白いドレスの女
惚れた弱みというのだろうか? それとも正装した恋人を今までみた事がなかったからだろうか?
タキシード姿の大陽くんは、いつもの5倍は格好よくなっていた。頭はボサボサのままであったとしても。
身長があるだけでなく、体型が欧米タイプ。手足が長いのでこういうスーツ姿がなかなか決まっている。
「すごく、いいよ! 格好いい!」
私は上機嫌でその姿を何枚もデジカメに、納めながら声をかける。
薫さんは小さく「ふーん」とだけ声を出したけ。格好いいとも素敵ともコメントはしなかった。
そしてはしゃいでいる私を、チラっと冷たい目で見つめてくる。
その隣で、紺のスーツを着た担当の女性がホッとした顔をする。
「入って良かったです。大陽様のサイズだと、関東の支部でこの四着しかなくて」
そう、彼の衣装選びは、その四択しかなかったのだ。しかも一着はウェストにやや難があり入らずに脱落。三着の内から一着を選ぶしかないというシンプルなものとなった。
ほとんど間違い探しゲームのようなデザインの変化がない三着。それからフロックコートタイプを選択する。それが一番肩幅ウェストがシックリするという理由で一つが決定た。
男性の衣装選びはあっと言う間に終わった。シャツを選び、タイは私のドレスが決まってから選ぶことにした。
「規格外だと、大変なんだね~! 貸衣装も」
薫さんのつぶやきに、係の方は慌てたように首をふる。
「男性はそうですが、女性の方は大丈夫ですから! 数多くドレスを取りそろえています。
お姉様は大丈夫ですよ! 女性のドレスは種類もサイズも豊富ですので! むしろ身長があるとドレスが映えて素敵になりますから」
アドバイザーは薫さんを大陽君の姉だと勘違いしている。
百九十センチの兄と、百七十センチチョットある妹。そんな大柄な一族なのだと勝手に解釈しているようだ。
この時のアドバイザーの言葉はこの時イマイチ、ピンときていなかった。
しかしすぐに何故ドレスの方が多くの体型に対応しているのかが良く分かることになる。
若干標準より小さめの私は、確かに衣装の種類は豊富にあった。
逆にその量に私は呆然とする。しかもドレスって人間が着て初めてその魅力を発揮するモノ。ハンガーに大量に下がっているとカーテンとなんら違いがない。
しかもどのドレスも白い。目を凝らして布の光沢の違い、レースのあしらいの違いを見て判断するしかない。
ドレスに興味のなく、かつ疲れもある大陽くんは、早々にドレスコーナーを離れソファーへと行ってしまった。
その様子を見て、薫さんはチっと舌打ちをするけど、『こういう場合、男性は役に立たないし』と宥める。でも、一つ一つドレスを見ていくうちに女二人のテンションは上がっていく。
「ドレス選びのポイントは、まずラインをどうするかということになります。
気に入ったタイプを見つけたら、同じ系統のバリエーション違いで試していくとスムーズにいきますよ」
アドバイザーの言葉に「なるほど」と頷く。
「マーメイドとスレンダーはまず私の体型じゃ無理だよね」
「となると、プリンセスラインとかいいじゃない! 可愛いし!」
可愛いというか、少女趣味な洋服をいつも私に着せたがる薫さんは、やはりそのラインを勧めてくる。
「いやいや、私がそのタイプを着るとますます子供っぽくなってしまう!」
首をブルブル横にふる私に、アドバイザーがニコニコと見守るように笑う。
「いや、寧ろそのラインは月見里様のような体型の方こそ似合うラインなのですよ! ドレスはその人の魅力を引き立てる物を選ぶべきものなのですから」
短所を誤魔化す事ばかり考えていた私は、その言い方に目から鱗が落ちた気がした。でも私の魅力ってそもそも何なのだろうか?
それがイマイチ自分では分からないので、とりあえず三つのラインのドレスを着て様子を見ることにした。
生まれて初めてドレスというものを着てみたのだがコレがなかなか大変。
まず床にドーナツ状に置かれたドレスの真ん中に足を踏み入れる。そうするとアドバイザーがヨイショといった感じでドレスを持ち上げ装着といった感じで着せつけていく。
絶対一人では着られないこの不便さに、昔の人は大変だったのねと感心する。
映画ココ・シャネルで『女性の社会進出を阻んでいたのは、このコルセットがないと着られない洋服』と言っていたのも分かる気がした。
それだけ苦労して着こんだドレスだけあって、自分で言うのも何だけど、なかなか悪くはなかった。鏡に映る私が、ヘラっとした締まりのない笑みを浮かべた。
さっき、私が大陽くんに感動したように、大陽くんもウェディングドレス姿の私に感激してくれるのだろうか?
私は試着室のカーテンをそっと開け、今か今かと待っているであろう婚約者と友人の姿を探した。
ソファーでカタログをめくっていたらしい薫さんはすぐに立ち上がり、目を輝かせて此方に向かってくる。しかし大陽くんはソファーに座ったまま、ポカンと此方を見上げている。アドバイザーに促されてやっと立ち上がりゆっくりと近づいてくる。
「やはり、ウェディングドレスって、女性を最高に素敵にするね~♪ 可愛いよ!」
期待した反応をしてくれる薫さんにちょっとホッとしながら、なれないドレスを引きずりながら大陽くんの元にいく。
「なんか? 変?」
慌てたように首をふる。
「いや、いいよ! すごく、綺麗だよ」
言った後に、大陽くんは、アッいう口をして顔をそらす。
生まれて初めて言われた「綺麗」というほめ言葉に私は固まる。しかもそれを言ってくれたのが、他でもない大陽くんだから。自分の顔が熱くなるのを感じる。
「惚れ直した?」
照れ隠しにそんな事言ってしまうので、私のムードのないところなのかもしれない。ここは恥じらって可愛い事をいうべきなのだと思うけれどソレが出来ない。
「はいはい、惚れ直した、惚れ直した」
大陽くんは、いつもよりかは若干やさしい笑みを浮かべデジカメを構える。
友達から始まっただけに、馬鹿な話だけをしていて、あまり甘い感じにならない。そんな私たちには珍しいこういうくすぐったい感じ。なんかドキドキする。
隣で、薫さんは面白くなさそうにため息をつく。
「あっ、ちょっとお待ちください。此方を履かれてください」
アドバイザーが、私の前に謎の物体を置く。
一応ヒールなのだろうけど、靴底が普通じゃない。
花魁道中に使われているようなあんな感じの、ヒールだけでなくすべての部分が分厚い、つまりすごい上げ底。
「此方で十五センチになります。本当は、もう少し高い方がいいのですが、コレが最長でして。」
ドレスがかなり広い体型をカバーしている理由がココでわかった。つまり上半身があえば、ドレスの長さはヒールで調整すればいいのだ。
ブッと大陽くんと薫さんが吹き出す。
足下が見えないために、大陽くんと担当員に助けられて、そのヒールを履く。
いつもよりも高い視界は気持ちよかったけれど、大陽くんと薫さんのニヤニヤ笑いがチョッピリ悲しい。
「成長したね~」
そんな、憎たらしい事まで言ってくる。
さっきの甘かった雰囲気も台無しである。私はため息を大きくついた。
白いドレスの女(BODY HEAT)
1981年 アメリカ
監督・脚本:ローレンス・カスダン
キャスト:ウィリアム・ハート
キャスリーン・ターナー
ミッキー・ローク