第75話【危うき刃】
「――以上で本日の報告は終わりだ。一年は解散」
セシリア教官の言葉に、生徒たちは静かに立ち上がった。
緊張と疲弊の残る空気のまま、それぞれが扉へと向かう。
だが、ユウマの耳にだけ別の声が届いた。
「イチノセ。お前は残れ」
背筋に冷たいものが走る。
やがて講堂に残されたのは、ユウマとセシリアだけだった。
夜気を帯びた訓練場。
松明の揺らぎが砂地を照らし、静寂の中でセシリアが剣を抜いた。
「ここで私に向けて《アストラル・エッジ》を使え」
「えっ……!? な、なんで……!」
思わず声を上げたユウマに、セシリアは冷ややかな瞳を向ける。
「理由は二つだ。まずは、お前自身がその“切り札”の危険性を理解していないこと。もう一つは――私がお前の限界を見極める必要があるからだ」
ユウマは喉を鳴らし、唇を噛む。
「……もしも、教官に当たったら……」
「心配するな。当たることはない。もし掠ったとしても、ここは訓練場だ。回復もできる」
その言葉は断言だった。
だが同時に、それほどまでに「当たることはない」と言い切れる自信が込められていた。
ユウマは拳を握り、全身の震えを押さえ込む。
深く息を吸い、目を閉じ――詠唱を紡いだ。
「――《アストラル・エッジ》!」
虚空を断ち切る光刃が走る。
空間ごと切り裂く閃光が、訓練場を白く照らした。
だが次の瞬間。
「遅い」
セシリアの姿は、すでに横合いに移っていた。
彼女の剣が風を裂き、ユウマの視界から光刃が逸れる。
ユウマの膝が崩れ落ちる。
魔力は絶えず流れている。だが体力も気力も、完全に燃え尽きていた。
呼吸すらままならず、砂の上に倒れ込む。
その首筋に――冷たい金属の感触。
「――わかったか?」
見上げる視界の中で、セシリアの剣先が静かに輝いていた。
「力を振るえば、お前は一撃で限界を迎える。つまり――その一度で仕留められなければ、お前は無防備に倒れるだけだ」
突きつけられた剣の重みが、そのまま現実を突き付けていた。
「《アストラル・エッジ》を使う時点で、膨大な魔力を練る必要がある。発動前から“何か来る”と相手に警戒されやすい。それを忘れるな」
ユウマは荒い息を整えながら、顔を上げる。
セシリアは背筋を伸ばし、剣を手に振り返った。
「剣の魔人との戦いを思い返せ」
言葉と共に、剣が砂を抉る。
「まずは剣戟で渡り合い、“剣士”として認識させる。次に、劣勢に追い込まれたふりをして魔法を使った。……その時点で奴は“魔法は対処可能”と侮った」
セシリアの視線が鋭くなる。
「再び剣戟に戻り、意識を剣に向けさせた。その隙をつき――《アストラル・エッジ》を発動した」
ユウマの脳裏に、剣の魔人との死闘が蘇る。セシリアの剣と魔法の呼吸、その全てが布石であり、必殺を繰り出すための“舞台作り”だったことを。
「重要なのは、必殺を単体で放つことじゃない。工程だ。剣戟と魔法の流れがあって初めて、奴は“避けられる”と誤認した。そして――理を断つ刃に捕らえられる」
セシリアは剣を収め、鋭い声を放った。
「逆に言えば、単体で通用する相手であれば《アストラル・エッジ》など使う必要はない。剣で仕留めればいいだけだ」
ユウマの胸に、重い言葉が突き刺さる。
「イチノセ。お前は模倣に頼りすぎだ。確かに再現はできる。だが“技術”は真似できない。今のお前では、ただ力に飲まれるだけだ」
ユウマは唇を噛み、拳を握る。
「じゃあ、俺に足りないのは……」
「肉体だ。基礎的な技術をもっと身につけろ。剣も、体術も。模倣を支える器がなければ、必殺はただの“空振り”で終わる」
その言葉は鋭くも、どこか導く響きを帯びていた。
ユウマは震える体を押し上げ、立ち上がった。
「……はい」
短い返答の奥に、確かな決意が芽生えていた。




