素顔のままで
最近では娘が嫁ぐ日どのように家を出るものなのか? いそういえば良く分からない。
三つ指ついて挨拶をする人って今時どのくらいいるものなのだろうか?
姉の時も今の状況に甥っ子と義兄はいなかったものの従姉妹が泊まりに来ていた。別の意味で賑やかでそんな事はしなかったと思う。
式場でまた集合するものの、着付けのある母と私だけが先に出る。残りは時間を見て義兄の車に乗って来ることになっている。
「ゆいちゃん、バンザ~イ! バンザ~イ!」
玄関に立つ私と母を、甥っ子の元気な声が響く。
父と兄が変な事を仕込んだようで、甥っ子は私達を、元気にバンザイをしながら送り出す。
(赤紙をもらって出兵する、若者か……)
「うん、悠くんお姉ちゃん頑張ってくるね。
みんな色々ありがとうございました。行ってきます。式場でね!」
かなり世間とは違った形でというか、間違えた形で私。嫁ぐ日の朝に家を出る娘というイベントを無事終了させた。
式場に向かうという事で、今日の私はかなりお淑やかなワンピース。淡いピンクの上品なネイルと私にしてはお洒落な高いヒールという畏まった格好をしている。
しかし周りの人からみるとかなり不自然な状況なのかもしれない。
というのは、衣装のわりに顔から上がサッパリしすぎているのである。つまりはノーメイク。
髪の毛は櫛で整えカチューシャでおさえただけの状態。このあとスムーズにドレスの着付けとメイクアップと髪の毛のセットをする為だ。
『当日はノーメイクで髪の毛に余計な整髪剤をつけてこないでいらして下さい』と注意されていた。
近所ならともかく、電車を乗っていくような場所にノーメイクでいくのはなかなか緊張する。
私は眉がシッカリしている為に、さほどノーメイクでも顔の印章は変わる事はないとは言われる。しかし小さい目であるだけにアイメイクがないのが心もとない。
大陽くんは、全然変わらないと言う。
つけまつげとかまでしない。しかしシャドーの加減とかマスカラとビューラーで印象をめるなど工夫してきた。
今日は洗顔して化粧水とミルクをつけて日焼け止めを塗った状態。まつげもビューラーでアップしただけで。
出来たら知っている人にはあまり会いたくない状態である。
にも関わらず、近所のおば様に会い挨拶されお祝いの言葉を頂く。電車で何故か母の友人にバッタリと会う。いつも以上に知人と遭遇するこことになり、すっぴんの顔を晒すことになってしまった。
無事ホテルに着き、私はホッと胸をなで下ろした。前を見ると大陽くんとお義母さんがロビーにいるのが見えた。
簡単に自分で着替えるだけの大陽くん。本来ならもっと集合時間は遅いものの、私の母同様着付けのある義母さんに付き合い早めに来ていたようだ。
母親同士、ニコニコと挨拶をし、三人で着付け室に向かおう事にする。
「あら、渚くん?」
後ろから声がかかる。振り向くと、三組の中年男性夫婦と私と同じくらいの女性が二人加わったグループが立っている。
ホテルに泊まり朝食を終えてノンビリロビーで話していた一団のようだ。
「叔父さん方、お久しぶりです」
「弘子さん 渚くん、この度はおめでとうございます。ほんまめでたいな~」
ニコニコと恰幅の良い中年男性が大陽くんに話しかけてくる。そして私の方をチラリと視線を向けてくる。
「もしかして、此方のお嬢様が、伯母の智子でございます。本日は本当におめでとうございます。これからもよろしくね~」
「渚くんの奥さんって、こんな小さくて可愛いの!」
「百合子さんですよね? よろしくお願いします従姉妹の――」
「よろしく! 佐知子です」
女性五人がかりで話しかけられ、私は圧倒されながらも笑顔をつくり挨拶をする。すっぴん顔だけど……。
挨拶も無事終わり、『そろそろ私らは着付け行かないとならないので』と義母の言葉で散会になる。
