きのうの夜は…
プロポーズ――求婚することで、互いに結婚をすることの意思疎通を図ること。指輪を贈りそれを受け取ることで成立するというのが一般的ならしい。ある意味、これがなければ始まらないそんなイベント。
四月の中旬で、週の真ん中水曜日。
私は会社で、よろめきながら席を立つ。
『人間の一番気持ちが緩む、水曜日作られた車は買うな』という言葉がある。
もし今日私が車を作っていたとしたら、それは絶対買わない方が良い! 間違いなく欠陥車になるだろうから――。
私はフラつく身体と頭に喝を入れる為に、給湯室へと向かう。
マグカップを棚から出し、インスタント珈琲の粉を大匙四杯入れる。
「あれ! 百合ちゃんがインスタント珈琲なんて珍しい!」
入ってきた同期の河瀬夏美ちゃんが、驚きの声を上げる。そうインスタントはあまり普段飲まない。しかし私が今欲しいのは美味しい珈琲ではなく濃厚なカフェイン成分。
「うん、立ったまま寝むれそうなくらい、眠いの」
夏美ちゃんの目が心配そうに揺れる。
「何かあったの?」
私は力強く頷く。そしてため息をつく。
「なんやかんや、色々あってね……結婚する事にしたの――昨晩」
夏美ちゃんは、目をまん丸にして絶句する。
昼休みになり私は、夏美ちゃんに強引に外にランチに連れ出される。心配で夕方まで待てなかったみたいだ。
確かに憔悴しきった私の様子はオカシイ。
普通の結婚を決めた女性の『私、昨日プロポーズされて結婚することにしたの♪ エヘ!』という雰囲気からかけ離れているのは自覚している。
私はため息をつきながら、夏美ちゃんに、昨晩何があったかを語りだす。
※ ※ ※
昨日は仕事も順調で珍しく残業もなかった。私は上機嫌そのままのノリで、恋人である大陽渚くんにメールする。
『お疲れ様~いいな~俺はヤバい感じ。深夜にはならないと思うけど、はぁ~』といったやり取りを楽しみ帰宅。
母親と二人で穏やかな夕飯を食べ二人で後片付けし、お風呂入り、部屋で寛ぐ。ここまでは平和だった。
十一時、酒の入った父親が家に帰り、私の部屋を訪れた所から、雲行きが怪しくなる。
父親は上機嫌で、『お前に、良い旦那見つけてやったぞ!』と自慢気に言ってくる。
酒の席でそんな勝手に人の人生に関わる大変な話を纏めてくるというのもどうかと思う。
恐ろしい事に父親は、それを私が喜んで聞いてくれると思ったようだ。
私は、『お父さんが、心配しなくても、自分でなんとかするから大丈夫』とやんわり断る。途端に機嫌が悪くなる。
「お前が、何時までもフラフラ遊んでいるから、探してやったんだろ!
第一、お前の通ってるショボい会社になんかロクデモない男しかいないしな!」
流石に、この言葉に私もカチンとくるけど、耐える。
「私は、ちゃんと自分なりに人生考えて生きています。
私のタイミングでこういう問題はすすませて欲しい」
私としては、かなり言葉を選んで答えたけど、父親は激怒した。
「何が、自分のタイミングだ、生意気な!
穀潰しの居候風情が偉そうな事言うな!」
顔をお酒のせいだけでなく真っ赤にした父親が、怒鳴ってくる。
いつもなら、耐えてやり過ごしていた理不尽な父親の言動だったが、昨晩は耐えられなかった。というか私にしては珍しくキレた。
「私だって好きでここにいる訳じゃないから! 邪魔なんでしょ? なら直ぐ出て行ってあげるから!」
といった内容の事を叫んだと思う。
私が、思いがけず怒鳴り返した事に、驚愕している父親を無視し、充電器ごと携帯を手に取り、ベッドの上に置いてあったバッグに入れてそのまま家を飛び出した。
慌てて母が何か叫んだようだが、私は無視して、夜の住宅街を駆け抜ける。