春の惑い
結婚前に、手元に一番増え収拾がつかなくなるのがカタログだと思う。
まず式場のカタログ。ウェディングドレスのカタログ。指輪のカタログ。賃貸情報、旅行のカタログ。会社の昼休みに私の横で毎日違うカタログを前にしている二人がいる。
実和ちゃんは、そのカタログに埋もれアップアップになってきているようにも感じた。
けっこうプレッシャーに弱いところもあり、仕事もミスしがちになっているようだ。
フェミニストである黒くんの「実和ちゃんの好きなようにすればいいよ」という言葉。こういう場合かえって女性を追い詰めるものである。
渚くんも結婚準備中のスタンスは似たようなものだった。
『家電は百合蔵さんが使うものだから、百合蔵さんが使いやすいと思うものを選ぶといいよ』
『デザインとかよく分からないから、まかせるよ』といった感じ。
大抵のカップルは、ここで喧嘩になる事が多いようだ。
「カタログをみる前にね、まず何が必要なのかとシンプルに考えたほうがいいよ」
「シンプルにですか?」
実和ちゃんは縋るような目で私を見つめてくる。
対して黒くんは、楽しそうにニコニコと話を聞いている。なんかその黒くんの態度に違和感を覚えた。
もっと自分自身の事なのに、何その見守るといったのんびりした態度。もっと積極的にこういった事を、一緒にやっていく人だと思ったのに意外である。
「家具・家電は、今二人がもっているものをリストアップするの」
何かと結婚式というのは入り用なのである。何が必要で、何は後々揃えるのがよいのか現状を把握することから考える。
私の場合と同じで、一人暮らしの男性と、親元の女性の結婚。
女性が持っているのは基本的に洋服ダンスとか音楽コンポとかくらいである。
逆に男性が持っているものも、家電が二人での生活に使えるものかも難しい所はある。
我が家の場合、渚くんの使っていた冷蔵庫はホテルの部屋にあるような小型のものしかなかった。
新生活にとてもじゃないけれど使えるものではなかった。洗濯機は実家に持って帰って洗ってもらっていたこともあり、そもそも持っていない。
家電に関しては新たに買うしかなかった。
「そして、結婚生活で使えるものなのかどうなのかを判断する。
被ったものはどちらを使うのか? 二つあっていいものなのか? どちらも使えるものなのかを判断して。
使えないものはここで切り捨てる。
ということすると、必要な物、いらない物が見えてくるよね?」
実和ちゃんは素直に頷き、頭を必死で整理しているようだ。
「生活の基盤でもあるから、二人で確認しあえば間違いもないから。二人で相談しながらするといいよ」
私は二人という言葉をあえて協調して、黒くんをチラリとみる。
黒くんは、『ん?』という顔を私に返してきた。チョットは通じてくれたかな? と私は目に力を入れて、さらに黒くんに念をおした。
※ ※ ※
午後、黒くんの代わりに、東和薬品へと出向き原稿を受けとることになった。会社を出たところで、黒くんからメールがくる。
「東和さんへ行ってくれてありがとう。 コチラも解決しました。
良かったら帰りに車で拾っていくけど今どこ?」
こういう気遣いができるのに、なんで実和ちゃんには暢気なのかな? と私は首を傾げる。
とりあえず東和さんを出たところだとメールをして、合流することにした。
「ありがとう、助かった」
黒くんにまずお礼を言って、心地良い室温の営業車の助手席に乗った。
「いやいや、コチラこそ、動いてくれて助かったよ」
紳士的に見える爽やかな笑顔を返す黒くんは、その笑顔をふと真顔に戻し、車を発進させる。
「ところでさ、月ちゃん何か怒っている?」
やはり、以心伝心というのは難しいものである。
怒っていたのでなく、強いお願いの想いを込めただけなのに怒っているととられていたようだ。
「怒っているというよりね、実和ちゃんが少しイッパイイッパイになっているからそれが気になって」
黒くんは『え?』という感じで、首をかしげる。
「テンションあげて頑張っているみたいだけど、何か月ちゃんに相談をしてきたの?」
そうか、実和ちゃんって黒くんが好きすぎる。
彼の前ではけっこういつも緊張状態が解けないところがある。かえって実和ちゃんが見え辛くなっているのか。
そんな状態で結婚生活って逆に大丈夫なのかな? と私は別の心配をしてしまった。
私は首をふる、そうやって私に愚痴ってばかりいると思われるのも、実和ちゃんが可哀想だから。
「いや、何もいってないよ。でも一生懸命になりすぎて余裕がなくなっているように見えるの」
「そうなのか~」
「あのさ。結婚って、二人でするものなんだからさ、もう少し黒くんも一緒に色々考えたほうがいいよ」
黒くんは、『大丈夫、大丈夫』と笑う。
「姉貴にも言われたんだけど、結婚は女性が主役で楽しいイベントなんだから、男が余計な口を挟むなって。
だから実和の好きなようにさせてあげようと思って」
「でもさ、意見を受け入れるというのと、放任するのって違うと想うよ。
『好きなのでいいよ』『何でもいいよ』って言葉。本気で相談した側からしてみると寂しい言葉だよ」
丁度信号にかかったこともあり、黒くんは私の顔をしげしげ見つめてくる。
「もしかして、月ちゃんの経験からも言ってる言葉?」
「まあ、ん~多少は思ったかな。
でもテンション上げていたこともあって、寂しいとまでは思わなかったけど。
女性からすると、『何で?』と思うことはあるよ。そういうの」
黒くんは、顔をしかめ運転に戻る。なんだ自分の時の不満をぶつけているだけ、と思われたのだろうか。
「渚さんは、どうだったの? 結婚前」
黒くんは、結婚準備段階の渚くんの行動を何故か気にしてくる。
全然タイプが違うから参考にはならないと思うのだが……。
「結構一緒に色々考えてくれたほうなのかな? 初期の段階でどつかれた事もあるのかもしれないけど」
一瞬黒くんの言動に気をとられていたこともあり、余計な事までをぽろりといってしまった。
そういう言葉を聞き逃さないのが黒くんという男。
「え! 月ちゃんがどついたの?」
「いやいやいや、私じゃない!友達が」
私は必死で否定する。そんなDV夫婦に思われたくないし、私はそんな事はしていない。
春の惑い(小城之春)
2002年 中国 116分
監督:ティエン・チュアンチュアン
キャスト:フー・ジンファン
シン・バイチン
ウー・ジュン
ルウ・スースー
イエ・シャオカン