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私の魔法でイケメン最強になった王子に婚約破棄されましたが、魔法を失った途端すべて失っていました

作者: やまぶき

――彼は、最初から“出来のいい王子”ではなかった。


 運動神経は悪く、剣を握れば転び、魔法はほとんど使えない。

 顔立ちも整っているとは言い難く、社交の場ではいつも壁際に追いやられていた。


 それが、私の婚約者――第二王子アルベルト殿下だった。


 周囲の評価は冷たかった。

「次期国王など到底無理だ」

「兄王子の引き立て役がせいぜい」

 そんな声が、平然と殿下の耳に届く環境で育った彼は、いつも自信なさげに笑っていた。


 だから私は、彼の顔でも地位でもなく――その、不器用な優しさに惹かれたのだ。


「君は、どうして僕を選んだんだい?」


 ある夜、ぽつりと殿下がそう尋ねてきたことがある。

 私は少し考えてから、正直に答えた。


「人の痛みに気づけるところが、好きなんです」


 その言葉に、殿下は泣きそうな顔で笑った。


 ――だから、支えたいと思った。


 私が生まれ持った魔法は、《補助》と呼ばれる希少なものだった。

 直接攻撃はできない。

 けれど、対象の能力を底上げし、見た目さえも“理想の姿に近づける”ことができる。


 代償は、私自身の生命力。


 使えば使うほど、身体は重くなり、夜は激痛で眠れなくなる。

 それでも私は、その魔法を殿下に使った。


 次第に殿下は変わっていった。


 剣は冴え、戦場では英雄と呼ばれ、社交界では「麗しの王子」と囁かれるようになった。

 鏡に映る彼は、誰もが振り返るほどの美貌を持つ、まさに“理想の王子”だった。


「君のおかげだよ」


 そう言って微笑む殿下を見るたび、胸がいっぱいになった。

 身体がどれほど苦しくても、構わなかった。


 彼が活躍する姿が、ただ、愛おしかった。


 ……けれど。


 称賛が増えるにつれて、殿下の視線は少しずつ私から離れていった。


「最近、殿下と侯爵令嬢が親しげだ」


 そんな噂が耳に入るようになった頃、私はすでに、自分の体調の悪化を隠すのが難しくなっていた。


 それでも私は、魔法を止めなかった。


 彼が輝いている限り――

 私は、影で朽ちていってもいいと思っていたから。



 殿下の隣に、いつの間にか別の令嬢が立つようになった。


 侯爵家の令嬢、エレノア様。

 艶やかな金髪に、非の打ちどころのない美貌。社交界では“咲き誇る薔薇”と称えられるほどの人だった。


「アルベルト殿下ぁ、今日の剣の稽古、とっても素敵でしたわ」


 甘えた声でそう囁く彼女に、殿下は照れたように笑う。

 ――その笑顔が、以前は私に向けられていたものだと気づいてしまい、胸がきしんだ。


 表向き、エレノア様はとても感じの良い方だった。


「まあ、あなたが例の婚約者様? 噂はかねがね」


 にこやかに微笑み、丁寧な言葉遣い。

 けれど、二人きりになると、その仮面はあっさり剥がれ落ちた。


「……あなた、殿下の隣にいるには、少し地味すぎません?」


 耳元で囁かれた声は、冷たく鋭かった。


「殿下ほどのお方なら、もっと華やかな伴侶が必要ですわ。あなたが足を引っ張っているの、わかっていて?」


 反論しようとして、言葉が喉で詰まった。

 否定できなかったからではない。

 否定する元気すら、もう残っていなかったからだ。


 魔法を使うたび、身体の内側が焼けるように痛む。

 立っているだけで視界が揺れ、夜は吐き気で眠れない。


 それでも私は、殿下の前では笑顔を崩さなかった。


「最近、少し疲れているみたいだね」


 殿下はそう言ってくれたけれど、その声には、かつての心配の色はなかった。


「無理をしなくてもいい。君がいなくても、僕はもう大丈夫だから」


 ――その言葉が、胸に深く突き刺さった。


 大丈夫。

 それはつまり、もう必要ないという意味だった。


 殿下は気づいていなかった。

 自分の強さも、美しさも、勝利も――すべてが私の魔法の上に成り立っていることを。


 いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。


「僕は努力してきたんだ」


 ある日、殿下は誇らしげにそう言った。


「昔の僕とは違う。これは全部、僕自身の力だ」


 その隣で、エレノア様が満足そうに微笑む。


 私は、何も言えなかった。


 言えば、壊れてしまう気がしたから。

 この関係も、彼の輝きも――そして、私の居場所も。


 だから私は、ただ魔法を使い続けた。


 自分の身体が限界を迎えていることに、目を逸らしながら。


 やがて、社交界には囁きが広がり始めた。


「王子の婚約者は、何の取り柄もないらしい」

「殿下の足を引っ張っているのは、あの地味な令嬢だ」


 それらの言葉が、誰の口から発せられているのか。

 考えるまでもなかった。


 そして私は、気づいてしまった。


 殿下の視線が、完全に私を通り越し――