三人で入ったエレベータで溜息をついてしまう。
「どうしたの?」
義母さんは心配そうに話しかけてくる。
「いえね、折角伯母様方にお会いするならば、ドレスアップして最高に綺麗な状態でお会いしたかったです。すっぴん状態だったのが恥ずかしくて」
母と義母さんは、その言葉に何故か笑う。
「百合ちゃんは、メイクしていようが、なかろうが可愛いから大丈夫よ」
義母さんの言葉に思わず赤くなってしまう。
母はそんなやりとりを頷きながらニコニコという笑顔で見ている。
なんか義母さんと母って凄く似ているかもしれないとその時なんか思った。二人とも天然なのかもしれない。
その後の着付け室、二人の母は別室に案内され私はメインの着付け室へと案内される。
部屋に入ると、まず手荷物をロッカーへと入れる。ワンピースを脱いでコルセットの下着に着替えるように指示された。
私はまず、普通のストッキングを脱いで、光沢があり銀のワンポイントのついたストッキングを履く。
背中のホックを手伝ってもらいコルセット下着を着け、更衣室を出る。そのままの格好で鏡の前の美容室にあるような椅子に座らされた。
隣では上品そうな黒留袖を着た女性が、美容師さんと楽しそうに喋っていた。
「まあ、とても綺麗にしてもろうて、ありがとうな~」
鏡越しで年齢は六十前後という感じだが、華やか顔立ちをしていて綺麗な女性だった。
また映画でもこんな綺麗で上品な京都弁って聞けない。その心地よいイントネーションを耳で楽しんでいた。
そうしている間に、私の髪の毛はカーラーがいくつも巻かれ顔に下地クリームが塗られ粉がはたかれる。
そんな状態の時に、先程の京弁の隣の女性が席を立って私の横にやってくる。
「あの失礼します。もしかして貴女は月見里様でいらっしゃいますでしょうか?」
私は、頭にクルクルカーラーをいっぱいつけた間抜けな格好で頷く。
「なっくんの伯母の貴子でございます」
『なっくん』って『大陽渚くん』の事だよね? 見事な京都言葉に、『貴子』という名前。もしかして京都の本家の伯母様……。
「月見里百合子と申します。貴子伯母様ですね。渚さんから素敵な伯母様だとお噂を窺っております。よろしくお願いします……こんな恥ずかしい格好で申し訳ありません」
私は恐縮しながら、もう完璧に衣装も整えヘアセットも済ませた伯母様にご挨拶をする。
「やっぱり、さっきから可愛らしいお嬢さんがいらっしゃるので、もしかしたらと思ってたんや~。よろしくな~」
下着姿でメイクも途中で頭をクルクルとカーラーを巻いたままの格好。それにもっとも気を遣って綺麗な姿で会いたかった存在と初対面を迎えることになった。
「なっくんは、優しい良い子だから。百合子さんが、その笑顔でしっかり支えてやってな」
私は絶対締まらない格好に関わらず、精一杯の笑顔で、ニコニコと話し続ける伯母様の言葉を聞き続けた。
結婚式場の舞台裏というのは出来る事なら招待客に見せたくないもの。という事なので、出来たら親族着付け室と、花嫁着付け室を別にしてもらいたかったです。
後で聞いた話だと、元々それは別だったらしい。ただ、伯母様が早めに来すぎた事。前の結婚式の親族でそちらの部屋が一杯だったことでそういう事になったらしい。
かくして親族控え室に行くよりも先に、大陽くんの親戚の半分に微妙過ぎる格好で会う事になった。
でも逆にそういう状態で出会った事で、開き直る事ができた。自分を飾らず気取らないで付き合えるようになったのかもしれない。物事は良い方向に考えるに限る。
素顔のままで (Striptease)
1996年 アメリカ
監督・脚本:アンドリュー・バーグマン
原作:カール・ハイアセン
キャスト:デミ・ムーア
バート・レイノルズ
アーマンド・アサンテ
ビング・レイムス
ロバート・パトリック