306 夏と野良猫
「にゃぁ~」
「にゃー」
「にゃぁ~」
「はいはい、にゃー」
「みゃぁあ~」
「にゃー……うん?」
夏だ。
猫の声がしたから、適当に返事したら……。すぐそばから聞こえてくることに気が付いた。
見てみたら、居た。茶色のトラ子猫。トラ子猫って言うのか? どーでもいいが。
…………どうしよう。家に猫が上がりこんでやがる。
「お邪魔します言ったか、お前?」
「…………」
シカトかよ。
「礼儀は大事だぞ。お邪魔します位言えよな」
あん? 今、『お前が言うな』って声が聞こえたような聞こえなかったような……聞こえてない聞こえてない。
「にゃぁ~」
「んだぁ? メシ寄こせってか? ガリッガリだもんなお前」
……猫って何与えりゃいい? 魚か? 鰹節か? どこにあったっけ。
あ、ちくわなら冷蔵庫に父さんが買ってきた奴があったな。
うん、あったあった。チルドルームに入ってた。開いてないが。
「ま、いっか。開けちまえ」
びりっ
「ほーれほーれ、ちくわだぞー」
「…………」
シカトされた。
しかも椅子の下に逃げられた。えぇい、どないせぇと。
取り敢えずちくわは駄目みたいだな。いただきます。
うん、旨い。ちくわの味。
……さてどうしよう。
忍呼ぶか? いや、まだ帰って無いな。猫じゃらしか何かねぇかな。あ、春の、猫のぬいぐるみがあった。
「ほれ、母さんだぞー」
「ふしゅっ」
鼻で笑われた。……くしゃみか?
猫のぬいぐるみの方は完全スルーされたな。結構リアルなんだが。ぬいぐるみの割に。
「大体どっから来たんだ? 首輪もしてねぇし」
「にゃぁ~」
「そーかそーか、分かる訳ねーだろこの野郎」
野郎かどうかはともかく。忍じゃねぇんだから猫語は分かんねぇよ。
「家は母さんが猫アレルギーだから飼えねぇぞ?」
「ふしゅっ」
いや『ふしゅっ』じゃなくて。噴霧器かテメェは。
「気持ちいー」
撫でてみたら予想以上のふかふか。なんかもう手放したくない。でも飼えねーし。
「そろそろ帰んな。母さん心配してんぞー」
「にゃぁ~」
……可愛いって卑怯だ。
思えば、忍ちゃん香ちゃんひーちゃん、ついでに春。皆皆卑怯だった気がしてきた。
いや、記憶いまいちはっきりしてないから、勝手に思ってるだけだな。
「……これ、飛びつくかな」
今着てたトレーナーに付いてる紐。
フードの端っこに通してあったりする太めの奴。
「ほーれほれ」
「…………」
見てはいるけど。見てはいるけど……飛びつかない。
「なっくーん、猫見てない?」
「目の前で見てるー」
って、あれ? 忍? 帰ってたのか。制服着たままって事は、今帰ったとこか?0
「あー、多分この子だ」
「なんだ?」
「家の前にさー、ほら、こんな箱があったの」
ピンクのかわいらしい箱。何か紙がガムテープで貼ってあるな……。
『お願いします! 猫アレルギーで飼えません! 捨てないで!』
「捨てた奴が捨てないでとか書くなよ」
「拾ったけど飼えないってことかもしれないよ。アレルギーらしいし」
だったら直接頼めよ。有無を言わさずドーン! じゃなくてよ。
「どうすんだ? この猫」
「野良猫協会にでも預けますかー」
「何処だよ」
「野良猫が集まってできた協会としか言いようが無い」
さよけ。
「まぁ、たまに拾ってもらえるから、それまで世話してもら……えるといいなぁ」
おい。急に不安になったんだが。