結婚式の後で
髪の毛を結い上げ、メイクアップをしてドレスを着て、ヴェールをつけ、かなり厚底のヒールを履く。そして私は花嫁姿の自分の姿を鏡で向き合うことになる。
決して私はナルシストではないけれど、その姿を綺麗だと思った。
今までして事がないほどシッカリとしたメイク。真っ白の衣装に身を包んだ自分は、私であるはずなのに私ではないように見える。
花嫁衣装が白いのは、自分の人生を再スタートさせるために、一旦白い色に自分を戻す為だという。つまりは人生のリセット。
別にここで白い服を着たからと、それまでの人生が消去されるわけでも、私が変わるだけでもない。でも一瞬であっても自分でない人間になった事で、気持ちも改まった気がした。
介添人に付き沿われ着付け室を出て、大陽くんが待つ部屋へと連れていかれる。
男性というのは自分で着替えして、髪のセットも自分でやったらしい。座っていた大陽くんが私を見て立ち上がる。
何故か驚いたように目を見開き、そしてニヤニヤ笑う。
「なんか変?」
大陽くんは、首を横にふるが何故かニヤニヤしたまま此方を見ている。
「ん? いや、いいんじゃない! ただ凄いアイメイクだね! それにそのもみあげの部分のクリクリ、バネみたいなの面白いね」
(自分の結婚する人の花嫁姿を見て、出てくる言葉ってソレ?)
こういう時は、嘘でも『綺麗だね』と言って貰いたかった。韓流ドラマな言葉を言ってくるような人ではないから仕方がないかなと思う。
大陽くんは衣装合わせのときは簡単に上着を羽織っただけだった。
今はウィングカラーのシャツに青みがかったグレーのアスコットタイにベストにフロックコート。そういう出で立ちがなかなか決まっている。なまじ背があるだけに丈の長いフロックコートが似合っているようだ。
「渚くん、凄く格好いいよ」
やはり正装って、人の格好良さを四割増しにする。大陽くんは何故か眉を寄せ、目を反らす。
「百合ちゃんも、綺麗だよ」
そうボソっとつぶやいた。大陽くんが目を反らせた意味が何となく分かった。
私も照れて目を反らしてしまったから。二人でモジモジしていたら、ホテルの方に親戚控え室への移動を促される。
写真撮影、親族紹介も無事終わり、とうとう結婚式となる。
「緊張することないんじゃない、百合ちゃんはベールがあるんだし」
教会の扉の前で、大陽くんはそんな言葉をかけてくる。
「自然体でいいよ、結婚式の時は普通の顔でいいでしょう。ヘラヘラ作り笑いしている方が可笑しいし」
その言葉に、苦笑してしまう。
「そうだね、それに式の間は真面目な顔でいいから、表情筋も少しは休められる」
「そういう真面目な時ほど、逆に笑いが出てきて困るものだけどね」
確かにそれは言えている。その言葉に思わず笑ってしまった。真剣な顔をしないと駄目な所なのに。
「気を引き締めて、いきますか!」
「了解!」
私はチラリと後ろを振り向き、チビ天使を振り返る。
「悠くん、よろしくね!」
そう話しかけると、天使の羽をつけた甥っ子は、ニカっと笑う。その顔に癒され緊張もなんかほぐれる。
教会の中からオルガンの音が聞こえる私達は腕を組み、胸をはる。開け放たれた大きな扉からバージンロードへと踏み出した。
神聖なる場で、愛を誓う結婚式。確かに、婚姻届けを提出する以上に結婚するという気持ちを引き締めてくれる儀式である。
指輪交換の時に出す手を間違え笑いをとったり、誓いのキスの時に何故かどよめきを受けたりとかはした。そんな事は些細な事で、ほぼ厳かな雰囲気で行う事ができた。
二人が自分のテンポで行動出来ていたのはこの時までだった。後はもう怒濤のスケジュールで物事が進んでいくものなのだ。
その場その場で、必死に対応していくしかなくなる。介添人の指示に従って立ってお辞儀したり、移動したりという感じ。
ドレスって人の助けがないとスッと立てない代物だから。
