↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/18

第18話 扉を開けた瞬間、教室の時が止まった

「行ってきます……」

「気をつけてね、怜。何かあったらすぐ先生に言うのよ?」

お母さんの心配そうな声に見送られ、俺は自宅を出た。

朝の澄んだ空気を吸い込みながら、通学路を歩き始める。普段ならサクラちゃんとかとお喋りしながら歩く楽しい道だが、今朝ばかりは心臓が口から飛び出そうなくらい緊張していた。

(すれ違う人に気づかれたらどうしよう……)

すれ違うスーツ姿の通勤客や、近所のおばあさんの視線を感じるたびに、ついつい下を向いて帽子のツバを引っ張ってしまう。前世ではただの「風景」の一部だった自分が、今は「見られているかもしれない」という恐怖と背中合わせなのだ。

子役として芸能界に足を踏み入れたときから、いつかはこうなる覚悟はしていた。

でも、いざ現実になると胃がキリキリと痛む。

「……前世の俺なら、テレビの中にいる『すごい子』を画面の向こうから指くわえて見てる側だったのになぁ」

呟いた言葉が、朝の風に溶けて消える。

前世での俺は、特筆すべき才能もないごく普通のオタク男子だった。それが今や、全国で話題の美少女子役。ギャップが大きすぎて、時々自分が自分でないようなフワフワした感覚に襲われる。

歩道橋を渡り、見慣れた小学校の校門が見えてきた。

校庭からは、朝の運動をしている児童たちの元気な声が聞こえてくる。

(みんな、CM見たのかな……。遠い存在になっちゃったとか思われたらどうしよう。『芸能人気取り』って浮いちゃったらどうしよう……)

学校は、俺にとって「前世の後悔をやり直す、かけがえのない日常」だ。

中身が男子学生だからこそ、友達とくだらないことで笑い合ったり、授業を受けたりするこの時間が、何物にも代えがたい宝物だった。それが壊れてしまうかもしれないという不安が、足取りを重くする。

昇降口で上履きに履き替え、長い廊下を歩く。

四年生の教室が近づいてくるにつれて、胸のバクバクはピークに達していた。

「ふぅ……大丈夫。いつも通り、普通にしてればいいんだから」

教室の前に立ち、深呼吸をひとつ。

俺は意を決して、ガラリと教室の木製の引き戸を開けた。

――その瞬間。

「「「………………」」」

さっきまでガヤガヤと騒がしかった教室が一変し、完璧な「静寂」が訪れた。

教室にいたクラスメイト全員の視線が一斉に俺に突き刺さる。

男子も、女子も、ランドセルを置く手を止めたまま、まるで時間が止まったかのように俺を見つめていた。

(うっ……やっぱり、気まずい……!?)

冷や汗が背中を伝う。あまりのプレッシャーに一歩後退りしそうになった、その時だった。


「……れ、怜ちゃん……っ!」

前列にいた女子が、震える声でつぶやいた。

それを皮切りに、教室の静寂がガラガラと崩れ去る。

「怜ちゃん! 見たよ、昨日のCM!!」

「すごすぎ! カッコよすぎだよ怜ちゃん!!」

「あのウインク何!? テレビの前で『キャー!』って叫んじゃったよ!!」

バッと立ち上がったクラスメイトたちが、一斉に俺の周りに駆け寄ってきた。

だが、彼らは俺を揉みくちゃにしたり、面白半分に騒ぎ立てたりはしなかった。俺の目の前、少しだけ距離を置いたところで足を止め、全員がキラキラとした純粋な尊敬と感銘の眼差しで俺を見つめていたのだ。

「あのね、白妙さん……!」

クラスの学級委員の男の子が、少し緊張した面持ちで口を開いた。

「僕、昨日のCM見て本当に驚いたんだ。白妙さんがすごいモデルさんだってことは知ってたけど……あんな、映画の主人公みたいな演技ができるなんて。同じクラスにいるのが信じられないくらい、カッコよかった……!」

「そうだよ! 私、お母さんと一緒に見てて『これクラスの怜ちゃんだよ!』って自慢しちゃった!」

「隣の女の子を助けるところ、マジでヒーローみたいだったぞ!」

男子も女子も、目を輝かせながら口々に言葉を紡いでいく。

そこに「芸能人に対する野次馬根性」や「冷やかし」は一切なかった。あったのは、「自分たちの友達が、誰もが認める素晴らしい仕事をした」ということに対する、真っ直ぐな称賛と誇りだった。

「みんな……」

胸の奥が、熱いもので満たされていく。

不安で押し潰されそうだった心が、みんなの温かい言葉によって柔らかく解けていくのが分かった。

「遠い存在になっちゃったみたいで、昨日はちょっとドキドキしたけど……」

仲良しの女子生徒が、少し気恥ずかしそうに微笑む。

「でも、白妙さんは白妙さんだよね? 学校では、これからも一緒にお喋りしてくれる……?」

その問いかけに、俺は溢れそうになる涙を必死にこらえ、心の底からの笑顔を浮かべた。

「うん! もちろん!! 私は何も変わらないよ。みんなと同じ、ただの白妙怜だよ!」

俺がそう答えると、教室中に「よかったー!」という安堵の声と、温かな拍手が広上がった。

「コラコラ、朝から何を大騒ぎしてるんだー?」

ガラリとドアが開き、担任の先生が笑顔で入ってきた。

「白妙さん、CM見たぞ。実に素晴らしい出来だったな。だが、学校にいる間は一人の小学生だ。みんなも白妙さんを特別扱いしすぎず、今まで通り仲良く過ごすように」

「はーい!」

クラス全員の元気な返事が教室に響き渡る。

席に着き、自分の机に触れる。木の温もりが手に伝わってくる。

テレビでどれだけ話題になろうと、ネットでどれだけバズろうと、俺の大切な居場所はここにある。みんなが俺を「白妙怜」として受け入れてくれたことが、何よりも嬉しかった。

前世の俺にはなかった、温かくて眩しい日常。

この場所があるからこそ、俺は芸能界という新しい世界でも、胸を張って戦っていける。

「……よし、頑張ろう」

教科書を鞄から取り出しながら、俺は心の中で静かに誓った。

子役・白妙怜の物語は、ここからさらに大きなステージへと走り出していくのだ。

【作者より】

ご覧いただきありがとうございます!第18話でした!

CM放送翌朝の学校編、いかがでしたでしょうか?

「クラスから浮いてしまったらどうしよう」と不安だった怜ちゃんでしたが、クラスメイトたちは大騒ぎするのではなく、純粋な尊敬と祝福の眼差しで温かく迎えてくれました。

『ZAP!』や『めさましてれび』、そしてネット掲示板での反響も含め、怜ちゃんを取り巻く世界が大きくなっていることを実感していただけたら嬉しいです!

ちなみに、このCM反響〜学校編の盛り上がりを経て、まもなく第1部が完結となります!(全20話前後を予定しております)

物語が一つの大きな節目を迎えますので、ぜひ最後まで怜ちゃんの活躍を見届けていただけると嬉しいです!

面白かった、続きが気になる!と思っていただけたら、ぜひブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の大きな活力になります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。