第70話【残響の戦場】
――静寂。
剣の魔人が去った後も、戦場を覆う恐怖の残響は消えなかった。
結界が消え、空に夕陽が戻ったというのに、誰も声を上げられずにいた。
セシリアは剣を杖のように突き立て、肩で荒い息を吐きながらも、必死に立っている。
その背に、傷だらけの一年Sクラスが寄り添うように集まっていた。
「……あれが、魔人……」
ハルトの声は震えていた。勇ましさを売りにする彼でさえ、顔は青ざめている。
「俺たち……ほとんど何もできなかった……」
カズマも唇を噛み、拳を握り締める。
沈黙の中、ユリナが紅紫の瞳を細め、低く吐き出した。
「恐怖を……力に変えていた。あの存在は、ただの魔物とは違う」
ユウマは応じられず、荒れる呼吸を整えながら杖を握る。
心の奥底では、自分が放った《アストラル・エッジ》の手応えがまだ残っていた。
確かに俺の一撃は、あいつの“再生”を拒んだ。だけど……
思考の続きを断ち切るように、遠くから重い地響きが近づいてきた。
次の瞬間、ダンジョンの奥から轟音が響き、火花のように炎と衝撃が吹き荒れる。
その影から現れたのは――。
「急に結界が消えたと思ったが……間に合わなかったか」
血と煤にまみれた拳を振り払いつつ歩み出る、アカネ・クロガネ。
その隣には、炎を纏った剣を下げる三年Sクラス主席、イグニス・フレイムハートの姿もあった。
「お前たち……無事か」
低い声が戦場を揺らし、ようやく緊張の糸が解ける。
生徒たちは次々に膝をつき、溜め込んでいた息を吐き出していった。
だが、安堵の影には――言い知れぬ不安の濁流がまだ渦巻いていた。
それは「魔人」という存在の重さを、全員が痛感していたからだった。
炎の気配をまとった兄の姿に、エリカは思わず声を上げた。
「お兄様……!」
イグニスは妹に視線を落とし、口元を歪める。
「相変わらず無茶ばかりしてるな。けど――よく耐えたな」
安堵のような叱責のような声音。
エリカは悔しさを滲ませつつも、素直に頷いた。
「……でも、私じゃ何もできなかった。鎖も……すぐに……」
「違う」
イグニスの声が重く遮る。
「“何もできなかった”じゃない。お前が繋いだから、まだ皆が立ってる。俺はそれを誇れと言ってるんだ」
その言葉に、エリカの瞳がわずかに揺らぎ、唇を噛んだ。
アカネは満身創痍のセシリアに近寄り短い会話を交わし、静かに言葉を落とす。
「……魔人、か。最悪のタイミングで出てきたな」
その声は淡々としていたが、含まれる緊張は誰もが感じ取った。
Sクラスの面々は、確かに自分たちが足手まといであったと痛感し、悔しさを覚えながらも黙して頷くしかなかった。
夕暮れの風が血と焦げの匂いを運び、戦場を包み込む。
確かに戦いは終わった。
だが、その余韻は安堵ではなく――次なる恐怖の影を、誰もに強く焼き付けていた。




