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私の魔法でイケメン最強になった王子に婚約破棄されましたが、魔法を失った途端すべて失っていました

作者: やまぶき
掲載日:2026/01/16

――彼は、最初から“出来のいい王子”ではなかった。


 運動神経は悪く、剣を握れば転び、魔法はほとんど使えない。

 顔立ちも整っているとは言い難く、社交の場ではいつも壁際に追いやられていた。


 それが、私の婚約者――第二王子アルベルト殿下だった。


 周囲の評価は冷たかった。

「次期国王など到底無理だ」

「兄王子の引き立て役がせいぜい」

 そんな声が、平然と殿下の耳に届く環境で育った彼は、いつも自信なさげに笑っていた。


 だから私は、彼の顔でも地位でもなく――その、不器用な優しさに惹かれたのだ。


「君は、どうして僕を選んだんだい?」


 ある夜、ぽつりと殿下がそう尋ねてきたことがある。

 私は少し考えてから、正直に答えた。


「人の痛みに気づけるところが、好きなんです」


 その言葉に、殿下は泣きそうな顔で笑った。


 ――だから、支えたいと思った。


 私が生まれ持った魔法は、《補助》と呼ばれる希少なものだった。

 直接攻撃はできない。

 けれど、対象の能力を底上げし、見た目さえも“理想の姿に近づける”ことができる。


 代償は、私自身の生命力。


 使えば使うほど、身体は重くなり、夜は激痛で眠れなくなる。

 それでも私は、その魔法を殿下に使った。


 次第に殿下は変わっていった。


 剣は冴え、戦場では英雄と呼ばれ、社交界では「麗しの王子」と囁かれるようになった。

 鏡に映る彼は、誰もが振り返るほどの美貌を持つ、まさに“理想の王子”だった。


「君のおかげだよ」


 そう言って微笑む殿下を見るたび、胸がいっぱいになった。

 身体がどれほど苦しくても、構わなかった。


 彼が活躍する姿が、ただ、愛おしかった。


 ……けれど。


 称賛が増えるにつれて、殿下の視線は少しずつ私から離れていった。


「最近、殿下と侯爵令嬢が親しげだ」


 そんな噂が耳に入るようになった頃、私はすでに、自分の体調の悪化を隠すのが難しくなっていた。


 それでも私は、魔法を止めなかった。


 彼が輝いている限り――

 私は、影で朽ちていってもいいと思っていたから。



 殿下の隣に、いつの間にか別の令嬢が立つようになった。


 侯爵家の令嬢、エレノア様。

 艶やかな金髪に、非の打ちどころのない美貌。社交界では“咲き誇る薔薇”と称えられるほどの人だった。


「アルベルト殿下ぁ、今日の剣の稽古、とっても素敵でしたわ」


 甘えた声でそう囁く彼女に、殿下は照れたように笑う。

 ――その笑顔が、以前は私に向けられていたものだと気づいてしまい、胸がきしんだ。


 表向き、エレノア様はとても感じの良い方だった。


「まあ、あなたが例の婚約者様? 噂はかねがね」


 にこやかに微笑み、丁寧な言葉遣い。

 けれど、二人きりになると、その仮面はあっさり剥がれ落ちた。


「……あなた、殿下の隣にいるには、少し地味すぎません?」


 耳元で囁かれた声は、冷たく鋭かった。


「殿下ほどのお方なら、もっと華やかな伴侶が必要ですわ。あなたが足を引っ張っているの、わかっていて?」


 反論しようとして、言葉が喉で詰まった。

 否定できなかったからではない。

 否定する元気すら、もう残っていなかったからだ。


 魔法を使うたび、身体の内側が焼けるように痛む。

 立っているだけで視界が揺れ、夜は吐き気で眠れない。


 それでも私は、殿下の前では笑顔を崩さなかった。


「最近、少し疲れているみたいだね」


 殿下はそう言ってくれたけれど、その声には、かつての心配の色はなかった。


「無理をしなくてもいい。君がいなくても、僕はもう大丈夫だから」


 ――その言葉が、胸に深く突き刺さった。


 大丈夫。

 それはつまり、もう必要ないという意味だった。


 殿下は気づいていなかった。

 自分の強さも、美しさも、勝利も――すべてが私の魔法の上に成り立っていることを。


 いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。


「僕は努力してきたんだ」


 ある日、殿下は誇らしげにそう言った。


「昔の僕とは違う。これは全部、僕自身の力だ」


 その隣で、エレノア様が満足そうに微笑む。


 私は、何も言えなかった。


 言えば、壊れてしまう気がしたから。

 この関係も、彼の輝きも――そして、私の居場所も。


 だから私は、ただ魔法を使い続けた。


 自分の身体が限界を迎えていることに、目を逸らしながら。


 やがて、社交界には囁きが広がり始めた。


「王子の婚約者は、何の取り柄もないらしい」

「殿下の足を引っ張っているのは、あの地味な令嬢だ」


 それらの言葉が、誰の口から発せられているのか。

 考えるまでもなかった。


 そして私は、気づいてしまった。


 殿下の視線が、完全に私を通り越し――