 エレノア様だけを追うようになっていることに。


 それからというもの、私の周囲では、少しずつ“おかしなこと”が起き始めた。


 侍女が用意したはずの衣装が、なぜか届かない。

 社交会の招待状が、私の元にだけ回ってこない。


「そんなはずは……」


 侍女は青ざめて首を振った。

「確かにお渡ししました。でも……」


 その“でも”の先は、いつも語られなかった。


 ある日、廊下ですれ違った貴族令嬢たちが、くすくすと笑う声が聞こえた。


「聞いた? 王子殿下の婚約者様、殿下の功績を自分のものにしようとしたんですって」

「まあ、恥知らず……」


 足が止まった。

 そんな話、聞いたこともない。


 けれど、その噂はまるで事実であるかのように広がっていった。


 極めつけは、エレノア様とのお茶会だった。


「最近、殿下がお忙しくて……あなたもお寂しいでしょう?」


 そう言って差し出された紅茶は、香り高く、いつもと変わらないように見えた。


 一口飲んだ瞬間、喉が焼けるように痛んだ。


「っ……!」


 咳き込み、カップを取り落とす私を見て、エレノア様は驚いたように目を見開く。


「あら、大丈夫? もしかして……体調管理もできない方だったのかしら」


 その場にいた貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さった。


 後日、その場面はこう言い換えられて広まった。


 ――王子の婚約者が、無礼にもお茶会で粗相をした。

 ――しかも、エレノア様に恥をかかせた。


 私は、弁明しなかった。


 正確には、できなかった。

 身体は日に日に衰弱し、魔法を維持するだけで精一杯だった。


 それでも、殿下は私を呼びつけた。


「君の評判が、あまり良くない」


 静かな声だった。

 叱責ではなく、まるで“事実確認”のような。


「エレノアは、君を庇っているよ。君が無理をしているのだと」


 ……そう言ってくれるのだ、と理解してしまった。


 誰の言葉を、殿下が信じているのか。


「君も、もう少し自覚を持ってほしい」


 その一言で、私は悟った。


 もう、私は殿下の“味方”ではない。

 いつの間にか、説明の必要もない“問題人物”になっていたのだ。


 そして、その数日後。


 私は、王宮の大広間へと呼び出された。


 嫌な予感が、はっきりと形を持って胸を締めつける。


 ――ここで、すべてが終わる。



王宮の大広間には、すでに多くの貴族が集まっていた。


 嫌な予感は、外れていなかった。


 玉座の前に立つアルベルト殿下は、完璧だった。

 引き締まった身体、誰もが見惚れる端正な顔立ち。

 その隣には、淡い色のドレスを纏ったエレノア様が寄り添っている。


 ――私が、作り上げた姿。


「本日は、皆に聞いてもらいたいことがある」


 殿下の声はよく通り、広間は静まり返った。


「長らく婚約関係にあったが、私は本日をもって――この婚約を解消する」


 ざわめきが走る。


 私は、何も言わなかった。

 反論もしない。取り乱しもしない。


 ただ、静かにその言葉を受け止めた。


「理由は単純だ」


 殿下は、私を一瞥しただけで、すぐに視線を逸らした。


「彼女は、王子妃としての資質を欠いている。

 社交能力も乏しく、最近では体調管理すらできず、私の足を引っ張る存在になってしまった」


 その一言一言が、刃のように突き刺さる。


「それに比べ、エレノアは違う」


 エレノア様は、控えめに微笑んでみせた。


「常に私を支え、励まし、王国の未来を共に考えてくれる。

 ……私は、自分に相応しい伴侶を選んだだけだ」


 正論のように語られるその言葉に、周囲の貴族たちは頷いた。


 誰一人として、私の味方はいなかった。


「何か、言い分はあるか?」


 形式的に、殿下はそう尋ねた。


 私は、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。ございません」


 その瞬間、殿下の眉が、わずかにひそめられた。

 ――反論すると思っていたのだろう。


 私は、ただ一歩、後ろに下がる。


 そして、心の中で、静かに魔法を解いた。


 今まで、彼を包み込むように編んできた魔力の糸を、一本ずつ、断ち切る。


 胸の奥で、何かがぷつりと切れる感覚がした。


 痛みは、なかった。

 ただ、ひどく、空虚だった。


「それでは、これにて失礼いたします」


 私はそう告げ、頭を下げた。


 背を向けた瞬間――


 ざわり、と広間の空気が揺れた。


「……あれ?」


「殿下のお顔……」


 誰かが、そう呟いた。


 私は、振り返らない。


 もう、確認する必要はなかった。


 ――私の役目は、終わったのだから。



異変は、婚約破棄の翌日から、誰の目にも明らかになった。


「……殿下、昨夜はよく眠れなかったのですか?」


 侍従の問いに、アルベルト殿下は苛立たしげに舌打ちをした。


 鏡に映る自分の姿が、どうにも気に入らなかったのだ。


 顔色が悪い。

