表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼクシィには載ってなかった事  作者: 白い黒猫
避けて通れないご両親へのご挨拶
8/40

おかしなおかしな訪問者

挿絵(By みてみん)



 大陽くんは、我が家のリビングで『どうも!』と嬉しそうな笑顔で、母から珈琲を受け取る。

「そういえば、お父さんは元気かね? 君のお父さんとは、大学、会社と色々縁あってね」

 父としては、大陽くんの態度は想定外だったようだ。

 娘が激怒した後で結婚を決めたその相手。流石に喧嘩腰とまではいわなくても、対立姿勢でやってくるのは確実。そう考え、かなり緊張していたようだ。

 しかし、目の前の男は、嬉しそうに出されたケーキを見つめ、上機嫌だ。

「そうみたいですね~父も月見里さんに宜しくと申しておりました。まあ父は相変わらず禿げてますが元気ですよ!」

 取りあえず、喧嘩しにきたわけではないという事で、父は安心したらしい。

「君のお父さんは、学生時代から薄かったからね~。君の頭部はお父さんに似なかったようだね」

「はい! お陰様でふさふさです」

(何の会話しているんですか? この二人は……)

 大陽くんは、嬉々とした目でケーキについたセロハンをはがしている。

「それにしても、君は背が大きいな~何センチあるのだ?」

「百九十センチですね」

「まあ、そんなに! 凄いわ!」

 母も穏やかな様子の室内に安心したのか、楽しそうに会話に加わり始める。

 そして、気持ち悪いほど穏やかな時間が流れていく。

 私を怒らせていた事で、多少消沈し元気を無くしていた筈の父。

 気が付けば『昔、大陽くんの父親に仕事を教えてやった』などといった話や、自慢話が始まる。

 大陽くんにSEの仕事について聞いておきながら、大陽くんが説明しだすとそれを遮ぎる。そして自分の話をし始める。横柄な性格を完全復帰させている。

 大陽くんは、意外なことにそれを怒るわけでもない。明かに聞いてない感じで『そうなんですか~』と受けている。その間お皿の上に置かれた煎餅を次から次へと平らげている。

 ちなみにそれは、先程、私が買ってきた煎餅である。

 私は、それらの会話に加わるわけでもなく、ぼんやりと様子を伺っていた。


 グゥゥゥウウウ


 何の結婚の話題が出ないまま一時間チョットたったときだった。大陽くんのお腹があり得ないくらい大きな音をたてる。

 時計をみると十二時半過ぎ。お昼の時間なのか……。さっきからケーキとか、お煎餅食べまくっていましたよね? でもお腹を空かせているらしい。

「そういえば、そんな時間なのか!」

 父は時計を見てつぶやく。

「駅前のホテルのレストランでもいくか! なかなか美味しいフランス料理を食べさせてくれるんだ」

 大陽くんの顔が嬉しそうに輝く。

「いいですね!」

 なんか、結婚の挨拶をしにきた男というより、遊びにきた親戚の子のようだ。気安い、お気楽テイストを醸し出している大陽くん。

 そして私の運転で四人は駅前のホテルへと向かう。

 大陽くんは、遠慮というものを知らないらしくて、『コレがいいです!』その時の季節お勧めの高めのコースを注文する。

 父も『それ、旨そうだな』と私達の意見も聞かずに四人分注文する。また先程と同じように自分の話ばかりをしだす。

 このお店は、焼きたての美味しいパンがお代わり自由。大陽くんはそんな父の話を聞き流しながら、何度もパンをお代わりし食べていた。

 母はそんな大陽くんを、頼もしそうに見つめている。

 そういえば大陽くんは定食屋のオバチャンにもモテる。

 彼が注文すると自動でご飯は大盛りになる。そして美味しそうに食べている大陽くんに嬉しそうに話しかけてくる。中年女性というのは、よく食べる男性が好きなものだ。

 そして、父が満足に思う存分自慢話ができ、大陽くんのお腹が満足した所で会はお開きになる。

 結婚についての話が一切行われないままに……。

「お前達は、コレからどうする?」

 父の問いかけに、大陽くんが『うーん』と応える。

「そういえば、ここのホテルで今ブライダルフェアーをしているようです。ソレ冷やかします、一緒にどうですか」

 その言葉に父は『ウーン』と悩む。

「いや、それはお前達二人で楽しんできなさい」

「そうですか、じゃあ! ご馳走様でした。失礼します」

 そして、私達の所謂、『男性による女性のご両親へのご挨拶』は修了した。

 私は、一生懸命この三時間ほどの時間を振り返ってみる。

 基本的に、私と母は殆ど喋っていない。大陽くんが仕事の事と学生時代の事を少し話したものの、あと父は自分の話をしていただけ。

 その間結婚とか、お付き合いしているといった話題は一切なかった。


(これは? 『結婚のご挨拶』だったのか?)


