第76話【基礎鍛錬】
それからの一か月は、ユウマにとって“地獄”そのものだった。
夜明けと同時に叩き起こされ、石畳の上で素振り一千回。
剣を握れなくなるまで振り抜いたあと、今度は素手での体術訓練。
模倣を一切使わせてもらえず、ひたすら肉体と技術だけで叩き込まれる。
「もっと腰を落とせ! その構えじゃ吹き飛ばされる!」
セシリアの叱咤は容赦なく響き、ユウマは汗と土に塗れながら必死に立ち続けた。
時に、基礎魔法の詠唱と同時に剣戟を合わせる訓練。
時に、わざと疲弊させた状態での模擬戦。
“技を放つ器”を作るために、心身は限界を超えて削られ続けた。
一か月後。
訓練場の片隅に座り込んだユウマの額には、以前にはなかった鋭さが宿っていた。
剣を握る手の皮は破れ、幾度も固まった痕跡が硬い繭となっていた。
その姿を見て、セシリアはわずかに口元を緩めた。
「ようやく“土台”には立てたな」
そして、数日後。
夕暮れの中庭で、チームメイトが集まっていた。
エリカ、リナ、ショウ――ユウマの仲間たちだ。
「……驚いたわ」
エリカが目を細め、杖を抱いたままユウマの立ち姿を見上げる。
「前よりずっと……“構え”が安定してる。姿勢からも自信が感じられるわね」
リナは観測ノートをめくりながら、小さく頷いた。
「魔力の流れも以前より滑らかです。……剣を振るたび、全身の魔力が均一に回っている」
「だろ? オレも感じてたんだ」
ショウがにかっと笑い、ユウマの肩を叩く。
「前は一発撃ったらヘトヘトだったのに、今は何度でも立ち上がれる感じだろ? ……オレ、ちょっと悔しいぞ」
ユウマは苦笑しつつ、胸の奥に確かな充実感を覚えていた。
「……あの一か月で死ぬほど叩き込まれたからな。模倣に頼らず、自分の剣で立つ力を少しは得られた気がする」
紅に染まる夕空の下、三人の仲間がそれぞれの思いを胸に頷いた。
そこには以前のような不安や疑念はなく――“共に歩む者”としての絆が確かに育まれていた。
ユウマと仲間たちの会話がひと段落すると、リナが静かにノートを開いた。
「一つ、検証したいことがあります」
皆の視線が集まる中、彼女は冷静に言葉を紡いだ。
「ユウマさんの《神鏡の眼》――模倣の力についてです。先日の戦場で気づいたのですが、模倣した魔法が常に威力で上回っていたわけではないと思うんです」
ユウマが驚いたように瞬きをする。
「俺が模倣すると、相手のより強くなるって……」
「確かに強くなっているように感じましたが、前提が間違っていたんだと思います」
リナは首を振り答える。
「例えば、エリカさんやショウさんの魔法。確かにユウマさんが模倣したとき、出力は二人を上回っていました。ですが――セシリア教官やユリナさんの魔法は違った。ユウマさんが模倣してもほぼ同等、あるいは相殺するだけで上回ることはなかったんです」
ユウマがユリナとの死闘を苦い顔をして思い出す。
「確かに……ユリナの視線の恐怖に抗うことはできたが、ユリナを上回り恐怖を植え付けることはできなかった……」
リナは頷いた。
「はい。結論として――模倣による“威力の底上げ”という現象は、実際にはユウマさんによって模倣した魔法が最適化された出力が導き出された結果にすぎないのではないかと考えます。
肉体、魔力量、精神集中……そのすべてを統合して、今のユウマさんによって“最も効率の良い形”で魔法が再現される。だから、基礎の未熟な相手よりは上回るが、完成された技には届かない」
ユウマは息を呑み、思わず拳を握った。
模倣は相手を上回るんじゃない。模倣した魔法の限界を“形にしてくれる”だけということか?
リナはノートにさらさらと記し、淡々と結んだ。
「模倣に頼る限り、実力者相手ではユウマさんは上回ることはできない。……逆に言うと、鍛錬で私達が模倣された魔法を参考にして拮抗できるようにすることで、成長を早めることができるのではないかと思うんです」
エリカが杖を抱き直し、静かに言葉を添えた。
「じゃあ……ユウマが模倣したときに近づけるように私たちが技を磨き続ける必要があるのね」
ショウは腕を組み、にかっと笑った。
「いいじゃねぇか! オレが鍛えれば鍛えるほど、ユウマみたく強くなるってことだろ? だったら二倍速で成長してやるさ!」
ユウマはその言葉に思わず笑みを返す。
「そうだな。俺が模倣できるのはみんなの力があるからこそだ。これからは一緒に、もっと強くなろう」
夕陽に染まる空の下、四人の影が並んで伸びる。
それは、鍛錬の果てにようやく芽生えた「仲間としての覚悟」の象徴でもあった。




