274 初めまして捨て猫です
昔々、ではなくて現在。
とある公園の前に、段ボール箱が置いてあった。
中には、緑色のつぶらな瞳をした子猫が一匹。
「にゃぁ~」
この破壊力抜群の可愛いヤツに出くわした彼らはどんな反応をするのか……。
始まり始まり。
一人目 朝
じーっと、誰かに見つめられているような気がする。
じーっと、じぃいいいいいっと。ちょっとしつこいくらいに。
「なんてね」
若干癖のある、茶色がかった黒いミディアムヘアの少女。長袖Tシャツにジーンズ、パーカーという出で立ちで、公園前に歩いてきた。
そのまま、公園の中に入ろうと……
「あり、本当に何か居た。にゃぁ」
する前に、何やら子猫に話しかけ始めた。
子猫は戸惑いつつ、
「にゃぁ~」
と答える。
「にゃ、なぁ~ん」
「にー、にー」
「にゃ? みゃぁ~」
何やら盛り上がっているようだが、旗から見れば完全に痛い子である。
「うーん、猫も見かけによらないなぁ」
彼女らが何の話をしていたのか、それは誰にも分からない。多分。
二、三、四人目 午前中
「わ~っ、かわい~!」
「猫だ! 猫!」
「……いい子」
痛い少女によく似た、しかし彼女よりも少しのほほんとしたムードを感じる少女、大きな目が印象的な元気いっぱいの少女、そして、大人しげな低い二つ結びを肩にたらした少女の三人の視線が、一匹の子猫に集中する。
「怖くないよ~」
のほほん少女が子猫を抱き上げた。
「あーっ! ひーちゃんズルい! ウチも抱っこしたい!」
「……美代も」
「順番じゅんば~ん~」
子猫は一瞬にして人気者になった。
「……捨て猫、かな?」
もふもふの子猫の毛皮に顔をうずめながら、大人し少女が呟いた。
「本当に居るんだね~。段ボール箱に猫入れて捨てる人~」
「酷いよねー! 家で飼っちゃおうかな?」
「ダメ~! 私の家で飼うの~!」
「……聞きに行こ」
――十分後
「ごめんね~、駄目だって~」
のほほん少女が、子猫を段ボール箱に戻しながら言う。
「なんで凛ちゃんもお母さんも揃って猫アレルギーなの!?」
「……それはどうしようもない」
元気少女は憤慨し、大人し少女はそれを宥めていた。呆れているともいうかもしれない。
「でも~……名前だけは付けておいてあげるからね~」
何故名前だけは付けていくのか、彼女達はこう語る
『付けてみたかったんだもん』
もう少し和める、もしくは可愛い動機はなかったのだろうか。
五人目、六人目 午後
「翔、こんなとこに猫が居るぜ!」
「捨てられたのかー、可哀そう」
またしても痛い少女に似た、短髪の少年と、ちょっとたれがちの目をした細身の少年が段ボール箱を覗き込んだ。
二人の手にはボール、何故か短髪少年は、着ているパーカーの中にもボールが入っている。
それはさておき。
「あ、何か書いてあるよ、岳」
段ボールの蓋の下、たれ目少年の指したところには、黒い油性ペンで、小学生の字が書かれている。
『この子猫ちゃんの名前はにゃんにゃんです! 変えちゃダメ!』
「もーちょいマシな名前は無かったのかよ!?」
突っ込む短髪少年に、たれ目少年は、ならお前はどんな名前をつけたのかと尋ねると……
「そりゃー、お前、エク飴だろ。いるか?」
「もっとマシな名前あるだろ……ポチとかさ。エク飴は遠慮しときます」
「それ、犬の名前じゃんかよ」
折角ポケットから出したのに、いらないと言われた可哀そうな『黒い物体X飴』と、段ボールの中で大人しくお座りしている猫を見比べ、短髪少年は
「これ、お前にやるよ。結構うめーぞ。名前の割にゃ」
そう言って、箱の中に入れておいた。
後ろでたれ目少年が『嘘つけ!』とか叫んでいるのは無視。
七人目、八人目 夜。
「くぁーっ、頭がパンクするわ」
「いっそしちまえ」
「あぁん? 俺に喧嘩売ってんのか、美咲ちゃんよ」
「……いや、その言葉が喧嘩売ってんじゃ……って、他人の性別を勝手に変えるな! 夏!」
夜道を、塾帰りらしい二人の少年が歩いていた。
一人は元気少女に似ていて、背が高い。もう一人は大人し少女に少しだけ似ているが、気の強そうなはむしろ逆だ。
「にゃぁ~」
「あれ、猫だ」
「猫? うわ、かわえー」
しゃがみこんで猫の頭を撫で始める釣り目少年を、背高少年は一瞬ぽかん、とした顔で見つめ、次の瞬間には大笑いし始める。
「岬、顔溶けてんぞ! どろっどろ! あっははははは!」
「いいだろ別に! あと溶けてねぇ! ついでに効果音間違ってる!」
「わぁったよ、とろとろ程度にしてやるよ。くくく」
「俺はとろろごはんか!」
「例え分かりにくいなおい」
猫を前に喧嘩を始める彼らは、気付いているのだろうか。
猫がぶつぶつにゃぁにゃぁ『五月蠅い』と言っていることに。
まぁ、始めの痛い子では無いのだから、分からないだろうが。
「……あー、笑った笑った」
「ったく、一々よくそんだけ笑えるな」
「面白いことは無駄に笑っといたほうがいいんだよ。ほら『笑う門には福来る』ってな」
そう言いながら、何故か彼はコンビニで買ったしゃけおにぎりを段ボール箱の中においておく。
「ちゃんと食っとけよー」
子猫は困った。
ビニール袋が開けられない。
九人目 またまた夜
「あら、猫」
黒くて長い髪を夜風になびかせ、手ぶらの少女はなんとなく、
「ガム食べる? ミントだけど」
そう言ってポケットから板ガムをとりだし、段ボール箱の中へ放りこんだ。
猫は銀紙が月の光できらきら光るのを楽しんだ。何か違う気がしたが。
十人目 真夜中
「……この猫は仏か何かか?」
黒髪の、鋭い物の整った顔立ちをした少年が、お供え物(仮)の飴、おにぎり、ガムを見つめながら呟いていた。