お祝いの言葉にお礼の言葉を返し、向けられたカメラには笑顔で返す。お酒の瓶をもってこられたらグラスで受けて、という感じでてんてこ舞いの状態になる。
一番気をつけるべきポイントは、お酒をついでくる人への対応。私も大陽くんもお酒は強くはない。
申し訳ないけれど、バレないように足下のバケツにお酒を空けて対応するしかなかった。
ポイントはニコニコとしながらグラスを身体に寄せる。グラスの位置をコッソリ下げ下をみないようにしてグラスをテーブルの下に持って行き中身を捨てる。こっそり空のグラスをテーブルに戻す。それを繰り返す。
イベントが盛りだくさん。それに加え普通だったら一日にそれぞれ小グループでしか会わないメンバーが一同に会する。
それが一斉に話しかけたりして絡んでくる状況。それが結婚式および披露宴というイベントなのである。
皆お祝いモードでかなりテンションを上げてきている。向き合うとかなりの体力をもっていかれるものだ。
善意で愛をもった人に囲まれてもここまで疲れる。
更にえげつない質問するようなマスコミ相手でも笑顔で返す芸能人って凄いものだと尊敬する。
私しか知らない知り合いを大陽くんに紹介し、大陽君しかしらない知り合いに挨拶する。今までの私の人生を共に過ごし支えてくれた人。コレからの人生お付き合いきあっていき。お世話になっていくのであろう人達と一気に大量接触。楽しいものの緊張もしたし、メモリーはパンク状態になった。
結婚するには、法律的には入籍すればいいだけの事。これだけの人にこうして見守られ祝われ結婚するということの意味を改めて、考えさせられる。
それが結婚式というイベントの意味のように感じた。
互いの愛を確かめ合う事ではない。二人の結婚を愛情もって見守ってくれる人達の事を意識するための儀式なのだ。
そんな大騒ぎの結婚式や二次会も終わる。私と大陽くんは来て下さった方の祝いの心と愛をいっぱい抱えて、マンションに帰る。
部屋に二人で入り、リビングでホッと一息つき、二人で顔を見合わせ笑ってしまった。
「お疲れ様!」
私はそう言う大陽くんに向き直り、畏まって頭を下げる。
「お疲れ様でした。無事一連のイベントを二人でやりきったね」
ハハハと可笑しそうに大陽くんは笑う。でもすぐに笑いを引っ込めて真面目な顔をした。
「百合ちゃん、これからよろしくお願いします」
「此方こそ、ふつつかものですが、よろしくお願いします」
そういって二人で向かいあって頭を下げる。他のカップルは結婚式から帰って、どういう会話と行動するのかは分からない。私達の儀式はそんな感じだった。
二人の間にはなんともいえない心地よい疲労感とほのぼのした空気が流れる。同じイベントに向かって頑張り見事やり切った達成感もあった。
自分の場所が出来た事の安心感もあったのかもしれない。
「お風呂を入れるね、疲れたでしょ!」
結婚式を終えたばかり。今夜は浮かれた状態で盛り上がって、そのままお風呂に入ってベッドで三次会を盛り上がる。
そういう事もありえたのかもしれないが、私も大陽くんもそうするには疲れ過ぎていた。
ベッドに二人で入りキスした所までは覚えているけれど、そのあとの事は覚えていない。
意識を飛ばすほど愛し合ったという訳ではなく、二人は横になって速攻熟睡してしまったようだ。
身体を寄せ合って見た夢は最高に幸せで満ち足りたものだったと思う。まさに夢見心地の夜を二人で過ごした事は確かである。
こうして浮ついたお祭り時間は終わり、新しい日常生活が始まった。
健やかなる時も、病める時もどんな時もコレからは二人で歩いていくそれだけである。
結婚式の後で(After the Banquest)
製作国:2009年 韓国・日本合作
監督:キム・ユンチョル
キャスト:シン・ソンウ
イェ・ジウォン
ペ・スビン
コ・アソン