第73話【異なる決意】
学園長室を後にした夜。
王都学園の回廊は静まり返り、月光だけが石畳を照らしていた。
その薄明かりの下、二つの影が並んでいた。
アカネ・クロガネと、ユリナ・ダークネスト。
紅紫の瞳を伏せていたユリナが、やがて静かに口を開いた。
「……剣の魔人について、改めてお伝えしておきます」
アカネは黙して耳を傾ける。その視線に促され、ユリナは言葉を続けた。
「奴は……ただ強いだけではありませんでした。恐怖を力に変え、果てが見えない。
ですが――驚いたのは、それだけではありません」
紅紫の瞳が細められる。
「セシリア教官。……あの方は別格でした。
正直、私は教官の実力を侮っていました。けれど剣の魔人と渡り合った姿を見て、愕然としました。今の私では到底太刀打ちできないと」
アカネは短く目を伏せ、問いを返す。
「……私と、教官。どちらが強いと思った?」
ユリナはためらわなかった。
「互角。ですが――切り札、《アストラル・エッジ》を使われれば……先輩であっても勝てないのでは」
アカネの眉がわずかに動く。
沈黙の後、彼女は低い声で吐き出した。
「そうだな。あの技は、私の拳でも受け止められんだろう。
けれど――切り札に頼り切る時点で、真の強者ではない。セシリア教官は限界を超えて力を絞り出した。
本物の強さは、一撃に全てを託さずとも勝ちを掴める力だ」
その言葉は鋼のように硬く、それでいてユリナを試すような響きを帯びていた。
ユリナは拳を握り、低く吐息を落とす。
「……私に足りないのは何か、考えました。
私はずっと“視線”に頼りすぎてきた。支配する力に縋ってきただけ。
でも――圧倒的な一撃があれば、模倣も防御も意味をなさない。絶対的な一撃があれば……」
脳裏をよぎるのは、剣の魔人の変質の力。
そして、セシリアが発動しユウマが模倣して放った、空間すら切り裂く回避不能の《アストラル・エッジ》。
「魔人はユウマの模倣ではありますが、回避不能の一撃を直感で発動前に交わしました。
両者の力を……私が会得できれば。誰にも、絶対に負けない」
紅紫の瞳が妖しく揺らぐ。
アカネはその視線を真正面から受け止め、静かに言葉を返す。
「……お前は危ういな、ユリナ。
“絶対”なんて言葉に囚われた時点で、戦場では足元をすくわれる」
ユリナの胸に冷たい棘のように突き刺さる言葉。
だが同時に、それは彼女の焦燥をさらに焚きつける火種にもなった。
「……人のままでは辿り着けないのなら。ならば――」
そこまで言いかけて、ユリナは口を閉ざした。
その声音には、確かな熱と不穏さが宿っていた。
アカネは夜空を仰ぎ、短く息を吐く。
「……進むのは自由だ。ただ――見失うなよ、ユリナ。
己を保てなければ、お前は強さではなく“化け物”になる」
その声は静かだったが、確かな警告だった。
石畳に落ちる二人の影は、月光の下で交わることなく並び続けていた。




