139 かっぱの恐怖
それは、突然現れた。
手がするりと滑ってしまいそうななめらかな肌。
人間とは思えない、すれ違った十人中十人が振返ってしまいそうな顔立ち。
ツンとした唇。
……こう言えば、聞こえはいいか?
純だ。
いきなりだけど、前言撤回。正確に言おう。
手がぬるりと滑ってしまいそうなぬめぬめの肌。
人間とは十人中、百人中だって一人も思わないだろう醜い顔立ち。
とがったくちばし。
『かっぱぁ!?』
目の前にいるのは正真正銘、怖い話やら昔話やらに出てくるかっぱだった。
……手にきちんときゅうりを持っているのは褒めるところか?
『あらぁ、なぁに~? あたしの美しさにびっくりしちゃったぁ~ん? うふっ』
かっぱではこんな顔が美人なのか……?
それともブスなのにナルシスト、とか?
「純兄っ! あたしたち何も見てないよね! 帰ろう! 走るよ!」
「あぁ、いつもなら反対するけど今日は別だ」
「行くよーっ!」
よーい、どん!
って、聞こえたのは気のせいということにしておこう。
『ってちょっとぉ! 待ちなさいよ!』
「何かきゅうり飛んできたぁ!」
……当たり所が悪かったらあっさり気絶しそうな勢いで飛んでくるんだけど……。
『ほらほら~、恥ずかしがって無いでこっちにお・い・で♪ お兄さん♪』
ちょっと待て。
「あたしは帰っていい?」
『あたし、女には興味無いの』
……はぁ……。
「と、いう訳であたしは先に帰ります! じゃあねー」
この兄不幸者。
人のことは言えねぇけど……。
んなことより。
「テメェ生臭いからとっとと池に戻れ!」
『じゃあ来てくれるぅ?』
「分かったからさっさと行け」
『うふ♪』
よし、向こうを向いたな? 向こうを向いたなら俺は帰……。
がし
「放せ」
『い・や・よ♪』
よし、どちらにしても帰ったらまず念入りに手を洗おう。
「放せ」
『い・や・よ♪』
腕を外向きに回せば痛くて放す……ハズ。
人間じゃねぇから分からねぇけど。
ぐるん。
あぁ、取れなかった。
「何で腕が一回転するんだよ……」
『あらぁ。知らないのぉ? かっぱの両腕は体内で繋がって……ちょっとっ!? 何するつもり!?』
小学の時にそんなことを怖い話に出てくる妖怪撃退法みたいなもので読んだことがあるのを思い出してな。
確か、かっぱの両腕は体内でつながっているから片方の腕を引っ張るともう片方の腕が縮んで、そのまま抜けてしまうこともあるとかないとか……。
ずぽ
……抜けた。
『いやぁああああ!! あたしの腕ぇ! 返しなさい!』
ん? 痛くはないのか。
「あ、体から離れると力も抜けるのか」
べりっ
……なんだ、べりって。これが手のはがれる音か?
粘膜が乾いたからか。
『返しなさぁい!!』
「ほらよ」
『ああああああ! あなたいったいどこに投げて……』
ぼしゃん
よし、ちゃんと池に入ったな。
いや、入らない方がどれだけノーコンなんだって話になるけど。
…………あ、かっぱってすごいな。
開いた口がふさがらない、なのか顎が地面についている。倒れてるわけでもないのに。
「さぁ、取ってこい」
『お、鬼ぃ!!』
「はは、なんとでも言え。もとはと言『鬼、鬼、鬼、鬼、鬼っ』だれがいつ何度でも言えと言った? あ?」
『いやあああっ! 許してぇえええ!!』
反省しているのならよし。
二度と出てくるな。
『うぅ……。二度とあの鬼、この道を通るな! え、え、あれ、なんでだろ。またあの声が聞こえるよあははー』
『どうしましょう。この人幻聴に悩まされているようですよ、先生』
『しばらく入院させましょう』
こうして、かっぱの精神科病院の入院患者が一人増えたのであった。
byかっぱの看護師