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第77話【挑戦状】


 夕暮れの訓練場。

 空は茜色に染まり、緊張をはらんだ静寂が広がっていた。


 ユウマ、エリカ、ショウが見守る中、リナはゆっくりと杖を下ろし、深く息を吸い込んだ。


「次は私がこの一か月の答えを見せる番ですね」


 次の瞬間、彼女の全身を淡い蒼光が包み込んだ。

 魔力の奔流が皮膚を覆いつくすのではなく、まるで内側から滲み出しているように――人の身体そのものが、異質な魔の器に変質していくかのように輝きを放ち始める。


 ショウが驚きの声を漏らす。

「お、おい……リナ? なんだそれ……! 魔力の流れが、外に出てねぇ……?」


 リナは足を踏み出した。

 その一歩だけで、石畳が軽く軋む。

 今までの彼女からは想像できない、圧倒的な存在感が場を満たす。


「――これが、私の新しい術。《アクア・リインフォース》」


 名を告げながら、リナは掌を開き、ショウに合図を送る。

 ショウは苦笑しながら剣を抜いた。


「お望み通りに……っと!」


 剣閃が走る。

 だがリナは杖を使わず、素手で受け止めた。


 硬質な音が響き、次の瞬間にはショウが押し返されていた。

 その場にいた全員が息を呑む。


 リナの全身に宿る蒼光は、ただの魔力の輝きではなかった。

 皮膚の下を水脈のように流れる光が走り、筋肉の収縮に合わせて生き物のように脈動している。

 まるで“魔人”の変質を、人の身で再現したかのようだった。


「ど、どういうことなの……!」

 エリカの目が見開かれる。

「水魔法で肉体強化を……? そんなの、聞いたことない……!」


 リナは小さく首を振る。

「形式上“術名”を付けていますが、これは魔法じゃありません。体内の水分に魔力を流し込み、常時操作しているだけ。固定化した術式じゃないんです」


 その言葉にユウマの胸が跳ねた。


 リナは淡く微笑むと、エリカとショウの方を一瞥し――そして真っ直ぐ、ユウマへと視線を戻した。


「だから、ユウマさんでも――模倣できない」


 挑発的な声音だった。


 ユウマは無意識に《神鏡の眼》を発動し、視界を澄ませる。

 リナの全身を流れる魔力の軌跡を焼き付け、模倣を試みた。


 しかし――何も起きない。


「……っ!?」

 思わず息を呑むユウマ。


 リナは静かに告げる。

「人体の六割は水分。その量は日々変動するし、個体差もある。固定した術式に落とし込むことはできない。だから、たとえ原理を理解できても……誰も私のようには扱えない」


 エリカが呟く。

「つまり、それは……あなた自身が作り上げた、唯一の魔法……」


「そうです。これは私だけの“固有魔法”――いいえ、“固有の技術”です」


 淡い光を帯びたリナは、静かに言葉を結んだ

「先日の魔人との遭遇時、私は何もできず見ているだけであまりに無力でした。

 ただ、その時の魔人の肉体を剣に作り変える現象、セシリア教官の魔法、以前見たクロガネ先輩の内側からの肉体強化にヒントを得て考えたんです」


「私に必要なのは――基礎の徹底。緻密な魔力操作の“手”を鍛え上げること。模倣でも追いつけない力は、基礎を積み重ねた先にしか存在しないと思ったんです」


 その宣言に、ユウマは拳を握りしめた。

 胸に湧き上がるのは、悔しさではなく――鮮烈な刺激だった。


 ショウは唇を噛みながらも笑みを浮かべる。

「ちくしょう……すげぇなリナ! オレの一撃を素手で止めやがった!」


 エリカもまた、杖を抱きしめたまま瞳を震わせる。

「女同士だからわかるわ……その強さ、本物よ。正直、悔しいけど――誇らしくもある」



 彼女の成長は、仲間たち全員にとっての希望であり、挑戦状でもあった。


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