しあわせ家族計画
会社から歩いて三十分の距離で、目立たない地下にある隠れ家という喫茶店。私が誰かと密談したい時に利用するお店。
洞窟を思わせる内装。一つ一つのテーブルが、壁で仕切られている。そんな雰囲気がコソコソ話に向いている。
私の前に、神妙な顔をしたカップルが一組。私もその二人の前でウーンと同じように悩む
そう、結婚をする際、もう一つ厄介なイベントがある。それは女性が男性の両親へのご挨拶。
実家が青森にあるという黒くんの場合、色んな意味でスケシュールの調整が必要で大変。
しかも、彼は実家から離れて暮らしている。まったく息子の状況が見えてなかった状況。そこに満結婚するという女性を連れてくるわけだ。
黒くんのご両親の、期待と不安は推して図るべき。なんか家族全員が揃って待ち構えている。
まあ、基本は歓迎ムードではあるらしい。一泊二日で挨拶というのも大変なものだな、と他人事ながらハラハラ見てしまう。
プロポーズ以来、ハッピースマイルが尽きることなかった実和ちゃんの顔も、流石に今回ばかりは陰っている。
「大丈夫だよ! 実和ちゃんみたいな子だったら、黒くんのご家族も一目で気に入るよ! ね? でしょ?」
キョロっとした目が私の方をチラと疑わしげに見てくる。私は彼女の隣で、ふった言葉には応えず黒くんは何やら考えて居る様子。
この部分において私はまったく協力もできない。だからこそ黒くんが彼女を支え頑張って貰わなければならない。それなのに二人とも同じように眉を寄せて『ウーン』と唸っている。
彼が、杞憂しているのは、家族に反対されるという事ではない。
黒くんの家族は女系家族で女性が元気であること。だからこそ、アクティブな母、姉二人に、実和ちゃんが気後れしないかという心配。
そこは、黒くんが間に立って、上手くやってもらうしかない。
彼らの気持ちは理解できる。私はココでも己の経験から有効なアドバイスをして上げることができない自分にため息をつく。
「月さんはいいですよ! 社交的で、初めて会う人とでもすぐ仲良くなれるから」
実和ちゃんは、そう言って、また大きいため息をつく。
「いやいや、私も人と馴染むまで凄い時間がかかるのよね。引っ込み思案だし、凄い内向的で何とかしたいと思ってるの、この性格」
二人が同じタイミングで目を眇めてコチラを見てくる。
流石、結婚を決めた二人である、息のあった動作をしてくる。しかしなんでだろうか? 二人の視線が痛い。
「月ちゃん、その二つの単語の意味を分かっている?」
何故だろうか? 私の臆病で繊細な内面って理解される事が少ない。
あの女性心理をまったく理解できない、私の旦那様でさえ、そういった私の性格を分かっているというのに。
それより付き合いは長いはずの黒くんがまったく気付いていない。その事が不思議で堪らない。大きくため息をつく。でも、今はそんな事を悩んでいる暇はない。
「あのさ、黒くんの家族ってどんな感じ? 誰か喋る事が好きな人とかいる?」
「ん? まあ、母親と上の姉貴は、姦しいけど、なんで?」
なるほど、私は頷く。
「最近読んだ本にね、人との会話を円滑に行うコツとかいうのが書いてあって」
私は自分なりに、小心者で前に踏み出せない事は気にしてる。その為心理学や自己啓発本を良く読んで勉強している。
良い結果をそれが生み出しているかは? まだ不明だけど。
「なんか話を盛り上げる一番の方法は、喋りたい人に話をさせる事だって。自分はそれに相槌打ちながら促すというのが一番なんだって」
実和ちゃんは、目を大きく開け私の方を、尊敬の眼差しで見つめてくる。
単に本の受け売りだけなので、そんな瞳で見られるとこそばゆい。しかも元ホストである男性が人付き合いのノウハウを書いた本の一部の内容だし。
「確かにそれはあるけもね、かえって自分を出そう出そうと、必死になって喋るとボロも出やすいしね」
私は、黒くんの言葉に頷く。
「実和ちゃんの魅力って、穏やかさとニコニコした笑顔でしょ? バリバリなキャリアウーマンとか、溌剌とした元気な女性とか、違うキャラを作ななくてもいいよ。
実和ちゃんらしい可愛い笑顔で接するのが一番だと思う。
兎に角、相手への親愛を示す笑顔と挨拶を心がける、それに尽きると思う」
実和ちゃんは、若干緊張した様子の顔で真面目に頷く。
「あと、黒くんのご両親。映画好きなんだよね?
だったら、ご両親に映画のお話とか、お話が好きなお姉さんに何か話題を積極的に振って。それを聞くようにするとかでどう?」
言葉の前半は実和ちゃんに、後半は黒くんの方に顔を向けて話す。私は黒くんの家族は、実和ちゃん以上に知らない。こんなんので上手くいくかどうかは黒くんしか判断できない。
「確かに、親爺は映画の話をしだしたら、止まらないから、映画の話をしておけば持つかも!
まあ結婚に関して納得しているようだから。仲良くなってもらう為にも、ソレでいいかも」
もう、彼の中では大丈夫な気になってきたのだろう。いつものニヤニヤ顔が戻っている。まあ、黒くんにとっては、勝手知ったる自分の家族。このイベントに関して実和ちゃん程は心配していないのだろう。
私の旦那様とは違って、女性の気持ちを少しは気を遣って、一緒にこうして悩んでくれる。そういう所からみて黒くんは良い旦那様になりそうだ。
「何? 月ちゃん、俺の顔シゲシゲ見て」
「いや、可愛い妹を、頼んだぞ、という想いを込めて見つめてました」
黒くんは、ニヤリと笑う
「お姉様、飲み物のお代わりなどお願いしましょうか? あ、ゴメン、遅くなったら渚さん心配する?」
「いや、今日は、珍しく飲み会なので、私は簡単に済まそうと思っていた所だから大丈夫」
そう、今日は食事の準備がいらないからお気楽なのである。簡単にパスタとかで済まそうと思っている。
「だったら、一緒に何か食べてく? 奢るよ! 相談料として」
同期で大体の給料が分かっている。それにコレから何かと入り用になる二人に奢ってもらうのは、申し訳ない。
「(黒くんの方が年上だけど)弟に奢ってもらうのは姉の沽券に関わるからいいよ! でも一緒にご飯は楽しみたいかな」
「月ちゃんって、凄い割り勘とかフィフティー・フィフティーに拘るよね。ま、お礼は今度形をかえて纏めてということで、何食べる?」
黒くんは苦笑する。フェミニストな彼にとっては、私のそういう所が可愛くないのだろう。
とは分かっているものの、親しい友達だからこそ、お金の部分ではキチンとしておきたい。そう思ってしまうのが、私の意固地な所。
取りあえず三人で隠れ家から抜け出す事にした。
しあわせ家族計画 2000年 日本
小林稔侍監督:阿部勉
脚本:山田耕大
キャスト:三浦友和
渡辺えり子
片岡鶴太郎
名取裕子
野際陽子
いかりや長介
平山綾
佐々木和徳
小栗旬
阿部寛
冨士眞奈美
吉村明宏
向井亜紀
徳井優
大竹しのぶ
鶴田忍
柳沢慎吾
笹野高史、