イン・ザ・ベッドルーム
付き合うようになって訪れることも多くなった、大陽くんのマンション。
最初入ったとき驚いたものだ。3LDあり、一人暮らしのわりに大きい部屋。家具というものがビックリするくらい少ない。
リビングにTVとTV台とテーブルとソファーしかなく。キッチンにはよくホテルにあるかのような小さな冷蔵庫と電子レンジと電気ポットがあるくらい。
彼はリビングと和室でのみ生活していたようで、残りの部屋は倉庫と化していて家具すらなかった。そして本とゲームソフトが積んである。
その冷蔵庫からも分かるようにキッチンをまったく使ってない。コンロはホコリを被っているものの綺麗なまま。驚くことに鍋や包丁といったものが一切なかった。
コンビニという便利な存在が、こんな部屋でも人を不自由なく生きていけるようにしていたようだ。
去年のクリスマス。二人でこの部屋でパーティーをすることになった時、百均で簡単な調理器具を買ってきた。
付き合うようになり、チョットした調味料や道具を持ち込んだ事で、簡単な料理をできる場所にはなった。
呆然としていた私に『結婚する時に、そろえればいいと思って』と、大陽くんはヘラっと笑ってそんな事を言った。
『だって女性って結婚の際、新しい家具でスタートしたいものなんでしょ? その時一緒に買えばいいと思って』
それはそうだろうが、こんな空間で生活していて不自由ではないの? と思ったものだ。
ペアの食器とか私の物が少しずつ増えてくることで、この部屋もどんどん愛しいものになってくる。
押し入れで眠っていた義母さんお手製のキルトをソファーにかけてみた。デートの時にUFOキャッチャーでとったぬいぐるみを飾ってみたりもした。
一緒に見た映画のポスターを壁に貼られたりと、二人の想いや思い出がこの部屋に満ちていく。コレが一緒になるって事なのだと実感した。
今日二人で選んだ家具が到着するということで、私も一緒に部屋で待機していた。
掃除機をかけて私が部屋を片付ける。大陽くんはパソコンで私が作ったメモリアルムービーを見て確認していた。ソレをみながら吹き出している声が聞こえた。
「まあ、嘘ではないけど、こう表現すると俺達ってドラマチックに見えるところが可笑しい」
良かった、大陽くんにはウケたようだ。
互いの親が大学で知り合った所から始まるそのムービーはかなりふざけたモノ。
その後同じ小学校で五年半過ごすものの五年間はクラス分けで引き裂かれる二人。同じクラスになったら今度は転校で引き裂かれ、同窓会ですれ違いまくる。といった感じで大げさに二人の過去を表現している。
下手に家族の愛に包まれて、健やかに育ちました。といった内容のものを作るのは躊躇うものがあったのでそういったものにした。
「結婚式だと、それくらい大げさの方がいいでしょ?」
「ただ、同窓会の後の部分で、誤字があったから直しておいたほうがいいよ!」
「え、嘘!」
そんな事を言っていたら、ドアフォンの音がする。家具が来たようだ。私はインターホンへと走る。
配送会社の人は馴れたもので、手際よく家具を組み立てながら、設置していく。
殺風景だった空間が部屋らしくなった。色のトーンも明るめのナチュラルなものに明るくそろえたのが良かったように思う。
配送者の方にお茶をお勧めしたものの急ぐのか断わられたので、その手にペットボトルのお茶を渡し送り出す。
あらためて部屋を見渡すと、食器棚、ダイニングテーブルなどが並んで、新婚の部屋っぽい。
なんか嬉しくて、大陽くんの方を見上げニヤニヤしてしまった。同じようなニヤニヤ顔を返される
「本箱も届いたし、本を収納しよう!」
まずは床に置かれている本をなんとかしなければ。高い部分は大陽くん担当で、本を詰めていく。
一時間ほどで、床に積まれていた本が見事に本箱に収まり、部屋がスッキリした。やはり収まるべき所に物が収まっているって気持ちがいい。
一旦一休みするためにリビングへ戻ることにする。しかし大陽くんは悪戯っぽい笑みを浮かべ私をその手前の部屋へと誘う。
そこは先程ベッドが設置されたばかりの、いわゆる寝室。まだカバーも外されてなく、シーツも掛け布団も枕もおかれていない状態。
部屋の真ん中にあるその家具は凄まじい存在感を放っていた。その家具はつまりWベッドなのだけど。私はなんか恥ずかしくなり俯いてしまう。
大陽くんはその部屋を満足そうに眺めそのベッドに腰掛ける。スプリングの堅さを確かめるように身体をすこし上下させた。そしてモジモジしている私にもおいでと手で誘う。
私がその隣に腰掛けると大陽くんは少しかがんでキスを落としてきた。私達の身長差の場合立っているよりも、座っている方がキスしやすい。
そのままベッドに押し倒され、さらに深いキスを交わす。大陽くんの手が私のTシャツの中に入ってきて直接肌を撫でていくのを感じた。私はそれを拒むこともせず、そのまま身をまかせた。
※ ※ ※
まだマットのビニールカバーも外してない状態。ピタピタ肌に張り付いて、ハッキリいってソコがチョット気持ち悪い。
でも二人でそのまま寝転びまったりとしていた。私はチョット起き上がり、大陽くんの胸にあごをのせる。そうするとくすぐったいらしく、腕枕状態に移動させられてしまう。
「カバーもとってないのに、何やっているんだか」
大陽くんにひっつくように寝ている私の言葉に、フフと笑う。
「なら、外してもう一回する?」
私は首をふる。今日は他に色々すべきことがある。と思いながら、すぐに立ち上がって何かをする気にもなれないのも困ったところ。
「今日から、このベッドで安眠ですね~」
結局寝転んだまま、からかうようにそんな言葉を続ける。けれどその言葉に『ウーン』と大陽くんは悩んで様子。
「まだ、布団でいいかな。ココを使うのは、結婚してからにする。二人のベッドだから一人だと寂しいし」
なんか、その言葉が嬉しい。
「ここが、二人で眠る場所になるんだね」
一緒に住むという事。一緒に起きて、一緒に食べて笑って、同じ場所に返って、一緒に眠る。当たり前の事だろうが、それが特別な事に思えた。
「なんかさ、今日、分かったんだ。この部屋に足りなかったもの」
私は顔をあげ、大陽くんの方を見てしまう。
「やっと、俺の場所になったって。いや俺達の場所か」
言って照れたのか、チョット目をそらす。そんな大陽くんの顔がボワっとゆがむ。涙が出てきたからだ。
そういえば映画見たあと意外で初めて見せてしまった涙だったのかもしれない。だからなのだろう大陽くんは慌てる。
私はそのまま、大陽くんにしがみつくように抱きつく。
心の奥から言葉にならない安堵感と喜びが込み上げてくる。そんな私を静かに大陽くんは撫で続けてくれた。
「心も空間も混じりあって、家族になっていくんだね」
少し落ち着いてきた私は、そんな意味不明な事をつぶやいていた。
「だね」
でも大陽くんは馬鹿にするでもなく、短くそう答える。
やるべき事は山程あるけれど、私達はしばらくそうやって抱き合っていた。世界中で唯一心も体も裸になれる心地の良い場所、ココが私の家。私は暫くその暖かさを体中で味わっていた。
In the Bedroom
2001年アメリカ映画
監督:トッド・フィールド
原作:アンドレ・デュバス
脚本:ロブ・フェスティンガー、トッド・フィールド
キャスト:トム・ウィルキンソン
シシー・スペイセク