 エレノア様だけを追うようになっていることに。


 それからというもの、私の周囲では、少しずつ“おかしなこと”が起き始めた。


 侍女が用意したはずの衣装が、なぜか届かない。

 社交会の招待状が、私の元にだけ回ってこない。


「そんなはずは……」


 侍女は青ざめて首を振った。

「確かにお渡ししました。でも……」


 その“でも”の先は、いつも語られなかった。


 ある日、廊下ですれ違った貴族令嬢たちが、くすくすと笑う声が聞こえた。


「聞いた? 王子殿下の婚約者様、殿下の功績を自分のものにしようとしたんですって」

「まあ、恥知らず……」


 足が止まった。

 そんな話、聞いたこともない。


 けれど、その噂はまるで事実であるかのように広がっていった。


 極めつけは、エレノア様とのお茶会だった。


「最近、殿下がお忙しくて……あなたもお寂しいでしょう?」


 そう言って差し出された紅茶は、香り高く、いつもと変わらないように見えた。


 一口飲んだ瞬間、喉が焼けるように痛んだ。


「っ……!」


 咳き込み、カップを取り落とす私を見て、エレノア様は驚いたように目を見開く。


「あら、大丈夫? もしかして……体調管理もできない方だったのかしら」


 その場にいた貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さった。


 後日、その場面はこう言い換えられて広まった。


 ――王子の婚約者が、無礼にもお茶会で粗相をした。

 ――しかも、エレノア様に恥をかかせた。


 私は、弁明しなかった。


 正確には、できなかった。

 身体は日に日に衰弱し、魔法を維持するだけで精一杯だった。


 それでも、殿下は私を呼びつけた。


「君の評判が、あまり良くない」


 静かな声だった。

 叱責ではなく、まるで“事実確認”のような。


「エレノアは、君を庇っているよ。君が無理をしているのだと」


 ……そう言ってくれるのだ、と理解してしまった。


 誰の言葉を、殿下が信じているのか。


「君も、もう少し自覚を持ってほしい」


 その一言で、私は悟った。


 もう、私は殿下の“味方”ではない。

 いつの間にか、説明の必要もない“問題人物”になっていたのだ。


 そして、その数日後。


 私は、王宮の大広間へと呼び出された。


 嫌な予感が、はっきりと形を持って胸を締めつける。


 ――ここで、すべてが終わる。



王宮の大広間には、すでに多くの貴族が集まっていた。


 嫌な予感は、外れていなかった。


 玉座の前に立つアルベルト殿下は、完璧だった。

 引き締まった身体、誰もが見惚れる端正な顔立ち。

 その隣には、淡い色のドレスを纏ったエレノア様が寄り添っている。


 ――私が、作り上げた姿。


「本日は、皆に聞いてもらいたいことがある」


 殿下の声はよく通り、広間は静まり返った。


「長らく婚約関係にあったが、私は本日をもって――この婚約を解消する」


 ざわめきが走る。


 私は、何も言わなかった。

 反論もしない。取り乱しもしない。


 ただ、静かにその言葉を受け止めた。


「理由は単純だ」


 殿下は、私を一瞥しただけで、すぐに視線を逸らした。


「彼女は、王子妃としての資質を欠いている。

 社交能力も乏しく、最近では体調管理すらできず、私の足を引っ張る存在になってしまった」


 その一言一言が、刃のように突き刺さる。


「それに比べ、エレノアは違う」


 エレノア様は、控えめに微笑んでみせた。


「常に私を支え、励まし、王国の未来を共に考えてくれる。

 ……私は、自分に相応しい伴侶を選んだだけだ」


 正論のように語られるその言葉に、周囲の貴族たちは頷いた。


 誰一人として、私の味方はいなかった。


「何か、言い分はあるか?」


 形式的に、殿下はそう尋ねた。


 私は、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。ございません」


 その瞬間、殿下の眉が、わずかにひそめられた。

 ――反論すると思っていたのだろう。


 私は、ただ一歩、後ろに下がる。


 そして、心の中で、静かに魔法を解いた。


 今まで、彼を包み込むように編んできた魔力の糸を、一本ずつ、断ち切る。


 胸の奥で、何かがぷつりと切れる感覚がした。


 痛みは、なかった。

 ただ、ひどく、空虚だった。


「それでは、これにて失礼いたします」


 私はそう告げ、頭を下げた。


 背を向けた瞬間――


 ざわり、と広間の空気が揺れた。


「……あれ?」


「殿下のお顔……」


 誰かが、そう呟いた。


 私は、振り返らない。


 もう、確認する必要はなかった。


 ――私の役目は、終わったのだから。



異変は、婚約破棄の翌日から、誰の目にも明らかになった。


「……殿下、昨夜はよく眠れなかったのですか?」


 侍従の問いに、アルベルト殿下は苛立たしげに舌打ちをした。


 鏡に映る自分の姿が、どうにも気に入らなかったのだ。


 顔色が悪い。