「じゃ、フェアー見に行こう!」

 なんとも釈然としない気持ちのまま、大陽くんと共に両輪と別れる。近所のホテルのブライダルフェアーを文字通り冷やかすことになった。

 そこで結婚ムードを楽しみながら、色々な式の流れや、予算を健闘する。

 結果、大袈裟にしないで、百人から百五十人くらいのシンプルな式にする事にする。

 お互いの親戚が関西地方に多い事から、式を行うのは新横浜にする事などを二人だけで決めた。 

 家に私が帰ったら、父は私と喧嘩していた事も忘れたかのようだった。上機嫌で慣れ慣れしく私に話しかけてくる。

「ブライダルフェアーはどうだった? 楽しかったか?」

「まあまあですね。でも流石にあのホテルでは式はしないと思う。

 二人とも親戚は関西なので新横浜はいいかないという話になっています」

 父の機嫌が良いのを良いことに、どこまで父が私と大陽くんの関係を許しているのかを探ってみる。

「新横浜か、玲子も新横浜だったし、それが良いかもな!」

 父はうんうんと、笑顔で頷いている。

 私はよく分からないが、今回のイベントは無事クリアーしていたらしい事を確認しホッとする。父の中では、結婚はOKになっているようだ。


 ※  ※  ※


 黒くんは、私の話を聞いて呆然としている。

「つまり。渚さんはニコニコ笑いながら出されたケーキと、お持たせでもってきた煎餅すべてを食べ尽くした。それだけってこと?」

 流石黒くん、理解力が高い。一言でうまくこのイベントでの渚くんの行動を纏めた。

「そういう事になるね~」

 私はため息をついて、珈琲を飲む。

「すげ~」

 黒くんは感心するようにつぶやく。確かに凄いけれど、これは彼にとっては何の参考にもならないだろう。

 渚くんは、いろんな意味で運も良かった。

 一つは父親同士が仲良いわけではないけれど、知人同士であったこと。

 少なくとも会う前から『どこの馬の骨』なのかは分かっていた状態。 

 まあ父が納得できるような企業で働いている事。そして父にとって敵にはなりえない存在だと識別された事が大きいのだろう。

 自己愛の強い父にとって最も怖れている事は、拒絶。直前に娘に拒絶された事が、父にとってかなり堪える事だったようだ。

 そんな状況を一気に回復出来る存在として、渚くんは父にとって都合よかったのだ。

 私は、黒くんに自分がそういう裏の状況も説明しておく。だからこそコレで上手くいったという事を、分かっているとは思うけど説明を加えておく。

 黒くんは、そんな私の話を聞いて、チョット不思議そうな顔をする。

「月ちゃんってさ、意外にシビアな性格?」

 もう知り合って何やかんや五年になるのに、何言っているのだろうか?

「え? 何を今更。黒くん、私を見ていたら分かるでしょう」

 『うーん』と黒くんは声を出す。

「いやさ。どんな相手もありのままを、笑顔で受け入れて懐深いな~。そう思ってたから、父親の事えらく容赦なく表現していたのが意外で」

 私は随分と、出来た人間に誤解されていた事に逆に慌てる。

「いやいやいや、受け入れるというか、他人って私の力でそんなに変えられるものではないから。コチラが柔軟に合わせるしかないっていうのは普通でしょ? 黒くんだってそうじゃない」

 黒くんは首をふる。

「俺は、ただその場その場で合わせているだけだよ。適当。気に入ったヤツだけと関わっていっている」

「私だってそうだよ。好きでもない人と友達にはならないし、気に入った人とだけ深く交流していきたい」

「ま、普通そうだよな~」

 黒くんは、柔らかい優しい笑みを浮かべる。良い表情だなと私はその笑顔を見て思う。

 元々、モテる事もあって男性として魅力のある人物ではあった。実和ちゃんと交際してから、さらに良い感じになってきたように私は感じる。

 それまでは、不安定とまでは言わない。でも彼の中で何かが噛み合ってなくてそれに苛立っているといった感じがあった。

 実和ちゃんという、彼だけをシッカリ見てくれる存在が大きいのかもしれない。それが彼の精神に良い影響を与えたのかもしれない。

 五年という付き合いもあるのだろう。気が付けば私にとっても何でも話せる相談しやすい良い友人になっていた。

 こういう恋愛を抜きで、何でも相談できる異性の友達。同性の友達とは違う意味で貴重である。

 黒くんにとっても、自分がそういう良い相手であったら、嬉しい。私は、実和ちゃんの為だけでなく、彼の為にもこの結婚を精一杯応援していきたいと素直に思う。 

 とはいえ、私のアドバイスは、何処まで黒くんの役に立つのかは謎。

 次の週の月曜日、黒くんは給湯室にいた私の所にソッとやってきて、大きくため息をつく。

「月ちゃん。俺の場合質問責めで、何かを食べるどころか、出されたお茶を飲む暇すらなかったよ~」

 まあ、それが、普通なのでしょうね。でも、黒くんと実和ちゃんのこのイベントは無事乗り越えたようだ。

 私は慰労の意を込めて、彼に美味しい珈琲を煎れてあげた。黒くんは、子供っぽい嬉しそうな顔でその珈琲を受け取って、デスクに戻っていった。

 私はその背中にエールを送る。

 そう、黒くんと実和ちゃんにはもう一個、厄介なイベントが残っている。

 相手の両親へのご挨拶パート2! 道のりはまだまだ長く――。

おかしなおかしな訪問者 1992仏

Les Visiteurs

監督:ジャン=マリー・ポワレ

脚本:ジャン=マリー・ポワレ

クリスチャン・クラヴィエ

出演:ジャン・レノ

クリスチャン・クラヴィエ

ヴァレリー・ルメルシエ

マリー=アンヌ・シャゼル


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