 輪郭が、以前よりもはっきりしない。

 何より――かつて当たり前だった“輝き”が、そこになかった。


「気のせいだ」


 そう言い聞かせるように呟き、殿下は剣を取った。


 しかし、その日の稽古で、殿下は三度も転んだ。


「……あれ?」


 剣が重い。

 身体が、思うように動かない。


 周囲の騎士たちが、戸惑いの表情を浮かべる。


「殿下……?」


 英雄。最強。

 そう称えられていた姿は、見る影もなかった。


 さらに追い打ちをかけるように、戦場から凶報が届いた。


 隣国との小競り合いで、敗北。

 殿下が指揮を執った部隊は混乱し、撤退を余儀なくされたという。


「そんなはずはない!」


 殿下は声を荒らげた。


「私は、今まで何度も勝ってきた!」


 けれど、返ってきたのは冷静な報告だけだった。


 戦術の読み違い。

 判断の遅れ。

 そして、指揮官としての決定的な未熟さ。


 ――かつて、すべてを“補って”くれていたものが、もうない。


 貴族たちの態度も、露骨に変わった。


「最近の殿下、冴えませんわね」

「以前は、もっと……こう、華があったのに」


 囁きは、あっという間に広がる。


 そして、エレノア様は。


 殿下のもとを、訪れなくなった。


「エレノアはどこだ?」


 そう問い詰める殿下に、侍女は目を伏せた。


「……ご実家にお戻りになられました。ご体調が優れない、と」


 それが、嘘であることは明白だった。


 殿下の評判が落ちるのと、まるで示し合わせたかのようなタイミング。

 彼女は、何も失わずに姿を消したのだ。


 数日後。


 民衆の前で、殿下は初めて“失望”の視線を浴びた。


「英雄じゃなかったのか?」

「結局、あれも作られた姿だったんだろう?」


 その言葉に、殿下は反論できなかった。


 心の奥で、ようやく気づき始めていたからだ。


 ――自分は、支えられていただけだったのだと。


 だが、気づいた時には、もう遅かった。



婚約破棄から数日後、私は実家へ戻った。


 久しぶりに見る故郷の屋敷は、少しだけ懐かしく、そしてひどく静かだった。

 魔法を使わなくなった身体は、まだ重い。けれど、あの焼けつくような痛みは、確かに消えていた。


「……おかえり」


 門の前で、そう声をかけられた。


 振り返った瞬間、息を呑む。


 そこに立っていたのは、記憶の中の“あの人”ではなかった。


 背は高く、凛とした佇まい。

 柔らかな笑みの奥に、揺るぎない自信を湛えた青年。


「久しぶりだね」


 ――幼馴染の、レオン。


 幼い頃、よく一緒に本を読み、木登りをして遊んだ、あのレオンだった。


「……どうして、ここに?」


「迎えに来た」


 あまりにも当然のように、彼はそう言った。


「君が戻ってくると聞いたから」


 混乱する私に、彼はゆっくりと事情を説明してくれた。


 彼は、隣国の王子だったこと。

 留学という名目で長く国を離れていたこと。

 そして――ずっと、私のことを想っていたこと。


「君がどれだけ苦しんでいたか、全部知ってる」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


「……それでも、僕は君が好きだ。昔も、今も」


 彼は、何も求めなかった。

 責めもしない。急かしもしない。


 ただ、そばにいると約束してくれただけだった。



それから、私の生活は静かに変わっていった。


 レオンは、私の体調を最優先に考え、決して無理をさせなかった。

 魔法を使わなくても価値があるのだと、何度も言葉にしてくれた。


「君は、もう誰かを輝かせるために、傷つかなくていい」


 その言葉に、ようやく私は泣いた。


 隣国へ渡った私は、王子妃ではなく、“一人の人間”として迎えられた。

 飾らない日々。穏やかな時間。


 そして、確かな愛。


 一方、元婚約者の噂は、風の便りに届いた。


 かつての英雄は、今では名前を聞くことも少なくなったという。

 隣に立つ者もいない。


 私は、その話題に、もう何の感情も抱かなかった。


 過去は、過去だ。


 今、私の隣には――

 私を“そのまま”愛してくれる人がいる。


 それで、十分だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


「陰から支えていた存在がいなくなった途端、すべてが崩れる」という展開が好きで、今回のお話を書きました。

報われない努力や自己犠牲が、きちんと救われる物語になっていれば嬉しいです。


少しでも「スカッとした」「最後が好き」と思っていただけたら、

評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

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略奪令嬢は王子と敵対派閥貴族からの間者だったのかな?
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