真夜中のマーチ
雲が立ちこめて星すら見えない空の下、私はただ前だけを見て進んでいく。
流石にパジャマという訳ではない。
しかしお風呂に入った後の私が着ているモノは、ゴムウェストのラフなパンツとTシャツ。
白いパーカーにスニーカー。近所のコンビニにかろうじて行ける格好である。
四月と言っても寒い。でも私は夜の住宅街をズンズン歩き続ける。
スマフォが、さっきから鳴り続けている。着信メロディーでその電話が家からだと理解はしている。
恐らくは母からの電話だろう。私はスマフォを開け何も言わず速攻切り、その履歴を使い着信拒否設定にして大きく息を吐く。
我ながら非情な行動だとはわかっている。また母が心配しているのであろうその心情も理解している。でも今は一人でいたかった。
私は何処に向かうと言うのでもなく、ただ無駄に彷徨うだけ。
手で握りしめていた、スマフォが震える。私は液晶に現れた文字を見て、音が鳴る前に通話を押す。
「もしもし」
「わ! 出るの早!」
こんな時なのに、恋人のチョット慌てた声に、つい笑ってしまう。
「あれ? 今何処にいるの? 外?」
大通りを歩く私の背後の音が、電話を通して聞こえたのだろう。
大陽渚が不思議そうな声を上げる。改めて私は自分の立場を思い出した。
「うん……」
私は小さい声で答える。
「どうかしたの? 何かあった?」
どう、答えるべきか悩むが、ストレートに答える事にする。
「……はい、只今、絶賛家出中です」
「――はぁ~?」
大陽くんの惚けた感じの声が響く。
恥ずかしさが沸き起こってくる。
「で、今、何処?」
「家の近所」
『ったく……』と呆れた感じの声がスピーカーから聞こえる。
でしょうね、十代なら兎も角、この年でこんな事しているなんて……。
「今からウチくる?」
私は暫く考えて、首を横に振る。電話の先にいる相手に見えてないけど。
「いや、いい。しかもこんな時間だし」
ため息の音が、スピーカーからする。
「今の時間なら、ギリギリ来れるよ、登戸まで来れれば南武線は動いているから」
気持ちは、嬉しい。
「いや、明日会社あるし、仕事的に休めない。着替えの事を考えると無理」
流石にこのままの格好では明日会社にはいけない。
こんな時に、会社が気になる自分になんか笑えてくる。こんな所が、私という人間の小さいとこなのだろう。
「適当に、怒りが治まったら、家に帰るから、安心して」
どんなにイヤでも、今私が帰る所は家しかない。
「……ならさ、取り敢えず何処かに入って。
近くにファミレスか何か二十四時間やってて、落ち着ける場所ある?」
「確か、この先に、何かファミレスが」
私は、自分の脳内ご近所地図をサーチする。
「なら、そこに!
ゆり蔵さんバカだから、一晩中ほっつき歩いてそう。 しかも、こんな夜中にゆり蔵さんのようなチッコイ子が歩いてたら、補導されるよ。そうして家に強制送還だ」
エラい言われようだけど、笑えてしまった。
私の身長は百五十五センチそこまで小さいわけではない。対する大陽くんは百九十センチの大男。
彼からみたら私は異様に小さい存在に思えるらしい。
この馬鹿な『ゆり蔵』という私の呼び方は、二人で歌舞伎を見に行ってからこのようになっている。
私も彼の事を『なぎ左右衛門』と呼んでいる。よくある恋人同士のお巫山戯けだけど、こんな状況だとさらに間抜けに聞こえる。
「ソコに! 行って飲み物とか飲んで落ち着いたら、また電話頂戴!」
電話なんかしてないで、さっさと向かえ! と言う感じで私が返事したら切れてしまう。