女神の手のひらで世界はまわる
女神は光の島に浮かんでいた。
空は澄み渡り、雲ひとつない日差しが降り注ぐ。 島の下の世界では、作物は豊かに実り、農民たちは収穫を喜び、商人たちは順調に行商をしていた。 戦場では、運が味方となり勝利を重ねる。
その度に人々は女神に感謝の祈りを捧げた。
女神はにこにこ微笑んで信仰を受け取った。微かに指先を揺らすだけで、世界の歯車がうまく回るように導かれていた。
「ふふ、また自分で考えたと思っているのね。かわいい子たち」
国を大発展に導く発明や発見さえも女神の掌の上だ。天啓としてもたらされたそれを、人々は自分で思いついたものだと思い込み、女神のおかげだとは夢にも思わない。
まぁ、そんなこと女神は気にしない。国民一人ひとりを個としてではなく、たくさんの信仰をくれる「かわいい子たち」として見ていたからだ。喜びも悲しみも、彼女にとっては小さな光景のひとつにすぎない。
だが、政治と宗教が入り混じると、物事はすぐに歪んだ。
聖職者たちは権力を握り、善良な民を苦しめる。税を課し、作物を押収し、戦争の口実に民を動員する。王権は弱まり、国は次第に腐敗していった。
ある聖職者は、街で見初めた年若い娘を自分の妾にしようとした。しかし娘はそれを拒否した。激怒した聖職者は、娘の家族諸共、濡れ衣を着せて鞭打ちの刑に処した。娘たちは泣いて女神に許しを請うたが、その声はついぞ聞き届けられることはなかった。こんなことが日常茶飯事となっていた。
女神はそれを傍観するしかなかった。彼女の倫理観では、これも自然の結果であり、悲劇ではない。
「まあ……人間たち自身の選択の結果だもの」
小さな笑みを浮かべ、女神は思った。そもそも、人間が起こすいざこざを全て個として把握するつもりなどないのだ。女神にとって人間など、有象無象の集まりにすぎないのだから。
ある日、王家の隠し子が立ち上がった。
汚職を続ける聖職者も、聖職者を野放しにする腐敗した王権も、全て制裁するためだ。
「宗教なんて捨てる!」
隠し子は宣言し、教会を打ち破り、信仰を禁じた。
力の弱まりを感じた女神は、地上へと目をやった。女神の像は打ち砕かれ、純粋に女神を信仰していた聖女や見習いたちは、新しい王によって処刑されていた。
「あらら。んー、私は別に構わないけど、本当に私の加護はいらないのかしら」
女神は、新国王の夢の中に姿を現した。
「私の力はもう必要ないの? 今まで通りとはいかないわよ?」
「お前のせいで国は腐敗した。もういらない」
女神は肩をすくめた。
「なら、少し眠ろうかしら」
眠りについた瞬間、世界はゆるやかに、しかし確実に悪い方へと変化していった。
市場は荒れ、作物は枯れ、疫病が街を覆った。貧困が蔓延し、人々から笑顔は消えた。戦争では悪運に見舞われ、泥試合となり、多数の犠牲が出た。
国民の大半は純粋に女神を信仰していた。信仰を弾圧された民衆は怒り騒乱を起こす。王家はますます「女神のせいだ!」と躍起になり、国民諸共弾圧した。人々は女神に齎されていた加護に気づくこともなく、ただ生き残ろうと必死になり、やがて消えていった。
女神にとっては、悲劇でも災厄でもない。ただの自然の結果である。
「まあ……少し騒がしいけど、これも社会勉強の一環ね」
時折うっすらと目が覚め、地上を確認してにこにこと笑う女神の目には、国民たちの悲痛はただの背景にすぎなかった。
数百年後、女神は完全に目を覚ます。
国も人も、かつての知性ある存在もいない。世界は静まり返り、まるで初めから何もなかったかのようだった。
「退屈ね……」
女神は小さな生き物に目を留める。まだ何も知らない、ただ地面を這う小さな存在。
「仕方ないわ。眠って力も戻ったことだし、また進化させてあげましょう」
指先を揺らすと、微かに光の粒が生き物の体に触れる。
「さあ、今度はどんな生き物になるのかしら……ふふ、楽しみだわ」
生き物たちは、女神の存在を感知できない。ただ、何か小さな力を得たように動き、形を変え、少しずつ成長していく。
女神にとっては、すべてが「かわいい子たち」であり、ちょっと手を貸すだけで十分楽しめる世界だった。
人間、感謝を忘れてはいけませんね。良かったら感想下さい。




