ」
「アンタ何しに行ったんですか!?」
「それさっきも言われた」
そう言って階段の方へ向かう清を少しの間見送ると、玲奈は少し首をかしげた。
私、何しに来たんだっけ。
考えても思い出せなかったので、彼女は真の後を追って階段を下りる。
「べ、別に忘れてなんか無いんだからねっ!」
そう呟きながら。
しかし、まさかその呟きを聞かれているとは思わなかった。
「何が? 何忘れたの?」
しかもよりによって、この純粋な英語教師、シジミもとい紫波先生に聞かれているとは。
「…………紫波先生、何しに?」
「美術室に行こうと思って! 亮先生、また何か描いてるかなーって」
「今一年生が使ってるわよ」
「えぇーっ!?」
ガーン、という文字が後ろに見えたような気がする。
「大体何の用なの? 遊びに行くわけ? 仕事は?」
その質問をすると、紫波はさっきガーンの文字を背負っていたとは思えないほど元気いっぱいになって、胸を張る。
「僕は仕事が速いからね! 後は授業するだけ!」
「その授業は?」
「あ。忘れてた」
「馬鹿!」
玲奈に怒鳴られた紫波は、飛び上がって職員室へと駆け出した。
「おーい、何走ってんだ? 廊下走るなって言う立場が走っちゃダメだろ」
職員室前で、ジャージ姿の体育教師、夏とばったり出会った。
「授業、忘れてた。準備万端だったのに……」
軽く息を弾ませ、それだけ言って紫波が中へ飛び込むと、夏は大笑いし始める。
思う存分笑って、ふと前を見ると、保健室の先生こと美香先生が首を傾げて立っていた。
「何がそんなにおかしいのですか? 面白い事なら私にも教えていただかないと」
「いや、なんでもねぇよ。やっぱシジミは馬鹿だなーって話」
「…………? 今『紫波だよっ!』って聞こえませんでした?」
そう言って美香は背後を振り返るが、誰も居ない。
とりあえず幻聴という事にして、夏と共に職員室へ入る。
丁度チャイムが鳴った。
「やった、お昼だー」
どういう訳かチャイムと共に職員室へ飛び込んできた国語教師、忍が万歳をする。
忍の中では、こうだ。授業<空腹を満たす事
弁当を担任をしている教室まで持って行き、軽く手を合わせて食べ始めた。
「先生ー、何かくれよ」
早速ハエが寄ってきた。
生徒をハエ呼ばわりするのもどうかと思うが、弁当に寄ってきたんだからやっぱハエでいいや。
「漬物ならいいよ。あ、あと、金平ゴボウも許す」
「よっしゃ」
単に嫌いなものを押付けられただけだと気付いていない岬は、指でつまんでお行儀悪くいただいたものをたいらげると、自分の昼ごはんハムカツサンドを頬張る。
『さぁ、今日も始まりました、放送部より、お昼の放送で~す』
放送室から各教室へ、週三で放送されるお昼の放送は、大抵面白くないので聞き逃していたが、今日のは……。
『今日の放送は、山内桜とゲストの先生でお送りしま~す』
アタリだ。
山内桜が担当する放送内容は大抵面白い。
ゲストを弄って弄って、弄り倒すのだ。ゲストに呼ばれる教師はたまったもんじゃなかろうが、聞いてる側としては楽しいものだ。
教頭はヅラだとばらしたのも彼女である。
ハムカツサンドの最後の一欠けらを口の中へ放り込むと、岬は放送に耳を傾けた。
本当に耳が動いていた事は、彼の隣の席で弁当を食べていた田中さんのみぞ知る。