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ゼクシィには載ってなかった事  作者: 白い黒猫
名前が変わる時
31/40

ねじれた家族

挿絵(By みてみん)


 残業もあり、その日に帰り着いたのは夜の九時半頃だった。家に入ってみると、母は電話中だった。母の楽しげな笑顔と会話の感じから姉と話しているのだろう。

 私は母にジェスチャーで着替えてくるからと伝えて、三階にある自分の部屋へと上がる。

 荷物をおき、ラフな格好に着替えて降りても、母娘の会話はまだ盛り上がっているようだ。

 姉は昔から喜びも悲しみも隠すことはしないで、感情を開けっぴろげで両親に接してきている。それで母と打ち解けた関係を築き良い意味で甘えて支えて、父と本気でぶつかって喧嘩してきていた。

 今日も何か嬉しい事か悔しい事があった事で、母に電話をしてきているのだろう。でもこんな時間にかけてきたということは、母にすぐにでも愚痴りたい事があったに違いない。

「あ、百合ちゃん 玲子から電話だけどお話する?」

 母は私に声をかける。私は頷き受話器を受けとる。

「百合ちゃん、結婚式準備すすんでる? 今からスゴイ楽しみにしているの」

 母に散々愚痴って、スッキリしたらしい姉の上機嫌な声がする。

「うん、ドレスも無事選んだし、そろそろ打ち合わせも始まって、結婚前のバタバタを楽しんでいるの」

「そうなんだ、ドレスは何色?」

「それは秘密! 当日のお楽しみということで」

 姉と会話している間、母がコンロに火をつけ晩ご飯の準備を始める。

 私はふと、ある事を思い出す。

「そうそう、お姉ちゃん、あのさ、悠くん結婚式に貸して頂きたいのですが」

 悠くんとは、私のカワイイ甥っ子で、姉の三歳になる悠斗くんの事。

「え? 何々?」

「式場でね、天使の羽を借りられるの。だから悠斗くんにつけてもらって、エスコートキッドしてもらいたいの。披露宴でもキューピット役としてチョット一演技してもらいたいの」

