食客
「お天気が良いと、コチラから富士山も見えるんですよ」
ほうほうとブライダル相談員という肩書きの恵比寿顔のオジサマがそう説明をしてくれる。
その後について、私と大陽くんは、ニコニコとホテル内を移動する。つい一緒にいるだけで、コチラまでなんか笑顔にするとは、この男性の恵比寿顔パワーは凄まじい。
この顔だからこの仕事についたのか? この仕事についている間にこの顔になったのか? 私はどうでも良い事を考えていた。
この顔で鬼瓦という名前なのも、合わせて面白い人物である。
「コチラの披露宴会場は、大人数用というか、両家親族だけの結婚式というのに向いていまして」
驚いたことに、会議室のように中央に大きなテーブルがデーンと置かれている。
「一つのテーブルをみんなで囲む事で一つの輪を生み出すというコンセプトでご用意しました」
面白い発想ではある。とはいえそれぞれの家族、親族、会社の人、友達までが一色単に同じテーブルを囲むというのは無理がありそうだ。
恵比寿さんのキャラクターは非常に気に入った。しかしホテルが駅からやや分かり辛いところにあり周囲が飲み屋街で環境が悪い。
ホテル自身もやや古くて垢抜けない感じがチョット気になった。
恵比寿さんは、『どうでしょうか? 良かったら、お見積もりなんかお作りいたしますよ』と福々しい顔で微笑む。これを断ったら、バチが当たるのではないかというくらい神々しい。
折角だからと、大陽くんは百五十人くらいの人数で披露宴の見積もりを作成してもらった。
ブライダル業界も漏れずに競争が激しいようで、客を引き留めることで必死な様子。
見積もりだけのつもりが、日にちの仮押さえというものまでさせられてしまう。
どこのホテルでも、そうで正直私は驚いた。
「いいんじゃない、検討もできるし、後で断ればいいだけだから」
大陽くんは暢気なものである。しかしその断るのって、誰がするんだろうか?
私はここ以降、明らかに使わないなと思った所は断るようにした。『まだスケジュールが調整できなくて、いつ式を挙げるかは悩んでいる』とか言って。
散々フェアーでリーズナブルに楽しんで、逃げるというのも心苦しい。後で断る方がさらに心苦しいものだから。
次に候補にあげたのは、駅からも近く、姉も利用したホテルである。姉が実際に挙式をあげた場所だけに、イメージはかなりしやすかった。
今度は、人の良いおば様という感じの人が担当。良く言えば親身、悪く言えば馴れ馴れしく接してきた。肩書きはブライダルプランナー。
「大陽様は本当に大きいですよね~なんて素晴らしいのでしょう~」
何故か大陽くんのデカさが気になるようで、事ある毎、場所がかわる度にそんな言葉を挟んできた。
そのおば様ブライダルプランナーの勧めで、模擬挙式に参加した。さらに二人で千円という価格で、チョッピリお洒落なコースディナーを楽しむ。
ここでは、披露宴気分を味わってもらうために、一旦相談員の離れる。私達はそこで気兼ねなく話し合うことができた。
「なぎ左右衛門の所は、親戚はどのくらい?」
「うーん、全ての伯父伯母だけで二十人、あと従兄弟がどの程度くるかだね」
「うちは伯父伯母だけで十八人。
家族は渚左右衛門さんの所が家族は四人。ウチは甥っ子姪っ子いるから七人か。
確実に参加の親戚だけで五十人弱か」
このホテルは、どちらかというと宿泊よりも挙式がメイン事業という場所なようだ。
ブライダル関連のサービスが充実しているのは良い。しかし関西から来てくださる親戚の方の為に用意できる部屋が少なかったのが気になった。
二人とも関西から親戚がくるために、その分の部屋の用意が必要なのである。
「まずは、互いの親戚がどのくらい来るかを調べてからか、招待客を決めるのって。
やはり百五十人とみて正解なのかな?
あっ珈琲で、百合ちゃんも珈琲だよね?」
「あ、はい珈琲お願いします」
話し合っているうちに、料理のコースも終盤にかかっていたようだ。
食後の珈琲を飲みながら、大陽くんは、何やら『うーん』と考えているようだ。
「あのさ、百合蔵さん、この後ラーメンでも食べに行かない?」
やはり、若干軽めのこのコース、彼には明かに足りなかったようだ。私はお腹いっぱいとは言わないけれど、このあとラーメンを食べるほどまではお腹は空いてない。
「流石に、私は今からラーメンは辛いから、ファミレスでいいかな?」
ファミレスなら、私は飲み物を飲んで、大陽くんにはお腹の隙間にあう食べ物を食べて貰うことが出来る。
「じゃ、それで!」
ニッコリ嬉しそうに笑う大陽くん。
披露宴会場から出てくる私達をニコニコと迎える、担当のブライダルプランナー。
「如何でした? 料理とか雰囲気とか」
まあ、特別素晴らしいわけでもなかったけど、悪くもなくまあ普通に楽しめた。
「素敵でした」
私はニッコリ答えておく。そうすると嬉しそうにブライダルプランナーさんも笑う。
「ところで、今日頂いた料理って、実際の結婚式の料理と同じと考えていいのかな?」
大陽くんの質問に大きくプランナーさんが頷く。
「はい、同じように誠意を持ってサービスさせてもらいます」
「内容も?」
大陽くんの聞きたがっている点が私には分かった。しかしプランナーさんは理解してなかったみたいでニコニコとしている。
「はい! 季節の食材に関しては変更になることはあります。しかしほぼ同じ質のメニューを提供させて頂きますのでご安心下さい」
誇らしげにニッコリと笑う。
大陽くんは『そうですか』と笑いながら頷いている。その目がチョットガッカリしているのが私にはなんか分かった。
喜んでいる時とガッカリしている時で、ここまで目の輝きが変わる人も珍しい。営業マンが絶対出来ないタイプである。
大陽くんはサービスとか味というより量に明かに不満を覚えているようだ。
今までのデートでもそうだった。彼が特に目を輝かせて喜んだ料理というのは、それなりに美味しくて盛りの素晴らしい料理。
お洒落でしかも味も素晴らしいお店でも、量が少ないと今のような感じの目をする。物足りないので、満足できていないのだ。
私の頭に、大陽父の『料理』についての、言葉が蘇る。このアメリカンサイズの体格と胃袋を持つ一家を満足させる料理って結構大変かもしれない。
食客(Best Chef)
2007年 韓国映画
監督:チョン・ユンス
脚本:チョン・ユンス
シン・ドンイク
キャスト:キム・ガンウ
イム・ウォニ
イ・ハナ