 輪郭が、以前よりもはっきりしない。

 何より――かつて当たり前だった“輝き”が、そこになかった。


「気のせいだ」


 そう言い聞かせるように呟き、殿下は剣を取った。


 しかし、その日の稽古で、殿下は三度も転んだ。


「……あれ?」


 剣が重い。

 身体が、思うように動かない。


 周囲の騎士たちが、戸惑いの表情を浮かべる。


「殿下……?」


 英雄。最強。

 そう称えられていた姿は、見る影もなかった。


 さらに追い打ちをかけるように、戦場から凶報が届いた。


 隣国との小競り合いで、敗北。

 殿下が指揮を執った部隊は混乱し、撤退を余儀なくされたという。


「そんなはずはない!」


 殿下は声を荒らげた。


「私は、今まで何度も勝ってきた!」


 けれど、返ってきたのは冷静な報告だけだった。


 戦術の読み違い。

 判断の遅れ。

 そして、指揮官としての決定的な未熟さ。


 ――かつて、すべてを“補って”くれていたものが、もうない。


 貴族たちの態度も、露骨に変わった。


「最近の殿下、冴えませんわね」

「以前は、もっと……こう、華があったのに」


 囁きは、あっという間に広がる。


 そして、エレノア様は。


 殿下のもとを、訪れなくなった。


「エレノアはどこだ?」


 そう問い詰める殿下に、侍女は目を伏せた。


「……ご実家にお戻りになられました。ご体調が優れない、と」


 それが、嘘であることは明白だった。


 殿下の評判が落ちるのと、まるで示し合わせたかのようなタイミング。

 彼女は、何も失わずに姿を消したのだ。


 数日後。


 民衆の前で、殿下は初めて“失望”の視線を浴びた。


「英雄じゃなかったのか?」

「結局、あれも作られた姿だったんだろう?」


 その言葉に、殿下は反論できなかった。


 心の奥で、ようやく気づき始めていたからだ。


 ――自分は、支えられていただけだったのだと。


 だが、気づいた時には、もう遅かった。



婚約破棄から数日後、私は実家へ戻った。


 久しぶりに見る故郷の屋敷は、少しだけ懐かしく、そしてひどく静かだった。

 魔法を使わなくなった身体は、まだ重い。けれど、あの焼けつくような痛みは、確かに消えていた。


「……おかえり」


 門の前で、そう声をかけられた。


 振り返った瞬間、息を呑む。


 そこに立っていたのは、記憶の中の“あの人”ではなかった。


 背は高く、凛とした佇まい。

 柔らかな笑みの奥に、揺るぎない自信を湛えた青年。


「久しぶりだね」


 ――幼馴染の、レオン。


 幼い頃、よく一緒に本を読み、木登りをして遊んだ、あのレオンだった。


「……どうして、ここに?」


「迎えに来た」


 あまりにも当然のように、彼はそう言った。


「君が戻ってくると聞いたから」


 混乱する私に、彼はゆっくりと事情を説明してくれた。


 彼は、隣国の王子だったこと。

 留学という名目で長く国を離れていたこと。

 そして――ずっと、私のことを想っていたこと。


「君がどれだけ苦しんでいたか、全部知ってる」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


「……それでも、僕は君が好きだ。昔も、今も」


 彼は、何も求めなかった。

 責めもしない。急かしもしない。


 ただ、そばにいると約束してくれただけだった。



それから、私の生活は静かに変わっていった。


 レオンは、私の体調を最優先に考え、決して無理をさせなかった。

 魔法を使わなくても価値があるのだと、何度も言葉にしてくれた。


「君は、もう誰かを輝かせるために、傷つかなくていい」


 その言葉に、ようやく私は泣いた。


 隣国へ渡った私は、王子妃ではなく、“一人の人間”として迎えられた。

 飾らない日々。穏やかな時間。


 そして、確かな愛。


 一方、元婚約者の噂は、風の便りに届いた。


 かつての英雄は、今では名前を聞くことも少なくなったという。

 隣に立つ者もいない。


 私は、その話題に、もう何の感情も抱かなかった。


 過去は、過去だ。


 今、私の隣には――

 私を“そのまま”愛してくれる人がいる。


 それで、十分だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


「陰から支えていた存在がいなくなった途端、すべてが崩れる」という展開が好きで、今回のお話を書きました。

報われない努力や自己犠牲が、きちんと救われる物語になっていれば嬉しいです。


少しでも「スカッとした」「最後が好き」と思っていただけたら、

評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

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略奪令嬢は王子と敵対派閥貴族からの間者だったのかな?
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