 姉が爆笑する声がする。

「え! いいよ! でも悠斗、滅茶苦茶日本人顔で天使って顔じゃないよ」

「何をおっしゃる、私にとっては、まさに天使の存在ですよ!」

 フフフフと姉が笑い、本人の意志もなく快諾してくれた。姉にとってはまだ見ぬ大陽くんをネタに、ドラマのように平和な姉妹らしい会話を楽しむ。

 電話が終わったときには、食卓には私の夕飯が並んでいた。私は『頂きます』の挨拶をして、結婚前の母娘がいかにもしそうな、穏やかな会話を交わす。

 実は私は極度の外弁慶なのだ。別に外で暴れん坊というより、家の中での私がおとなし過ぎる子だという意味で。

 私はずっと、こうして家族と当たり障りのない会話を、穏やかに楽しむという生活を続けてきている。

 感情を弾けさせ、自由に会話する姉。斜にかまえた捻くれた事を態と言って家族とぶつかる兄。ぶつかりまくっているようで、家族らしく過ごしている。

 私も普通に家族らしく過ごしたいとは思う。しかしそうやってズッと過ごしてきたために、どうすれば素直に接する事ができるのか分からない。

「結婚式で流す、メモリアルムービー用の写真をこの後決めるつもりなの」

 そう話す私に、母はニコニコとした笑みを返す。

「なら手伝うわよ、私の手元にアルバムに入りきれなかった写真がいっぱいあるから、持って行くわよ」

「ありがとう」

 私はニッコリと良い子の笑みを返す


 ※   ※   ※


 食事を終え、食器を片付けた私は、とりあえず自分の部屋に帰る。そして本箱にあるアルバムを取り出しめくる。

 最初に手にするのは人生最初のアルバム。

 一見普通の子供の成長を記録したアルバム。

 人生最初をまとめたアルバムには実は不自然な所が一つある。それは、ある三年間の写真がバッサリ抜けているのだ。

 三歳から小学校に上がるまでの三年間の時代がそこにはない。

 ついでに言うと、私の過去を彩るアルバムには中学校時代の写真も一枚もない。コチラの理由は簡単である。

 私にとって思い出したくもない時代だったので、自分で全て捨てたから。


 三歳から六歳の写真は多分、ここ以外にはあるのだと思う。しかし私の手元には一枚もない。

 もしかして伯母の家にあるのかもしれない。私はその時代、叔母の子として家を離れ生活していたからだ。

 我が家には三人子供がいて、叔母の家には一人も子供が出来ない。

 不憫に思った祖母が、我が家の一人を伯母に養子を出してはどうかと提案してきたのが全ての発端。

 流石に最初に生まれた長女、そして長男である兄は嫌だろう。そこで私に白羽の矢が当たったわけだ。

 当時人見知りを一切しない脳天気な性格であった事も、選ばれた理由らしい。

 私は幼く馬鹿だった。最初の一ヶ月はそういった事情で伯母夫婦の子にされていた事に気がつかなかった。チヤホヤとされた生活を楽しんでいた。

 ただ遊びに行っているだけだと思っていたし。でもそんな生活にも飽きて、家に帰りたいと思った時に自分を巡る環境が変わっている事に気がつく。

 私は事情が飲み込めないままに、何故帰れないのかも分からず、混乱する。


 この後の事、私自身は実は殆ど覚えていない。

 姉から後で聞いた話によると、パニックでになって私は大騒ぎしたようだ。しかし兄が『お前はわがままでうるさいから、いらないから捨てられたんだよ』と言われ私の様子は一変する。

 兄も五歳で小さかったし、決して悪意があっていった言葉ではなかった。

 その時の私には冗談でも言ってはならない言葉だった。今までニコニコと笑っていておしゃべりをし続けていた子供が、一切笑わなくなる。それどころか何も喋らなくなったらしい。

 一時的なモノだろうと大人達は思い、しばらく伯母の家で様子を見た。しかしいつまでたっても笑わないし言葉も発しない。アレだけ懐いていた伯母夫婦にも一切感情を見せなくなった。

 子供らしさを一切なくした状態に流石に大人たちは困り果てる。そして小学校入学を前に再び月見里家に私は戻ることになったようだ。


 物心ついた時にはヘラヘラ笑いで全ての感情をごまかす子供になっていた。

 私は人から嫌われる事、不要だと思われる事が絶えられないほど怖い。だからこんなにも人の顔色を伺う性格になったのだと思う。

 特に家族に対して本音でなく建て前だけで接するようになり、今に至っている。


 ※   ※  ※


「百合ちゃん、ドアあけて! 手がふさがっていて開けられないの」

 ドアの外で母の声がする。ドアを開けると母が箱を何個か重ねて重そうに持っていた。私は慌ててその半分をうけとる。

「カワイイの選ばないとね。晴れ舞台を飾る写真だし」

 ベッドに腰掛け母は嬉しそうに、箱の中から私の写真だけを選びだし、広げていく。

 私も別の箱の写真を出して中身を見ていく。小学校の時の写真、家族旅行の写真懐かしいものばかりだ。

「あっお祖母ちゃんだ」

 私は祖母の写真を取り出す。姉と私と祖母が、ペンギンの檻の前で笑っている。私と姉の様子からいって小学校くらいの頃の写真だろう。

 祖母は二年前に癌でなくなり、もういない。母はその写真を懐かしそうに眼を細めて見つめる。

 祖母は愛情深い人だった。あの事も自分の娘そして孫全員の幸せを願って提案したのは、今だと良く分かる。

 でも私が全てを台無しにして、関係者みなを傷つけてしまった。

 あれだけ傍若無人に家族に振る舞う兄。私にだけにはその矛先を向けてこないというのも、そういうことなのだろう。

 あの時代の事は、我が家においても語ってはならないタブーな話題となっている。

 父のみが時々その事を話題にして、家庭内の空気を微妙な物にしてきている。

 そして祖母は、会う度に私に謝りつづけていた。祖母の病床で聞いた最後の言葉も『ゆりちゃん、あの時は本当にゴメンね』だった。

「私の花嫁姿も、見てもらいたかったね」

 母は私の言葉にふわりと笑う。

「大丈夫、いつだって貴方を見守っているわよ」

 敬虔なクリスチャンの母らしい言葉だ。母は、静かに祖母の写真を見つめ続ける。

「そうだね……。お母さんも楽しみにしていて。私の花嫁姿」

 母が私の方を見てニッコリ笑う。

「世界で一番カワイイ花嫁さんになるのでしょうね」

 母の言葉に私は首をふる。

「親馬鹿にも程があるよ、しかもお姉さんの立場は」

「どっちも私にとって世界で一番カワイイ娘よ。それに知らなかった? 親って馬鹿なものよ」

 母はニッコリと笑って私の頭を撫でた。小さい子供にするかのように。

 母の中では私はいつまでたっても小さい子供のようだ。

 そのように母は私をいつも扱う。私もそんな母に無邪気に見える子供っぽい笑みを返す。

 母の手は優しく暖かく、私はその快さを感じながら、心の奥でチクリという痛みを感じていた。

ねじれた家族 (CROOKED HEARTS)

1991年アメリカ映画

監督・脚本:マイケル・ボートマン

キャスト:ビンセント・ドノフリオ

ジェニファー・ジェイソン・リー


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