輝く夜明けに向かって
大陽くんとの電話が終わると、私の世界は途端に元の味気ない風景になる。閑散としたファミレスで、なんとも空虚な空気が漂っている。
私は、カフェオレを両手に持ちながら、そういった風景をぼんやり眺め溜息をつく。そして大陽くんとの結婚という事を考える。
映画という趣味は同じなものの、それ以外の好みはまったく合わない二人。
その合わなさがかえって良かったようだ。互いに違う所に物事の面白さを見付けて来ることで楽しさを倍増させている。
趣味嗜好がまったく違うようでいて、二人にはいくつか共通点が有る。モノの価値観、金銭感覚といったモノが同じなのも上手くいっている要因だと思う。
その共通点というのは、年齢が同じというだけでない。九州の方にある同じ小学校に通い、ほぼ同じ教育をうけた。
父親の転勤にくっついて関東にやってくるという似た過去を持つ。それだけでなく父親同士が同じ大学の同じ専攻課に通っているという。
同じ教授から同じ就職先を紹介されたために、同じ企業の同じ職場に配属された。
父親の給料もほぼ同じだと、似た金銭感覚になるというものである。
同窓会で再会して、映画という共通の趣味があることで、仲良くなるにはそう時間はかからなかった。
ジャンルが違っていてもマニア同士また通じるものも多い。
しかし、だからといって、父と大陽くんの関係が上手くいくとは思えない。
SEという職業柄、合理主義で心にもない言葉は一切言えない男『大陽渚』。自分が一番で他人へは自分への敬意ある行動を常に求める『父』。合うわけがない。しかもドチラも短気ときている。
七年前と同じように大変な事になりそうだ。父の元に付き合っている男性を連れてきた姉は、三年程父と戦って破れている。
相手は大陽くんとはちがって、穏やかで誠実で大人な会話も出来る人だったにも関わらず。
その男性の仕事がフリーランスの仕事だというだけで父は一切聞く耳を持たなかった。
ドラマのように和解することもなく、姉の恋愛は終わった。
姉は父がもってきたお見合いの相手と結婚している。
その相手を気に入ったとか、父の意志を受けてとかではない。父とコレ以上に顔を合わせるのも嫌で、家を出るための事。
今は幸せでないかというと、そうでもない。しかし今度はキツイお姑さんとの同居で色々苦労はしているようだ。
あの気の強い姉ですら勝てなかった戦いに、私は勝てるのか? 不安は募っていく。
何の解決の道も見えないまま時間だけが過ぎていく。時計を見るともう五時を過ぎている。私はため息をもう一度ついた。
六時前にファミレスを後にして、家に帰る。心配で恐らく同じように眠れなかったであろう母が不安げな顔で出迎える。
「大丈夫、着替えてもう会社行くね」
母は腫れ物に触るように、私にそっと触る。
「ちゃんと、また家に帰ってくるわよね?」
私は取りあえず笑みをつくり頷く。
そして、顔を洗い、歯を磨き、部屋に戻り着替える。
再び玄関に向かう私を母が追いかけてくる。
「あの、百合ちゃん、お父さんも悪気があって言っている訳じゃないから、気にしないで」
悪気がなければ、どんなに傷つけても良いというわけではないだろう。私は苦笑するしかない。
今まで受けてきた暴言への怒りも募り、許す気にもなれない。
「あのさ、お母さん私、結婚することにした。今週末相手の人が挨拶にくるので、お父さんにも言っておいて」
私の言葉にポカンとした母を置いて、私は家に出る。
※ ※ ※
「という感じなの、今」
私は、そう締めくくり、ランチについてきた珈琲を飲む。
「結婚ってつまり、百合ちゃんと、大陽さんとの間だけでの状態って事?」
夏美ちゃんの言葉に、自分の状況を再認識しため息をついてしまう。
結婚は二人の問題のはずだけど、実際しようとするとそうは行かないのが現実。
「あのさ、今度また家出するような事があれば、ウチにおいで。
一人暮らしだから。大陽さんの家に転がりこむよりも、女友達の家のほうがややこしい状態にはならないでしょ」
「あ、ありがとう。ゴメン」
私は昨日から人に心配させまくっている。夏美ちゃんにも申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
「だからね。今日帰ったら。緊急持ち出しバック作っておくのよ! そして飛び出す事があったら、ソレもってウチにくること! 分かった?」
荒れる事は確実に思われる状況と、夏美ちゃんも思っているのね。
私は複雑な気持ちで夏美ちゃんの顔を見つめ、頷く。
こうして、私の結婚準備生活は波乱の内にスタートした。
【輝く夜明けに向かって】
Catch a Fire
2006年 フランス・イギリス・南アフリカ・アメリカ合作映画
監督:フィリップ・ノイス
キャスト:デレク・ルーク
ティム・ロビンス
ボニー・ヘナ
ムンセディシ・シャバング