215 好き嫌いのお話
「ごちそうさま~」
「光ー、トマト残ってんぞ」
「トマト~? 見えないなぁ~。あはは~」
「嘘つけ! じゃあお前が今流しに置こうとしてる皿の上でころころ転がる赤くて小っちゃいそれはなんだ!」
忍でーす。
おとーさんはまだ仕事、おかーさんは小学校のPTAの懇談会で居ないため、兄妹四人での今日の晩御飯は皆大好きハンバーグです。
副菜はプチトマトと百切りキャベツです。
百ぎりキャベツってのは……んと、とりあえず千切りより太く切ったキャベツだよ。
「ほら! トマト食え! この赤くてつやつやなうまそーなトマトを食え!」
「毒もってそうな色だよね~!」
「んなこたー聞いてねぇ!」
昔は毒もってるって考えられたたらしいねー。トマトって。
「うめぇじゃん、トマト!」
「変な感触だよ~」
「なぁ姉ちゃん!」「ねぇ純お兄ちゃん~」
『そうだね(な)』
……逆のことをそれぞれ聞かれて、全く同じ答えを返す。
つまり、あたしと岳はトマト好きだけど、純兄と光はトマト嫌いなんだよね。
「でもにーちゃんトマト食ってんじゃん」
「だって食えねぇ訳じゃねぇし」
若干顔しかめてるもんね。
「ほら光! 食えねー訳じゃねーんだから、食え!」
「純お兄ちゃんの裏切り者~!」
「……忍、俺が今言ったのって、裏切ったようなことだったか?」
ある意味。
「んー……」
あ、純兄が何か考えてる。岳、何が起こるか分からないけど気を付けておいた方がいいよ。
「よし、岳。ナス食え」
「何でっ!? 何で突然ナス!? おかしーだろ、何で今ナスが出てくんだよ!?」
岳、ナス嫌いだもんねー。
「確か冷蔵庫にナスの漬物あったから食えよ」
質問の答えになって無いよ。ってか、答えようとさえしてないよ。
「それはご飯のオマケだろ! 食わなくてもいいだろ別に!」
「じゃ、母さんに言って明日の味噌汁にナスを「止めろっ!」」
岳……滅茶苦茶必死じゃん。
「いやもうホント、嫌いなモン無理やり食べさそうとしないで!?」
「岳が今やってただろ?」
「あぅ……こ、これはおかずだし!」
「無理やりは駄目だろ」
「んじゃどーしろと!?」
ほんとだ。どーしろと?
「光」
「は~い~?」
光……怖がってるよ? 半歩引いてるよ?
「ちょっと来い」
「う~……」
「来い」
あ。来た。何て素直な。
「光、トマトの嫌いなトコは?」
「ぷしゅってなるでしょ~、びちゃってなるでしょ~、汁不味い~、種変な感じする~」
それがいいのに。汁だって不味くないよ。
「んじゃ、汁抜いちまえ」
「いいの~?」
「食わんよりマシだ」
いいの?
「お袋居ねぇし」
待たんかい。
「んで、岳のナスが嫌いなのは」
「火ぃ通したらグニってなるじゃん! 全体的に不味いし!」
「そりゃどうしようもねぇな。ガンバレ」
扱いの差がひどい。
確かにどうしようもないけど。