第80話【避難と静寂の焚火】
その日、王都の外縁はざわめきに包まれていた。
斥候の報告によれば、数千規模の魔物が森の奥から一斉に進軍してきているという。
夜を徹して調査が行われたが、不自然なことに――その群れの中に「瞳のない魔物」の姿は一体もなかった。
「おかしい……ここまでの規模で動くのは、ただの群れじゃない」
防衛線を敷く騎士団の指揮官が、険しい顔で呟く。
王都の門前には、兵士たちが次々に集められていく。
魔導師団が結界を張り、弓兵が高台に配置され、軍全体が迎撃の構えを取っていた。
ただならぬ空気は、すぐに学園にも伝わった。
「……この数では、王都防衛に全力を割かねばなるまい」
学園長は深く息を吐き、教師陣に出動を命じた。
セシリアをはじめとする教員たちも、当然ながら前線へと駆り出される。
王都を守る以上、生徒たちを連れて行くわけにはいかない。
しかも瞳のない魔物は確認されていない――それはつまり、アカネやユウマを呼ぶ理由はないということだった。
学園長はすぐさま生徒たちに告げる。
「王都周辺は危険だ。学園に留まらせることもできぬ……ゆえに、一時的に外縁へ避難する」
不安を和らげるために言葉を飾る。
「実地調査を兼ねたキャンプ訓練として行う。安全地帯を選んであるから、安心して従え」
こうして――生徒たちは、王都の喧騒から離れた郊外へ向かうこととなった。
馬車の列が、王都を離れ静かな林道を進んでいく。
夜半には戦の音が聞こえてくるほどの喧騒だったが、外縁へ抜けると嘘のように静まり返っていた。
「……本当に安全なのか?」
ショウが窓から外を覗き、不安げに呟く。
「地形的に、魔物が大群で進軍することはないはずです」
リナがノートを閉じて答える。その表情は冷静に見えたが、指先は小さく震えていた。
馬車が止まり、生徒たちは森を切り開いた平地に案内された。
そこには簡易結界が張られ、焚火と仮設のテントがいくつも設置されている。
「ここで数日、実地調査と称して過ごしてもらう。
あくまで避難の一環だが……実地経験になるはずだ」
そう説明したのは学園の副教官だった。セシリアや主だった教師は王都に残っている。
ここにいるのは補佐役の教官が数名。だが彼らは警備ではなく、生徒の管理役に徹するという。
つまり――いざとなれば戦うのは、生徒自身だった。
夜が更け、焚火を囲んで簡素な食事が配られる。
緊張の中にも、笑いや囁きが混じるのは、普段の学園生活では味わえない“遠征”の雰囲気があったからだ。
「まるで合宿ね」
エリカが火に照らされた横顔で呟く。
「だといいんだけどな」
ユウマは焚火を見つめながら答えた。
その視線の奥には、昨日までの戦場の残響がまだ色濃く残っていた。
周囲の闇は静かで、虫の声が響いている。
確かに安全地帯に見える。
――だが、この“静けさ”こそが、次なる惨劇の幕開けだった。




