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ゼクシィには載ってなかった事  作者: 白い黒猫
そして結婚しました
37/40

母と娘

挿絵(By みてみん)


 散々な引っ越しをしたものの、その後の一週間は平和だった。特別な事が起こるわけでもなく、私も大陽くんも仕事もあり普通の一週間を過ごす。

 違いと言えば会社のオジサマ方から、『笑顔が輝いているね~幸せだから?』とかからかいの言葉がいつもより多かったくらい。

 私は普段通りの裏で、最低限の洋服と携帯だけで日常を乗り越えるという、家出少女なみのシンプル物資生活を実家でおくっていた。

 ほぼいつもと変わらない日常生活も、金曜日の夜に非日常な状況となる。千葉の方にいる姉一家と、関西で生活している兄が帰ってきたからだ。

 父母と私三人の静かだった家も一気に賑やかになる。 一緒に暮らしていた時は散々喧嘩をしていたが、久しぶりに全員集合。甥っ子の悠斗くんというキュートな存在。そして姉の旦那様というやや気を遣う存在が良い感じに平和な空気を作り出していた。

「へぇ~これが大陽くん、結構濃い顔なのね~」

「でも、優しそうでいい感じの人だね~」

「お前がこういうタイプと結婚するとは意外だよな」

 私のスマフォに入っている大陽くんの写真を見て皆勝手に盛り上がっている。義兄さんだけは、遠慮して優しい言葉で大陽くんを褒めてくる。

「言っとくけどソイツすごい大男だぞ! 二メートル以上かるから!」

 父がえらく大げさに表現して、甥っ子が素直に信じて眼を丸くしている。

「ゆいちゃん、そんな大きい怪獣みたいな人と結婚して大丈夫? 食べられない?」

 どうも小さい子には『ゆりちゃん』とは言い辛いらしくて『ゆいちゃん』になる。

「いやいや、百九十センチ()()ないから」

 私は訂正するけれど、『しか』という表現自体が間違えている気もする。

「そうそう、明日ね、悠斗くんにお仕事をお願いしたいことがあるの。二つだけなんだけどやってくれるかな?」

 こういう事は悠斗くんが寝てしまう前にお願いしておいた方が良い。悠斗君は『何々』と笑顔で近づいてくる。

「まず教会という所でね。天使の羽つけて私と渚兄さんの後ろを、籠に入った花をまきながらついてきてほしいの」

「分かった!」

 悠斗くんは楽しそうにニコニコとした笑顔で頷く。物怖じしない子なので、問題はなさそうだ。

「そしてね、あと一つは披露宴会場でね、後ろからブーケを持つの。そしてこのお兄さんにこう言って渡してもらいたいの」

 私は携帯の大陽くんの写真を見せながら甥っ子に説明をする。

「なんて言えばいいの?」

 期待に満ちた瞳で見上げてくる甥っ子を前に、私は返事をするのに一瞬躊躇う。周りで他の家族が見ているから余計に恥ずかしい。

「『愛の国から、お花を届けにまいりました』って……言える?」

 悠斗くんはコクリと素直に頷く。そして周りで爆笑が起きる。

「お前、そんな恥ずかしいイベントよく思いついたな」

 兄が嫌味っぽい笑みを浮かべつっこんでくる。

「百合ちゃんって、そういうことするキャラだった?」

 姉も大笑いである。

 コレは、私が考えついたストーリーではない。司会進行を担当する女性が盛り上がって作ったシナリオ。

 私のブーケが実は一部取り外しが出来てブートニアになるのである。これはプロポーズの本来の儀式を再現出来るというもの。

 元来の正式なプロポーズ。男性が女性に花束を渡して結婚を申し込み、女性がその花束の一部を抜き出し男性のポケットに刺す。これで承諾となるらしい。

 ブーケを注文している時に、そういうブートニアを仕込んだブーケ作れますが、どうされますか? と聞かれ思わずお願いしてしまったのである。

 あんな電話超しの、間抜けなプロポーズだったから。コレを機会に仕切り直したいという気持ちもあった。

 それを話したら、司会者は気持ちを昂らせ盛り上がった。『ならば、もっと演出したほうが、そうだ――』と言い出して、このようになったのである。

「悠斗! いい 『愛の国から』 ほら言って!」

 笑いながらも、姉は早速ステージママさながらに息子を仕込み出す。

 甥っ子を一番理解している姉に任せたほうがいいだろう。それにその様子をニヤニヤと見ているみんなの様子も恥ずかしくなって、私は台所へと逃げる。

「お母さん、手伝うよ」

 台所で洗いものしていた母に声をかける。

「なら、梨剥いてくれる?」

 私は頷いて、梨を洗ってから、母の隣に立ち包丁でむき始める。

 母はカウンター越しに、姉と甥っ子の様子を見つめ眼を愛しそうに細める。元々シッカリ者の姉だったが、結婚して素敵な奥様になった。さらに息子を生んで良い母親になっている。

 台詞は覚えたようで、姉は今度動きの指導まで入っている。どうやら跪いてブーケを渡すつもりのようだ。

「お姉ちゃんを見習って、私も頑張らないとね。あれほど完璧な奥様にはなれないかもしれないけど」

 姉のように強い妻になり、良い母親になりたい。

 楽しそうに明日の練習をしている姉と甥っ子をみてそう思いそんな言葉を口にしていた。私の言葉に母は笑う。

「そうね、百合子も玲子を見習って、電話で愚痴るようにね!」

 その言葉に思わず手を止め、母の顔を見てしまう。母は真面目な顔で此方を見ていた。

「貴方に甘え方というモノを、結局教えてあげる事ができなかった。

 だから今からでも玲子を見習って。泣きたいときは泣きに来て。愚痴りたいときは思いっきり愚痴りなさい」

 私はジワっと涙が出そうになるのをジッとこらえる。

「ゴメンなさい、お母さん。私可愛くない子供だったよね」

「何言っているの。こないだも言ったけれど、世界で一番可愛い子供よ」

 母は笑いもせずに真顔でケロリとそんな言葉を言ってくる。

「あのね、貴方はまだ分からない感情かもしれないけれど、教えてあげる。

 勿論娘が結婚して幸せであることが一番嬉しいものよ。でも結婚した娘が電話で相談してきたり、愚痴をいってこられたりするのも結構嬉しい事なの。

 まだ頼られているという気がして。だからコレからはそういう親孝行も期待しているわよ!」

 ちゃんと言葉で答えなければならないとは思うものの、声に出したら泣きそうだ。

 私は大きく頷く事しかできなかった。そんな私を見て母は嬉しそうに笑った。

 リビングでは『愛の国から、お花を届けにまいりました~』という元気な声は何度も響いている。

 私は深呼吸して笑顔をつくり、剥いた梨をもって母とみんなの所に戻った。あれほど昔は居心地が悪く、息苦しかった空間が今はとても心地良い場所に思えた。

 それまでの人生で一番、家族でいて楽しいと思える夜。

 コレからはコレに大陽くんも加わってさらに賑やかになる。さらに楽しい場所になるのだろう、きっと……。


母と娘(ANAK)

製作国:2000年フィリピン映画

監督:ロリー・B・キントス

脚本:リッキー・リー

レイモンド・リー

キャスト:ヴィルマ・サントス

クラウディン・バレット

バロン・ゲイスラー

シェイラ・モー・アルヴェロ


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