駅 STATION
思った程の雨が振らなかった六月も終わり、よく分からないままに夏が来た。
七月の一週目の日曜日、私は初めて降りる事になる。 躑躅が丘の駅の改札口を出て辺りを見渡した。
改札口の正面に立ち食いそば屋と、チェーンのコーヒーショップがある。左右それぞれが南口北口となっている、ごくごく平凡な小さな駅だった。
予め調べておいた地図では南口にバスロータリーがあるらしい。何故、今日この駅で降りたかと言うと、互助会の事務局が此方にあるからだ。
改札を出る前に、外の風景を確認する。まだ待ち合わせ時間まで二十分以上あるので、誰も来ていないようだ。
トイレに行き、シートで汗とテカリを抑える。そして鏡でどこかオカシクなっている所がないか最終確認をする。
トイレから出た時、ホームの階段を大きい人物が降りてくるのが見えた。大陽くんだ。
サイズが大きいだけに、遠くからでもその存在を認識することができる所が本当に便利である。
昨日、帰るコールも帰るメールもこなかったという事は、徹夜だったのだろうか? 髪の毛もボサボサだしなんか疲れているように見えた。
「大丈夫? もしかして徹夜だった?」
私に気が付き近づいてきた大陽くんに、挨拶よりもそんな言葉をかけてしまう。
「お待たせ~。
五時には家について、そのあと少し眠ったから大丈夫」
明るく笑うけれど、いつもより元気がなく見える。一緒に改札をでて、キオスクで大陽くんが好きそうな炭酸飲料を買って渡す。
「ありがとう、アレ? 友達はまだ?」
嬉しそうにペットボトルを受け取る大陽くんは、周りを見渡す。私も周りを見渡し頷く。
「今日くる友達はね、高校時代の先輩だった人で、スゴク素敵な人なんだ~私にとっては姉同然の人で」
やはり会う前に、薫さんの情報を入れて置いた方が良いかなと思い、説明をすることにした。
「先輩って部活の? 百合蔵さんも飲む?」
嬉しそうにペットボトルを開け美味しそうに飲んでから、それを差し出してくる。
私はそれを受け取り、一口飲んでその冷たさを楽しみまた返す。
「いや、高校の先輩。部活の先輩の友達だった人で」
大陽くんは嫉妬深いタイプではない。とはいえ元彼の存在をあえて言わないでおいたほうがいいかなと思い、表現をぼかしておいた。
「その先輩はこないの?」
大陽くんが不思議そうに聞いてきて、言葉に困る。
「今先輩は東北の方に住んでいるので。それにその先輩も今結婚準備中で」
大陽くんは納得したように頷く。
別に隠すことでも疚しいことでもないのに、元彼の話はしにくい。
元彼である星野先輩の言葉を思い出す。薫さんは『人の好き嫌いが激しく、意外と人見知りをする』といった事を言っていた。
大陽くんと薫さん、二人とも大人なので逢わせても大丈夫だよね? ふと不安になってくる。
そんな事を考えていると、薫さんがやってくるのが見えた。紺色に地に大胆に白い大きいリボンの模様のついたTシャツに白のタイトスカートという出で立ち。
改札の向こうから颯爽と歩いてくる。私に気が付き、真っ直ぐ早足でコチラにやってくる。
「ごめ~ん。各駅への乗り換えに失敗して、遅くなっちゃった」
近づいてきた薫さんは綺麗な笑顔でニッコリ笑う。芸能人並にバッチリとメイクが今日も決まっている。
いつもよりもさらに背が高いと思ったら、珍しくかなり高いヒールを履いていた。
身長を私と別の意味で気にしているのに、何故かな? と私は首を傾げる。
「いやいや、今日はお付き合い頂きありがとうございます」
「私が無理矢理来たようなものだし。ところでその格好、イイね!
可愛い~! 月ちゃんそういう、お嬢様っぽいワンピ-スって珍しくない?」
そう、今日私はチョットおすましなスタイルにしてきた。白くてクラシカルなデザインのワンピースを着ている。結婚前後は色々と可愛く、かつ畏まった格好をしなければならない場も多いだろうと買った一枚だ。
「やはり今日は、ドレス着る気分盛り上げようと思って」
薫さんは、満足げにウンウンと頷いている。それに、ワンピースの方が一発で脱げるので試着しやすくて良かったりする。
「いつも、そういう感じの洋服を着ればいいのに、ところで……婚約者はまだ来てないんだ」
周りをキョロキョロ見渡す。薫さんの言葉に、私は思わず絶句する。
え? ずっと私の後ろにいた、バカデカイ存在、見えていませんでした?
「あ、初めまして、大陽渚です。百合ちゃんがいつもお世話になっています」
ずっと挨拶のタイミングを伺っていた大陽くんは苦笑しながら、薫さんに頭を下げる。
「え、コレが!?」
薫さんは、心底ビックリしたように大陽くんを見上げた。
『コレ』って……薫さん……。
薫さんも言ってから、しまったと思ったようで、慌てて笑顔を作る。
「どうも、鈴木薫と申します。
映画オタクのSEとお聞きしていたので、てっきりヒョロっとした小柄の人かと。まさかこんな体格の良い方だとは思わずにビックリしてしまって」
確かに、なれそめとか性格とかは説明していたが、体格は言ってなかったことを思い出す。
「たしかに、SEというといつも驚かれます」
ニコニコ笑う大陽くんの言葉に私も笑ってしまう。
大陽くんがよく人から言われる言葉。
『その体型でSE? なんかパソコンに向かっている印象がないですね』『バスケとかされていました?』
実際そうであるし、その身長を生かした何かをしたこともなく、彼は無駄にデカイだけ。
薫さんは何故か、チョット面白くなさそうだ。
大陽くんを上から下まで見てから、私の方をチラっと見てくる。
「ですね~ヒールを履いた私でも。こんなに見上げる男性右ってあまりいませんから。
――で、どこ? その事務所! 早速ドレスを選びに行こう!」
猫かぶった笑顔を大陽くんにむけてから、私の肩に手を回して促す。その時チッと小さい舌打ちが聞こえた。
「あ、うん、南口の方」
薫さんは、大陽くんが気に入らなかったのだろうか?
「威圧感与えるために慣れないヒールを履いてきたのに、意味なかった」
ボソっとつぶやく薫さんの声が聞こえた。
「薫さん……」
「いやさ、邪魔する気はないよ。
百合ちゃんを泣かせるような事しそうな奴だったら、脅しかけといたほうがいいかなと思ってね」
私に聞こえてきたことに気が付いたのかヘラっとごまかし笑いをする。そしてこそっと私に囁く。
それでいつも以上の目力を感じるメイクにこのヒールだったのね。
大陽くんにも聞こえているようで、後ろで苦笑している。薫さんも態と聞こえるように言っているんだろう。
もし私を泣かせたらぶん殴ると、暗に言っているのだ。
「百合ちゃん、地図かして。方向音痴な君に任せるのも危険だから」
大陽くんは薫さんに嫌悪感を感じるなんて事はなかったようで吹き出す。
薫さんのジッという視線に気が付き顔を引き締め、私に話しかけてくる。私はバックからパンフレットを出して渡す。
そして、私達三人は、若干打ち解けた感じ? で互助会の事務所に向かうことになった。
駅 STATION
1981年 日本
監督:降旗康男
脚本:倉本聰
キャスト:高倉健
いしだあゆみ
根津甚八