第71話【帰還の途】
馬車の車輪が石畳を軋ませ、夜気に重く響いていた。
戦場を離れた一行の中に、安堵はなかった。ただ沈黙と、疲弊した呼吸だけが漂っている。
焦げと血の匂いは、いまだ衣服にこびりついていた。
それだけで胸がざわつき、誰も言葉を紡げない。
エリカは窓辺に座り、頬を膝に埋めるようにして黙り込んでいた。
兄の姿に救われた安堵と、役に立てなかった悔しさが心を交錯させている。
(……鎖も破られた。私じゃ足止めさえできなかった)
リナは淡々とノートを広げ、戦場の観測を記していた。
けれどペン先が震え、何度も文字が歪む。そのたびに眉をひそめ、小さく息を吐く。
「……分析はできる。でも、次に活かせるかは……まずは戦場に並び立つところから……」
ショウは腕を組み、大口を開けて「次は勝負だ」などと笑ってみせる。
だが握り締めた拳から血が滲み、笑顔の奥に悔しさが隠しきれていなかった。
ハルトは剣を両膝に置いたまま、俯いている。
「俺たち……結局、何もできなかった」
その呟きにカズマも黙って頷き、唇を噛みしめる。
サクラは扇を閉じ、普段なら場を軽くする冗談を言うはずなのに、何も口にしなかった。
マユミは「条件が揃えば……」とぼそりと呟くだけで、その声には苛立ちが混じっている。
そしてユリナ。
紅紫の瞳を閉ざし、深く吐息を吐いた。
「次は必ず仕留める……」
その言葉は氷のように冷たく、一同の沈黙をさらに強めた。
ユウマは視線を落とし、握る拳に力を込めた。
仲間たちの顔が胸に焼き付いて離れない。
俺は隠し続けてきた。平凡でいたい一心で、模倣の力を仲間にさえ打ち明けなかった。
それがどれほど重い足枷になっていたか、今は痛いほどわかる。
もし力を隠していなければ――。
もし仲間と最初から共有できていれば――。
今日の戦場で、誰かがこれほど傷つくこともなかったかもしれない。
……隠している限り、俺は仲間と並んで歩けない。むしろ疑念を生み、壁を作るだけだ。
思い返すのは戦場でのユリナの目配せ。
エリカが察し、セシリアを守るように前に立った姿。
自分の秘密を知る彼女たちは、自然と連携が取れていた。
それなら――もう逃げる理由はない。平凡を望むなら、逆に力を有効に活かすしかないんだ。
窓の外の夜空には、まだ戦場の黒い靄が残っているように見えた。
それでも、星がひとつ、淡く瞬いていた。
俺は打ち明ける。エリカやリナ、ショウだけでなく。――共に戦った一年Sクラスの仲間たち全員に。
模倣の力を、俺のすべてを。
平凡であるために。
平穏に暮らすために。
そのためには、もう一人で背負うのではなく――皆と共に立つしかない。
ユウマの目に決意の光が宿る。
それは戦場での恐怖を照らす炎であり、これからの運命を切り拓く灯火でもあった。
いつもより投稿少し遅くなりました…
仕事が忙しくなってしまい、毎日投稿を続けられるか怪しいです。




